tsujimotterのノートブック

日曜数学者 tsujimotter の「趣味で数学」実践ノート

指数層系列(3): 層係数コホモロジー

今回は「指数層系列」シリーズの最終回の記事です。これまでシリーズを通して

 0 \to 2\pi i \mathbb{Z} \to \mathcal{O} \xrightarrow{\exp} \mathcal{O}^\times \to 0

という層の短完全列について議論してきました。

指数層系列シリーズの記事は、こちらのタグから読むことができます:
tsujimotter.hatenablog.com

前回の記事の最後では、指数層系列に対して任意の開集合  U についての切断をとると、必ずしも完全列がそのまま成り立つとは限らないこと( \exp が必ずしも全射にはならない)を説明しました。次のように、完全列としては一番右端が 0 になるとは限りません:

 0 \to 2\pi i \mathbb{Z}(U) \to \mathcal{O}(U) \xrightarrow{\exp} \mathcal{O}^\times(U)

 \exp が全射になるのは、開集合  U がどのような条件のときか? これが今回考えたい問題です。

実は、この問題を考えるにあたって 「層係数コホモロジー」 という道具が非常に有効です。


そんなわけで、今回の記事では層係数コホモロジーについて、その定義から使い方までをまとめたいと思います。

シリーズ記事の一環として書いていますが、一般的な層係数コホモロジーの話を展開しますので、指数層系列の記事を読んでいる必要はありません。単純に層係数コホモロジーについて知りたい、という人もぜひ読んでください。


ただし、層の定義についての知識は必要かと思いますので、以下の記事の内容を前提としたいと思います。
tsujimotter.hatenablog.com


また、前回までの記事は、わかりやすさのため「 \mathbb{C} 上の層」を考えていました。今回は、一般に「 X を位相空間」として、その上の層を考えたいと思います。

途中で出てくるコホモロジー長完全列のところでは「 X をパラコンパクトな位相空間」に限定していますが、またそのときに改めて注意します。

今回の記事はtsujimotterがまさに勉強中の「理解の最前線」を書いている記事となっています。内容もできる限り正しい記述になるよう努めたつもりですが、私の理解不足により誤りを含んでいる可能性があります。
勉強する際は、私の記述をうのみにせず参考文献をご参照いただければと思います。参考文献は一番下に書いています。

それでは少し長いですが、お付き合いください。

目次:

8. チェック複体

コホモロジーを定義するためには、複体と呼ばれるものを定義する必要があります。一般に複体とは、アーベル群の準同型の列

 C^0 \xrightarrow{d^0} C^1 \xrightarrow{d^1} C^2 \xrightarrow{d^2} \cdots

で、 d^{n+1} \circ d^n = 0 を満たすもののことです。このような複体を  (C^{\bullet}, \; d^{\bullet}) のように表記することにします。黒丸のところに、次数の  n が入るイメージですね。

今回は、チェック複体と呼ばれるものを定義したいと思います。


 X を位相空間として、 \mathcal{U} = \{U_i\}_{i\in I} X の開被覆とします。すなわち、 X = \bigcup_{i \in I} U_i ということです。

ここで、 \mathcal{F} X 上のアーベル群を値に持つ前層とします。層でなくてもかまいません。ただし、 \mathcal{F}(\emptyset) = 0 としておきます。


開被覆  \mathcal{U} に対する チェック複体  (\check{C^{\bullet}}(\mathcal{F}, \mathcal{U}), \; d^{\bullet}) を次のように定義したいと思います。

まずは、 \check{C^{n}}(\mathcal{F}, \mathcal{U}) を次で定義します。

 \displaystyle \check{C^{n}}(\mathcal{F}, \mathcal{U}) := \prod_{(i_0, \ldots, i_n) \in I^{n+1}} \mathcal{F}(U_{i_0} \cap \cdots \cap U_{i_n}) \tag{1}

どういうことか少し説明します。まず、 \mathcal{U} の中から  n+1 個の開集合  U_{i_0}, \; \ldots ,\; U_{i_n} の順列をとって、その共通部分  U_{i_0} \cap \cdots \cap U_{i_n} における  \mathcal{F} の切断

