tsujimotterのノートブック

日曜数学者 tsujimotter の「趣味で数学」実践ノート

アフィンスキームとは何だろうか(2)

この記事は、シリーズ記事「アフィンスキームとは何だろうか」の第2回の記事です。

第1回の記事はこちら:
tsujimotter.hatenablog.com

前回はアフィンスキームの定義に向けて、環のスペクトルとザリスキー位相という概念を紹介しました。位相が入ったので、環のスペクトルが位相空間になりました。

今日は、位相空間の上の 構造層 がテーマです。最終的には、アフィンスキームを定義するところまでいきたいと思います。

本記事の目次:

4. 構造層

この節の内容では  A整域に限定して話を展開します

前回の記事では  \boldsymbol{X} = \text{Spec}(A) なる位相空間を定義しましたが、今回は  \boldsymbol{X} の上の「構造層」と呼ばれるものを構成します。構造層とは、簡単にいうと  \boldsymbol{X} の開集合  U に対して、 U 上で定義される正則関数全体の集合  \mathcal{O}_{\boldsymbol{X}}(U) を対応させるルール  \mathcal{O}_{\boldsymbol{X}} のことです。

代数多様体のアナロジー

正則関数の意味を理解するために、「1. 代数幾何の基本」で説明した代数多様体上の正則関数を考えて、そのアナロジーから  \boldsymbol{X} 上の正則関数を考えましょう。


まずは、代数多様体の正則関数の定義を復習します。

 n 変数多項式環  k[X_1, \ldots, X_n] のイデアル  I に対応する代数多様体を  V = V(I) とします。また、 I に対応する座標環  A = k[X_1, \ldots, X_n]/I を考えます。 A の元は  V 上の多項式関数です。 f, g \in A に対して、 f/g の形をした関数を有理関数といいます。この有理関数  f/g もまた、 V 上の関数だと思うことができます。

 V の開集合  U \subset V に対して、 U 上で極を持たない有理関数  f/g を、すなわち、任意の  (a_1, \ldots, a_n) \in U に対して  g(a_1, \ldots, a_n) \neq 0 となるような  f/g を、 U 上の正則関数といいます。

要するに分母の関数が、 U 内で 0 にならなければ  U 上の正則関数というわけです。

特に、 f/1 の形をしている関数は分母が 0 になりえませんから、 A のすべての元は  V 上の正則関数です。 U の範囲を、 V 全体より小さくとれば、正則関数の個数は増えることになります。


上で定義した正則関数を、イデアルの言葉を使って少し言い換えてみましょう。

まず「1. 代数幾何の基本」でやったように、 V 上の点  a = (a_1, \ldots, a_n) \text{Spm}(A) 上の点  \mathfrak{m}_a = (X_1 - a_1, \ldots, X_n - a_n) だと思うことにします。

すると、 U \subset V 上の点  a = (a_1, \ldots, a_n) に対して  f/g が正則であることは、 f/g が点  a = (a_1, \ldots, a_n) に対応する極大イデアル  \mathfrak{m}_a に対して  g \not\in \mathfrak{m}_a であることと言い換えることができます。

上のことは1次元で考えてみるとイメージしやすいかもしれません。 \mathfrak{m}_a = (X - a) とします。

高校のときに習う因数定理により、 g(X) \in A が点  X = a に零点を持つことは、 g(X) が多項式  (X - a) で割り切れることと同値です。

したがって、次が成り立ちます。

 g(a) = 0 \Longleftrightarrow g(X) \in \mathfrak{m}_a

それと同じようなことが、 n 変数でもできるということですね。


構造層の定義

以上を踏まえて、 A を一般の整域として考えてみましょう。

代数多様体のアナロジーによると、 \boldsymbol{X} = \text{Spec}(A) を空間と考えて、 A の元を  \boldsymbol{X} 上の関数だと思いたいわけです。

 \boldsymbol{X} の開集合  U について、 U 上の正則関数の定義から検討しましょう。

正則関数の定義は、代数多様体のときに説明した「言い換え」を使います。すなわち、 f, g \in A に対して有理関数  f/g を考えたときに、任意の  \mathfrak{p} \in U に対して  g \not\in \mathfrak{p} であれば、 f/g U 上の正則関数であると定義することにします。

このように定義すると、 U 上の正則関数全体の集合は「 A の商体  \text{Quat}(A) の部分集合であって、各元の分母が任意の  \mathfrak{p} \in U に属さないもの」と特徴付けることができます。

