tsujimotterのノートブック

日曜数学者 tsujimotter の「趣味で数学」実践ノート

自由研究:ラマヌジャン定数のナゾ(2)

注意
この記事は数字が大好きなだけの数学素人 tsujimotter の自由研究です。内容の正確性は一切保証しません


前回の記事の続きです。企画倒れにならなくてよかった・・・。

自由研究:ラマヌジャン定数のナゾ(1) - tsujimotterのノートブック


疑問の1つに答えていきましょう。

1. 左辺を変化させると本当にラマヌジャン定数が出てくるのか


この疑問の解決は比較的簡単です。




まず、復習がてら左辺とは、

 \displaystyle j\left(\frac{1}{2}(1+\sqrt{-d})\right)
のこと。

この  -d の類数が 1 のときに限り、この値が三乗数になるのでした。
ちなみにこの結果は、Hermite が 1859年に示唆していたそうです。

http://www.math.kobe-u.ac.jp/publications/rlm10.pdf

Hermite は あのエルミート行列のエルミートです。やっぱり数学の天才っていろんなところに顔を出すのですね。


f:id:tsujimotter:20140329082646j:plain:w220
写真:Charles Hermite (1822-1901)



これらの知見を、整数を  (-Y) として、次のように表現しましょう。

 \displaystyle j\left(\frac{1}{2}(1+\sqrt{-d})\right)=(-Y)^3

マイナスを付けた理由はあとでわかります。


そして、j-関数の q-展開 の定義は次のようなものでした。

 \displaystyle j(\tau)=\frac{1}{q}+744+\sum_{i=1}^\infty c_n q^n

前回説明しませんでしたが、右辺の変数  q は 関数の引数である  \tau の関数で、次のように定義されます。

 \displaystyle q(\tau) = \exp({2\pi i \tau})

ここで、 \exp(x) は指数関数  e^x のことです。


さぁ、それでは  \displaystyle \tau=\frac{1}{2}(1+\sqrt{-d}) を代入していきましょう。

まずは、 q(\tau) から。

 \displaystyle \begin{eqnarray} q\left(\frac{1}{2}(1+\sqrt{-d})\right) &=& \exp\left(2\pi i \cdot \frac{1}{2}(1+\sqrt{-d})\right) \\
 &=&\exp\left(2\pi i \cdot \frac{1}{2}+2\pi i \cdot \frac{1}{2}\sqrt{-d}\right) \\
 &=&\exp(\pi i) \cdot \exp(\pi i \sqrt{-d}) \end{eqnarray}

 \sqrt{-d} = i\sqrt{d} より

 \displaystyle \begin{eqnarray} &=&\exp(\pi i) \cdot \exp(-\pi \sqrt{d}) \\
 &=&\frac{\exp(\pi i)}{\exp(\pi \sqrt{d})} \end{eqnarray}

オイラーの公式  \exp(\pi i) = -1 より

 \displaystyle =-\frac{1}{e^{\pi \sqrt{d}}}

よって、

 \displaystyle q\left(\frac{1}{2}(1+\sqrt{-d})\right)=-\frac{1}{e^{\pi \sqrt{d}}}


これを  j(\tau) の定義における第1項目に代入すると、

 \displaystyle j\left(\frac{1}{2}(1+\sqrt{-d})\right)=-e^{\pi \sqrt{d}}+744+\sum_{i=1}^\infty c_n q^n


これが整数の三乗になるから

 \displaystyle (-Y)^3=-e^{\pi \sqrt{d}}+744+\sum_{i=1}^\infty c_n q^n

両辺移項して、

 \displaystyle e^{\pi \sqrt{d}}=Y^3+744+\sum_{i=1}^\infty c_n q^n

(このために、わざわざマイナスをつけておいたわけです。)


さぁ、ついにこれで、ラマヌジャンの定数の公式ができました!



この形は、見覚えありますね!

そう、これです。

 \displaystyle \begin{eqnarray} e^{\pi \sqrt{19}}  &\approx& 12^3(3^2-1)^3+744-0.22 \\
 e^{\pi \sqrt{43}}  &\approx& 12^3(9^2-1)^3+744-0.00022 \\
 e^{\pi \sqrt{67}}  &\approx& 12^3(21^2-1)^3+744-0.0000013 \\
 e^{\pi \sqrt{163}} &\approx& 12^3(231^2-1)^3+744-0.00000000000075 \end{eqnarray}


なるほど、右辺第三項の和の部分が、十分小さいために、「三乗数と744の和」という整数に近似されるわけですね。
これで「ほとんど整数」の理由がわかりました。


このことを表すために、次のように変形しましょう。すなわち、

 \displaystyle \sum_{i=1}^\infty c_n q^n
が十分小さく、0に近似できると仮定すると、この公式は次のように近似されます。

 \displaystyle e^{\pi \sqrt{d}}\approx Y^3+744

たしかに、これでどっからどうみても「ほとんど整数」ですね。



一応代入してみましょうか。

 d = 163 のとき、 Y = 640320 だそうなので、それを上の近似式に代入すると、

 \displaystyle \begin{eqnarray} e^{\pi \sqrt{163}} &\approx& 640320^3+744 \\
 &=& 262537412640768744 \end{eqnarray}

これは左辺の数値計算結果は、

 \displaystyle e^{\pi \sqrt{163}}=262537412640768743.99999999999925007...

ですから、どんぴしゃで一致していますね!


誤差をとってみると、

 \displaystyle e^{\pi \sqrt{163}}-(640320^3+744)=-0.00000000000074992...
となり、誤差もWikipediaのものと一致しています。




最初の疑問は、「ラマヌジャンの定数は、なぜほとんど整数なのか」というものでした。

これが今では、「虚二次体  \mathbb{Q}(\sqrt{-d}) の類数が 1 のとき、 j-関数の引数に  \frac{1}{2}(1+\sqrt{-d}) を代入すると、整数の三乗になるのはなぜか」という具体的な疑問に落ちたわけです。


この疑問のほかにも、「j-関数の値は、どのような形の三乗数となるのか」という疑問が残っています。

いよいよ手ごわそうな感じになってきましたね。

今回はこの辺で。