 \mathcal{F}(U_{i_0} \cap \cdots \cap U_{i_n})

を考えます。すべての開被覆の  n+1 個の順列に対して同様に切断を考え、それらの直積をとったものが  \check{C^{n}}(\mathcal{F}, \mathcal{U}) の定義です。

 \check{C^{n}}(\mathcal{F}, \mathcal{U}) の元としては、すべての  (i_0, \ldots, i_n) \in I^{n+1} に対して、 s_{i_0 \cdots i_n} \in \mathcal{F}(U_{i_0} \cap \cdots \cap U_{i_n}) なる元をとったものを並べた

 ( s_{i_0 \cdots i_n} )_{(i_0, \ldots, i_n) \in I^{n+1}} \tag{2}

という形のものを考えることになります。


記号が煩雑で分かりにくいので、具体的に考えましょう。

 X = U_a \cup U_b なる開被覆  \mathcal{U} = \{ U_i \}_{i \in \{a, b\}} を考えます。 n = 2 とすると
 \displaystyle \check{C^{2}}(\mathcal{F}, \mathcal{U}) := \prod_{(i, j, k) \in \{a, b\}^{3}} \mathcal{F}(U_{i} \cap U_{j} \cap U_{k})

インデックス  (i, j, k) \in  \{a, b\}^{3} としては以下の8通り考えられます。

 \begin{align} (a, a, a), (a, a, b), (a, b, a), (a, b, b) \\
(b, a, a), (b, a, b), (b, b, a), (b, b, b) \end{align}

よって具体的に

 \displaystyle \begin{align}  \check{C^{2}}(\mathcal{F}, \mathcal{U}) = \; &\mathcal{F}(U_{a} \cap U_{a} \cap U_{a}) \\
&\times \mathcal{F}(U_{a} \cap U_{a} \cap U_{b}) \\
&\times \mathcal{F}(U_{a} \cap U_{b} \cap U_{a}) \\
&\times \mathcal{F}(U_{a} \cap U_{b} \cap U_{b}) \\
&\times \mathcal{F}(U_{b} \cap U_{a} \cap U_{a}) \\
&\times \mathcal{F}(U_{b} \cap U_{a} \cap U_{b}) \\
&\times \mathcal{F}(U_{b} \cap U_{b} \cap U_{a}) \\
&\times \mathcal{F}(U_{b} \cap U_{b} \cap U_{b}) \end{align}

と書き下せますね。

よって

 \begin{align} s_{aaa} \in \mathcal{F}(U_{a} \cap U_{a} \cap U_{a}) \\
s_{aab}\in \mathcal{F}(U_{a} \cap U_{a} \cap U_{b}) \\
s_{aba} \in \mathcal{F}(U_{a} \cap U_{b} \cap U_{a}) \\
s_{abb} \in \mathcal{F}(U_{a} \cap U_{b} \cap U_{b}) \\
s_{baa} \in \mathcal{F}(U_{b} \cap U_{a} \cap U_{a}) \\
s_{bab} \in \mathcal{F}(U_{b} \cap U_{a} \cap U_{b}) \\
s_{bba} \in \mathcal{F}(U_{b} \cap U_{b} \cap U_{a}) \\
s_{bbb} \in \mathcal{F}(U_{b} \cap U_{b} \cap U_{b}) \end{align}

に対して、

 (s_{aaa}, s_{aab}, s_{aba}, s_{abb}, s_{baa}, s_{bab}, s_{bba}, s_{bbb})

という形のものが  \check{C^{2}}(\mathcal{F}, \mathcal{U}) の元となります。

このような元のことを

 (s_{ijk})_{(i,j,k) \in \{a,b\}^3} = (s_{aaa}, s_{aab}, s_{aba}, s_{abb}, s_{baa}, s_{bab}, s_{bba}, s_{bbb})

と表記しよう、というのが式  (2) で述べたことです。


次に、複体の準同型写像  d^n \colon \check{C^{n}}(\mathcal{F}, \mathcal{U}) \longrightarrow \check{C^{n+1}}(\mathcal{F}, \mathcal{U}) を考えます。これは次で定義されます:

