tsujimotterのノートブック

日曜数学者 tsujimotter の「趣味で数学」実践ノート

四元数環と2-コサイクル

今日は 四元数環  \newcommand{\hh}{\mathbb{H}}\hh について考えてみましょう。tsujimotterのノートブックでは初登場ですね。

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複素数体  \mathbb{C} \mathbb{R} に虚数単位  i^2 = -1 を加えた体のことで、

 \mathbb{C} = \mathbb{R}\cdot 1 + \mathbb{R}\cdot i

と書けます。 \mathbb{R} 上の2次拡大体となっています。

 \mathbb{C} に「ある演算規則」をもった  j, k という新しい数を加えて

 \mathbb{H} = \mathbb{R}\cdot 1 + \mathbb{R}\cdot i + \mathbb{R}\cdot j + \mathbb{R}\cdot k

としたものが四元数環です。複素数体の4次元バージョンと思えます。

 i, j, k には、次のような関係が成り立ち、これが四元数環を定義する演算規則となっています:

 i^2 = j^2 = k^2 = ijk = -1 \tag{1}

この式は、ハミルトンがブルーム橋に刻んだ数式としても知られていますね。


先日、四元数環と群コホモロジーの意外な接点 について教えていただきました。とても面白かったので、ぜひ紹介したいというのが今日の目的です。具体的には、ある2-コサイクルを考えると、そこから四元数環を構成することができるというのです。


今回の内容は梅崎さんに教えていただきました。いつも楽しい話を教えてくださってありがとうございます。
なお、もし内容に誤りがあったとしても、それは私の理解不足によるところかと思います。見つけた方は私にTwitter等でご指摘いただけますと幸いです。

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射影空間のK-有理点とヒルベルトの定理90

楕円曲線について本格的に勉強したいと思い、シルヴァーマンによる楕円曲線の本(タイトルは "The Arithmetic of Elliptic Curves"(通称:AEC))を読み始めました。

The Arithmetic of Elliptic Curves (Graduate Texts in Mathematics)

The Arithmetic of Elliptic Curves (Graduate Texts in Mathematics)

その第1章を読んでいく中で、射影 n-空間(あとで定義します)の  K-有理点に関する命題が登場するのですが、その証明にはなんと昨日紹介した「ヒルベルトの定理90」が使われるのです。このつながりは想像できなくてとても意外なことでした。

実はこの命題の証明は、シルヴァーマンの本では演習問題になっていまして、本には証明のヒントが載っているだけでした。2年前くらいから問題自体は知っていて、気になっていたのですが、先日ようやく自分で理解できました。とても嬉しかったのでまとめたい、というのが今回の記事の動機です。

3/23の群コホモロジーについての記事も、実は今回の記事のために用意したものでした。この記事の内容を前提に進めたいと思います。
tsujimotter.hatenablog.com

まずは、今回の主題を説明するための、代数幾何の基礎的な事項について述べたいと思います。

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群コホモロジーの定義と低次のコホモロジー

今回のテーマは 「群コホモロジー」 です。

整数論や諸々を勉強していると、群コホモロジーという言葉をよく耳にします。調べてみると、とても難しそうな定義が並んでいてよくわからない。少し前までの私はそんな感じでした。

一方で、難しい定義であっても、辛抱強く理解しようと試みれば、いつの間にか慣れてしまうこともあるようです。実際、今の私はそれなりに群コホモロジーを受け入れることができています。

まずは定義を受け入れてみることが大事なのかもしれません。というわけで、「定義をとにかく理解する」を目標に、群コホモロジーの定義について、私の理解できた範囲でまとめてみたいと思います。

記事の後半では、具体的な計算とともに「ヒルベルトの定理90」という重要な定理についても紹介します。

よくわかっている人向けの注釈:

群コホモロジーの定義は、①コチェイン複体を用いた方法と②導来関手を用いた方法がありますが、今回は簡単のため①の方法で定義を紹介したいと思います。

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「ユークリッド整域」ならば「単項イデアル整域」の証明

最近、「素数と2次体の整数論」という本の読書会をはじめました。

素数と2次体の整数論 (数学のかんどころ 15)

