tsujimotterのノートブック

日曜数学者 tsujimotter の「趣味で数学」実践ノート

モジュラー曲線 X(1)

今日から3回にわたって モジュラー曲線 をテーマとしたお話をしたいと思います。「モジュラー曲線?ああ、あれね」といった具合に、頭の中でイメージできるようになることを目標としたいと思います。

以前から気になっていたトピックなのですが、先日日曜数学仲間の方と一緒に計算してみて、ようやく理解した気になれました。tsujimotterにとってもホットなトピックで、ぜひ自分の言葉で記事にまとめたいと思ったのがこの記事の動機です。

まずは基本的なモジュラー曲線  X(1) について紹介します。実は、次の記事で  X_0(N), X_1(N) というより高度なモジュラー曲線について紹介したいと思っています。最終的に話したいのは、 X_0(N), X_1(N) の方なのですが、今回はそのための準備の回と位置付けています。

それでは、よろしければお付き合いください。

諸注意:
今回の記事は、著者のtsujimotterが最近勉強したばかりのトピックです。とても面白い内容で、話したいという気持ちが抑えられなくなって本記事を書いています。
一方で、まだ理解していないことだらけで、ところどころ自信がありません。誤り等が含まれる可能性もありますが、その際はどうかご容赦ください。

復習:モジュラー群  \Gamma

まずは「モジュラー群」の基礎事項について復習します。本記事の目的は、この内容からずっと先の話なので、だいぶスピードを上げて解説します。この章の内容に自信がない方は、次の記事を読んでおくとよいかと思います。
tsujimotter.hatenablog.com


まずは 上半平面 という舞台を考えます。上半平面  H は、以下で定義される複素数平面の部分集合です。

 H = \left\{ \tau \in \mathbb{C} \; \middle| \; \text{Im}(\tau) > 0 \right\}

要するに、複素数平面の上半分ということです。


章題の「モジュラー群」とは、 H に作用する(整数係数の)1次分数変換全体のなす群のことです。

以下の  \text{SL}_2(\mathbb{Z}) という「整数係数の行列」による群を考えます。

 \text{SL}_2(\mathbb{Z}) = \left\{ \begin{pmatrix} a & b \\ c & d \end{pmatrix} \in M_2(\mathbb{Z}) \;  \middle| \; ad - bc = 1\right\}

 M_2(\mathbb{Z}) は整数係数の2次正方行列全体のなす集合です。

条件として  ad - bc = 1 がついていますが、これは行列式が 1 ということです。行列式が  0 でないことは、逆行列が存在することの必要十分条件です。また、 ad - bc = \pm 1 は、整数係数の行列全体が群をなすための必要十分条件となります。

この  \text{SL}_2(\mathbb{Z}) の元  g = \begin{pmatrix} a & b \\ c & d \end{pmatrix} の上半平面  H の元  \tau に対する作用を以下のように考えます:

 \displaystyle \tau \; \mapsto \; g\tau := \frac{a\tau + b}{c\tau + d}

これがちゃんと  H に対する(左からの) 作用 になっています。つまり、以下の3点が成り立っているということです。

  1.  \tau \mapsto g \tau H から  H の写像になっている。
  2.  g, g' \in \text{SL}_2(\mathbb{Z}) に対して  (g g') \tau = g(g' \tau) である。
  3.  1 \in \text{SL}_2(\mathbb{Z}) が存在して  1 \tau = \tau である。

2番目の条件が成り立っていることは、いつも不思議に感じます。「1次分数変換」と「行列の積」という由来の異なる操作が可換になるのですから。

また、仮に  ad - bc = -1 としてしまうと、上半平面の点が下半平面に移ってしまいます。このことからも、 ad - bc = 1 の条件は必須だとわかります。


ところで、行列に  (-1) をかけても、1次分数変換としては同じ変換となりますね。たとえば、 \begin{pmatrix} 1 & 2 \\ 0 & 1 \end{pmatrix} \begin{pmatrix} -1 & -2 \\ 0 & -1 \end{pmatrix} は行列としては異なりますが、1次分数変換としては

