tsujimotterのノートブック

日曜数学者 tsujimotter の「趣味で数学」実践ノート

ゼータ関数のオイラー積


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図:レオンハルト・オイラー(1707 - 1783)

オイラー積とは

レオンハルト・オイラーといえば世界一美しい公式と呼ばれる「オイラーの公式」が有名ですが、私が一番好きなのは次のオイラー積と呼ばれる公式です。

オイラー積(完全版)


 \displaystyle \sum_{n=1}^{\infty}\frac{1}{n^s} = \prod_{p;prime}\frac{1}{1-1/p^s}
ただし、右辺の積記号はすべての素数の積を表す。


左辺が「1以上のすべての整数を使った和」となっており、右辺が「すべての素数を使った積」となっています。右辺が積の形をしているのでオイラー積と呼ばれます。
ポイントは「すべての整数」「すべての素数」を漏れなくだぶりなく使っている点で、まさに整数と素数をつなぐ架け橋になっているといえます。筆者はこのコンセプトが大好きです。



ところで、左辺の式は、 s を引数と考えれば関数とみなせます。この関数は、ゼータ関数と呼ばれ次のように定義されます。


 \displaystyle \zeta(s) = \sum_{n=1}^{\infty}\frac{1}{n^s}

ゼータ関数は有名なので名前ぐらいは聞いたことある人は多いかもしれません。

オイラーの功績によって、ゼータ関数とすべての素数が結びついたので、数学者の興味の対象である「素数」の性質を知るために、ゼータ関数が利用できるようになったというわけです。

実際、「リーマン予想」などの素数に関する未解決問題の多くにゼータ関数が深くかかわっており、数学研究者の注目の的になっているそうです。


本記事では、オイラー積の導出方法を考えていきましょう。

オイラー積の導出方法

まずは定義どおり式を展開します。


 \displaystyle \sum_{n=1}^{\infty}\frac{1}{n^s} = \frac{1}{1^s} + \frac{1}{2^s} + \frac{1}{3^s} + \frac{1}{4^s} + \frac{1}{5^s} + \frac{1}{6^s}+\cdots


右辺に登場したすべての整数を因数分解しておきます。


 \displaystyle = \frac{1}{(1)^s} + \frac{1}{(2)^s} + \frac{1}{(3)^s} + \frac{1}{(2^2)^s} + \frac{1}{(5)^s} + \frac{1}{(2\cdot 3)^s}+\cdots


ここがポイントです。上の式は次のように素数ごとに因数分解できます。


 \displaystyle \begin{eqnarray} &=& \left(\frac{1}{1^s}+\frac{1}{2^s}+\frac{1}{2^{2s}}+\frac{1}{2^{3s}}+\cdots\right) \\
&& \times \left(\frac{1}{1^s}+\frac{1}{3^s}+\frac{1}{3^{2s}}+\frac{1}{3^{3s}}+\cdots\right) \\
&& \times \left(\frac{1}{1^s}+\frac{1}{5^s}+\frac{1}{5^{2s}}+\frac{1}{5^{3s}}+\cdots\right) \\
&& \times \left(\frac{1}{1^s}+\frac{1}{7^s}+\frac{1}{7^{2s}}+\frac{1}{7^{3s}}+\cdots\right) \\
&& \times \cdots \end{eqnarray}


図で考えるとわかりやすいかもしれません。


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図のようなパターンで、1, 2, 3, 4, 5, 6, が必ず登場します。もちろんそれ以降の整数もすべて登場するわけです。


これにより次が得られました。

オイラー積(途中式):


 \displaystyle \sum_{n=1}^{\infty}\frac{1}{n^s} = \prod_{p;prime}\left(1+\frac{1}{p^s}+\frac{1}{p^{2s}}+\frac{1}{p^{3s}}+\cdots\right)
ただし、右辺の積記号はすべての素数の積を表す。

これも場合によっては、オイラー積と呼ばれるようです。

素因数分解の一意性

ここで使っているのは、ただ一点、「素因数分解の一意性」です。

つまり、ある整数を取ってきたときに、その整数は「ただ1つの組み合わせで素因数分解」ができる。すなわち、「ほかの素数の組み合わせで表すことができない」ということです。

そのため、上記の積の展開式の中に「すべての素数が必ず入っている(漏れない)」し、「同じ数が2つ以上入っていることはない(だぶりない)」のです。


この「素因数分解の一意性」という整数の当たり前の性質を使っておきながら、それを的確な式の表現に落とすことで、誰も見たことない結果を生み出してしまう、というやり方が鮮やかで憎たらしいと思ってしまいます。

最後の仕上げ

右辺の積の中身は無限和になっています。これをなんとか簡潔な形にしたいですね。


 \displaystyle 1+\frac{1}{p^s}+\frac{1}{p^{2s}}+\frac{1}{p^{3s}}+\cdots


ものすごく細かいですが、この式を次のように変形*1してみましょう。


 \displaystyle 1+\left(\frac{1}{p^{s}}\right)+\left(\frac{1}{p^{s}}\right)^2+\left(\frac{1}{p^{s}}\right)^3+\cdots


すると、このような形の式に見えてきます。


 \displaystyle 1+r+r^2+r^3+\cdots

この数列のべき乗の和であらわされていますが、ちょうど、

 \displaystyle r = \frac{1}{p^s}

とおけば両方の式は完全に一致しますね。

さらにこの数列の和には、 r がある条件を満たせば、高校数学レベルのよく知られた公式があります。

べき乗の和の公式:
r が  0\leq r < 1 を満たすとき、べき乗の和は収束し、次の式で表される値をとる。


 \displaystyle 1+r+r^2+r^3+\cdots = \frac{1}{1-r}

ここで明らかに

 \displaystyle 0\leq \frac{1}{p^s} < 1

ですから、
 \displaystyle r = \frac{1}{p^s}

としてこの式に適用しましょう。


 \displaystyle 1+\frac{1}{p^s}+\frac{1}{p^{2s}}+\frac{1}{p^{3s}}+\cdots = \frac{1}{1-1/p^s}


これをオイラー積(途中版)に代入すると、最終的に次の式が得られます。

オイラー積(完全版)


 \displaystyle \sum_{n=1}^{\infty}\frac{1}{n^s} = \prod_{p;prime}\frac{1}{1-1/p^s}
ただし、右辺の積記号はすべての素数の積を表す。

おわりに

ゼータ関数のオイラー積という美しい式を紹介しました。この式は「整数の和と素数の積に変換する」という一貫したコンセプトを持っていたのです。

しかもその導出は、「素因数分解の一意性」という整数の根源的な性質を用いるという、とびきり鮮やかなものでした。

オイラーがゼータ関数に着目したのは、素数の性質を探るためだと言われています。実際、オイラーはこの式から「素数の逆数の和が発散する」ことを示しています。いつかこの方法についても紹介したいですね。

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*1:実は、この変形ができることが非常に本質的なのですが、それはまた別のお話。