tsujimotterのノートブック

日曜数学者 tsujimotter の「趣味で数学」実践ノート

保型形式(モジュラー形式)を勉強するとこんなにも楽しい(導入編)

保型形式 という数学用語を聞いたことはあるでしょうか?

数学好きの方の中には、フェルマーの最終定理の証明で楕円曲線と保型形式が役に立った、という話を聞いたことがある方もいるでしょう。


私が保型形式に出会ったのは、数学ガール「フェルマーの最終定理」という本でした。

この本の最終章では、保型形式の具体例を計算して、楕円曲線と保型形式の深い関係について、その入口の部分を体感できます。この本を読んで「なんだか面白そう」と思った方も多いのではないかと思います。私もその一人です。


一方で、さわりの部分だけでは物足りない、もっと保型形式のその先を勉強してみたい、と思う方も多いのではないかと思います。

今回の記事は、そんな「あなた」のための記事です。


この記事を通して詳しく解説しますが、保型形式とはたとえばこんな感じの関数です(現時点でこれが分からなくても大丈夫です)

 \displaystyle G_{2k}(z) = \sum_{(m, n) \in \mathbb{Z}^2\setminus \{(0, 0)\}} \frac{1}{(mz+n)^{2k}}
 \displaystyle \Delta(z) = e^{2\pi i z} \prod_{n=1}^{\infty}(1-e^{2\pi i n z})^{24}

保型形式は端的に言うと「きわめて多くの対称性を持った特殊な関数」です。対称性からさまざまな良い性質が導かれ、これにより数学の多様な分野と関わることができます。


また保型形式は(上にあげたものだけには留まらない)多様な関数が集まった、とても広いクラスを表す概念です。そのため、全容を学ぼうとするととても大変ですし、私自身もよくわかっていません。

そこで今回は、保型形式のあくまで一部分である モジュラー形式 を紹介したいと思います。保型形式とモジュラー形式は、以下のベン図に示すような包含関係にあります:


真面目にモジュラー形式を勉強しようとすると難しいですが、今回の記事の目的はあくまでその魅力を伝えることです。言いかえると モジュラー形式を勉強するとこんなにも楽しい ということを紹介したいと思います。


記事の構成ですが、前半の「導入編」と後半の「応用編」に分けたいと思います。別記事にして、後半の応用編は明日投稿したいと思います。

前半の「導入編」では、魅力をお伝えするのに必要な 最低限の知識だけを紹介 します。

後半の「応用編」では、導入編で得た知識を活用して、モジュラー形式の魅力的な応用事例を「これでもか」というぐらい紹介したいと思います。応用編が特におすすめです!

導入編の目次(この記事です!)

  • 導入①:三角関数のおさらい
  • 導入②:モジュラー形式とは?
  • 導入③:これだけは覚えて欲しい2つのモジュラー形式
  • 導入④:q-展開とカスプ形式
  • 次回予告!
  • 「応用編」公開しました!
  • 今回の分の参考文献


応用編の目次(次回の記事

  • 応用①:「関数」の間の非自明な関係式が得られる(難易度:★★)
  • 応用②:「数列」の間の非自明な関係式が得られる(難易度:★★)
  • 応用③:ヘッケ作用素と2次のゼータ(難易度:★★★)
  • 応用④:素数を表現する2次形式(難易度:★★★★★)
  • 応用⑤:楕円曲線とフェルマーの最終定理(難易度:★★★★)
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ラマヌジャンの円周率公式

今年も3月14日、3.14の日がやってきました。3.14といえば、もちろん円周率の近似値ですね!

円周率の近似値にちなんで、世界的には 円周率の日(英語圏だとPIの日)と呼ばれているそうです。


毎年、この日にブログに書きたいと思っていた(できずにいた)話があります。それが次の ラマヌジャンの円周率公式 です。

 \displaystyle \frac{1}{\pi} = \frac{2\sqrt{2}}{9801} \sum_{n = 0}^{\infty} \frac{(4n)! (1103+26390n)}{(n!)^4 \cdot 396^{4n}} \tag{1}