 \displaystyle d^n (s_{i_0\cdots i_n})_{(i_0, \ldots, i_n) \in I^{n+1}} = \left( \sum_{k=0}^{n+1} (-1)^k s_{i_0\cdots i_{k-1}i_{k+1}\cdots i_{n+1}}|_{U_{i_0}\cap \cdots \cap U_{i_{n+1}}} \right)_{(i_0, \ldots, i_{n+1}) \in I^{n+2}} \tag{3}

これも非常にややこしいですね。

注目してもらいたいポイントは、左辺が  d^n (\cdot)_{(i_0, \ldots, i_n) \in I^{n+1}} という形の元に作用させているのに対し、右辺は  (\cdot )_{(i_0, \ldots, i_{n+1}) \in I^{n+2}} という形の元になっているということです。つまり、 d^n \check{C^{n}}(\mathcal{F}, \mathcal{U}) から  \check{C^{n+1}}(\mathcal{F}, \mathcal{U}) への写像になっているということです。


この写像の具体的な計算内容を押さえるために、 d^1\colon \check{C^{1}}(\mathcal{F}, \mathcal{U})  \longrightarrow \check{C^{2}}(\mathcal{F}, \mathcal{U}) で具体的に計算してみましょう。

今回も、 \mathcal{U} = \{ U_i \}_{i \in \{a, b\}} とします。

まず、 (s_{aa}, s_{ab}, s_{ba}, s_{bb}) \in \check{C^{1}}(\mathcal{F}, \mathcal{U}) であることに注意しましょう。この元に対して  d^1 を作用させます。

 d^1(s_{aa}, s_{ab}, s_{ba}, s_{bb}) = \left( \begin{align} s_{aa}|_{U_{a}\cap U_{a} \cap U_{a}} - s_{aa}|_{U_{a}\cap U_{a} \cap U_{a}} + s_{aa}|_{U_{a}\cap U_{a} \cap U_{a}} \\
s_{ab}|_{U_{a}\cap U_{a} \cap U_{b}} - s_{ab}|_{U_{a}\cap U_{a} \cap U_{b}} + s_{aa}|_{U_{a}\cap U_{a} \cap U_{b}} \\
s_{ba}|_{U_{a}\cap U_{b} \cap U_{a}} - s_{aa}|_{U_{a}\cap U_{b} \cap U_{a}} + s_{aa}|_{U_{a}\cap U_{b} \cap U_{a}} \\
s_{bb}|_{U_{a}\cap U_{b} \cap U_{b}} - s_{ab}|_{U_{a}\cap U_{b} \cap U_{b}} + s_{ab}|_{U_{a}\cap U_{b} \cap U_{b}} \\
s_{aa}|_{U_{b}\cap U_{a} \cap U_{a}} - s_{ba}|_{U_{b}\cap U_{a} \cap U_{a}} + s_{ba}|_{U_{b}\cap U_{a} \cap U_{a}} \\
s_{ab}|_{U_{b}\cap U_{a} \cap U_{b}} - s_{bb}|_{U_{b}\cap U_{a} \cap U_{b}} + s_{ba}|_{U_{b}\cap U_{a} \cap U_{b}} \\
s_{ba}|_{U_{b}\cap U_{b} \cap U_{a}} - s_{ba}|_{U_{b}\cap U_{b} \cap U_{a}} + s_{bb}|_{U_{b}\cap U_{b} \cap U_{a}} \\
s_{bb}|_{U_{b}\cap U_{b} \cap U_{b}} - s_{bb}|_{U_{b}\cap U_{b} \cap U_{b}} + s_{bb}|_{U_{b}\cap U_{b} \cap U_{b}} 
 \end{align}\right)

たしかに、右辺は  \check{C^{2}}(\mathcal{F}, \mathcal{U}) の元になっていますね。


上で定義した  d^n について、複体の条件  d^{n+1} \circ d^n = 0 を確認したいと思います。難しいので  n = 0 のときだけ確認します。

 (s_i)_{i \in I} \in \check{C^0}(\mathcal{F}, \mathcal{U}) に対して、 d^0 d^1 を順に適用したいと思います。
 d^0(s_i)_{i \in I} = (s_j - s_i)_{(i, j) \in I^2}