 \boldsymbol{X} の開集合  U に対して、 U 上の正則関数全体の集合を  \mathcal{O}_{\boldsymbol{X}}(U) と表記することにしましょう。


 \mathcal{O}_{\boldsymbol{X}}(U) は、環の局所化 によって次のように計算できます。

開集合  U \subset \boldsymbol{X} に対して定まる  A の部分集合  S_U を、以下のように定義します。

 \displaystyle S_U = \bigcap_{\mathfrak{p} \in U} (A \setminus \mathfrak{p})

 U のすべての元  \mathfrak{p} に対して「 A から  \mathfrak{p} を除いたもの」の共通部分をとってできる集合が  S_U です。言い換えると  A の元の中で、 \mathfrak{p} \in U に入ってなくて、 \mathfrak{p}' \in U にも入っていなくて、 \mathfrak{p}'' \in U にも入っていなくて、・・・という元全体の集合です。この部分集合  S_U は、「積に対して閉じている」ので積閉集合といいます。

積閉集合  S_U に対して、 A S_U による局所化  S_U^{-1} A とは、

  \displaystyle S_U^{-1} A = \left\{ \frac{f}{g} \; \middle| \; f \in A, \; g \in S_U  \right\}

として定義されます。要するに、 S_U の元を分母に持つような  A の分数全体ですね。この  S_U^{-1} A U 上の正則関数全体となります。

 S_U^{-1} A の元が正則関数であることを示すためには、任意の  \mathfrak{p} \in U に対して  g \in S_U の元が  \mathfrak{p} に含まれないことを確認すればよいでしょう。そしてそれは  S_U の定義から明らかですね。

よって

 \mathcal{O}_{\boldsymbol{X}}(U) = S_U^{-1} A

が言えました。


あとで使うので、素イデアルに対応する局所化についても定義しておきます。素イデアル  \mathfrak{p} に対応する  A の部分集合を  S = A\setminus {\mathfrak{p}} とすると、これも積閉集合になります。 A S による局所化を

 \displaystyle A_{\mathfrak{p}} := S^{-1} A = \left\{ \frac{f}{g} \; \middle| \; f \in A, \; g \in S  \right\}

と定義することにします。


正則関数全体の集合は決定できましたが、まだ納得いかない部分があるかもしれません。「可換環の商体の元が関数である」というのは一体どういうことなんでしょうか。そこで、上で定義した  \mathcal{O}_{\boldsymbol{X}}(U) の元  s = f/g が、実際に関数になっていることを、具体例を通してで確認してみましょう。

以下は、 \boldsymbol{X} = \text{Spec}(\mathbb{Z}) として、 \boldsymbol{X} の開集合  U_{(15)} 上の正則関数の例を示したものです。 s = 8/3 は、 U_{(15)} 上の正則関数の1つです。 U_{(15)} 上の点  (p) に対して、以下のように値を対応させます。

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 8/3 U_{(15)} 上の点に対して  8/3 の値をとる関数です。分母の  3 (3) に含まれるため、 (3) を含むような開集合上では  8/3 は正則になりません。 一方で、 8/3 (5) の上では正則になるので、 U_{(3)} 上の正則関数でもあります。


長くなりましたが、以上の議論によって  \boldsymbol{X} の任意の開集合  U に対して、 U 上の正則関数全体  \mathcal{O}_{\boldsymbol{X}}(U) を対応させるルール  \mathcal{O}_{\boldsymbol{X}} を構成することができました。この  \mathcal{O}_{\boldsymbol{X}} \boldsymbol{X}構造層 といいます。

なお、ここまで  A を整域と仮定して説明してきましたが、一般の可換環に対しても構造層を定義することができます。しかし、その定義はもう少し複雑になるので、ここでは取り扱いませんが、とにかく構造層が定義できるのだということにして説明を終えたいと思います。

具体例:X = Spec(Z) の場合

例によって  \boldsymbol{X} = \text{Spec}(\mathbb{Z}) に対して具体例を計算してみましょう。

 U_{(1)} = \boldsymbol{X} に対して、正則関数全体は  \mathbb{Z} に一致しますから  \mathcal{O}_{\boldsymbol{X}}( U_{(1)} ) = \mathbb{Z} です。

