tsujimotterのノートブック

日曜数学者 tsujimotter の「趣味で数学」実践ノート

積分定数とは何だったのか

数学ガール「ポアンカレ予想」を読んでいて(あまり本題に関係なく)感動したのが、不定積分 についてです。

 f(x) の不定積分は、原始関数  F(x) を用いて以下のように表せます。

 \displaystyle \int f(x)dx = F(x) + C

ここで、 C は積分定数です。

高校の時からずっと機械的に(もしくはおまじない的に)

 C は積分定数である」

と書いてきたわけですが、この積分定数とは一体何か、というのが今回の主題です。

考えを進めていったら、昨日ブログで書いたド・ラームコホモロジーも出てきてびっくり。よかったら最後まで御覧ください。

昨日の記事:
tsujimotter.hatenablog.com

線形微分方程式の解空間

まず、元の不定積分は、微分を使って以下のように書き換えることができます。

 \displaystyle F'(x) = f(x)

「これは微分方程式である」というのが、最も重要な視点の変換です。そういえば、これを微分方程式とみて考えたことは今までの人生の中で一度もありませんでした。冒頭の数学ガールを読んで感動したという話は、このことでした。

さて、微分方程式があったら、そのすべての解を求めたくなるわけですが、それが  F(x) + C なのです。この積分定数  C は、微分方程式の解すべてを表すためのパラメータです。つまり微分方程式の解の集合は

 \{ F(x) + C \mid C \in \mathbb{R} \}

というわけです。なるほど、積分定数は解の空間をあらわすパラメータだったというわけです。


さて空間といいましたが、これは一体何の空間なのでしょうか?もっというと線型空間なのでしょうか?

これに対する回答は、線形微分方程式の理論の中にあります。線形微分方程式は、斉次なものと非斉次なものに分けられます。どうでもいいことですが、この「斉次」という漢字を変換するのにかなり時間がかかりました。

斉次な線形微分方程式とは、解となる関数をたとえば  y とおいたときに、

 y^{(n)} + a_{n-1}y^{(n-1)} + \cdots + a_2 y'' + a_1 y' + a_0 y = 0

と書けるような微分方程式のことです。つまり、 y を微分したものしか、本質的に式に現れません。斉次な線形微分方程式の解空間は、よく知られるように  \mathbb{R} ベクトル空間になります。

一方で、今回対象となる微分方程式は「非斉次」です。 y = F(x) としたとき

 y' = f(x)

と表せますが、右辺の  f(x) y の微分では表せません。


さて、非斉次なタイプの微分方程式の解法は、斉次なタイプの方程式に帰着することでした。つまり、無理やり右辺の非斉次な項をゼロにしてしまうのです。すると

 y' = 0

となります。この微分方程式の解は、積分定数  C \in \mathbb{R} で表せます。つまり、解空間は  \mathbb{R} です。明らかに  \mathbb{R} ベクトル空間になっています。

元の非斉次な解すべてを得るためには、非斉次な方程式の解を一つ見つければいいわけです。つまり、 y = F(x) が非斉次な解の1つなわけですが、これに先ほどの斉次な解空間  \mathbb{R} を加えたものが、非斉次なものも含めたすべての解空間です。すなわち、

 F(x) + \mathbb{R}

が解空間となるわけです。なるほど、積分定数は1次元  \mathbb{R} ベクトル空間(の元)を表していたのか、と。


0次ド・ラームコホモロジー

先の内容をツイートしたら、umezakiさんという方から「積分定数は0次のド・ラームコホモロジーとみなせる」ということを教えて貰いました。感激したので、ブログでもまとめたいと思います。

ド・ラームコホモロジーについては、少し難しい概念ですが、昨日の記事で丁寧すぎるぐらい書いたので見てください:
tsujimotter.hatenablog.com


ただし、上の記事で0次のド・ラームコホモロジーを定義するのは無理があります。というのも、

 B^r(M) = \{ \underbrace{d\omega}_{\omega の外微分はr\text{-}形式 }\;\; \mid \;\; \omega \in \underbrace{C^{r-1}(M)}_{(r-1)\text{-}形式} \}

というベクトル空間を定義しているのですが、 r = 0 を入れると「 (-1)-形式」という謎の概念が出てきてしまいます。結果的には、「 (-1)-形式」は 0 であると見なせばよいのですが、まだ説得力がありません。


うまいこと定義するためには、ド・ラーム複体というものを考えたほうがよさそうです。同様に、 C^r(M) M 上の  r-形式全体の空間とし、 d^r: C^r(M) \to C^{r+1}(M) を外微分とします。この写像をつないでいくと、以下のような系列が得られます:

 0 \xrightarrow{d^{-1}} C^0(M) \xrightarrow{d^0} C^1(M) \xrightarrow{d^1} C^2(M) \xrightarrow{d^2} C^3(M) \xrightarrow{d^3} \cdots

一番左の写像  d^{-1} : 0 \to C^0(M) は、0 を  C^0(M) の 0 に写すいわゆる「0射」です。

このようにすると、 r \geqq 0 に対して  d^r \circ d^{r-1} = 0 を満たすので(2つ先まで飛ばすと0になる)、複体の条件をみたします。これをド・ラーム複体と呼びます。