ここで右辺は  \check{C^1}(\mathcal{F}, \mathcal{U}) の元になっています。これに  d^1 を適用します。

 \begin{align} d^1(s_j - s_i)_{(i, j) \in I^2} &= \left( (s_k - s_j) - (s_k - s_i) + (s_j - s_i) \right)_{(i, j, k) \in I^3} \\
&= 0 \end{align}

たしかに  d^1\circ d^0 = 0 となっていますね。


9. 層係数コホモロジーの定義

このようにして得られたチェック複体  (\check{C^{\bullet}}(\mathcal{F}, \mathcal{U}), \; d^{\bullet}) に対してコホモロジーをとります。

すなわち、複体  (\check{C^{\bullet}}(\mathcal{F}, \mathcal{U}), \; d^{\bullet}) n 次コホモロジー

 \check{H^n}(\mathcal{F}, \mathcal{U}) := \operatorname{Ker}(d^n) \big/ \operatorname{Im}(d^{n-1}) \tag{4}

を、被覆  \mathcal{U} に関する  n 次チェック・コホモロジーといいます。


実は、この段階ではまだ層係数コホモロジーにはなっていません。

被覆  \mathcal{U} に関する という部分を下線で強調しましたが、上の定義は開被覆  \mathcal{U} の取り方に依存しています。

被覆に依存しない形で層の情報を取り出すためには、もう少しだけ工夫が必要です。そのために「細分」という概念を導入しましょう。


 X の開被覆  \mathcal{U}, \; \mathcal{V} があったときに、 \mathcal{V} \mathcal{U} に含まれるとき、  \mathcal{V} \mathcal{U}細分であるといいます。「開被覆  \mathcal{V} \mathcal{U} にが含まれる」とは、 \mathcal{V} の任意の開集合  V_j に対して、 U_i \in \mathcal{U} が存在して  V_j \subset U_j であることをいいます。このとき、 \mathcal{V} \subset \mathcal{U} と表すことにします。

例として、たとえば  X として「線分」を考えたとき、次の図のような2つの開被覆に対しては、 \mathcal{V} \mathcal{U} の細分となります。すなわち、 \mathcal{V} \subset \mathcal{U} です。
f:id:tsujimotter:20191227094616p:plain:w320

上の図では

 V_1 \subset U_1, \; V_2 \subset U_1, \; V_3 \subset U_1
 V_4 \subset U_2, \; V_5 \subset U_2

となっており、細分の条件を満たしていますね。開被覆  \mathcal{U} をさらに細かく区切っている感じなので、まさに細分という感じがします。


 \mathcal{U}, \; \mathcal{V} のインデックス集合をそれぞれ  I,\; J として、 V_j \subset U_i であるときに  \tau(j) = i を対応させるような写像

 \tau \colon J \longrightarrow I

を細分写像といいます。細分写像によって、 V_j \subset U_{\tau(j)} と表すことができます。

このとき、チェックコホモロジーの間にも細分写像から誘導される写像が入ります。実際  \check{C^{n}}(\mathcal{F}, \mathcal{U}) の元  (s_{i_0, \ldots i_n})_{i_0, \ldots i_n}に対して、

 \tau_{*} \colon (s_{i_0, \ldots, i_n})_{(i_0, \ldots, i_n) \in I^n} \; \longmapsto \; \left(s_{\tau(j_0), \ldots, \tau(j_n)}\middle|_{V_{j_0} \cap \cdots \cap V_{j_n}} \right)_{(j_0, \ldots, j_n) \in J^n}

と対応させると、右辺は  \check{C^{n}}(\mathcal{F}, \mathcal{V}) の元になります。これにより、 n 次コホモロジーの間の写像

 \tau_*\colon \check{H^{n}}(\mathcal{F}, \mathcal{U}) \longrightarrow \check{H^{n}}(\mathcal{F}, \mathcal{V})

が誘導されます。


 \tau_* は細分写像

 \tau \colon J \longrightarrow I

とは向きが逆になっていることに注意しましょう。

コホモロジーの方は

 \tau_*\colon \check{H^{n}}(\mathcal{F}, \mathcal{U}) \longrightarrow \check{H^{n}}(\mathcal{F}, \mathcal{V})

