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tsujimotterのノートブック

日曜数学者 tsujimotter の「趣味で数学」実践ノート

ラマヌジャンの L 関数 と 二次のオイラー積

このところ暗号系の記事が続きましたが、今回は暗号とはまったくありません。この記事では、次のオイラー積を求めたいと思います。

 \displaystyle \sum_{n=1}^{\infty} \frac{\tau(n)}{n^s} = \prod_{p} \frac{1}{1-\tau(p)p^{-s} + p^{11}p^{-2s}}

左辺の級数は「ラマヌジャンの L関数*1」と呼ばれています。ラマヌジャンとはもちろん、インドが産んだ奇才、シュリニバーサ・ラマヌジャンのことです。

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「やぁ、また会ったね」

式を見てみると、左辺は「ディリクレ級数」の形となっています。
あとで述べますが、係数となる関数  \tau(n) が「乗法的関数」であるため、オイラー積が存在します。乗法的関数ではありますが、「完全乗法的関数」ではありません。このせいで、右辺がちょっと変わった形になっています。


この右辺の式ですが「二次のオイラー積」と呼ばれる形になっています。なぜ「二次」なのかと言うと、分母の第三項目が  p^{-s} の「二乗」の形になっているからです。


参考までに、リーマン・ゼータ関数のオイラー積は、こんな感じでした。

リーマン・ゼータ関数のオイラー積:


 \displaystyle \sum_{n=1}^{\infty}\frac{1}{n^s} = \prod_{p}\frac{1}{1-p^{-s}}
ただし、右辺の積記号はすべての素数の積を表す。

こちらは  p^{-s} の二乗の項はなく、一乗になっています。したがって、「一次」のオイラー積です。


今回の二次のオイラー積ですが、歴史的にみてもとても重要なのです。何が重要かというと、今回の式が「数学史上、初めて発見された二次のオイラー積」だからなのです。Wikipediaなどを見てもいろんなところでこの式は登場します。


こうなると、いよいよ導出方法が気になってきますね。
リーマン・ゼータ関数のときは、等比級数の性質をうまくつかって和を計算しました。ラマヌジャンの L 関数はどうすればよいのだろう。


一筋縄ではいかなそうな気がする。
そんな予感は見事的中し、今日の記事は「二次のオイラー積」に立ち向かう tsujimotter の奮闘記になりました。

前提知識

イントロを読んで分かったかと思いますが、今回の話は過去に書いた記事が前提となっています。以下の記事を読んでもらえると、話が早いかと思います。お時間ありましたら先にどうぞ。

特に「オイラー積」「ディリクレ級数」「乗法的関数」といって「何のことかわからない」という人は、先に目を通しておくことを強くお勧めします。


ゼータ関数のオイラー積 - tsujimotterのノートブック


ディリクレ級数のオイラー積 - tsujimotterのノートブック

二次のオイラー積と私

導出方法はどうしたらよいのだろう。
とっかかりがなかったので、とりあえず調べるところから始めました。まずはネットの記事。次に論文も調べました。

ところが、導出ときたらどこにも書いていない!本当に、びっくりするぐらいどこにも載っていない。実をいうと、この調べものだけで1つの記事になりそうなぐらい、相当な時間をかけて調べ込んだのです。


しばらくたって、ようやく手がかりらしいものが見つかりました。
「とある論文*2」によると、ラマヌジャンの  \tau 関数には以下のような関係式が成り立って、これを使うと導出が可能である、とのこと。

定理1:
 p を素数としたとき, k = 2, 3, 4, \ldots に対して以下が成り立つ.

 \tau(p^k) = \tau(p) \tau(p^{k-1}) - p^{11} \tau(p^{k-2})

もし右辺の第一項だけだったなら  \tau(p^k) = \tau(p) \tau(p^{k-1}) となって完全乗法的関数なのですが、第二項が余計ですね。

論文によると、二次のオイラー積はこの式から「簡単に導くことが出来る」とのこと。ほんまかいな!


