tsujimotterのノートブック

日曜数学者 tsujimotter の「趣味で数学」実践ノート

「√-2 × √-8 = √16?」の問題について

Twitterで数学に関するこんな話が話題になっていました。


もう少しツイートの内容を補足してみましょう。 \sqrt{-2}, \; \sqrt{-8} というのは、虚数単位  i を用いて

 \sqrt{-2} = i\sqrt{2}
 \sqrt{-8} = i\sqrt{8}

として定義されます。よって  i^2 = -1 を用いて

 \sqrt{-2}\sqrt{-8} = (i\sqrt{2})(i\sqrt{8}) = i^2 \sqrt{16} = -\sqrt{16}

が成り立ちます。


一方、 \sqrt{\;\;} には積に関して

 \sqrt{a} \sqrt{b} = \sqrt{ab}

なる法則が成り立つはずです。

ところが、この法則を適用すると

  \sqrt{-2} \sqrt{-8} = \sqrt{(-2)\cdot (-8)} = \sqrt{16}

となってしまいます。


すなわち、計算方法によって結果が  \sqrt{16} になったり  -\sqrt{16} になったり、異なってしまっています。これは何かがおかしい。一体、どこがおかしいのだ?


というのが、上のツイートが問題にしている点です。



私はこのツイートを見て、これは モノドロミー の問題だ!

と直感しました。これは面白そうだと。

そこで、以前書いたこの記事
tsujimotter.hatenablog.com

を思い出しながら、自分でも考えてみることにしました。


私の中ではかなり納得感のある結論にたどり着きましたのでまとめてみたいと思います。よかったら聞いてください。

注:
元々のツイートは高校生の方のものだと思われますが、本記事は「高校生に向けた解説記事」というわけではありません。
あくまで、趣味で数学を勉強する筆者(日曜数学者)が、自分で考えているうちに楽しくなってしまい、まとめてみたくなったというタイプの記事となっています。
この点にご留意して読んでいただければと思います。

注(2020.07.11 19:00追記)
色々検討した結果、第4パートと追記のところでリーマン面上の点に対して積をとっている箇所が怪しい議論をしていると感じています。記事修正が困難なためそのままになっていますが、鵜呑みにせず話半分に読んでいただければと思います。

第1〜第3パートについては、通常の複素関数論と同様の議論だと思いますので、今のところ問題ないと思います。

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虚数乗法の具体例をもっと計算してみよう(類数1の場合)

今週は、虚数乗法 をテーマとする記事を2本公開しました!
tsujimotter.hatenablog.com
tsujimotter.hatenablog.com

おかげさまでたくさんの方々に見ていただき、たくさん反響もありました。
虚数乗法は、tsujimotterがこれまで時間をかけて勉強してきたテーマの一つなので、その魅力を伝えることができて大変うれしく思います。


シリーズ前編・後編の記事を通して、

 E\colon y^2 = x^3 + x

というただ1つの楕円曲線の例を扱ってきましたが、書き終わってみて もっとたくさんの具体例で計算してみたい と思うようになりました。欲張りですね。笑

そんなわけで、今回はたくさんの具体例を計算してみようという記事にしようと思います。


ところで、前回の記事では言及し忘れていたのですが、そもそも 虚数乗法を持つ楕円曲線はレア なのです。適当にやっても簡単には見つからないわけですね。

そこで、探し方も含めて紹介し、ほかの楕円曲線を計算し、それぞれのray類体を計算するところをやってみたいと思います。


なお、今回は虚2次体の類数が1の場合に限定して紹介したいと思います。2以上の類数のケースについては、また今度にしたいと思います。

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具体例を通して学ぶ虚数乗法論(前編)

こんにちは! 日曜数学者のtsujimotterです!

