前回の記事では、 691 という数が登場する、3つの不思議な定理について紹介しました。
前回紹介した定理たち:
a.
b. ゼータ関数 とベルヌーイ数 の分子に が現れる
c. は非正則素数である( の類数が で割り切れる)
b. を使って c. が示せるというクンマーの理論については、前回もご紹介しましたが、a. に関しては b. や c. とは何の関係もないように見えます。「一見無関係な場所に という素数が突然現れるのは、不思議である」というのが前回の記事の主張でした。
ところが、よくよく調べてみると、b. を使って a. が示せる ことが分かりました!!
というのが、今回お伝えしたいことです。
結局のところ、691の特徴は「ベルヌーイ数の分子に現れる最初の非正則素数」ということなのでしょう。
今回の記事では、b. から a. を導くことに挑戦したいと思います。参考にしたのは、いつもお世話になっている黒川先生らの「数論Ⅱ」という本の第9章です。
参考にしましたが、もちろん全部理解して書いているわけではなく、ところどころいい加減な可能性があります。気になるところがありましたら、ぜひ元の文献をご確認いただけると嬉しいです。
まずは、証明の準備として「ラマヌジャンの 」 と「正規化されたアイゼンシュタイン級数」を定義します。
ラマヌジャンの
ラマヌジャンの は、前回の記事で以下のように紹介した保型形式です。
保型形式とは、 上で正則な複素関数で、以下の2つの条件を満たすものの総称です。(この を上半平面といいます。 )
1つめの条件は、
という変換に対して、
のような不変性を持つことです。係数のべきである を重さと呼びます。
ラマヌジャンの は重さ 12 の保型形式なので、以下の式を満たします。
2つめの条件は、 において正則であることです。この性質についてはすぐ後で触れます。
ところで、保型形式にあまり慣れていない方は、(1) 式の左辺の変数が なのに、右辺の変数が となっていて気になるかもしれません。 は以下の式で定められており、 の関数になっています。
また、(1) 式は無限積の形になっていますが、この式を のべきで展開したものを -展開といいます。ラマヌジャンの を -展開したときの の係数が、ラマヌジャンの 関数です。
ここで、2つめの条件について確認しておきましょう。 においては、 です。したがって、保型形式の条件を満たすためには、 において正則でなければなりません。すなわち、-展開において の項(負のべき)があってはいけません。たしかに、(2) 式には負のべきはありませんね。よって、ラマヌジャンの が保型形式の条件を満たすことがわかります。
さて、前回の記事では、このラマヌジャンの 関数が、 において以下のような関係を持つことを紹介しました。
いやあ、不思議な式ですね。でも、ちゃんと導く方法があるんですよ。
以下では、正規化されたアイゼンシュタイン級数を使うことで、この式を導出したいと思います。
正規化されたアイゼンシュタイン級数
正規化されたアイゼンシュタイン級数とは、以下の式で定義される保型形式です。
右辺の和は つまり互いに素であるすべての組み合わせに対して足し合わせることを意味しています。
以前、これによく似たアイゼンシュタイン級数を定義しましたが、今回のものは、-展開したときの定数項が 1 になります。その意味で「正規化」されているわけですね。
も保型形式ですから、 の変換に対して、以下の式が成り立ちます。
乗の分だけ外に飛び出していますので、 次の保型形式です。
この正規化されたアイゼンシュタイン級数は、-展開できるわけですが、こうなるのだそうです。
なるほど、これでベルヌーイ数が関係するわけですね!
のときには、以下のようになります。
も出てきましたし、いよいよ近づいて来た感じがしますね。
いよいよ導出
準備は整ったので、ラマヌジャンの との関係を示していきましょう。
上の式は重さ 12 の保型形式になっていますので、同じく重さ 12 の保型形式であるラマヌジャンの と比較すれば良さそうです。
少々トリッキーですが、次のような関数を考えます。
ここでは、この関数が以下の二つの性質を満たすことを示します。
- は定数関数である
- の分母は に一致する
1. についての証明は非常にエレガントで好きです。
の変換を左辺に適用すると、分子から が、分母からも が飛び出ます。したがって、両者打ち消し合うので、結局 は に対して不変です。また、 において が正則であることも容易に示せます。
よって、 は重さ 0 の保型形式になるはずですが、保型形式の理論によると*1 重さ 0 の保型形式は定数でしかありえません。したがって、 は定数関数です。
次に 2. について考えましょう。
を -展開すると、
これを2乗すると、
となります。
また、 は
となりラマヌジャンの も
となりますから、結局 はこうなります。
における極限、すなわち を考えると、
であり、結局 1. と合わせて
が得られました。分母がちゃんと になっていることを確認して、2. が完了です。
いよいよ仕上げです。
を元の式から復元すると、
が成り立ちます。
両辺に をかけておきましょう。
あと少しです。両辺それぞれ -展開します。
ここで、 の係数の比較から等式を立てて、 とすれば、目的の合同式が得られるはずです。
( の係数は整数になるはずなので、 においては無視できることに注意しましょう。)
の係数だけ取り出すと、
これを で考えると、
と は互いに素であるから、両辺 で割ることが出来て、
となり、目的の式が得られました。
ラマヌジャンの合同式
今回導出を試みた
の系として、 に素数 を代入すると、
が得られます。この合同式はラマヌジャンが 1916 年に発見したもので、ラマヌジャンの合同式と呼ばれます。この式も、元の式に引けをとらない不思議さを持っています。どうやってこれを発見したというのだ、という感じがしますよね。
左辺の 関数は、 乗のべき乗をひたすら展開して得られる数列です。私も手計算でやってみましたが、かなり早い段階で計算ミスをして、諦めてしまいました。チャレンジする人が居たら、相当面倒であることを覚悟してください。
さらに、右辺は素数の 11 乗になっています。11乗です。途方もない数ですよね。
ラマヌジャンの有名なエピソードに「タクシー数」というものがあります。お見舞いに来てくれたハーディーに対して「"1729" が2通りの 3乗数の和で表せること」を一瞬のうちに答えてしまったという有名な逸話です。この話を聞いたときに私は「ああ、ラマヌジャンは3乗数を一通り暗記していたんだな」と思っていました。今回の話をふまえると、きっと11乗数も一通り覚えていたということでしょう。
いずれにせよ、このラマヌジャンの合同式については、ナマギーリの女神様が教えてくれたとしか思えない偉業です。
まとめ
これにて の秘密は晴れて解決です。
結局のところ「ゼータ関数 (もしくはベルヌーイ数 )の分子に が現れること」が、 という数の不思議さを形作る根源だったのですね。これにより、一般の についてのラマヌジャンの合同式も導けるし、クンマーの理論から が非正則素数であることも導くことができました。
次なる疑問は「なぜ において が分子に登場するのか」でしょうか。今回の導出では、ラマヌジャンの が "たまたま" 重さ 12 の保型形式であることがうまく作用しました。何か関連があるのでしょうか。
一見無関係な場所に顔を出す の不思議は解消してしまいましたが、この数が面白い素数であることに変わりはなさそうですね。
*1:勉強不足につきこの部分がちょっと自信がありません。。。