tsujimotterのノートブック

日曜数学者 tsujimotter の「趣味で数学」実践ノート

タイヒミュラー指標 (1)

明けましておめでとうございます。新年最初の記事になりますが、もう既に新年から2ヶ月以上経っていることに驚きました。

さて、本日あたりから「p進ゼータ関数」という本が店頭に並び始めました。

p進ゼータ関数  久保田-レオポルドから岩澤理論へ (シリーズ「ゼータの現在」)

p進ゼータ関数 久保田-レオポルドから岩澤理論へ (シリーズ「ゼータの現在」)

先月1/25も「重点解説 岩澤理論」という本が発売されていました。

重点解説 岩澤理論 2019年 01 月号 [雑誌]: 数理科学 別冊

重点解説 岩澤理論 2019年 01 月号 [雑誌]: 数理科学 別冊

どちらも岩澤理論の本です。岩澤理論関連の本が立て続けに発売されて、ファンとしては嬉しい限りです。


「p進ゼータ関数」の本が届いたので、早速ですが第2章ぐらいまでをざっと目を通してみました。ここまでは私でも読めるという感じの内容でした。他の岩澤理論の本では飛ばしてしまっていたような議論を丁寧に計算してくれている印象で、独学マンとしてはとてもありがたかったです。

特に、タイヒミュラー指標と呼ばれるものの定義について丁寧に議論されていて、私はこれを初めて理解できた気がしました。感激です。今日はその話をしたいと思います。

タイヒミュラー指標の定義?

以下、 p を奇素数として固定します。

定義:タイヒミュラー指標
 a p で割り切れない整数としたとき, \omega(a) = \lim_{n\to \infty} a^{p^n} と定義する.

このとき,

 \displaystyle \omega \colon (\mathbb{Z}/p\mathbb{Z})^{\times} \to \mathbb{Z}_p^{\times}, \;\;\; \overline{a} \mapsto \omega(a)

タイヒミュラー指標という.

今日の記事の目標は、この定義の言わんとしていることを理解することです。

このタイヒミュラー指標は、岩澤理論で度々登場する重要概念の一つで、たとえばp進L関数の定義にも登場しますね。
tsujimotter.hatenablog.com


しかしながら、その定義があまりよく理解できませんでした。これまで読んだ本でもちゃんとした解説は見当たらなかったように思います。

上の定義を何も考えずに読むと、いきなり  \lim_{n\to \infty} a^{p^n} という式からしてつまずくかと思います。普通に考えると

 a^{p^1}, a^{p^2}, a^{p^3}, a^{p^4}, \ldots

という列が収束するとは思えないからです。

この文脈では「 p進的な収束」を暗に考えていると解釈するんですが、このことについて説明するために「完備化」について復習しましょう。

コーシー列と完備化

有理数体  \mathbb{Q} には、大きく分けて2通りの距離を入れることができます。

一つは、通常の意味の絶対値  |\cdot |_{\infty}によって

 d_{\infty}(a, b) = |a - b|_{\infty}

と定義される距離です。

もう一つは p進距離というものです。 x \in \mathbb{Q}\setminus \{0\} に対して、互いに素な整数  a, b, p を用いて

 \displaystyle x = \frac{a}{b}\cdot p^n

と表したときの  n の値を  v_p(x) としたとき、

 |x|_p = p^{-v_p(x)}

なるp進絶対値  |\cdot |_p によって

 d_{p}(a, b) = |a - b|_p

と定義される距離です。

 d_\infty d_p のうちいずれかの距離を  d としたとき、距離空間  (\mathbb{Q}, d) が定まります。


さて、この距離空間に対して コーシー列 という数列を考えます。

 d を絶対値  |\cdot | に対する距離としたとき,次の条件を満たす有理数の数列  (a_n)_{n \geq 1} を距離空間  (\mathbb{Q}, d)コーシー列という.
「任意の正の有理数  \varepsilon に対し,ある正の整数  N が存在し, |a_n - a_m| < \varepsilon がすべての  m, n \geq N に対して成り立つ」

これは「十分大きな  N を取れば、それ以降の数列の値は限りなく【近いところ】にありますよ」という意味です。この【近いところ】というのは、絶対値  |\cdot | で測ったときの【近いところ】という意味です。絶対値(あるいは距離)の選び方によって、【近さ】の意味が変わってくるのですね。

たとえば、 d = d_\infty としたとき、円周率  \pi の小数第  n 位以下を切り捨てた数列

 3, \; 3.1, \; 3.14, \; 3.141, \; \cdots

は、距離空間  (\mathbb{Q}, d_\infty) のコーシー列となります。


さて、円周率  \pi は有理数ではありませんが、コーシー列としては表現できます。このコーシー列を数だと思ってしまって、数の概念を広げてあげようというのが完備化です。