 \displaystyle \frac{\tau + 2}{1} = \frac{-\tau -2}{-1} = \tau + 2

となり同じ変換になります。 I = \begin{pmatrix} 1 & 0 \\ 0 & 1 \end{pmatrix} としたとき、 \pm I の変換は1次分数変換としては「無駄な変換」というわけです。したがって、 \text{SL}_2(\mathbb{Z}) \{\pm I\} で割った群を考えると、1次分数変換全体に「ちょうど一致する」群となります。

そこで、次の群を考えます。

 \Gamma = \left\{ \begin{pmatrix} a & b \\ c & d \end{pmatrix} \in M_2(\mathbb{Z}) \;  \middle| \; ad - bc = 1\right\}\bigg/ \{\pm I\}

この  \Gamma がフルモジュラー群と呼ばれる群です。単に モジュラー群 ともいいます。


モジュラー群  \Gamma の上半平面  H への作用をもう少し詳しく考えましょう。

まず、 \Gamma T, S という2種類の変換によって生成されることがわかります。たとえば、[2] の3章を参照。

 \displaystyle T\tau = \begin{pmatrix} 1 & 1 \\ 0 & 1 \end{pmatrix}\tau = \tau + 1
 \displaystyle S\tau = \begin{pmatrix} 0 & -1 \\ 1 & 0 \end{pmatrix}\tau = \frac{-1}{\tau}

 T はすべての点を  +1 だけ平行移動させる変換で、 S |\tau| = 1 の円の内側にある点を外側に、外側にある点を内側に移す変換となっています。

この2つの変換およびその逆元  T^{-1}, S^{-1} を繰り返し行うことで、 \Gamma のすべての変換が生成されるのです。


次に、 H を作用  \Gamma で割った商集合  \Gamma \backslash H を考えます。つまり、 g \in \Gamma によって  \tau = g\tau' と表せる点の組  \tau, \tau' は「対等」な点であるとして(この関係は同値関係になります)、その同値関係で割った集合を考えるということです。

変換  T で生成される  \Gamma の部分群  \langle T \rangle を考えます。具体的には

 \langle T \rangle = \{ \tau \mapsto \tau + n \mid n \in \mathbb{Z}\}

という群になります。この作用によって、上半平面上の  \text{Re}(\tau) > 1/2 あるいは  \text{Re}(\tau) \leq -1/2 の点は、すべて  -1/2 \leq \text{Re}(\tau) < 1/2 内の点に移すことができます。したがって、 -1/2 \leq \text{Re}(\tau) < -1/2 の外の点は内側の点に対等となります。

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また、変換  S によって、円板  |\tau| < 1 の内側の点は円板の外側に移されますが、これは  \langle T\rangle と組み合わせることで

 -1/2 \leq \text{Re}(\tau) < 1/2 かつ  |\tau| > 1

内の点と対等になります。

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したがって、以下の灰色の領域は、 \Gamma の作用によって上半平面  H 上のすべての点と対等になります。

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これをモジュラー群  \Gamma基本領域 といいます。

言い換えると、この基本領域を変換  \Gamma = \langle S, T \rangle によってペタペタ移していけば、上半平面すべてを埋め尽くすことができるということです。この性質を利用してゲーム化したものが以下の「基本領域ゲーム」だったというわけです。
tsujimotter.info

 \Gamma \backslash H は、 \Gamma による  H の同値類をすべて集めてできた図形になりますが、その同値類からうまく代表元をとってくれば上の基本領域にちょうど一致するということです。以降では、図形的なわかりやすさのために、 \Gamma \backslash H と基本領域を同一視して考えることにします。


少し長かったですが、復習はここまでです。

モジュラー曲線  Y(1), X(1)

ここまで準備すれば、本題である モジュラー曲線  Y(1), X(1) を定義することができます。

 \Gamma \backslash H Y(1) と表記しましょう。 Y(1)モジュラー曲線といいます。

 Y(1) := \Gamma \backslash H

 Y(1) をコンパクト化したものが  X(1) になります。具体的には、上半平面にカスプと呼ばれる点  i\infty を追加します。カスプは1次分数変換によって実軸上の有理数へと移されます。よって

 H^* = H \cup \{i\infty\} \cup \mathbb{Q}

という集合を考えます。これを拡張された上半平面といいます。拡張された上半平面を  \Gamma で割ったものが  X(1) です。この  X(1)モジュラー曲線といいます。