早いもので、日曜数学者と名乗り始めてから5年半が経ちました。その間、色々な数学を勉強して、成長もしてきたと思います。昔憧れた、名前しかしらなかった高度な理論も、だんだんと理解できるようになってきました。このことは、最近特に実感しています。

今回のテーマである 虚数乗法論 も、初期の頃から興味を憧れを抱いてきました。

最初に気になったきっかけは、この記事でした。今から6年も前の記事ですね(日曜数学者と名乗り始めるより前の記事です)。
tsujimotter.hatenablog.com

あれから勉強が進んできて、理論についてまとめようと試みた記事もありました:
tsujimotter.hatenablog.com


しかしながら、上の虚数乗法論シリーズは未完のままです。当分続きは書けそうにありません。

大きな理論をまとめるのは大変だというのが理由の一つです。もう一つの理由は、そもそも楕円曲線の一般的な定義など、下準備をするのが大変だったというところにあります。


そこで考えたのですが、理論を体系的にまとめるのではなく、何か具体例を決めて、それを紹介するというのもよいのではと思いました。

題して 「具体例を通して学ぶ虚数乗法論」 です。

f:id:tsujimotter:20200705190323p:plain:w300

また、虚数乗法論は ガロア理論・類体論・楕円曲線論 を前提とした高度な理論なので、一般論を展開していくと難しくなりがちです。

難しい話は読者を選ぶのも事実です。けれども、やっぱり理論の内容は面白いので、もっと多くの人に知ってもらいたい。その面白さ・美しさを伝えられるようになりたい。その意味でも、具体例があった方が読んでもらいやすいはずだと思いました。


今回の記事は、以下のような構成で進めたいと思います。コンピュータの手を借りて 具体例 を計算しつつ、虚数乗法論のある意味「花形」の一つである クロネッカーの青春の夢 に向かう話を展開したいと思います。

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たけちゃん先生の問題の裏に潜む「未解決問題」

先日、ロマンティック数学ナイトオンライン(以下、ロマ数)というイベントに出演しました。
wakara.co.jp


そのイベントの報告はまたいずれしたいと思いますが、今日はそのイベントで竹内英人先生(以下、たけちゃん先生)がされた発表についてのお話です。

たけちゃん先生の話を聞いているうちに、問題を拡張したら面白くなるのでは、というアイデアが浮かんできて、それについて考えているうちに面白くなってしまいました。今日はそのことについて紹介したいと思います。


実は、今回の内容は、本日まさに今開催の 第18回日曜数学会 で発表する内容となっています。よろしければ、発表と一緒にお楽しみください。
live2.nicovideo.jp

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分数の足し算で「約分」が発生する条件(3)

最近、頭の中が「分数の足し算」でいっぱいなtsujimotterです。こんにちは。

前回・前々回の記事から引き続き、分数の足し算の話題です。過去記事はこちらをご覧ください:
tsujimotter.hatenablog.com
tsujimotter.hatenablog.com


さて、これまで分数の足し算  \frac{a}{b} + \frac{c}{d} において、素数  p で約分できる条件について考えてきました。前回はp進展開を用いた見方を与えました。

今回はより簡潔に判定できる考え方を教えていただきましたので、それを紹介したいと思います。といっても、原理はp進展開の場合と同じです。

さらに考えを推し進めると「 p で割れるか」だけでなく「 p^k で割れるか」についても議論できることに気づきましたので、それについて紹介します!

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分数の足し算で「約分」が発生する条件(2)

早速ですが、昨日の記事の続きです。
tsujimotter.hatenablog.com


前回の記事では、分数の足し算

 \displaystyle \frac{a}{b} + \frac{c}{d}

の計算で約分が発生する条件について考えました。特に、結果の分母・分子が素数  p で約分されるならば、 b, d p で割り切れる回数  v_p(b), v_p(d)

 \displaystyle v_p(b) = v_p(d) > 0

であることを示しました。


今回はもう一歩踏み込んで、 p 進数的な視点を取り入れて、約分できる条件について考えたいと思います。

今回の記事の内容は、前回の記事公開後に nishimura さんという方から教えていただいた内容になります。いつも面白い話を教えていただいてありがとうございます!

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