tsujimotterのノートブック

日曜数学者 tsujimotter の「趣味で数学」実践ノート

Z[√-5] のイデアルについて

二次体  K = \mathbb{Q}(\sqrt{m}) 上の整数環  \mathcal{O}_K を考えたときに,その代数的整数に対して「素因数分解の一意性は必ずしも保証されない」

という問題は,代数的整数論のイントロダクションとして重要なトピックだと思います。具体的には,  K = \mathbb{Q}(\sqrt{-5}) のときには, 6 という数が2通りに素因数分解されてしまうことが,例として紹介されます。

ミステリーだったら「伏線」のようなもので,この伏線が「イデアル」という手法によって鮮やかに解決していくのを,読者は期待するでしょう。

当然,大抵の本では,このことをきちんと説明します。ところが,これがなかなか難しい。一番知りたかった結果に至るまでの準備が長過ぎて,そこまで至るまでに力尽きてしまったりします。


そこで,本記事では「 6 が2通りに分解されてしまう問題」を解決するためだけに,イデアルの解説をしたいと思います。あくまで,この問題を解決するためなので,余計な例は出さず,一直線に向かっていきます。


とはいえ,やはり整数論や代数に慣れていないと難しいトピックですので,本記事は「整数論に触れたことある人向け」の記事としたいと思います。そして,非常に長い記事です。笑

それでも構わないという方は読み進めていただければと思います。

目次
1. 二次体の整数環のおさらいと問題の背景
2. イデアルとは
3. ユークリッドの互除法
4. イデアルの掛け算
5. イデアルのノルムと素イデアル分解
6. 結論
7. 補足:単項イデアル整域


なお,よく知っている人向けの注意をしておくと,この記事では「イデアル類群」の話はしません。

また,以降は「ですます調」から「である調」に変わります。

1. 二次体の整数環のおさらいと問題の背景 *

虚二次体  K = \mathbb{Q}(\sqrt{-5}) を考えよう。その代数的整数全体は環をなすが,その環を K の整数環といい  \mathcal{O}_K で表す。この場合は  \mathcal{O}_K = \mathbb{Z}[\sqrt{-5}] である。

 \mathbb{Z}[\sqrt{-5}] の定義は以下の通りだ。

 \mathbb{Z}[\sqrt{-5}] = \left\{a + b\sqrt{-5} \mid a, b \in \mathbb{Z} \right\}

念のため断わっておくと,整数環はどの二次体に対してもこうなるわけではなく,二次体によってはもっと複雑な形になる場合もある。


さて, \mathcal{O}_K の数としては, 2, \; 3, \; 1-\sqrt{-5}, \; 1+\sqrt{-5} そして  6 などがあるが,これらの間には以下のような関係が成り立つ。

 6 = 2\cdot 3 = (1-\sqrt{-5})(1+\sqrt{-5}) \tag{1}

ここで  2, \; 3, \; 1-\sqrt{-5}, \; 1+\sqrt{-5} は,それぞれ  \mathcal{O}_K = \mathbb{Z}[\sqrt{-5}] 上の単数である  \pm 1 以外の数では割り切れないから, \mathcal{O}_K 上の素数である。


素数であることを確認するために,ノルムという概念を考える。

二次体  K = \mathbb{Q}(\sqrt{m}) の任意の数を  \alpha = a+b\sqrt{m} としたとき,そのノルム  N(\alpha) は以下のように表せる。

 N(\alpha) = a^2 - m b^2

今回は  m = -5 なので, N(\alpha) = a^2 + 5 b^2 だ。先ほどの  4 数のノルムは,

 N(2) = 2^2 + 5 \cdot 0^2 = 4
 N(3) = 3^2 + 5 \cdot 0^2 = 9
 N(1-\sqrt{-5}) = 1^2 + 5 \cdot (-1)^2 = 6
 N(1+\sqrt{-5}) = 1^2 + 5 \cdot 1^2 = 6