 U_{(3)} = \{(0), (2), (5), (7), (11), (13), (17), \ldots\} (3) を除く素イデアル全体)に対応する正則関数は、分母が  (3) 以外の素イデアルに含まれない有理関数全体です。つまり、「 3 のべき乗(すなわち  3 の生成する積閉集合の元)」だけは分母として許されるわけです。このような元全体を表現するには  \mathbb{Z}[1/3] とすればよいでしょう。

この記号は  \mathbb{Z} 係数の多項式全体  \mathbb{Z}[X] を考えて、変数  X 1/3 を代入したものと考えます。

すると、 1/3 のべき乗で通分できるので、 3 のべき乗を分母に持つ分数全体を表現することができます。

したがって、 \mathcal{O}_{\boldsymbol{X}}( U_{(3)} ) = \mathbb{Z}[1/3] となります。

 U_{(15)} = \{(0), (2), (7), (11), (13), (17), \ldots\} (3), (5) を除く素イデアル全体)に対応する正則関数は、分母が  (3), (5) 以外の素イデアルに含まれない有理関数全体です。つまり、 3 5 によって生成される積閉集合の元だけは分母として許されるわけです。このような分数全体を表現するには  \mathbb{Z}[1/3, 1/5] とすればよいでしょう。したがって、 \mathcal{O}_{\boldsymbol{X}}( U_{(15)} ) = \mathbb{Z}[1/3, 1/5] となります。

同様に  U_{(105)} = \{(0), (2), (11), (13), (17), \ldots\} (3), (5), (7) を除く素イデアル全体)に対しては、 \mathcal{O}_{\boldsymbol{X}}( U_{(105)} ) = \mathbb{Z}[1/3, 1/5, 1/7] となります。

同様に  U_{(1155)} = \{(0), (2), (13), (17), \ldots\} (3), (5), (7), (11) を除く素イデアル全体)に対しては、 \mathcal{O}_{\boldsymbol{X}}( U_{(1155)} ) = \mathbb{Z}[1/3, 1/5, 1/7, 1/11] となります。

前層と層

上で挙げた例では面白い状況が観察できます。実は上の例において

 U_{(1)} \supset U_{(3)} \supset U_{(3)} \supset U_{(15)} \supset U_{(105)} \supset U_{(1155)}

となるよう閉集合を選んでいます。

これに対して、対応する正則関数全体の集合の間には

 \mathcal{O}_{\boldsymbol{X}}(U_{(1)} ) \subset \mathcal{O}_{\boldsymbol{X}}(U_{(3)} ) \subset \mathcal{O}_{\boldsymbol{X}}(U_{(15)} ) \subset \mathcal{O}_{\boldsymbol{X}}(U_{(105)} ) \subset \mathcal{O}_{\boldsymbol{X}}(U_{(1155)} )

なる関係が成り立っています。

図にするとこんな感じです。

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すなわち、 U \subset V \boldsymbol{X} の開集合における包含関係としたときに、対応する正則関数の方では  \mathcal{O}_{\boldsymbol{X}}(U) \supset \mathcal{O}_{\boldsymbol{X}}(V) となっており、包含関係が逆転しているわけです。


このことは圏論の言葉で次のように言い換えることができます。

まず、 \boldsymbol{X} の開集合  V \subset U に対して、 V \to U という向きの射を定義します。すると、開集合全体が包含関係についてなす圏が定義されます。

一方、 V, U に対応する可換環  \mathcal{O}_{\boldsymbol{X}}(V), \; \mathcal{O}_{\boldsymbol{X}}(U) の間に、制限写像 と呼ばれる環準同型写像  \rho_{UV}\colon \mathcal{O}_{\boldsymbol{X}}(U) \to \mathcal{O}_{\boldsymbol{X}}(V) を入れます。これは、 U を定義域とする正則関数  s \in \mathcal{O}_{\boldsymbol{X}}(U) に対して、その定義域を  V に制限して得られる関数  s|_V を対応させる写像です。 \boldsymbol{X} の任意の開集合に対応する可換環  \mathcal{O}_{\boldsymbol{X}}(U) を対象とし、制限写像を射とする圏が定義されます。

「開集合全体なす圏」と「可換環のなす圏」に対して、 \mathcal{O}_{\boldsymbol{X}}反変関手 となっています。関手とは、圏の圏の間のそれぞれの射を保つような対応関係のことで、反変関手は特にその対応関係によって、射の向きが反対になるものを言います。