となり、写像は「より細かい方」に向かっていることがわかります。



ここまで準備すれば、あと少しで層係数コホモロジーが定義されます。

 X の開被覆全体について、上記の細分写像によって向きを入れた有向集合を作ります。有向集合の元である開被覆の射  \mathcal{V} \longrightarrow \mathcal{U} に対して、コホモロジーの間の逆向きの射

 \check{H^{n}}(\mathcal{F}, \mathcal{U}) \longrightarrow \check{H^{n}}(\mathcal{F}, \mathcal{V})

が入るのでした。この射に対してコホモロジーの有向集合ができます。

このようなコホモロジーの有向集合に対して、帰納極限をとったものを

 \displaystyle H^{n}(X, \mathcal{F}) := \varinjlim_{\mathcal{U}} \check{H^{n}}(\mathcal{F}, \mathcal{U}) \tag{5}

として、これを  X の前層  \mathcal{F} を係数とする  nチェック・コホモロジー、あるいは単にコホモロジーといいます。

帰納極限の定義は前回の記事を思い出していただくとして、直感的にはより被覆が細かい方に向かって極限をとっていると考えるとよいでしょう。


これにてコホモロジーの定義が完了しました! お疲れ様でした!

10. 具体例の計算

せっかくなので、簡単な例についてコホモロジーを計算してみましょう。


 n = 0 のときの  H^{0}(X, \mathcal{F}) について考えます。

まず、 X の開被覆  \mathcal{U} = \{ U_i \}_{i \in I} について、 \check{H^0}(\mathcal{F}, \mathcal{U}) を考えます。定義より

 \check{H^0}(\mathcal{F}, \mathcal{U}) = \operatorname{Ker}(d^0)

です。 (s_i)_{i\in I} \in \check{C^0}(\mathcal{F}, \mathcal{U}) に対して  d^0 を適用すると

 d^0(s_i)_{i\in I} = (s_j|_{U_i \cap U_j} - s_i|_{U_i \cap U_j})_{(i, j) \in I^2}

です。よって、 \operatorname{Ker}(d^0) は、 U_i \cap U_j において

 s_j|_{U_i \cap U_j} = s_i|_{U_i \cap U_j}

となるような  (s_i)_{i \in I} のことですから、これは  X 上の切断そのものですね。よって

 H^0(X, \mathcal{F}) = \mathcal{F}(X) \;\; \left(= \Gamma(\mathcal{F}, X)\right) \tag{6}

となります。

「単に切断をとっただけじゃないか。これの何がうれしいんだ」と思ったかもしれません。実際「 X 上の大域切断をとっただけ」というのはその通りです。

一方で、我々が知りたかったのは大域切断の様子であったことを思い出しましょう。大域切断を0次コホモロジーで言い換えたというのが重要な点で、この後で紹介するコホモロジー長完全列を使って、0次コホモロジーを別の計算しやすいコホモロジーに帰着することができます。

11. 層係数コホモロジーの長完全列

層係数コホモロジーの持つ重要な性質として、コホモロジー長完全列を紹介したいと思います。

長完全列とは、無限に続く長い完全列のことです。以下に紹介するのは、層の短完全列から非自明な長完全列を作ることができるという定理です。

定理:コホモロジー長完全列
 X をパラコンパクトな位相空間とする。 X 上の層の短完全列
 0 \to \mathcal{F} \to \mathcal{G} \to \mathcal{H} \to 0 \tag{7}

が与えられたときに、次の長完全列が得られる:

 \begin{align} 0  &\to H^{0}(X, \mathcal{F}) \to H^{0}(X, \mathcal{G}) \to H^{0}(X, \mathcal{H}) \\
&\to H^{1}(X, \mathcal{F}) \to H^{1}(X, \mathcal{G}) \to H^{1}(X, \mathcal{H}) \\
&\to H^{2}(X, \mathcal{F}) \to H^{2}(X, \mathcal{G}) \to H^{2}(X, \mathcal{H}) \to \cdots \end{align} \tag{8}