素数と2次体の整数論 (数学のかんどころ 15)

  • 作者:青木 昇
  • 発売日: 2012/12/21
  • メディア: 単行本

主に数学デーというイベントの中で毎週1、2回程度開催して、少人数で濃い勉強をしています。「ゆるにじたい」という名前で開催しているのですが、基本的に全部の命題・定理の証明を追いかけるという感じでやっています。


先日は【有理整数環  \mathbb{Z} が単項イデアル整域であること】を証明するパート(1.3節)を読みました。面白かったので紹介したいと思います。

読書会の前までは、今回の内容は「知っているつもり」でいて、実はちゃんと理解していないことでした。今回の勉強会でようやくちゃんと理解できるようになりましたので、自分の言葉でまとめてみたいと思いました。これがこの記事を書いた動機です。

といっても、本に書いてある証明をそのまま紹介はしません。本の証明は「有理整数環  \mathbb{Z}」に限定された証明なのですが、実はこの証明は「一般のユークリッド整域  R」に一般化することができます。


今日示したいことを図に表すと以下のようなイメージになります。

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基本的な事項のおさらいをした後に、本題の証明を紹介したいと思います。

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円周率の「一風変わった」近似式

今日は 3/14 、すなわち 「円周率の日」 ということで、円周率の一風変わった近似式を紹介したいと思います。

今回紹介したい式はこちらです:

 \displaystyle \frac{\log( 640320^3 +744 )}{\sqrt{163}} \tag{1}

ここで、 \log は自然対数です。


「なんじゃこりゃ」というような式ですが、実際に計算してみるとその精度の高さに驚きます。

Google電卓を使うと、簡単に計算できるのでやってみましょう。Googleの検索窓に数式を入れると、電卓としてその計算を実行してくれます。

以下の式を検索窓に打ち込んでみてください。

ln(640320^3+744)/sqrt(163)

この "ln" というのは自然対数を表す記号で、"sqrt" はルートの記号ですね。

それでは実行してみましょう。

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計算結果は

3.14159265359

です!!

なんと、小数点以下10桁 まで一致しています。10桁というのはGoogle電卓の限界によるもので、実際はもっと先の桁まで一致します。


すごいですね。いったいどこからこんな式が出てきたのでしょうか。640320 とか 744 とか 163 という数は、どこからやってきたのでしょうか?

円周率近似式のカラクリ

残念ながら、これらの質問にすべて答えることは簡単ではありません。一つだけヒントをいうと 「ラマヌジャンの定数」 が関係しています。

ラマヌジャンの定数については、以下の記事で紹介しています。
tsujimotter.hatenablog.com


もしかすると、ラマヌジャンの定数について既に知っている人がいるかもしれませんが、改めて紹介したいと思います。

ラマヌジャンの定数とは

 e^{\pi\sqrt{163}}

という数のことです。この数は、計算してみると

 e^{\pi \sqrt{163}}=262537412640768743.99999999999925007...

という値となり、なんと小数点以下12桁まで9が並ぶことになります!

つまり、極めて整数に近い値をとるのですね。

余談ですが、ラマヌジャンの定数にはラマヌジャンは関わっていません。

では、なんで「ラマヌジャンの定数」と呼ばれているかというと、「ラマヌジャンならこんなこと考えてもおかしくない」というが由来です。笑


偶然にしたらよく出来すぎているなと思ってしまいますが、実はちゃんとした理由があります。

実際、複雑な計算によって

 e^{\pi \sqrt{163}}\approx 640320^3+744-0.00000000000075 \tag{2}

というような評価が得られ、小数点以下が十分に小さいので

 e^{\pi \sqrt{163}}\approx 640320^3+744 \tag{3}

という近似式が得られます。こうした事実が背景にあります。


あとは、両辺  \log をとると

 \displaystyle \log(e^{\pi \sqrt{163}}) \approx \log(640320^3+744)

 \displaystyle \therefore \pi \sqrt{163} \approx \log(640320^3+744)