距離空間  (\mathbb{Q}, d) のコーシー列全体  C をとってきて、それら一つ一つを数だと思ってしまえば、元の  \mathbb{Q} よりも大きな数の集合ができているはずです。ただし、 C の元の中で、同じ数を表すコーシー列があるでしょう。たとえば、先ほどの円周率を表現する数列を  a_n としたとき、 a_1 だけ  5 に置き換えた数列  b_n も、十分大きな  N では同じ数列と見なせますから、こういうものは同一視したい。

 C に対して、こういう同値関係  \sim を入れて、 C \sim で割った商集合  C/\sim (\mathbb{Q}, d)完備化といいます。

 (\mathbb{Q}, d_\infty) の完備化が実数体  \mathbb{R} で、 (\mathbb{Q}, d_p) の完備化が p進数体  \mathbb{Q}_p です。

 a_n = a^{p^n} は距離空間  (\mathbb{Q}, d_p) のコーシー列

上で述べたことをまとめると、コーシー列というのは、(今考えている距離に対して)十分大きい  n では互いに距離が小さくなっていく数列ということでした。また、任意のコーシー列が収束するように数の集合を広げる操作を完備化というのでした。

つまり、完備化した先では、任意のコーシー列に対して収束先が存在するということです。ここで冒頭の問題に戻りましょう。

元の問題は、 a_n = a^{p^n} という数列が「 p進的には」収束するのかということでした。問題を命題の形で正確に述べると、こうなります。

命題
 a p で割り切れない整数とする.このとき, a_n = a^{p^n} で定まる数列  (a_n)_{n \geq 1} は,距離空間  (\mathbb{Q}, d_p) のコーシー列である.

これを証明できれば、上の数列が  \mathbb{Q}_p の元に収束するといえます。コーシー列であることを示しましょう。もう一度コーシー列の条件を思い出します。

「任意の正の有理数  \varepsilon に対し,ある正の整数  N が存在し, |a_n - a_m| < \varepsilon がすべての  m, n \geq N に対して成り立つ」

任意の正の有理数  \varepsilon をとります。 \varepsilon に対して、ある正の整数  N が存在して、 n, m \geq N について

 |a^{p^n} - a^{p^m}|_p < \varepsilon \tag{A}

が成り立つことを示す必要があります。このような  N は存在するのでしょうか。


結論から言うと

 p^{-(N+1)} < \varepsilon

を満たすように  N を取ればよいとわかります。やってみましょう。

まず、 m, n \geq N という条件ですが、 m = n のときは自明に式  (A) が成り立つので、 m > n \geq N としてよいことに注意します。

 a^{p^m - p^n} という式を考えて、その指数部分  p^m - p^n を以下のように変形します。

 p^m - p^n = p^n (p^{m-n} - 1) = p^n (p-1)(p^{m-n-1} + p^{m-n-2} + \cdots + p + 1)

さらに、 m > n \geq N を活かすために

 p^m - p^n = p^N (p-1) p^{n-N} (p^{m-n-1} + p^{m-n-2} + \cdots + p + 1)

と変形します。すると、 p^\ast \ast の部分がすべて  0 以上の数になっていることが確認できます。

これを  a の指数に戻すと、指数法則から

 a^{p^m - p^n} = (a^{p^N (p-1)})^{p^{n-N} (p^{m-n-1} + p^{m-n-2} + \cdots + p + 1)}

とかけます。

ここで  a^{p^N (p-1)} の部分に着目します。 (\mathbb{Z}/p^{N+1}\mathbb{Z})^\times は、位数  p^N (p-1) の乗法群なので、群論のフェルマーの小定理により、 a \in  (\mathbb{Z}/p^{N+1}\mathbb{Z})^\times に対して

 a^{p^N (p-1)} \equiv 1 \pmod{p^{N+1}\mathbb{Z}}

が成り立ちます。したがって

 a^{p^m - p^n} \equiv 1 \pmod{p^{N+1}\mathbb{Z}}

が言えました。両辺に  a^{p^n} をかけると

 a^{p^m} \equiv a^{p^n} \pmod{p^{N+1}\mathbb{Z}}

が成り立ちます。

よって、左辺と右辺の差  a^{p^m} - a^{p^n} p で(少なくとも)  N+1 回割れるとわかるので

 |a^{p^m} - a^{p^n}|_p \leq p^{-(N+1)} < \varepsilon

が言えます。よって、式  (A) が成り立ち、 a_n = a^{p^n} (\mathbb{Q}, d_p) のコーシー列であることが示せました。(証明終わり)