よし、それならばやってみようと、 tsujimotter は挑戦したのです。ほんとにいろいろ試しました。

ノートに手計算の跡が残っていましたので、せっかくだからここに挙げてみましょう。

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結局、tsujimotter の力では無理でした・・・。


諦めて、もう一度文献調査に戻りました。今度は神保町の古書店を探すことに。

何軒かお店を周ってみると・・・ついに、見つけましたよ。

3つも。笑

ドン!

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というわけで、紆余曲折はありましたが、なんとか説明のための材料が揃いましたので、解説に移りたいと思います。

そもそも  \tau(n) って?

オイラー積の導出に行く前に、ラマヌジャンの  \tau の説明をしておきましょう。

ラマヌジャンの  \tau は整数を引数にとる関数です。以下の級数の展開式によって定義されます。

 \displaystyle q\prod_{k=1}^{\infty} (1-q^k)^{24} = \sum_{n=1}^{\infty} \tau(n) q^n

左辺はこういうことを意味しています。

 \displaystyle q (1-q)^{24} (1-q^2)^{24} (1-q^3)^{24} \cdots

この式を順番に展開していって、 q n 乗の項の計算が終わると、 q^n の係数として  \tau(n) が定まるわけです。

計算にはうまい方法はないので、がんばって展開していくしかありません。tsujimotter の経験からすると、この計算はよっぽど注意しない限り、ほぼ間違えます。笑


間違えないように、ちょっと丁寧に計算してみましょう。

まずは、 \tau(1) から。

 \displaystyle q (1-q)^{24} (1-q^2)^{24} (1-q^3)^{24} \cdots

には、すでに  q がかかっていますから、あとの括弧の中から  1 の部分だけ拾ってくることを考えると、

 \tau(1) = 1

ですね。

次に、 \tau(2) を求めましょう。最初の  24 乗のところを部分的に展開します。

 \displaystyle q (1-24q+\cdots) (1-q^2)^{24} (1-q^3)^{24} \cdots

すると、 q^2 の項は、一番左の  q -24q とあとは  1 を拾っていけば良いので、結局

 \tau(2) = -24

となります。

こうやって順に計算していくと、

 \tau(3) = 252
 \tau(4) = -1472
 \tau(5) = 4830
 \tau(6) = -6048
 \tau(7) = -16744
 \tau(8) = 84480
 \tau(9) = -113643
 \tau(10) = -115920

となるそうです。

tsujimotter も一度は試しましたが、 \tau(4) あたりからとんでもない計算間違いをしていたようで、どうしても合わなかったので諦めました。。。こういうときに数式処理システムがほしくなりますね。


 \tau(n) には、いくつか面白い性質があって、たとえば以下のサイトではいくつか紹介されています。気になる人は、英語ですが見てみてください。

参考:
Tau Function -- from Wolfram MathWorld

 \tau(n) は乗法的関数である

さて、ではオイラー積を求めるために必要な情報を集めましょう。まずは、この性質から。

定理2:
ラマヌジャンの  \tau(n) は乗法的関数である.すなわち,互いに素な  m, n に対して以下が成り立つ.

 \tau(mn) = \tau(m)\tau(n)


証明は難しいので、具体例を挙げて説明します。

 \tau(2)\tau(3) = -24\times 252 = -6048 = \tau(6)

 \tau(2)\tau(5) = -24\times 4830 = -115920 = \tau(10)

となって、たしかにこの2つの例では、乗法的関数の性質を満たしていますね。


これを使うと、ディリクレ級数のオイラー積の記事のときと同様、以下のように変形できます。

 \displaystyle \sum_{n=1}^{\infty} \frac{\tau(n)}{n^s} = \prod_{p} \left( \sum_{k=0}^{\infty} \frac{\tau(p^k)}{p^{ks}} \right)