となる。

重要な定理として, \alpha \beta で割り切れるなら, N(\alpha) N(\beta) で割り切れなければならない,というものがある。

したがって,上の 4 数を割り切るような数が存在するとすれば,その数のノルムは  \pm 2, \pm 3 のいずれかである。虚二次体のノルムは正になるので, 2, 3 の2通りについて考えればよい。このようなノルムを持った数は, \mathcal{O}_K には存在しない。なぜなら,もし存在するとすると,以下の式を満たすような整数, a, b が存在しなければならないからだ。

 a^2 + 5 b^2 = 2
または
 a^2 + 5 b^2 = 3

調べてみればすぐにわかるが,こんな数は存在しない。よって,先ほどの 4 つの数は素数である。


こうして,式 (1) は「2通りの素因数分解を表している」ことを確認できた。


さて困った。素因数分解の一意性が保証されないと,いろいろ困る。


この問題については,クンマーやデデキントという数学者らがあれこれ考えて,最終的に解決策が出ている。イデアルというものを考えれば「素因数分解の一意性」に似た概念をもたせることができるのだそうだ。イデアルの分解だから「素イデアル分解」と言った方がよいだろうか。


で,これから述べていきたい話は「それはどうやって実現したのか?」という話である。


アイデアのキモは「数の計算はやめにして,イデアルの計算にすべて置き換えてしまおう」というものである。

イデアルの説明はあとでするにして,ざっくりとアイデアの概要を説明しておこう。

まず, 6 そのものではなく,そのイデアル  (6) を考える。このイデアルを分解すると,次の式のように  P, P', Q, Q' の4つの「素イデアル(イデアルの素数に相当する概念)」の積に分解することが出来る。

 (6) = (2) (3) = (1-\sqrt{-5})(1+\sqrt{-5}) = P P' Q Q'

ここで, P, P', Q, Q' は次の4つの関係式を満たす。

 P P' = (2)
 Q Q' = (3)
 P Q = (1+\sqrt{-5})
 P' Q' = (1-\sqrt{-5})

結局, (2), (3), (1-\sqrt{-5}), (1+\sqrt{-5}) は,数の世界では素数に見えたが,イデアルの世界に行くとまだまだ分解できる先があった,というオチである。


以降でこれまで説明してこなかった「イデアルとは何か」そして「イデアル間の演算はどう定義していくのか」といった話を展開して,上の式の具体的な意味を明らかにしていきたい。

2. イデアルとは *

イデアルとは,数をまとめた集合のことである。数をまとめた集合同士の計算をしなければならないので,単なる数の計算よりもややこしい。


イデアルは,以下のように定義される。

 \mathcal{O}_K のイデアルの定義》
 \mathcal{O}_K における代数的整数  \alpha_1, \alpha_2, \ldots, \alpha_n を考えて,以下のような集合を作る。

 (\alpha_1, \alpha_2, \ldots, \alpha_n) := \left\{ \alpha_1 \xi_1 + \alpha_2 \xi_2 + \cdots + \alpha_n \xi_n \mid \xi_1, \xi_2, \ldots \xi_n \in \mathcal{O}_K \right\}

これを, \alpha_1, \alpha_2, \ldots, \alpha_n で生成される  \mathcal{O}_K のイデアル とよぶ。


特別な場合として, \alpha \in \mathcal{O}_K 1つによって生成されるイデアルも考えることが出来る。

 (\alpha) := \left\{ \alpha \xi \mid \xi \in \mathcal{O}_K \right\}

これを, \alpha で生成される  \mathcal{O}_K の単項イデアル とよぶ。

ちなみに,「 \mathcal{O}_K の」の部分は,文脈でわかる場合は省略されることが多い。今回は,整数環としては  \mathcal{O}_K = \mathbb{Z}[\sqrt{-5}] しか用いないため,以降ずっと省略されるだろう。



いくつか例を挙げよう。単項イデアルの方が簡単であるから,そちらから例を挙げることにする。

 2 \in \mathcal{O}_K によって生成される単項イデアルは,次のように書ける。

 (2) = \left\{ 2 \xi \mid \xi \in \mathcal{O}_K \right\}

これは単純で「 2 の倍数」の集合である。とはいっても,通常の意味の「 2 の倍数」ではなくて「 2 \mathbb{O}_K の元をかけた数」という意味の倍数である。

たとえば,以下の数はすべて上の意味で「 2 の倍数」であるから,単項イデアル  (2) の元である。

 2\cdot 1, \;\; 2\cdot 3, \;\; 2\cdot (1+\sqrt{-5}) \in (2)

 \xi \in \mathcal{O}_K の部分を書き下してしまって,以下のように表現することもできるだろう。

 (2) = \left\{ 2a + 2b\sqrt{-5} \mid a, b \in \mathbb{Z} \right\}

この辺りは,みなさんの好みに任せたいと思う。


 6 \in \mathcal{O}_K によって生成される単項イデアルも同様に書くことが出来る。

 (6) = \left\{ 6 \xi \mid \xi \in \mathcal{O}_K \right\}

当然, 2, 6 のような通常の意味の整数(有理整数という)だけでなく, 1+\sqrt{-5} によって生成されるイデアルを考えることもできるだろう。

 (1 + \sqrt{-5}) = \left\{ (1 + \sqrt{-5}) \xi \mid \xi \in \mathcal{O}_K \right\}