 X(1) := \Gamma \backslash H^*

 Y(1) に「カスプ  i\infty に対等な点のなす同値類」の1点を追加したものと考えてもいいでしょう。


このモジュラー曲線  Y(1), X(1) とはいったい何なのでしょうか。モジュラー曲線と名前がついていますが、上の定義からは「曲線」という感じがしませんね。どういう意味で「曲線」なのでしょうか。また、「モジュラー」という耳慣れない名前を使っているのも気になりますね。

本記事では、モジュラー曲線  X(1) の3つの特徴を紹介することで、その実態に迫りたいと思います。

  • 特徴その1:リーマン面としての構造
  • 特徴その2:モジュライ空間としての解釈
  • 特徴その3:代数曲線としての構造

特にその2がわかると「モジュラー」の由来がわかります。その3がわかることでモジュラー「曲線」の意味がわかります。

それでは、順を追って説明していきましょう。

特徴その1:リーマン面としての構造

モジュラー曲線の重要な特徴の一つは リーマン面 としての構造を持つことです。リーマン面とは、1次元複素座標を持つ多様体のことです。

 Y(1) には適切な開集合系を入れることができ、位相空間となります。また複素数の座標も入り、リーマン面となります。 X(1) Y(1) i\infty を加えてコンパクト化しているので、コンパクトリーマン面になります。

コンパクトリーマン面  X(1) は、どのような空間となっているのでしょうか。実は、この空間がリーマン球面になっていることがわかります。

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この事実を「直感的に」理解するために、紙を使って遊びながら親しむ方法を紹介します。

A4用紙に印刷して遊べるシートも作りましたので、よろしければお使いください。
www.dropbox.com

① まず上半平面  H 上に、 H をモジュラー群  \Gamma の作用で割った商空間  Y(1) = \Gamma\backslash H を描きます。

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② 次に、上半平面  H から商空間  Y(1) をハサミで切り離します。

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③ 緑色の実線と点線をホッチキスで留めます(左右の境界である実線と点線は  S \in \Gamma の作用によって同一視されます)。

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④ ピンク色の実線と点線をホッチキスで留めます(実線と点線は  T \in \Gamma(1) の作用によって同一視されます)。

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 Y(1)の虚軸方向上部は穴が空いています(実際はカスプ  i\infty に向かって続いていて、 i\infty 一点で穴が空いている)。

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 Y(1) i\infty を付け加えて「コンパクト化」することで、穴を埋めることができます(これが「モジュラー曲線  X(1)」)。空気を入れて膨らませれば球面に一致します。以上、証明おしまい。


出来上がった  Y(1) は箸袋等にお使いください。

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特徴その2:モジュライ空間としての解釈

モジュラー曲線のもう一つの重要なポイントが モジュライ解釈 を持つことです。

「モジュライ」というのは、図形の束(たば)をパラメータで表して、そのパラメータによってつくられた空間のことです。モジュラー曲線は、楕円曲線の(同型類の)モジュライ空間として解釈することができます。だから、モジュラー曲線というわけです。

といっても、何のことかよくわからないので、具体的に説明します。以下では、 Y(1) 上の1点  [\tau] が、 \mathbb{C} 上の楕円曲線の同型類を定めることを説明したいと思います。

虚数乗法のシリーズの第2回で、任意の  \mathbb{C} 上の楕円曲線は、格子  \Lambda によって表されることを説明しました。
tsujimotter.hatenablog.com

つまり、 \omega_1, \omega_2 \in \mathbb{C} を周期とする格子

 \Lambda = \omega_1 \mathbb{Z} + \omega_2 \mathbb{Z}

が与えられたときに、対応する \mathbb{C} 上の楕円曲線  E_{\Lambda} が定まるということです。

また、 \mathbb{C} 上の格子  \Lambda, \Lambda' が与えられたときに、この2つの間に  \alpha \in \mathbb{C}^\times が存在して

 \alpha \Lambda = \Lambda'

が成り立つとしましょう。このとき、対応する楕円曲線  E_{\Lambda}, E_{\Lambda'} は(このブログではまだ説明していませんが) \mathbb{C} 上同型となります。逆も成り立ちます。


そこで、格子を  \omega_1 で割って

 \displaystyle \frac{1}{\omega_1}\Lambda = \mathbb{Z} + \frac{\omega_2}{\omega_1} \mathbb{Z}