なんじゃこりゃ と思うような公式ですね。

9801、1103、26390 といった謎めいた整数を複雑に絡み合わせた無限級数を計算すると、なんと円周率の逆数が出てくるというのです。

ラマヌジャンはインドが生んだ著名な数学者で、数学者の中でも群を抜く奇才として知られています。上の公式は、まさにラマヌジャンの奇才っぷりを詰め込んだような式になっていますね。

しかもこの公式、こんな見た目をしておきながら めちゃくちゃ収束が早い そうで、一時期は円周率を世界最高の精度で計算するプログラムに使われていたそうです。

ラマヌジャン自身はこの公式の証明を残しておらず、後の数学者によって証明は与えられています。しかし、彼独自の考え方はあったにせよ、こんな複雑な式を予想したというのはかえって不思議さが増してしまいますね。


こんな魅力的な公式なので、いつかはブログ記事にまとめたいと考えていました。とはいえ、いつか書きたいと思っていても、何もしなければ一生書けないとも思いました。

円周率の日にかこつけて、行けるところまでこの公式についての解説を試みたいと思います*1

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*1:深夜の0時から書き始めて、そこから力尽きるまで書いてみます。

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足し算の繰り上がりと群コホモロジー

以前「足し算の繰り上がりと群コホモロジーが関係している」という話が、Twitter上で話題になったことがありました。

大元のツイートは、このツイートだったと思います。

関連するツイートとして、次のようなものもありました。


当時は理解できなかったのですが、久しぶりに思いだして自分なりに考えてみたところ、結構理解できた部分がありました。せっかくなのでまとめてみようと思って書いています。

「こんなところに群コホモロジーが関連してくるの!?」というところを楽しんでいただければと思います。

今回の内容は「群コホモロジー」が関係しますので、tsujimotterのノートブックでいうと以下のタグの記事が参考になります。今回は定義をちゃんと書かないので、より詳細に知りたい方は参考にしてください。
tsujimotter.hatenablog.com

特にこの2つの記事が関係すると思います。
tsujimotter.hatenablog.com

tsujimotter.hatenablog.com

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複素射影直線 ℙ¹ はコンパクトリーマン面

以下の記事でリーマン面の定義をまとめたことがありました。
tsujimotter.hatenablog.com


これまでtsujimotterのブログではリーマン面の具体例を挙げたことがありませんでした。今日は、リーマン面(特にコンパクトリーマン面)の代表例である複素射影直線  \mathbb{P}^1 を紹介します。 \mathbb{P}^1 が、リーマン面の構造を持つ例であることを、リーマン面の定義にしたがって示したいと思います。

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なお、リーマン面の定義は示すべき条件が割と多く、証明を丁寧にやろうとすると結構大変です。大変ではあるのですが、示す価値はあります。リーマン面であることを示すことにより、リーマン面に成り立つ諸定理を使うことができるのですね。一般に、定義の条件が示しづらいほど、使うときには強力な武器となることが多いのではないかと思います。


今回は、解説記事というよりは、tsujimotterの勉強した成果をまとめておくというのが主な目的です。

普段のtsujimotterのノートブックでは、分野外の人にもなるべく理解してもらえるように前提知識の説明を丁寧に行っているのですが、今回はただでさえ証明が長いのでそれをやるのは難しいです。最低限の解説を述べつつ、あくまで証明が中心という形の内容としたいと思います。

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ヒルベルトの第12問題(類体の構成問題)に進展があったらしい

センセーショナルな数学関連のニュースが飛び交っている昨今ですが、私にとって特に注目したい情報が入ってきました。それが ヒルベルトの第12問題 に関する進展です。


「総実体上のヒルベルトの第12問題を解いた」 というプレプリントが 3/4付 でarXivに投稿されたのです。次のリンクから参照できます:

Samit Dasgupta, Mahesh Kakde
Brumer-Stark Units and Hilbert's 12th Problem
[2103.02516] Brumer-Stark Units and Hilbert's 12th Problem


後で詳しく説明しますが、まずは簡単に概略を述べます。

「虚2次体  K 上の類体を構成することができるか」という数学上の問題は「クロネッカーの青春の夢」として知られていました。

1900年に発表された「ヒルベルトの23の問題」の中で、虚2次体  K を代数体  K に一般化した上で取り上げられました。これが「第12問題」です。ヒルベルトの23の問題の中で、現在も未解決の問題は、第8問題・第12問題・第16問題・第23問題の4つであり、第12問題はそのうちの一つとして知られています。