単項イデアルは,要するに「(ちょっと注意の必要な)倍数の集合」だと考えてもらえればいいと思う。



項が2つ以上の場合のイデアルについても例を挙げておこう。

 2, \; 1+\sqrt{-5} の2数によって生成されるイデアルを考えよう。このイデアルはあとで使うことになる。

 (2, \; 1+\sqrt{-5}) = \left\{ 2\xi_1 + (1+\sqrt{-5})\xi_2 \mid \xi_1, \xi_2 \in \mathcal{O}_K \right\}

 2, \; 1+\sqrt{-5} の2つが張る空間のようにみてもいいかもしれない。


これを  \xi_1 = a_1 + b_1\sqrt{-5}, \; \xi_2 = a_2 + b_2\sqrt{-5} のように置き換えると,

 (2, \; 1+\sqrt{-5}) = \left\{ 2(a_1 + b_1\sqrt{-5}) + (1+\sqrt{-5})(a_2 + b_2\sqrt{-5}) \mid a_1, a_2, b_1, b_2 \in \mathbb{Z} \right\}
 = \left\{ (2a_1 + a_2 - 5b_2) + (2b_1 + a_2 + b_2)\sqrt{-5} \mid a_1, a_2, b_1, b_2 \in \mathbb{Z} \right\}

というように表現することもできる。ややこしいが,

 (2a_1 + a_2 - 5b_2) + (2b_1 + a_2 + b_2)\sqrt{-5}

の形で表せる数は,すべてこのイデアルの元である。


当然であるが, 2 1+\sqrt{-5} (2, \; 1+\sqrt{-5}) の元である。これは定義から明らかであるし,また  a_1 = b_1 = 1, a_2 = b_2 = 0 とすれば, 2 が出てくるし,逆に  a_1 = b_1 = 0, a_2 = b_2 = 1 とすれば  1 + \sqrt{-5} が出てくる。

ほかにも適当に, a_1, b_1, a_2, b_2 に整数をいれれば数が出てくるので,自分で試してみてほしい。


計算のためにはここまで真剣に中身を考えることも無いように思うが,定義をただしく理解しておくのは良いことだと思う。


3. ユークリッドの互除法 *

たとえば,こんなイデアルを考えよう。

 (4, 6) = \left\{ 4 \xi_1 + 6 \xi_2 \mid \xi_1, \xi_2 \in \mathcal{O}_K \right\}

このイデアルは, 4, 6 の2つの数によって生成されているが,実は単項イデアルで表すことも出来る。

ここで登場するのがユークリッドの互除法である。

《ユークリッドの互除法》
有理整数  a, b における以下の一次不定方程式には,解  x_1, x_2, x \in \mathbb{Z} が存在する。

 a x_1 + b x_2  = \gcd(a, b) x

 (4, 6) 4 \xi_1 + 6 \xi_2 の部分を,また  \xi_1 = a_1 + b_1\sqrt{-5} \xi_2 = a_2 + b_2\sqrt{-5} に置き換える。

すると,

 4 (a_1 + b_1\sqrt{-5}) + 6 (a_2 + b_2\sqrt{-5}) = (4a_1 + 6a_2) + (4b_1 + 6b_2)\sqrt{-5}

と変形できる。ユークリッドの互除法を二回適用すると,

 4a_1 + 6a_2 = \gcd(4, 6) a
 4b_1 + 6b_2 = \gcd(4, 6) b

という2つの式が出来るから,結局,

 4 \xi_1 + 6 \xi_2 = \gcd(4, 6) \xi

が成り立つ。ただし, \xi = a + b\sqrt{-5} である。

したがって, \gcd(4, 6) = 2 より,

 \begin{eqnarray} (4, 6) &=& \left\{ 2 \xi \mid \xi \in \mathcal{O}_K \right\} \\
 &=& (2)  \end{eqnarray}

となり,結局  (4, 6) は単項イデアルになってしまった。


 \gcd(a, b) = 1 となる場合は,もっと簡単になる。

 \begin{eqnarray} (2, 3) &=& \left\{ 2 \xi_1 + 3 \xi_2 \mid \xi_1, \xi_2 \in \mathcal{O}_K \right\} \\
 &=& \left\{ 1 \xi \mid \xi \in \mathcal{O}_K \right\} \\
 &=& (1)  \end{eqnarray}