 \displaystyle \therefore \pi  \approx \frac{\log(640320^3+744)}{\sqrt{163}} \tag{4}

という感じで、冒頭の近似式を得ることができるというわけです。

 (2) の近似において、小数点以下の数値が極めて小さい値になったことで、円周率の近似の精度もかなり高いものになったというわけですね。

いやー面白い。

おわりに

今回は、円周率の日にちなんで、円周率を高精度で計算できる式を紹介しました。

 \displaystyle \frac{\log( 640320^3 +744 )}{\sqrt{163}} = 3.1415926535\ldots


このへんで終わりにしてもよいのですが、最後に「今回あえてこの式を紹介した理由」を話したいと思います。

上のカラクリの説明で「複雑な計算によって」と書いたところ、気になりませんか?

この部分を理解するためには 虚数乗法論 という(少なくとも今の私にとっては)相当難しい理論が必要になります。

ざっくりいうと、上の式の  640320^3 の部分は \, j 関数 の特殊値に由来しています。虚数乗法を持つ楕円曲線について考えることで、\, j 関数の特殊値が整数になることがわかり、これが  640320^3 に一致するのです。この事実と  \,j 関数の性質から、上記の近似式を導出することができるのです。

いつかこのブログで紹介したいなと思い、これまで虚数乗法について勉強してきました。そろそろまとめることに挑戦してみてもいいかもしれません。


というわけで、近々、虚数乗法についてのシリーズ記事を書いてみたいと思います。

もちろん、本当にかけるかどうかはわかりません。(執筆のために準備をしはじめたのですが、やっぱり難しくて少し心が折れ始めています。。。笑)

気長にお待ちいただければと思います。

それでは、今日はこの辺で。


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任意の自然数は高々53個の4乗数の和で表せる

昨日紹介した「モジュラー形式の本」にまたまた面白い話が載っていたので紹介したいと思います。

ウェアリングの問題

このブログでこれまでたくさん紹介してきましたが、4で割って1あまる素数は

 13 = 2^2 + 3^2
 29 = 2^2 + 5^2

のように「2つの平方数の和」として表すことができます。

一方で、たとえば4で割って3あまる素数はそのような和によって表すことができません。もちろん、平方数をもっと増やせば4で割って3あまる素数も表すことができて、実際4つあれば足りることが知られています。

 7 = 2^2 + 1^2 + 1^2 + 1^2
 11 = 3^2 + 1^2 + 1^2 + 0^2

より一般に 任意の自然数は4つの平方数があれば表すことができる ことが、ラグランジュによって示されています。

定理(ラグランジュの4平方定理)
任意の自然数  n に対して
 n = a^2 + b^2 + c^2 + d^2

を満たす(非負の)整数  a, b, c, d が存在する。


このラグランジュの定理は、平方数だけでなく3乗数、4乗数にも拡張されています。ラグランジュの定理は「任意の自然数  n は4個の非負の平方数の和として表せる」でしたが、次のような事実が証明されています。

  • 任意の自然数  n9個 の非負の 3乗数 の和として表せる
  • 任意の自然数  n19個 の非負の 4乗数 の和として表せる


こんな風に、平方数(2乗数)だったら4個、3乗数だったら9個、4乗数だったら19個のように、べき乗の数と平方数の個数が対応しているわけです。

「これを一般化できるか?」というのが、ウェアリングの問題 です。すなわちウェアリングの問題とは次のような問題です。

ウェアリングの問題
自然数  k について「任意の自然数  n N 個の非負の  k 乗数の和として表せる」を満たすような最小の自然数  N g(k) とする。

任意の自然数  k に対して  g(k) は常に存在するか?


 k = 2, 3, 4 のときはそれぞれ  g(2) = 4, \; g(3) = 9,\;  g(4) = 19 という有限の値が求まったわけです。

しかしながら、一般に  k \geq 5 のときにも同じように有限の値  g(k) が存在するとは限らないですよね。もちろん、それがあることをウェアリングは期待しているわけですが。

