tsujimotterのノートブック

日曜数学者 tsujimotter の「趣味で数学」実践ノート

素数のスモールギャップについての研究がさらに進んでいたらしい

この記事は 明日話したくなる数学豆知識アドベントカレンダー の 5 日目の記事です。(4 日目:数の呼び方


そういえば、双子素数予想について書いた一昨日 2014/12/03 は、日付の数字を 20141203 と並べると素数になるのですが、実はその前の 20141201 も素数で、双子素数だったのですね!気づきませんでした。笑

というわけで、今日も双子素数予想のお話です。なんと、あの内容からさらに進展があったことがわかりました!
以下の前回の記事を読んでない方は、ぜひそちらにも目を通してから来てください。

前回のお話
一時期話題になった素数のスモールギャップに関するプレプリントについて - tsujimotterのノートブック


ジェームズ・メイナード博士のプレプリントでは、

 \displaystyle \liminf_{n \to \infty}(p_{n+1}-p_{n}) \leq 600

ということが証明できた、というのが前回までのお話でした。

今回のお話は、Polymath8 によってさらに記録が更新されたというものです。

 \displaystyle \liminf_{n \to \infty}(p_{n+1}-p_{n}) \leq 246

すごいですね!600 の記録がニュースで紹介されたのが 2013年3月で、この記録更新が2014年9月ですから、まさに破竹の勢いで進んでいるといえます。
このまま右辺が 2 に到達すれば「双子素数予想」の解決というわけですが、本当にそこまで到達するのではないかというような、そんな期待が持てますね。


・・・という話だけだと簡単すぎるので、書き忘れたことをいくつか補足していきましょう。

Polymath って何?

Polymath プロジェクトとは、数学者の共同プロジェクトです。Polymath については、わかりやすい下記の文章を引用しましょう。

最近は、インターネットを使って、多くの数学者の共同作業で定理を証明することもなされている。
2009年には、ケンブリッジ大学のティモシー・ガウワーズが、自らのブログ記事で、ある定理の別証明のアイデアをコメント欄に書き込むことを呼びかけたところ、40人がかりで6週間で証明が完結した。
この結果はpolymathという名前で発表された。英語で“polymath”というのは、百科事典的な知識を持っている人という意味だが、「たくさん=“Poly”」の「数学者=“Math(ematicians)”」という意味ももじっているのだと思う。
6月当たりから、数論のフィールズ賞受賞学者のテレンス・タオさんもこのプロジェクトを熱心に推進始める。


以下のブログより一部引用
Yahoo!ブログ サービス終了


張博士の 70,000,000 で押さえられるという見事なまでの成功をうけて、「素数のスモールギャップがいくつまでに押さえられるか」を研究する Polymath プロジェクトが立ち上がりました。

Polymath のプロジェクトは、Polymath1 から Polymath9 までの 9 つと、Mini-polymath が 4 つの計 13 プロジェクトが動いているようです。
今回の話に該当するのは、Polymath8 と呼ばれるプロジェクトです。Polymath8 のページの Acknowledgements(謝辞)にある Participants(参加者)を見る限りでは、おそらく 12名 のプロジェクトです。

Polymath8 grant acknowledgments - Polymath Wiki


そういえば、前回の記事では「ジェームズ・メイナードとテレンス・タオの両博士が独立に発見した」と言っておきながら紹介したのはメイナード博士の方だけでした。実は、プレプリントの本文には

Terence Tao (private communication) has independently proven.