言い忘れていたが, (1) は整数環  \mathcal{O}_K そのものである。これは定義から明らかであろう。


この方法は3つ以上の元によって生成されるイデアルに対しては,なおのこと有効である。

 (2, 3, \alpha) を考える。ただし, \alpha \in \mathcal{O}_K であるが, \alpha 2, 3 のいずれかと共通の約数を持とうが持つまいが何ら関係ない。

 \begin{eqnarray} (2, 3, \alpha) &=& \left\{ 2 \xi_1 + 3 \xi_2 + \alpha \xi_3 \mid \xi_1, \xi_2, \xi_3 \in \mathcal{O}_K \right\} \\
 &=& \left\{ 1 \xi + \alpha \xi_3 \mid \xi, \xi_3 \in \mathcal{O}_K \right\} \\
 &=& (1)  \end{eqnarray}

なんと, \alpha の効果が消えてしまった。 1 \xi が現れた時点で,すでに  \mathcal{O}_K のすべての元を回ることが分かるので, \alpha があろうがなかろうがイデアルの形には影響を及ぼさないのである。


今回紹介した方法は,後に「イデアルの掛け算」をする際に非常に有効となる。


ここまで準備して,ようやくイデアル同士の計算の話ができる。登場する計算は2つ。「掛け算」と「ノルム」である。

4. イデアルの掛け算 *

単項イデアル同士の掛け算を考えるが,これは至ってシンプルである。 (2), (3) の掛け算は以下のように計算される。

 (2) (3) = (6)

一般に,単項イデアル同士の掛け算は,単項イデアルを生成する元同士を掛け算して,その積の単項イデアルを作ればいいのだ。つまりこういうことだ。

 (\alpha) (\beta) = (\alpha\beta) \hspace{20px} (\alpha, \beta \in \mathcal{O}_K)

簡単であろう。

逆にいうと, (6) (2) で割り切れる,あるいは  (2) (6) を割り切る,のように言うことが出来る。これによって,約数の概念が現れる。約数というか,約イデアルか。そんな言葉はないが。


この勢いで,複数の数によって生成されるイデアル同士の掛け算を定義したいところだが,その前に単項イデアルとそうでないイデアル同士の掛け算を考えよう。

たとえば,

 (2) (3, \; 1+ \sqrt{-5}, \; 3+\sqrt{-5}) = (6, \; 2(1+\sqrt{-5}), \; 2(3+\sqrt{-5}))

のような場合では,単にすべての生成元の組み合わせを計算していけばよいことが分かる。逆に,右辺のような形のイデアルを見かけたら, (2) で割り切れると考えたらよい。



さて,いよいよ複数元で生成されたイデアル同士の掛け算について考えよう。以下では,2つの生成元同士で考えているが,3つ以上になっても全く同じである。

 (\alpha_1, \beta_1) (\alpha_2, \beta_2) = (\alpha_1 \beta_1, \alpha_1 \beta_2, \alpha_2 \beta_1, \alpha_2 \beta_2) \hspace{20px} (\alpha_1, \beta_1, \alpha_2, \beta_2 \in \mathcal{O}_K)

要するに,すべての生成元同士の組に対してそれぞれ掛け算を行って,結果をすべて生成元としたイデアルを作るのである。

このままだと,元の数が増えて行って大変だと思うかもしれないが,そこは先ほど述べたユークリッドの互除法を使って,等価なイデアルに置き換えていけばよい。


例を計算してみよう。

 \begin{eqnarray} &&(2, \; 1+\sqrt{-5})(3, \; 1+\sqrt{-5}) \\
&=& (6, \; 3(1+\sqrt{-5}), \; 2(1+\sqrt{-5}), \; (1+\sqrt{-5})^2 ) \end{eqnarray}

ここで,冒頭の例で使った  6 = (1+\sqrt{-5})(1-\sqrt{-5}) が活かせる。代入すると,

  = ( (1+\sqrt{-5})(1-\sqrt{-5}), \; 3(1+\sqrt{-5}), \; 2(1+\sqrt{-5}), \; (1+\sqrt{-5})^2 )

これらは共通の約数  1 + \sqrt{-5} を持つから,括りだすことが出来て,

  = (1+\sqrt{-5}) (1-\sqrt{-5}, \; 3, \; 2, \; 1+\sqrt{-5} )