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開集合のなす圏から可換環のなすの圏への反変関手のことを 前層 といいますが、前層の中で特に「良い性質」を持ったものを といいます。ここでは「良い性質」についての説明はしませんが、上で定義した構造層はこの性質を満たすことが確認できます。

用語の定義

もう一つ 茎(ストーク) という言葉を定義しましょう。

 \text{Spec}(A) はハウスドルフではないので、一般に  \mathfrak{p} \in \boldsymbol{X} を1点だけ含むような開集合を取ることができません。

一方で、「 \mathfrak{p} の近傍だけで局所的に定義される正則関数」のようなものを考えたいことがあるでしょう。これを  \mathfrak{p} の茎(ストーク)  \mathcal{O}_{\boldsymbol{X}, \mathfrak{p}} というのですが、次のように定義されます:

 \displaystyle \mathcal{O}_{\boldsymbol{X}, \mathfrak{p}} := \varinjlim_{U \ni \mathfrak{p}}\mathcal{O}_{\boldsymbol{X}}(U)

これはどういうことかというと、 \mathfrak{p} を含むすべての開集合を考えて、対応する  \mathcal{O}_{\boldsymbol{X}}(U) と制限写像がなす直系に関する順極限をとったものが  \mathcal{O}_{\boldsymbol{X}, \mathfrak{p}} です。

先ほどの  \boldsymbol{X} = \text{Spec}(\mathbb{Z}) の例では、意図的に  \mathfrak{p} = (2) を含むような開集合の包含の列を考えましたが、この包含関係をたどっていくと、 (0), (2) 以外の素イデアルが除かれて開集合が小さくなっていきます。対応する正則関数は

 \mathbb{Z} \to \mathbb{Z}[1/3] \to \mathbb{Z}[1/3, 1/5] \to \mathbb{Z}[1/3, 1/5, 1/7]  \to \cdots

 1/2 以外の  1/p が添加されていきます。この直系に関する順極限は、 \mathbb{Z}_{(2)} に一致します。

一般に、 A \mathfrak{p} における茎は  A_{\mathfrak{p}} に一致することが示せます。


この茎という概念は重要で、層としての性質を考えるときに、すべての開集合  U に対する  \mathcal{O}_{\boldsymbol{X}}(U) を考えなくとも、すべての点  \mathfrak{p} に対する茎だけを考えれば十分という状況があります。 \boldsymbol{X} 上のすべての点における茎の振る舞いを調べるだけで、層の性質が決まってしまうということですね。


なお、 U に対する  \mathcal{O}_{\boldsymbol{X}}(U) のことを、 U 上の層  \mathcal{O}_{\boldsymbol{X}}切断 といい、 \Gamma(U, \mathcal{O}_{\boldsymbol{X}}) と表記します。単なる言葉の言い換えですが、ハーツホーンを勉強しているときに、突然出てきて「なんだこりゃ」と思った記憶があるので、ここで一応触れておきます。

これまでの例でも観察されたように

 \Gamma(\mathcal{O}_{\text{Spec}(A)}, \text{Spec}(A) ) = A

となります。 \text{Spec}(A) 上を大域切断といいます。大域切断によって、元の環  A の情報が復元できたと思えるかもしれません。


5. アフィンスキームの定義

お待たせしました。長々と説明してきましたが、ここでようやく アフィンスキーム を定義することができます。

可換環を  A とします。環  A のスペクトルにザリスキー位相を入れた位相空間  \boldsymbol{X} = \text{Spec}(A) と、 \boldsymbol{X} 上の構造層  \mathcal{O}_{\boldsymbol{X}} の組  (\boldsymbol{X}, \mathcal{O}_{\boldsymbol{X}}) を、アフィンスキームといいます。

一般に、 \boldsymbol{X} を位相空間としたとき、その上の構造層  \mathcal{O}_{\boldsymbol{X}} を定義できるのですが、 (\boldsymbol{X}, \mathcal{O}_{\boldsymbol{X}}) を環付き空間といいます。

「環付き空間」の名前の由来はよくわからないですが、普通の位相空間  \boldsymbol{X} の開集合  U に環  \mathcal{O}_{\boldsymbol{X}}(U) がくっついた空間だから環付き空間というのだというように私は覚えています。