あとは括弧の中身の級数を、

 \displaystyle \frac{1}{1 - \tau(p) p^{-s} + p^{11} p^{-2s}}

の形に変形するだけですね。


残念ながら  \tau(n) は、以下の例で明らかなように、完全乗法的ではありません。

 \tau(2)^2 = (-24)^2 = 576

 \tau(4) = -1472

したがって、オイラー積のさらなる変形のためには、冒頭で述べた「定理1」が必要になるわけです。

二次のオイラー積の導出

さぁ、いよいよ本題のオイラー積の導出に向かいましょう。用いる式は、当然 定理1 です。

今回は、神保町で見つけた3つの本の中から、小山先生の本の導出方法を元に進めたいと思います。理由は、読んでみて一番丁寧に感じたからです。

ここまで引っ張っておいてあれですが、タネが分かってしまうとあっけないものです。たしかに、自明と書いてしまいたくなるどっかの先生の気持ちもわからないでもない。。。


さて、オイラー積の素数  p に関する括弧の箇所を、以下のように変形していきます。

 \displaystyle \sum_{k=0}^{\infty} \frac{\tau(p^k)}{p^{ks}} = 1 + \frac{\tau(p)}{p^{s}} + \sum_{k=2}^{\infty} \frac{\tau(p^k)}{p^{ks}}

この右辺第三項に、定理1の式をそのまま代入します。

 \displaystyle (右辺) = 1 + \frac{\tau(p)}{p^{s}} + \sum_{k=2}^{\infty} \frac{\tau(p) \tau(p^{k-1}) - p^{11} \tau(p^{k-2})}{p^{ks}}

すると、

 \displaystyle (右辺) = 1 + \frac{\tau(p)}{p^{s}} + \frac{\tau(p)}{p^{s}}\sum_{k=1}^{\infty} \frac{\tau(p^k)}{p^{ks}} -  \frac{p^{11}}{p^{2s}} \sum_{k=0}^{\infty} \frac{\tau(p^k)}{p^{ks}}

 \displaystyle \therefore (右辺) = 1 + \frac{\tau(p)}{p^{s}} + \frac{\tau(p)}{p^{s}} \left( \sum_{k=0}^{\infty} \frac{\tau(p^k)}{p^{ks}} - 1\right) -  \frac{p^{11}}{p^{2s}} \sum_{k=0}^{\infty} \frac{\tau(p^k)}{p^{ks}}

 \displaystyle \therefore (右辺) = 1 + \frac{\tau(p)}{p^{s}} \sum_{k=0}^{\infty} \frac{\tau(p^k)}{p^{ks}} -  \frac{p^{11}}{p^{2s}} \sum_{k=0}^{\infty} \frac{\tau(p^k)}{p^{ks}}

とだいぶシンプルになりました。

ここで、級数の部分を左辺に移項させて集めましょう。すると、

 \displaystyle \left( 1 - \frac{\tau(p)}{p^{s}} + \frac{p^{11}}{p^{2s}} \right) \sum_{k=0}^{\infty} \frac{\tau(p^k)}{p^{ks}} = 1

となって結局、

 \displaystyle \sum_{k=0}^{\infty} \frac{\tau(p^k)}{p^{ks}} = \frac{1}{1 - \tau(p) p^{-s} + p^{11} p^{-2s}}

が得られました。


あっけなかったですが、これが求めていた式ですね。

「定理1」はどこから出てきた?

実は、ラマヌジャン自身は、定理1を証明したのではないそうなのです。では、どうしたのか。

上の例では、 \tau(2)^2\neq \tau(2^2) より  \tau(n) は完全乗法的ではない、という説明をしましたが、ここではこれらの差を考えます。すると、

 \tau(2^2) - \tau(2)^2 = -2048 = -2^{11}

同様に、

 \tau(3^2) - \tau(3)^2 = -177147 = -3^{11}

とすることも出来るでしょう。

このように  p のべき乗の形をした数同士を引くと、  p^{11} が登場するのです。こういった多数の数値計算から、 定理1 を予想したということのようです。

言われてみれば、そんな気もしてきますが、ノーヒントでここにいくのはやはり難しいですね。このような天才的な洞察力は、さすがラマヌジャンといったところ。


定理1は、ラマヌジャンの予想の後、モーデルという数学者によって証明されました。モーデルは「モーデル作用素  T(p)」と呼ばれるものを使った、以下の式を用いて証明したのだそうです。