これまで  X は一般の位相空間を考えていましたが、コホモロジー長完全列についてはパラコンパクトな位相空間に限定していることに注意しましょう。一般の位相空間については、上記の長完全列は成り立つとは限らないと言うことですね。

定理のステートメントを見ると、層の短完全列が一つあると、それにコホモロジーを適用させた完全列が 0 次から始まって、1次、2次、・・・と続いていく、という格好になっています。

層の完全列  \;\; \rightsquigarrow \;\; コホモロジー長完全列

が言えるというのが、層の短完全列の「ありがたみ」の一つでもあります。

このことを層の短完全列の一つである「指数層系列」に応用すると、いったい何かわかるのでしょうか。

12. 指数層系列とコホモロジー長完全列

指数層系列を再掲しましょう。 X = \mathbb{C} とし、 U X の任意の開集合とします。
 \mathcal{O}_U U 上の正則関数のなす層、 \mathcal{O}_U^\times U 上の至るところ 0 にならない正則関数のなす層、 2\pi i \mathbb{Z} U 上の定数層とします。このとき、層の短完全列

 0 \to 2\pi i \mathbb{Z} \to \mathcal{O}_U \xrightarrow{\exp} \mathcal{O}_U^\times \to 0 \tag{9}

が得られるのでした。これが指数層系列です。前回の最後に述べたように、指数層系列は  X を一般のリーマン面としても成り立ちます。(実は、もっというと一般の複素多様体に対しても成り立つそうです。)


この指数層系列  (9) に対し、コホモロジー長完全列を作ると次のようになります:

 \begin{align} 0  &\to H^{0}(U, 2\pi i \mathbb{Z}) \to H^{0}(U, \mathcal{O}_U) \to H^{0}(U, \mathcal{O}_U^\times) \\
&\to H^{1}(U, 2\pi i \mathbb{Z}) \to H^{1}(U, \mathcal{O}_U) \to H^{1}(U, \mathcal{O}_U^\times) \\
&\to H^{2}(U, 2\pi i \mathbb{Z}) \to H^{2}(U, \mathcal{O}_U) \to H^{2}(U, \mathcal{O}_U^\times) \to \cdots \end{align} \tag{10}


ここで、上で計算した具体例により、0次コホモロジーは  U における切断と一致するのでした。

 H^0(U, 2\pi i \mathbb{Z}) = 2\pi i \mathbb{Z}(U)
 H^0(U, \mathcal{O}_U) = \mathcal{O}_U(U)
 H^0(U, \mathcal{O}_U^\times) = \mathcal{O}_U^\times(U)

層は  U 上定義されていて、その全体での切断を考えているので「大域切断」といいます。

よって

 \begin{align} 0  &\to 2\pi i \mathbb{Z}(U) \to \mathcal{O}_U(U) \to \mathcal{O}_U^\times(U) \\
&\to H^{1}(U, 2\pi i \mathbb{Z}) \to H^{1}(U, \mathcal{O}_U) \to H^{1}(U, \mathcal{O}_U^\times) \\
&\to H^{2}(U, 2\pi i \mathbb{Z}) \to H^{2}(U, \mathcal{O}_U) \to H^{2}(U, \mathcal{O}_U^\times) \to \cdots \end{align} \tag{10}

となります。

長完全列の最初の方だけ取り出すと

 \begin{align} 0  &\to 2\pi i \mathbb{Z}(U) \to \mathcal{O}_U(U) \xrightarrow{\exp} \mathcal{O}_U^\times(U) \to H^{1}(U, 2\pi i \mathbb{Z}) \end{align} \tag{11}

となります。この式は今回もっとも重要な結論です。


指数層系列  (9) は層の完全列です。前回の議論を思い出していただきたいのですが、その  U 上の切断については全射になるとは限らないのでした。

一方、式  (11) の短完全列は  U 上の切断の間に成り立つ完全列を具体的に与えてくれています。言い換えると

 H^{1}(U, 2\pi i \mathbb{Z}) = 0

が成り立つならば、 \exp が全射になるということですね。

2019.12.29 訂正:
記事公開時は「 H^{1}(U, 2\pi i \mathbb{Z}) = 0 のときに限り  \exp は全射」と書いていましたが、Twitterでご指摘いただいて誤りに気づきました。