複体に関しては、コホモロジーを定義できて、

 H^{r}_{\text{dR}}(M) = \text{Ker}\,d^r / \text{Im}\,d^{r-1}

となります。これを  r-次のド・ラームコホモロジーと呼びましょう。

以上のようなやり方で、複体からコホモロジーを定義できるのですが、その意味は少しわかりづらいですね。これについては、「コホモロジーの心」という本の説明が大変わかりやすいので、そちらを読んでみるとよいかもしれません。また、以下の図が理解の参考になるかもしれません。
f:id:tsujimotter:20180423215940p:plain:w420

このド・ラームコホモロジーは、前回の記事の定義とまったく同じものを指していることに注意しましょう。次のような対応関係があります:

 Z^{r}(M) = \text{Ker}\,d^r
 B^{r}(M) = \text{Im}\,d^{r-1}

上のように定義しておくと、 d^{-1} があるおかげで、 r = 0 においてもド・ラームコホモロジーが定義できます。やったね。

ところで、このように見ると  C^{-1}(M) := 0 と定義するのがうまいやり方のように見えますね。プログラミングでいうところの「番兵」みたいなものでしょうか。たとえが伝わらないかもしれませんが。


さて、このように0次ド・ラームコホモロジー  H^{0}_{\text{dR}}(M) を定義したわけですが、 M = \mathbb{R} として計算してみるとどうなるでしょうか。

まず、 \text{Im}\,d^{-1} は明らかに 0 です。 d^{-1} は0射なので、0射の像は当然 0 ですね。となると、

 H^{0}_{\text{dR}}(\mathbb{R}) = \text{Ker}\,d^0

です。 d^0 という写像の核を考えれば良いから、

 d^0 \omega = 0

を満たすような0-形式  \omega を考えればよいことになります。0-形式だから  \omega \mathbb{R} 上の関数。

あれ、ってことは、単に微分して 0 になるような関数ってことじゃないか!これって、前節で議論していた

 y' = 0

の解  y を求めよ、ってことですね。これは  y = C \in \mathbb{R} じゃないか。

というわけで、 \mathbb{R} の0次ド・ラームコホモロジー

 H^{0}_{\text{dR}}(\mathbb{R}) = \mathbb{R}

こそが、積分定数の空間の正体だったというわけです。

面白いでしょう!!

1/x の不定積分

さらに、もう一つ面白い例を紹介します。この例もumezakiさんに教えていただきました。感謝。

みなさんは、高校のときに  1/x という関数の不定積分を習ったかと思います。

 1/x の不定積分は、こんな感じの式で表せるよ、と習ったと思います。

 \displaystyle \int \frac{1}{x} dx = \log |x| + C C は積分定数)

今日は、これに少しだけ疑問を投げかけてみましょう。さて、どの辺が問題あるでしょうか。


まず、思いつくのは、右辺が  x = 0 では定義できないということです。 \log x は、 x \to +0 - \infty に発散してしまいます。これは元々の  1/x 自体も同様に  x = 0 で定義できませんから、当然といえば当然ですね。

さて、それでは以降は  x \neq 0 としましょう。これなら問題ないでしょうか。念のため (i)  x > 0 と (ii)  x < 0 に分けて再計算してみましょう。

(i)  x > 0 のとき、

 \displaystyle (\log |x|)' = (\log x)' = \frac{1}{x}

となります。

(ii)  x < 0 のとき、 (-x) > 0 より  \log(-x) が定義できます( \log x の定義域は  x > 0)。

よって、

 \displaystyle (\log |x|)' = (\log (-x))' = \frac{(-x)'}{-x} = \frac{1}{x}

が成り立ちます。途中で置換積分の公式を使いました。


(i) (ii) の議論により

 \displaystyle (\log |x|)' = \frac{1}{x}

という結論が得られました。あとは、この両辺を積分するだけですね。一見良さそうな気もします。

実際、負の領域で定積分をとると、
 \displaystyle \begin{align} \int_{-2}^{-1} \frac{1}{x} dx &= \left[ \log |x| \right]_{-2}^{-1} \\ &= \log 1 - \log 2 \\ & = -\log 2 \;\; (< 0) \end{align}

となり、たしかに下図の面積が負になる事実と整合します。

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実は、今回改めて考えたいのは、積分定数 の部分です。まさかそんなところに疑問を持つのか、と驚いたかもしれません。

でも、以下の式を見たら、考えを改めるのではないでしょうか。 F(x) として次のものを考えます。

 \displaystyle F(x) = \begin{cases} \log |x| + 3 & (x > 0) \\ \log |x| + 2 & (x < 0) \end{cases}

以下の図で表される関数に  \log |x| が乗っかっているイメージですね。

f:id:tsujimotter:20180423220033p:plain:w300

この  F(x) は、 x \neq 0 で微分可能で、かつ、 F'(x) = 1/x を満たします。ここで、 \log |x| の後ろについているのは、 x > 0 であれば  3 x < 0 であれば  2 です。これは明らかに定数ではありません。