 \displaystyle \left(T(p)\Delta\right)(z) = \frac{1}{p}\sum_{l=0}^{p-1} \Delta\left(\frac{z+l}{p}\right) + p^{11}\Delta(pz)

が、残念ながら tsujimotter の解説できるところではありません。。。

ラマヌジャン予想

もう1つだけ、関連する面白い話を紹介しましょう。

ラマヌジャンの発見した二次のオイラー積の分母は、 u = p^{-s} とおくと、このような形をしています。

 1 - \tau(p)u + p^{11}u^2

つまり、 u についての二次式となります。二次式ということは、その「判別式」が気になりますね。

ラマヌジャンは、多くの  \tau(p) を計算した結果、上の式が虚数解を持つだろう、と予想しました。

すなわち、判別式を  D とすると、

 D = \tau(p)^2 - 4p^{11} < 0

ということです。ここから、ただちに、

 \displaystyle \left|\tau(p)\right| < 2p^{11/2}

が得られます。これは「ラマヌジャン予想」と呼ばれています。ラマヌジャンはこれを証明できませんでした。


ラマヌジャン予想を確認してみようと、 \tau(n) の値を探してみたところ、ちょうど以下のサイトに  n=1 から  100 までの  \tau(n) の数表がありました。これを使って、tsujimotter もグラフを書いてみました。

参考:
ラマヌジャンのτ関数をMaximaで計算してみる。: Fallen Physicist, Rising Engineer

 n が素数のときだけ、 \tau(n) を取ってきて絶対値をとり(赤点)、これを  2p^{11/2} (緑線)と比較しました。縦軸は、対数軸となっています。

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たしかにグラフを見る限り、不等式は成り立っているようです。しかも、なかなかスレスレで。

参考:
ラマヌジャン予想の検算 - 完全無欠で荒唐無稽な夢


ラマヌジャン予想は、数論における主要な未解決問題として君臨していましたが、ついに1973年に、グロタンディークの弟子であるドリーニュによって解決されました。証明は、保型形式という複素関数の理論を使った難しいものだそうです。やはり、ここで解説することは出来ないでしょう。


修正(2015/1/22):
最初の投稿では、ラマヌジャン予想の不等式の右辺を  2p^{11} と勘違いしており、内容が間違っておりました。正しくは  2p^{11/2} です。それに合わせて、この項の説明やグラフを大きく修正しております。


まとめ

ラマヌジャンの  \tau(n) の性質をうまく使って、見事「二次のオイラー積」を導く事に成功しました。今回の記事はこれがすべてでしょう。

ここに到達するまでには長い道のりがありました。幾度となく諦めそうになったので、ちゃんと解説できて感無量です。頑張ればいつかは理解できるのだ、ということが分かったのはよかったです。

「モーデル作用素」や「ラマヌジャン予想」といった、発展的な内容とも結びついていて、なかなか充実した話でしたね。

興味を持ってくださった方、ぜひ参考文献の本を読んでみてくださいね。

参考文献

小山先生の本はおすすめです。基本的に説明が丁寧で、ラマヌジャンのエピソードも交えてドラマチックな話の展開になっており、読んでいて楽しいです。もちろん全部わかったわけではありませんが、大変参考になりました。今回の該当箇所は「第5章」「第6章」です。

素数からゼータへ、そしてカオスへ

素数からゼータへ、そしてカオスへ


以下の2冊は、上の小山先生の本があったので、今回あまり触れていません。しかし、「導出法が載っている本があるのだ」ということを最初に示して、勇気づけてくれた大事な本です。

佐藤・テイト予想と数論

佐藤・テイト予想と数論

数論〈2〉岩沢理論と保型形式

数論〈2〉岩沢理論と保型形式

*1:「L 関数」といってもディリクレのL 関数とは異なります。ディリクレ級数の形をしているから L 関数と呼ぶのでしょうが、このあたりの呼び名は統一されているのでしょうか。「ラマヌジャンのゼータ」と読んでいる黒川先生の本はありました。

*2:ちなみに、この論文がどの論文だったかは忘れてしまいました。それぐらい現在までに時間がかかってしまったのです。