最後に, (2, 3) = (1) を応用すると,

  \begin{eqnarray} &=& (1+\sqrt{-5}) (1) \\ &=& (1+\sqrt{-5}) \end{eqnarray}

となって,

 (2, \; 1+\sqrt{-5})(3, \; 1+\sqrt{-5}) = (1+\sqrt{-5})

が示された。


5. イデアルのノルムと素イデアル分解 *

上の例は, (1+\sqrt{-5}) というイデアルに対して,因数分解することが出来たと見ることもできる。

ここで気になってくるのは,分解された2つのイデアル  (2, \; 1+\sqrt{-5}), \; (3, \; 1+\sqrt{-5}) はこれ以上分解できないのか,という問題だ。

つまり,以上2つのイデアルは素イデアルかどうか,ということである。

素イデアルを考える上では,冒頭で代数的数のノルムを考えたように,イデアルのノルムという概念を考えると便利である。

イデアルのノルムに対しては,以下のような便利な定理があるのだ。

《素イデアルの判定法》
ノルムが有理素数であるイデアルは,素イデアルである

これは非常に簡便な「素イデアル判定法」であると思う。


では,イデアルのノルムを定義しよう。

《イデアルのノルム》
 \alpha, \beta, \gamma, \ldots によって生成されたイデアルを  A = (\alpha, \beta, \gamma, \ldots) としたとき, A に共役なイデアルを  A' = (\alpha', \beta', \gamma', \ldots) とする。ここで, \alpha' \alpha の共役な元であるが,定義は以下の通りである。

 \alpha = a + b\sqrt{-5} としたとき, \alpha の共役な元を  \alpha' と書き, \alpha' = a - b\sqrt{-5} で定義する。


イデアル  A に対する共役なイデアルを  A' としたとき,その積  AA' はある有理整数  n\geq 0 を用いて  AA' = (n) と表せる。この  n Aノルムといい, N(A) = n と表す。


実際に計算してみよう。

 P = (2, \; 1 + \sqrt{-5}) とすると,共役なイデアルは  P' = (2, \; 1 - \sqrt{-5}) である。この積を計算すると,

 \begin{eqnarray} PP' &=& (2, \; 1+\sqrt{-5})(2, \; 1-\sqrt{-5}) \\ 
 &=& (4, \; 2(1+\sqrt{-5}), \; 2(1-\sqrt{-5}), \; (1+\sqrt{-5})(1-\sqrt{-5})) \\
 &=& (4, \; 2(1+\sqrt{-5}), \; 2(1-\sqrt{-5}), \; 6) \\
 &=& (2)(2, \; 1+\sqrt{-5}, \; 1-\sqrt{-5}, \; 3) \\
 &=& (2)(1) \\
 &=& (2) \end{eqnarray}

となる。したがって,イデアル  P のノルムは  N(P) = 2 である。 2 は有理素数であるから,定理より  P は素イデアルであることが分かった。


同様に, Q = (3, 1 + \sqrt{-5}) として計算してみよう。共役なイデアルは  Q' = (3, 1 - \sqrt{-5}) である。この積を計算すると,

 \begin{eqnarray} QQ' &=& (3, \; 1+\sqrt{-5})(3, \; 1-\sqrt{-5}) \\
 &=& (9, \; 3(1+\sqrt{-5}), \; 3(1-\sqrt{-5}), \; (1+\sqrt{-5})(1-\sqrt{-5})) \\
 &=& (9, \; 3(1+\sqrt{-5}), \; 3(1-\sqrt{-5}), \; 6) \\
 &=& (3)(3, \; 1+\sqrt{-5}, \; 1-\sqrt{-5}, \; 2) \\
 &=& (3)(1) \\
 &=& (3) \end{eqnarray}

となり,イデアル  Q のノルムは  N(Q) = 3 である。 3 も有理素数であるから,定理より  Q は素イデアルである。


したがって, P Q も素イデアルだから,

 (1+\sqrt{-5}) = (2, \; 1+\sqrt{-5})(3, \; 1+\sqrt{-5}) = PQ

は素イデアル分解であることが確認できた。

6. 結論 *

さぁ,結論に向けて,実はあと一歩まで準備が進んでいたことに,気づいていただろうか。

もう一度話をおさらいしておこう。元々の問題は, \mathcal{O}_K = \mathbb{Z}[\sqrt{-5}] 上で素因数分解すると,その一意性が保たれない場合があるということだ。