そう、 1/x の不定積分は  \log |x| + C だけではすべて列挙できたことにはならないのです。


このような現象が起きた原因は、 1/x の原始関数が  \mathbb{R} の関数ではなく、実際は  \mathbb{R}\backslash \{0\} の関数であることに起因します。

 x = 0 が除かれていることで、積分定数に相当する関数が  x = 0 で微分可能である必要がなくなったのです。 x \neq 0 の部分では微分可能である必要があるため、たとえば  x > 0 の領域では同じ値をとる必要があります。 x < 0 でも同様です。しかしながら、 x > 0 の領域での値と、 x < 0 の領域での値は同じである必要はありません。このように部分的に見れば定数になっているような関数を局所定数関数といいます。つまり、 1/x の不定積分は  \log |x| に局所定数関数を加えた形になる必要があります。


そこで、 f'(x) = 0 を満たす  \mathbb{R}\backslash \{0\} 上の関数、すなわち、 \mathbb{R}\backslash \{0\} 上の局所定数関数を一般に考えましょう。

ここでは、二つの基底関数を用意しましょう。

 h_1(x) = \begin{cases} 1 & (x > 0) \\ 0 & (x < 0) \end{cases}

 h_2(x) = \begin{cases} 0 & (x > 0) \\ 1 & (x < 0) \end{cases}

図に表せばイメージがつかみやすいと思います。

f:id:tsujimotter:20180423220053p:plain:w600


このように  h_1(x), h_2(x) を用意して、

 f(x) = C_1 h_1(x) + C_2 h_2(x)(ただし、 C_1, C_2 \in \mathbb{R}

とすれば、 \mathbb{R}\backslash \{0\} 上の局所定数関数を一般に表すことができます。


実際、 f(x) x \neq 0 において微分可能で

 f'(x) = (C_1 h_1(x) + C_2 h_2(x))' = 0

が成り立ちます。


以上から、 \mathbb{R}\backslash \{0\} 上の局所定数関数全体の空間は

 \begin{align} &\{ C_1 h_1 + C_2 h_2 \mid (C_1, C_2) \in \mathbb{R}^2 \}  \\
& = \mathbb{R} h_1 + \mathbb{R} h_2 \\
& \simeq \mathbb{R}^2 \end{align}

と表せることがわかります。


このような関数は、微分形式の視点で捉えると、 d^0 \omega = 0 となる  \mathbb{R}\backslash \{0\} 上の0-形式となります。したがって、

 H^0_{\text{dR}}(\mathbb{R}\backslash \{0\}) \simeq \mathbb{R}^2

となり、結局  1/x の不定積分の空間は、 \mathbb{R}\backslash \{0\} の 0 次ド・ラームコホモロジーだった、ということがわかるわけです。

0次のド・ラームコホモロジーは前回最後に紹介したド・ラームの定理を使っても計算することができます。やってみましょう。

まずド・ラームの定理によると、 M のド・ラームコホモロジーは  M のホモロジー群と同型になります。

 H_{\text{dR}}^0(\mathbb{R}\backslash \{0\}) \simeq H_0(\mathbb{R}\backslash \{0\}, \mathbb{R})

 \mathbb{R}\backslash \{0\} の0次ホモロジー群は、要するに「連結な空間が何個あるか」どうかを表しています。 \mathbb{R}\backslash \{0\} は2つの連結な空間があり、対応して0次ホモロジー群は

 H_0(\mathbb{R}\backslash \{0\}, \mathbb{Z}) \simeq \mathbb{Z}^2

となります。これは  \mathbb{Z} 係数なので、テンソル積によって  \mathbb{R} 係数にすると

 H_0(\mathbb{R}\backslash \{0\}, \mathbb{R}) \simeq H_0(\mathbb{R}\backslash \{0\}, \mathbb{Z}) \otimes_{\mathbb{Z}} \mathbb{R} \simeq \mathbb{R}^2

が得られます。よって

 H_{\text{dR}}^0(\mathbb{R}\backslash \{0\}) \simeq \mathbb{R}^2

がわかります。この結果からも、積分定数が単なる定数ではないことがわかります。

空間のつながりという幾何的な情報から、その上の原始関数における積分定数の解析的な情報がわかってしまうというのは面白いですね。


まとめると、 1/x の不定積分は

 \displaystyle \int \frac{1}{x} dx = \log |x| + C_1 h_1(x) + C_2 h_2(x), \;\; C_1, C_2 \in \mathbb{R}

であり、積分定数(局所定数関数)の空間は、 \mathbb{R}\backslash \{0\} の 0 次ド・ラームコホモロジーと一致して

 H^0_{\text{dR}}(\mathbb{R}\backslash \{0\}) = \mathbb{R} h_1 + \mathbb{R} h_2 \simeq \mathbb{R}^2

となるということでした。


いやー、積分定数超面白い!!!


それでは今日はこの辺で。

参考文献

コホモロジーのこころ (岩波オンデマンドブックス)

コホモロジーのこころ (岩波オンデマンドブックス)

  • 作者:加藤五郎
  • 発売日: 2015/11/10
  • メディア: オンデマンド (ペーパーバック)