 \boldsymbol{X} = \text{Spec}(A) とした環付き空間のことをアフィンスキームと呼ぶわけですね。

アフィンスキームといったときに、 \boldsymbol{X} = \text{Spec}(A) だけでアフィンスキームと呼ぶこともあります。しかしこれは単なる省略で、実際はその上の構造層も含めてアフィンスキームといっていることに注意しましょう。

アフィンスキームの具体例1:Spec(Z)の場合

それでは、アフィンスキームの具体例を考えていきましょう。

まずは、 A = \mathbb{Z} としたときのアフィンスキーム  (\text{Spec}(\mathbb{Z}), \mathcal{O}_{\text{Spec}(\mathbb{Z})}) を考えましょう。といっても、これは上で散々計算しているので特にいうこともありません。

 \text{Spec}(\mathbb{Z}) = \{ (0), (2), (3), (5), (7), (11), \ldots \}

に対してザリスキー位相を入れて、その上の構造層  \mathcal{O}_{\text{Spec}(\mathbb{Z})} を考えればよいでしょう。

アフィンスキームの具体例2:Spec(O_K)の場合(代数体の整数環)

 K を代数体、 K の整数環を  \mathcal{O}_K として、 A = \mathcal{O}_K のアフィンスキーム  (\text{Spec}(\mathcal{O}_K), \mathcal{O}_{\text{Spec}(\mathcal{O}_K)}) を考えましょう。

環のスペクトル  \text{Spec}(\mathcal{O}_K) は、 \mathcal{O}_K の素イデアル全体です。これらは、 \mathbb{Z} の素数  p \mathcal{O}_K で素イデアル分解

 p\mathcal{O}_K = \mathfrak{p}_1^{e_1} \cdots \mathfrak{p}_g^{e_g}

することで得られます。

続いて、構造層  \mathcal{O}_{\text{Spec}(\mathcal{O}_K)} ですが、大域切断は

 \mathcal{O}_{\text{Spec}(\mathcal{O}_K)}(\text{Spec}(\mathcal{O}_K) ) = \mathcal{O}_K

となります。一般の開集合に対する切断は、 \mathcal{O}_K の局所化が対応します。

これは少し面白いですね。構造層の記号には  \mathcal{O}_{\boldsymbol{X}} を割り当てる慣習がありますが、代数体の整数環の場合、構造層の切断が同じ  \mathcal{O} 記号を用いる  \mathcal{O}_K に一致するというのです。「うまいことできている」という感じがしますが、これは偶然なのでしょうか。*1

アフィンスキームの具体例3:Spec(K)の場合(体の場合)

最後に、 K を体として、 A = K の場合のアフィンスキーム  (\text{Spec}(K), \mathcal{O}_{\text{Spec}(K)}) を考えましょう。体も可換環なので、同様にアフィンスキームを考えることができます。

さて、体については「素イデアルは  (0) ただ一つである」という特徴づけがあります。したがって、 \text{Spec}(K) = \{(0)\} です。一点だけなんて寂しいですね。

 \text{Spec}(K) の上の構造層ですが、 \text{Spec}(K) における  \mathcal{O}_{\text{Spec}(K)} の切断(つまり、大域切断)だけを考えれば良いでしょう。定義から計算してもいいですが、上で述べたように大域切断は  K 自身に一致するのでした。つまり

 \mathcal{O}_{\text{Spec}(K)}(\text{Spec}(K)) = K

ということです。体  K のアフィンスキームは、位相空間としては1点だけの自明な空間に思えますが、構造層も合わせて考えるともう少し豊かな空間だと思えるわけですね。

実際、2つの異なる体  K, K' に対して  \text{Spec}(K), \text{Spec}(K') は位相空間としては同相な1点集合です。そのため、構造層を考えないと区別できなくなってしまいます。


具体例の計算はこの辺にしておきましょうか。

おわりに

今回は、構造層について説明して、ようやくアフィンスキームを定義することができました。次回(5/8)は、アフィンスキームの間の射を考えたいと思います。面白い具体例もいくつか出てくるので楽しみにしていてください。

それでは今日はこの辺で。

参考文献

代数幾何学 1

代数幾何学 1

代数的整数論

代数的整数論

次回はこちら

tsujimotter.hatenablog.com

*1:「整環」は英語で "Order" なので  \mathcal{O} を用いて、層は岡潔の "O" から取っている、という話を聞いたことがあります。本当かどうかはわかりませんが。