としても、元の格子の定数倍しただけなので、対応する楕円曲線は  \mathbb{C} 上同型となります。

 E_{\Lambda} \; \simeq_{/\mathbb{C}} \; E_{\frac{1}{\omega_1}\Lambda}

 \omega_1, \omega_2 の順番を適切に選べば、 \tau = \omega_2/\omega_1 を上半平面  H 上の点としてとることができます。


したがって、楕円曲線の  \mathbb{C} 上の同型類を考えるにあたっては、 \tau \in H として

 \Lambda_{\tau} = \mathbb{Z} + \tau\mathbb{Z}

という形の格子を考えれば十分です。 \tau に対応する楕円曲線の  \mathbb{C} 上の同型類を  [ E_{\tau} ] と表しましょう。


もう一点確認したいことは、 g\in \Gamma として  g による1次分数変換  \tau \mapsto g \tau は、格子を  \alpha \in \mathbb{C} 倍する作用になるということです。つまり、こういうことです。

命題
 \tau, \tau \in H とする.このとき,以下の2つは同値.
(1)  g \in \Gamma が存在して、 \tau = g\tau'
(2)  \alpha\in \mathbb{C}^\times が存在して  \alpha \Lambda_{\tau} = \Lambda_{\tau'}

これは大変重要な事実なので、具体的に計算して確かめましょう。 (1) \Longleftrightarrow (2) を証明します。証明は [1] の第6講 問題1の回答を参考にしました。

 (1) \Longrightarrow (2) の証明:

 g = \begin{pmatrix} a & b \\ c & d \end{pmatrix} \in \Gamma と表し、 \tau = g\tau' が成り立つとします(条件  (1))。

ここで、 \alpha = c\tau' + d とおきましょう。すると  \alpha \tau = a\tau' + b を得ます。

また、 g^{-1}\tau = \tau' から、

 \displaystyle \tau' = \frac{d\tau - b}{-c \tau + a}

も成り立ちます。これを  \alpha = c\tau' + d に代入して

 \require{cancel} \displaystyle \alpha = c\left(\frac{d\tau - b}{-c \tau + a}\right) + d = \frac{\cancel{cd\tau} - bc - \cancel{cd\tau} +ad}{-c \tau + a}

となりますが、 ad - bc = 1 より

 \displaystyle \alpha = \frac{1}{-c \tau + a}

が得られます。逆数とって

 \alpha^{-1} = -c \tau + a

です。 \alpha^{-1} \tau' = d\tau - b も言えます。


これらを用いて  \alpha \Lambda_\tau = \Lambda_{\tau'} を示します。

まず、 \alpha = c\tau' + d \in \Lambda_{\tau'}, \;  \alpha \tau = a\tau' + b \in \Lambda_{\tau'} より

 \alpha \Lambda_{\tau} = \alpha\mathbb{Z} + \alpha\tau\mathbb{Z} \subset \Lambda_{\tau'}

が言えます。

一方で、 \alpha^{-1} = -c\tau + a \in \Lambda_{\tau}, \;  \alpha^{-1} \tau = d\tau - b \in \Lambda_{\tau} より

 \alpha^{-1} \Lambda_{\tau'} = \alpha^{-1}\mathbb{Z} + \alpha^{-1}\tau'\mathbb{Z} \subset \Lambda_{\tau}

も言えます。すなわち、 \Lambda_{\tau'} \subset \alpha \Lambda_{\tau}

 \alpha \Lambda_{\tau} \subset \Lambda_{\tau'} かつ  \alpha \Lambda_{\tau} \supset \Lambda_{\tau'} が成り立つことから、  \alpha \Lambda_\tau = \Lambda_{\tau'} が言えます。これが示したいことでした。


 (2) \Longrightarrow (1) の証明:
 \alpha \in \mathbb{C}^\times に対して、 \alpha \Lambda_{\tau} = \Lambda_{\tau'} であるとします(条件  (2) )。