長完全列

 \begin{align} 0  &\to 2\pi i \mathbb{Z}(U) \to \mathcal{O}_U(U) \xrightarrow{\exp} \mathcal{O}_U^\times(U) \to H^{1}(U, 2\pi i \mathbb{Z}) \to H^{1}(U, \mathcal{O}_U) \end{align}

から  H^{1}(U, 2\pi i \mathbb{Z}) \; \Longrightarrow \; \exp は全射はただちにいうことができます。

一方、逆については、もし  H^{1}(U, \mathcal{O}_U) = 0 であれば

 \begin{align} 0  &\to 2\pi i \mathbb{Z}(U) \to \mathcal{O}_U(U) \xrightarrow{\exp} \mathcal{O}_U^\times(U) \to H^{1}(U, 2\pi i \mathbb{Z}) \to H^{1}(U, \mathcal{O}_U) \end{align}

より、 \exp が全射 \; \Longrightarrow \; H^{1}(U, 2\pi i \mathbb{Z}) = 0 を言うことができます。

 H^{1}(U, \mathcal{O}_U) = 0 は、 U \mathbb{C} 内の領域であれば言うことができるそうです(Cartanの定理Bの一部とのことです)が、tsujimotterが理解できていないため今回はここまでに留めさせてください。


この  H^{1}(U, 2\pi i \mathbb{Z}) という量は何でしょうか。定義から  H^1(U, 2\pi i\mathbb{Z}) U 上の定数層  2\pi i \mathbb{Z} のコホモロジーです。実は  U が多様体であれば、その上の定数層  2\pi i \mathbb{Z} 係数のコホモロジーは、( \mathbb{Z} 係数の)特異コホモロジーと同型になるのだそうです。よって、 U に非自明な1-(コ)サイクルがあるかどうかを見ればよいことになります。

ここで次の重要な帰結が得られます:

 U を弧状連結な  \mathbb{C} の開集合とする。このとき、次が成り立つ:

 U が単連結
 \Longleftrightarrow \;\; H^1(U, 2\pi i\mathbb{Z}) = 0
 \Longrightarrow \;\; 0 \to 2\pi i \mathbb{Z}(U) \to \mathcal{O}_{U}(U) \xrightarrow{\exp} \mathcal{O}_{U}^\times(U) \to 0 が完全

2019.12.29 訂正:
前述の訂正に合わせて、最後を  \Longleftrightarrow から  \Longrightarrow に訂正しました。


このように理解した上であらためて前回の図を見直してみると、たしかにそのようになっていますね。

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前回議論したように、層の完全性は層の茎の完全性と同値だったわけですから、単に局所的な情報しか持っていないものだと思っていました。

ところが、そのコホモロジーをとると、上でやったように大域的な切断の様子が復元できてしまうというのです。層係数コホモロジーは局所と大域をつなぐような役割を果たしているように見えます。

13. シリーズ全体のまとめ

お疲れ様でした!
これで3回にわたる指数層系列のシリーズは終わりです。最後なので、シリーズ全体を振り返ってみましょう。


第1回の記事では、指数関数の素朴な3つの性質(指数法則・対数関数・周期性)からスタートして、

 0 \to 2\pi i \mathbb{Z} \to \mathbb{C} \to \mathbb{C}^\times \to 0
 0 \to 2\pi i \mathbb{Z} \to \mathcal{O}(\mathbb{C}) \to \mathcal{O}(\mathbb{C})^\times

なる短完全列を導きました。


第2回の記事では、層の完全列を定義して、上記の短完全列を層の完全列

 0 \to 2\pi i \mathbb{Z} \to \mathcal{O}_{\mathbb{C}} \to \mathcal{O}_{\mathbb{C}}^\times \to 0

として解釈できることを説明しました。

層としては完全ですが、前層としては完全ではないことについても注意しました。すなわち、任意の開集合  U\subset \mathbb{C} について

 0 \to 2\pi i \mathbb{Z}(U) \to \mathcal{O}_{\mathbb{C}}(U) \to \mathcal{O}_{\mathbb{C}}^\times(U)