実際、ヒルベルトによって、ウェアリングの問題は肯定的に解決されました。すごいですね。

「任意の自然数は高々53個の4乗数の和で表せる」の証明

さて、今回の記事は  g(4) についてのお話なんですが、 g(4) = 19 を示すことはなかなか難しそうです。そこで、もう少し緩めた問題を考えます。

すなわち、高々53個の4乗数があれば、任意の自然数が表せる を示したいと思います。 g(4) \leq 53 ということですね。


キーになるのは次の恒等式です。

今日のキーポイント
 \begin{align} 6(a^2 + b^2 + c^2 + d^2)^2 = \; & (a+b)^4 + (a-b)^4 + (c+d)^4 + (c-d)^4 + \\
& (a+c)^4 + (a-c)^4 + (b+d)^4 + (b-d)^4 + \\
& (a+d)^4 + (a-d)^4 + (b+c)^4 + (b-c)^4 \end{align}


なかなかとんでもない恒等式ですね。

左辺は  a, b, c, d のそれぞれの2乗の和を2乗して6倍したもの、右辺は  a, b, c, d から2個ペアを選んで、それを足し引きしたものを4乗したものを全部足し合わせた式になっています。

この恒等式の証明は、かったるいですが、とにかく計算したらわかるというタイプの式です。「ブラハマグプタの恒等式」に似ています。
tsujimotter-sub.hatenablog.com


さて、左辺に「4つの平方数の和」があることに注目しましょう。ラグランジュの定理によると、任意の自然数  n n = a^2 + b^2 + c^2 + d^2 の形で表せるわけです。

ということは、 6n^2 という形の数は、12個の4乗数の和で表すことができることが一目瞭然というわけです。面白いですね。


ところで、任意の整数は  6m+r(ただし  r = 0, 1, 2, 3, 4, 5)という形で表すことができますね。ラグランジュの定理を使って、この  m を再び4つの平方数の和で表すと

 \begin{align} 6m+r &= 6(n_1^2 + n_2^2 + n_3^2 + n_4^2) + r \\
&= 6n_1^2 + 6n_2^2 + 6n_3^2 + 6n_4^2 + r \end{align}

となります。

今日のキーポイントを使った議論により  6n_1^2, 6n_2^2, 6n_3^2, 6n_4^2 はそれぞれ、12個ずつの4乗数の和で表せます。よって、その和は48個の4乗数の和で表せるというわけです。

あとは  r の部分ですが、 r = 0, 1, 2, 3, 4, 5 についてすべて考えると次のようになります。

 0 = 0^4 + 0^4 + 0^4 + 0^4 + 0^4
 1 = 1^4 + 0^4 + 0^4 + 0^4 + 0^4
 2 = 1^4 + 1^4 + 0^4 + 0^4 + 0^4
 3 = 1^4 + 1^4 + 1^4 + 0^4 + 0^4
 4 = 1^4 + 1^4 + 1^4 + 1^4 + 0^4
 5 = 1^4 + 1^4 + 1^4 + 1^4 + 1^4

よって、任意の自然数は高々  48 + 5 = 53 個の4乗数の和で表せることがわかりました。


いやー、面白いですね!

ほとんど、上の恒等式一発で証明できてしまいましたが、こういうのはとても気持ちがいいですね。

それでは今日はこの辺で。

法pにおける(-1)の平方根の計算(2)

4で割って1あまる素数  p に対して

 x^2 + 1 \equiv 0 \pmod{p} \tag{1}

をみたす整数  x が必ず存在することは「平方剰余の相互法則」の「第一補充則」と呼ばれ、よく知られていますね。


一方で、上の事実だけからは「 x がどのような数であるか」についてはわかりません。具体的に  x を求める方法はないのでしょうか。

実は以前にも似たような問題意識の記事を書いたことがありました。
tsujimotter.hatenablog.com

というわけで、今回はパート2です。

前回紹介したのは「オイラーの基準」を使った方法でしたが、今回は 「ウィルソンの定理」 を使った方法を紹介したいと思います。

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