 \alpha \Lambda_{\tau} = \alpha \mathbb{Z} + \alpha \tau \mathbb{Z}

と条件より、 \alpha, \; \alpha \tau \in \Lambda_{\tau'} であるから

 \begin{align} \alpha &= c \tau' + d \\
\alpha\tau &= a \tau' + b \end{align}

なる整数  a, b, c, d が存在します。


一方で、

 \displaystyle \tau = \frac{\alpha \tau}{\tau} = \frac{a\tau' + b}{c\tau' + d}

であるため、 \tau, \tau' は1次分数変換  \tau = \frac{a\tau' + b}{c\tau' + d} = g\tau' で移っていることがわかります。この変換の逆変換は  g^{-1}: \tau \mapsto \tau' となり、 g^{-1} g の逆行列となります。 g が 逆行列を持つ条件は

 ad - bc \neq 0

です。また、その条件のもとで、 g^{-1} が整係数行列になるためには

 \displaystyle g^{-1} = \frac{1}{ad - bc}\begin{pmatrix} d & -b \\ -c & a \end{pmatrix}

の各係数が整数であるということであり

 |ad - bc| = 1

を意味します。


また、 \tau, \tau' は両方とも上半平面上にあるため、1次分数変換  g: \tau \mapsto \tau' は上半平面上の変換でなければならず

 ad - bc > 0

もわかります。


以上より、 ad - bc = 1 であることがわかり、 g = \begin{pmatrix} a & b \\ c & d \end{pmatrix} とおくと、 g \in \text{SL}_2(\mathbb{Z}) かつ

 \displaystyle g\tau' = \frac{a\tau' + b}{c\tau' + d} = \tau

となります。これが示したいことでした。

証明を通してわかったように、命題に出てくる  \alpha \in \mathbb{C}^\times は具体的に  \alpha = c\tau' + d とかけるのですね。この結果は次々回の記事で必要になります。

これらの事実によって、モジュラー曲線  Y(1) の点  [\tau] と楕円曲線の  \mathbb{C} 上の同型類  [ E_{\tau} ] が1対1対応するということがわかりました。

 [\tau] \; \longleftrightarrow \; [ E_{\tau} ]

モジュラー曲線上の点には、対応する楕円曲線の同型類が乗っているということですね。これがモジュラー曲線の楕円曲線のモジュライとしての解釈です。なお、カスプには対応する楕円曲線は乗っていませんので、これは除く必要があります。

特徴その3:代数曲線としての構造

最後に、モジュラー曲線のもう一つの重要な捉え方として、モジュラー曲線は 代数曲線 としての構造を持つことを紹介したいと思います。

 X(1) はコンパクトリーマン面の構造を持つことに触れましたが、代数曲線論の一般論として、コンパクトリーマン面は代数曲線の構造を持つことが知られています。

「どんな代数曲線か?」という問いにも実は具体的に答えることができて、 X(1) は射影曲線  \mathbb{P}^1 と見なすことができます。これからそれを示しましょう。

 X(1) からカスプを除いた  Y(1) の点は、 \mathbb{C} 上の楕円曲線の同型類  [E_{\tau}] に対応します。同型類  [E_{\tau}] に対して代表元  E_\tau をとり、その  j 不変量  j(E_{\tau}) をとると

 \displaystyle [ E_{\tau} ] \;\; \mapsto \;\; j(E_{\tau}) = 1728\frac{g_2^3(\Lambda_{\tau})}{g_2^3(\Lambda_{\tau}) - 27g_3^2(\Lambda_{\tau})}

という写像が得られます。この写像が代表元  E_\tau のとり方によらないこと(well-defined)は

 E \simeq_{/\mathbb{C}} E' \;\; \Longleftrightarrow \;\; j(E) = j(E')

という重要な事実からわかります。つまり、同型類からどの楕円曲線をとってきても、同じ  j(E) \in \mathbb{C} を取るということです。

よって

 \begin{matrix} Y(1) & \rightarrow & \{ \; E: elliptic \; \}\big/\simeq_{/\mathbb{C}} & \rightarrow & \mathbb{C} \\
[\tau] & \mapsto & [E_\tau] & \mapsto & j(E_{\tau}) \end{matrix}

という合成写像  Y(1) \rightarrow \mathbb{C} を得ることができました。

この合成写像は  [\tau] \in Y(1) に対して、 \tau に対応する  E_\tau j-不変量を与える関数になっており、これがいわゆる  j-関数  j(\tau) の定義となっています。