は成り立つものの、最後が 0 にならない(右完全ではない)のでした。

この問題は、まさに局所と大域の差を表しています。層の完全列は、局所的な性質によって決まる(層の完全性は、任意の点における茎の完全性と同値)一方で、任意の開集合についての切断は大域的な情報を必要とします。


それを理解する鍵となるのが、第3回(今回の記事)で紹介した層係数コホモロジーなのでした。上の短完全列から層係数コホモロジーの長完全列を作ることができます。「長完全列をつくることができる」というのは、層の短完全列の「ありがたみ」の一つでもあります。

層係数コホモロジーの長完全列を用いると

 0 \to 2\pi i \mathbb{Z}(U) \to \mathcal{O}_{\mathbb{C}}(U) \to \mathcal{O}_{\mathbb{C}}^\times(U) \to H^1(U, 2\pi i \mathbb{Z})

なる完全列が得られます。右端の  H^1(U, 2\pi i \mathbb{Z}) が 0 になることが、右完全性の十分条件になっているいうことでした。

2019.12.29 訂正:
前述の訂正に合わせて、最後を「必要十分条件」から「十分条件」に訂正しました。

以上で指数層系列のシリーズは終わりです。最後に私の感想を述べて終わりにしたいと思います。

指数層系列の記事を書き始めた当初は、もう少し軽い感じで「指数関数の性質から層の完全列が作れるんだよー!すごい!」というような話を紹介して終わる予定でした。結果的には、思いの外ボリューミーな内容になってしまいました。それだけ指数層系列が深いということですが、誤算でもあり面白さでもありました。

今回のシリーズを通して興味深かったのは、指数層系列を理解するために、層における数多くの概念を必要としたことです。標語的にいうなら「指数層系列を勉強することで層のことがわかる」という感じでしょうか。このように、具体的な例を1つ決めて、それをベースに抽象的な概念を勉強するのは、実は結構有効な方法なのではと思っています。

これまでも、「 \mathbb{Z}[\sqrt{-5}] において  6 が2通りの素因数分解できること」をイデアルを使って説明する記事を書いたことがありました。
tsujimotter.hatenablog.com

上の記事でも、具体的な例を理解するために勉強を進めていくことが、イデアル論の基本事項を理解するのにとても役に立ちました。

そんな意味で、指数層系列というのは単なる具体例でありつつも、層の一般論を理解する上での「狂言回し*1」として有効だなと思ったわけです。非常に教育的な存在です。


わかったようなことを書いていますが、層については勉強し始めたばかりで、理解していないこともたくさんあります。

以下の参考文献を使って勉強していますが、一緒に勉強してくださる方は大歓迎です。tsujimotterに内容を教えてくださる方や内容の誤りをご指摘いただける方も大歓迎です。今後も勉強を進めていきたいと思うので、どうぞよろしくお願いします。


最後までお付き合いいただきありがとうございました。

それでは今日はこの辺で。

参考文献

今回のシリーズを通してお世話になった本です。今回の内容は、第4章の後半のあたりに相当します。

リーマン面の理論

リーマン面の理論

  • 作者:寺杣友秀
  • 出版社/メーカー: 森北出版
  • 発売日: 2019/11/29
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

まだ4章ぐらいしか読めていないのですが、知りたいところがちゃんと載っていて、それでいてとてもコンパクトで読みやすいというのがよいなと思う本です。今後も読み進めていきたい本ですね。

いつかこの本の勉強会とかもやってみたいなと思うのですが、一緒にやりたい人はいますか?

*1:芝居で、主人公ではないが、場面の転換や話の進行にあたる重要な役がらのこと。 以前読んだ原岡先生「超幾何関数」の本では、多価関数についての基本的な事項を、具体的な関数  (1-x)^\alpha を元に展開していく章(第0章)がありました。そこで「狂言回し」という言葉を使っていて、よいなと思いました。

超幾何関数 (すうがくの風景)

超幾何関数 (すうがくの風景)

  • 作者:原岡 喜重
  • 出版社/メーカー: 朝倉書店
  • 発売日: 2002/10/01
  • メディア: 単行本