とあって、投稿前に私信(private communication)によるやりとりがあったことが書かれています。なんでだろうと思っていたら、二人とも Polymath8 プロジェクトのメンバーだったわけです。


Polymath8 プロジェクトを主導するのはテレンス・タオという数学者です。彼についての話はあとで述べることにして、現在どこまで進んでいるのかについて触れていきましょう。

記法の確認

内容を理解するためにちょっとだけ記号的な補足をしていきます。
先の式の左辺を

 \displaystyle H_1 = \liminf_{n \to \infty}(p_{n+1}-p_{n})

とおいてあげれば、

 \displaystyle H_1 \leq 246

と簡潔に表現できますね。

Polymath8 の進捗

Polymath8 プロジェクトの進捗はこちらの wiki にまとまっています。

Bounded gaps between primes - Polymath Wiki


Polymath8 は、Polymath8a と Polymath8b と呼ばれる方針の異なる2つのプロジェクトからなっています。wiki を見てみると Polymath8a と Polymath8b はいずれも既に終了しています。

Polymath8a では

 \displaystyle H_1 \leq 4680

が得られていたのですが、Polymath8b では、さらに記録が更新されて

 \displaystyle H_1 \leq 246

となっています。
原文を見てみると、この不等式の右側の数字のことを World Records と読んでいて、何やらゲームのタイムアタックみたいに見えますね。笑


さらに wiki を詳しくみてみると、何の仮定もなければ、

 \displaystyle H_1 \leq 246

でしたが、GEH-予想 という予想を仮定した場合は、

 \displaystyle H_1 \leq 6

とさらに双子予想に肉薄することがわかります。


また、上は1つ先の素数までの間隔を考えたわけですが、同様に  m 個先の素数までの間隔を考えることもできます。

 \displaystyle H_m = \liminf_{n \to \infty}(p_{n+m}-p_{n})

こんな具合です。


この拡張した問題に対しても、同様の結果が示されていて、Polymath8 のwikiによると、

 \displaystyle H_2 \leq 395,106
 \displaystyle H_3 \leq 24,462,654

が得られています。

一般の  m に対しては、定数  C を用いて次のように表現できるそうです。

 \displaystyle H_m \leq Cm \exp\left(\left\{4 − \frac{28}{157}\right\}m\right)


そしてなんとなんと、Polymath8b の成果は、すでに論文で発表されています!
今度は本当に論文です。
Published(発表)が 2014/10/17 と記載されていますので、まさについ最近ですね!

Research in the Mathematical Sciences | Home


今回紹介した「素数分布論」は、Polymath の活躍もあり、まさにいま爆発的なスピードで進んでいる数学分野です。今後の進展が非常に楽しみですね。

テレンス・タオってどんな人?

最後に、この Polymath8 の主導者であるテレンス・タオという数学者について触れて終わりにしましょう。

このテレンス・タオは、オーストラリア出身の数学者なのですが、「超」がつく天才数学者。2才にして数学の才能を見いだされ、飛び級で9才に大学へ進学しました。16才には大学を卒業し、21才で博士号の学位を取得、24才で大学教授になっています。

幼い頃天才だった人、というのは得てして大人になると普通な人になるものですが、彼は違います。

彼の専門は「調和解析」という数学の一分野でしたが、そこからさらに「整数論」「偏微分方程式」「組合わせ論」などフィールドを広げていって、それらのすべてにおいてインパクトのある業績を挙げています。これほどまでに研究の枠を広げることは、数学者として異例なことだそうです。
結果として、彼は数学のノーベル賞である「フィールズ賞」を受賞するに至っています。

オリンピックで例えるとしたら、砲丸投げと短距離と水泳という全く異なる競技で金メダルをとるようなものです。オリンピックといえば、数学オリンピックにも参加しています。参加するどころか、最年少の12才で金メダリストです。とんだ化け物ですね。

この辺りの、彼の化け物ぶりを表すエピソードはこの動画で見ることが出来ます。


せっかくこの記事を読んだからには、テレンス・タオという数学者の名前を覚えていってくださいね!今後もニュース等で彼の名を聞くことがあるかと思いますよ。

参考文献

Polymath8 プロジェクトの存在はここで知りました。

素数の間隔を調べているPolymath 8 projectでもう素数間隔が7000万→628まで縮まってる。: Fallen Physicist, Rising Engineer

和訳されたテレンス・タオの著書です。tsujimotter は読んだことはありませんが、なかなか面白そうな本ですね。