少し長かったですが、これにて  \lim_{n\to \infty} a^{p^n} \mathbb{Q}_p の元に収束することが示せました。これで問題は半分くらい解決です。

 \lim_{n\to \infty} a^{p^n} \in \mathbb{Z}_p^\times を示す

これまでの議論で  \lim_{n\to \infty} a^{p^n} \in \mathbb{Q}_p は示せました。最後に  \lim_{n\to \infty} a^{p^n} \in \mathbb{Z}_p^\times を示して終わりましょう。


 (a^{p^n})^{p-1} = a^{p^n(p-1)} を考察しましょう。先ほどと同様の議論により

 a^{p^n(p-1)} \equiv 1 \pmod{p^{n+1}\mathbb{Z}}

であるから  a^{p^n(p-1)} - 1 p で少なくとも  n+1 回割り切れます。したがって

 \displaystyle |a^{p^n(p-1)} - 1|_p \leq p^{-(n+1)}

より

 \displaystyle \left(\lim_{n\to \infty} a^{p^n}\right)^{p-1} = 1

が言えます。

何が言いたかったかを説明すると、 \lim_{n\to\infty} a^{p^n} \mathbb{Q}_p において  p-1 乗すると  1 になる数、つまり  1 p-1 乗根 だったということです。

 \mathbb{Q}_p における 1 の  p-1 乗根全体を  \mu_{p-1}(\mathbb{Q}_p) とかくと

 \displaystyle \lim_{n\to \infty} a^{p^n} \in \mu_{p-1}(\mathbb{Q}_p)

であることが言えました。

任意の  \mu_{p-1}(\mathbb{Q}_p) の元  \zeta に対し、 \zeta^{p-1} = 1 であることと付値の加法性から

 \underbrace{v_p(\zeta) + v_p(\zeta) + \cdots + v_p(\zeta)}_{(p-1) \; \text{times}} = 0

より  v_p(\zeta) = 0 です。したがって、 \mu_{p-1}(\mathbb{Q}_p) \subset \mathbb{Z}_p^\times であることが言えます。


よって、 \lim_{n\to \infty} a^{p^n} \in \mathbb{Z}_p^\times が示せました。


今回のまとめと次の目標

今回分かったことをまとめます。

 p を奇素数とする。 \mathbb{Z}\setminus p\mathbb{Z} p と互いに素な整数の集合とする。このとき、任意の  a \in \mathbb{Z}\setminus p\mathbb{Z} に対して、 \omega(a) = \lim_{n\to \infty}a^{p^n} が定まる。すなわち、以下の写像が定義される:
 \begin{align} \omega\colon \mathbb{Z}\setminus p\mathbb{Z} &\longrightarrow \mathbb{Z}_p^\times \\
a &\longmapsto \omega(a) \end{align}

これで  \omega(a) という記号が定義されました。この記号には、以下の重要な性質があることもわかります。

(1)  \omega(a) \in \mu_{p-1}(\mathbb{Q}_p)
(2)  \omega(a) \equiv a \pmod{p}

性質 (1) については既に上で示しましたが、性質 (2) についてはまだでした。簡単なのでやってしまいましょう。

任意の  a \in \mathbb{Z}\setminus p\mathbb{Z} に対して、 a^{p^n} = (a^{p})^{p^{n-1}} ですが、フェルマーの小定理  a^p \equiv a \pmod{p} より

 a^{p^n} \equiv a^{p^{n-1}} \pmod{p}

となります。これを  n 回繰り返すと

 a^{p^n} \equiv a \pmod{p}

が得られますが、 n\to \infty の極限をとると性質 (2) の式となります。



次の目標は、 (\mathbb{Z}/p\mathbb{Z})^\times から  \mathbb{Z}_p^\times への指標

 \begin{align} \omega\colon (\mathbb{Z}/p\mathbb{Z})^\times &\longrightarrow \mathbb{Z}_p^\times \\
\overline{a} &\longmapsto \omega(a) \end{align}

を得ることです。これが タイヒミュラー指標 と呼ばれるものです。

これを得るためには、 \overline{a} \in (\mathbb{Z}/p\mathbb{Z})^\times の代表元によらずに  \omega(a) \in \mathbb{Z}^{\times} が定まること(well-defined性)と、写像が準同型写像になっていること(準同型性)を示す必要があります。これについては近いうちに続きの記事を書きたいと思います。


今回はひとまずタイヒミュラー指標の入り口が理解できた気になれて、私としては大満足です。

それでは今日はこの辺で。

修正事項 2019/11/30

最後の章の記述を変更しました。
本記事の内容では、 (\mathbb{Z}/p\mathbb{Z})^\times の指標を定義するところまでは示していないため(well-defined性と準同型性がまだ)、その旨を明記しました。