その具体例として, 6 という数は, \mathcal{O}_K において,以下のように2通りに素因数分解されてしまうのだった。

 6 = 2\cdot 3 = (1-\sqrt{-5})(1+\sqrt{-5})

ここでデデキントらは,イデアルを使ってなんとか素因数分解の一意性を取り戻そうとした。正確には,数ではなくイデアルを素イデアルの積に分解する「素イデアル分解」である。

数である  6 を用いるのではなく, 6 によって生成される単項イデアル  (6) を考える。このイデアルの素イデアル分解を考えるのだ。

これまで,計算例として出してきた2つの素イデアル,すなわち  P = (2, \; 1 + \sqrt{-5}) Q = (3, \; 1 + \sqrt{-5}) は,実をいうと  (6) の素イデアル分解の候補である。

いくつかの計算の中で,以下の3つの式が成り立つことを見てきた。

 \begin{eqnarray} P P' &=& (2) \\
 Q Q' &=& (3) \\
 P Q &=& (1+\sqrt{-5}) \end{eqnarray}

この議論を締めるためには,あと1つ式が必要だ。

 P' Q' = (1-\sqrt{-5})

といっても,この式は上の3つめの式の共役になっている。単に両辺共役をとれば,等式が成り立つことは自明であろう。

したがって,ここに4つの関係式が生まれた。

以降が本記事の結論である。これら4つの関係式を用いると,単項イデアル  (6) は次の式のように  P, P', Q, Q' の4つに素イデアル分解できて,その分解は一意に定まる。

 (6) = (2) (3) = (1-\sqrt{-5})(1+\sqrt{-5}) = P P' Q Q'

右辺の, P, P', Q, Q' の順序は入れ替え可能であるから,積の順番を変えれば   (2) (3)  (1-\sqrt{-5})(1+\sqrt{-5}) を作れることが確認できよう。

結局のところ, (2), \; (3), \; (1-\sqrt{-5}), \; (1+\sqrt{-5}) は素イデアルではなかった。

冒頭の言葉をもう一度使うと, 2, \; 3, \; 1-\sqrt{-5}, \; 1+\sqrt{-5} は,数の世界では素数に見えたが,イデアルの世界へ旅するとまだまだ分解できる先があったのである。

そして素因数分解の旅は,イデアルの世界が終点である。


7. 補足:単項イデアル整域 (PID) *

ところで,「イデアルの包含関係」の項を見ていて「すべてのイデアルが単項イデアルになってしまわないか」と疑問に思った方もいるかもしれない。

そんな人のために少し補足しておこう。

二次体によっては,「すべてのイデアルが単項イデアルになるケース」もあって,そのような二次体の整数環のことを「単項イデアル整域」と言ったりする。英語だと "Principal Ideal Domain" で,略して PID ということが多い。

結論から言うと, \mathcal{O}_K = \mathbb{Z}[\sqrt{-5}] は PID ではない。PIDでなければ,単項イデアルにならないイデアルが存在するはずである。その例は,もう既に登場していて,  (2, \; 1+\sqrt{-5}) がそうである。このイデアルは,単項イデアルにならない。


証明は以下のとおりである。

(証)
 P = (2, \; 1+\sqrt{-5}) とすると,先ほどの計算の通り  P P' = (2) である。
また,もし  P が単項イデアルであれば,有理整数  a, b を用いて  (a + b\sqrt{-5}) と表せるはずである。 P' も同様に  P' = (a - b\sqrt{-5}) と表せる。積をとると, PP' = (a^2 + 5b^2) となる。

したがって,

 (a^2 + 5b^2) = (2)

となるはずである。ここで, \mathcal{O}_K = \mathbb{Z}[\sqrt{-5}] の単元は  \pm 1 であるから,

 a^2 + 5b^2 = \pm 2

を満たす, a, b \in \mathbb{Z} が存在しなければならないが,そのような  a, b は存在しない。したがって, P が単項イデアルという仮定が誤り。

(証明終わり)

参考文献

本記事を通して参考にしたのはこちらの本。大変分かりやすく書かれていながら,ちゃんと知りたいことが一通り載っていて満足感があります。とはいえ,今回の  \mathbb{Z}[\sqrt{-5}] に関する問題は,章をまたがってぽつりぽつりと例として登場するので,つながりが掴みづらいかもしれません。「一貫した解説を書きたい」というのが本記事の目指すところでした。

素数と2次体の整数論 (数学のかんどころ 15)

素数と2次体の整数論 (数学のかんどころ 15)

  • 作者:青木 昇
  • 発売日: 2012/12/21
  • メディア: 単行本