 \displaystyle j(\tau) := j(E_\tau)

面白いことに  j-関数は複素数平面  \mathbb{C} すべての値をとり、異なる点  [\tau] の関数値  j(\tau) は異なる値をとることが知られています。したがって  j-関数は、解析的同型写像  j: Y(1) \xrightarrow{\sim{}}  \mathbb{C} を与えます。

 j-関数は「上半平面上で定義されるなぞの関数」という印象があったのですが、こうしてみると自然な対象に思えますね。

 Y(1) にカスプ  i\infty を加えて  X(1) とし、 \mathbb{C} に無限遠点  \mathcal{O} を加えて  \mathbb{P}^1(\mathbb{C}) とします。

 \displaystyle \lim_{\tau \to i\infty} j(\tau) = \infty

が成立するので、 i\infty \mathcal{O} に対応づけると約束すると  j-関数は  X(1) 上の関数とみなせます。これにより

 X(1) \;\; \longleftrightarrow \;\; \mathbb{P}^1(\mathbb{C})

が得られます。 X(1) 上の点は、射影曲線の  \mathbb{C} 有理点  \mathbb{P}^1(\mathbb{C}) と全単射になることがわかりました。これで、 X(1) がリーマン球面  \mathbb{P}^1(\mathbb{C}) に対応することが示されましたね。


ここで代数曲線論の視点に立ってみましょう。

 j(E) のとりうる集合として複素数体  \mathbb{C} を考えていましたが、今度は  \mathbb{C} の部分体  K を考えて、 \mathbb{P}^1(K) の元に限定させてみましょう。 X(1) \mathbb{P}^1(\mathbb{C}) の対応関係から「 X(1) K-有理点」なる概念を導くことができます。

 j(E) K の元であるとき、楕円曲線の一般論より  [E] の中から  K 上定義された楕円曲線  E' をとることができます。 j(E)\neq 0, \; 1728 のときはこんな風に  E' をとれます。

 E': y^2 + xy = x^3 - \cfrac{36}{j(E) - 1728}x - \cfrac{1}{j(E) - 1728}

このような楕円曲線の  K-同型類を  X(1) K-有理点と呼ぶことにしましょう。この  X(1) K-有理点全体は、 j-不変量を通して  \mathbb{P}^1(K) に対応します。同様に  \mathbb{R}-有理点や  \mathbb{Q}-有理点を考えることができます *1

いつもの代数曲線の話と異なるのは、楕円曲線の同型類をまとめて  K-有理点だと思ってしまうという点ですね。まさにモジュライという感じがして面白いですね。


ここまでの結論としては「 X(1) は代数曲線としての構造を持つ」ということです。だからモジュラー「曲線」というわけですね。謎が一つ解決しました。

おわりに

今日は、モジュラー曲線の持つ「三つの構造」を紹介しました。
一つめは、リーマン面としての構造。二つ目は、楕円曲線の同型類のモジュライ空間としての構造。三つ目は、代数曲線としての射影直線  \mathbb{P}^1 としての構造でした。モジュラー曲線のイメージは少しは掴めましたでしょうか。

これだけ書いておいてなんですが、実は今回の記事はまだまだ前座です。本当に書きたかったのは次の記事です。 X(1) の場合は、今回紹介したように種数が 0 になるので、対応する代数曲線が  \mathbb{P}^1 という単純なものになってしまいます。これは個人的な感想ですが、代数曲線としてあまり面白くありません。フルモジュラー群そのものではなく、合同部分群というものを考えて、それに対応するモジュラー曲線を考えることで、もっと面白い代数曲線が現れることが知られています。次回はこれを紹介しましょう。

というわけで、合同部分群のモジュラー曲線 のお話に続きます。今回のモジュラー曲線  X(1) は基本形なので、その理解は次回も重要になります。

それでは今日はこのへんで。

参考文献

[1] 斎藤 毅・河東 泰之・小林 俊行 編「数学の現在  i

数学の現在 i

数学の現在 i

[2] コブリッツ「楕円曲線と保型形式」

楕円曲線と保型形式

楕円曲線と保型形式

*1:ここで述べたような「体を取り替える」といった議論は、本来はスキームの理論を知らないと正確に述べられないのだそうです。私はスキームについてよく知らないので、これ以上説明はできません。