 K として有理数体を選んだ場合はクロネッカーとウェーバーにより実現され、虚2次体の場合も後に解決されました。CM体の場合についても結果が出ているそうです。(私は理解できていません。)

それ以外の体については解決の見通しは立っていなかったものと思われますが(違っていたらすみません)、今回  K総実体の場合に解決した(とされる)プレプリントが公開されたということです。


とても魅力的なニュースだと思うのですが、なかなかに専門的な話です。背景を知らないと上記の数行を理解するのは難しいかと思います。

そこで、今回は 「類体の構成問題」 というテーマで、この問題の背景をご紹介したいと思います。論文自体の内容を紹介するのは難しいので、あくまで私のわかる範囲で、その背景に絞って紹介したいと思います。


注意1:
今回のものは「プレプリント」ですので、正しさが保証されているわけではないという点に注意したいと思います。

学術論文というのは、一般に論文誌に投稿され、数名の査読者によって内容が十分に精査されてから論文誌として出版されます。この過程によって、内容の正しさが一定程度保証されるわけですね。もちろん、査読をクリアしたからといって証明が正しいと保証されているわけではなく、出版後もさまざまな研究者によって検証されていくわけです。

今回のものは、論文誌に投稿前(あるいは査読中)の原稿を事前公表する「プレプリント」と呼ばれるものであり、まだ査読が入っていない原稿です。したがって、(著者が万全のチェックをした上で出していることは仮定してよいとは思いますが)十分に正しさが保証されたものとはいえません。内容の正しさは、あくまで読者自身が確認することが前提というわけですね。

そのため、まだプレプリントの段階の内容を紹介する際には、その点を十分に配慮する必要があると考えています。この記事をご覧になった方で、この件について発信される場合は、上記の点について十分配慮願えると幸いです。

注意2:
著者のtsujimotterは、該当分野の研究者ではありません。あくまで、ただの一数学ファンが勉強して書いたというものですので、専門的な観点からここで書かれた内容の真偽を保証するものではありません。その点はあらかじめご了承ください。

また、間違っている点の指摘は、私自身の勉強にもなりますので歓迎します。

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シリーズ「連分数とペル方程式」:エピローグ

3/1〜3/3の3日間で「連分数とペル方程式」のシリーズを行ってきたのですが、ご覧いただけましたでしょうか。

それなりにたくさんの人にみていただいて、嬉しい限りです。また、これがきっかけで連分数に興味を持ってくださったであろう方をTwitter上で何人か見つけて、嬉しくなったりしました。


今回テーマとして扱った「連分数とペル方程式」については、実は結構前から(私が日曜数学者を名乗る前から)興味を持っていたトピックでした。そのため、それなりに思い入れのあるテーマとなっています。

せっかく連載的な記事を書いたばかりですので、エピローグとして執筆の思いや裏話などを書いていきたいと思います。
(数学的内容はほとんどない記事なので、気楽に読んでいただければと思います。)

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マチンの公式と14個のペル方程式

今回の記事は「シリーズ:連分数とペル方程式」の3日目(最終日)の記事となっています。関連する記事は こちら からご覧いただけます。

今日のテーマは、円周率の マチンの公式 です:

 \displaystyle 4\arctan\frac{1}{5} - \arctan\frac{1}{239} = \frac{\pi}{4} \tag{1}

この公式を使うと、円周率を高精度で計算できることが知られています。具体的には、左辺の  \arctan のテイラー展開

 \displaystyle \arctan\frac{1}{5} = \sum_{n=0}^{\infty} (-1)^n \frac{\left(\frac{1}{5}\right)^{2n+1}}{2n+1}
 \displaystyle \arctan\frac{1}{239} = \sum_{n=0}^{\infty} (-1)^n \frac{\left(\frac{1}{239}\right)^{2n+1}}{2n+1}

を用いて、この級数の有限項を計算することで、高速に  \frac{\pi}{4} の値を計算できるのだそうです。


今日考えたいのは、マチンの公式はいったいどうやったら求められるのか? ということについてです。

マチンの公式の求め方については、以下の記事で紹介したことがありました。
tsujimotter.hatenablog.com

上の記事の議論はずいぶんと難解なものでしたが、今回はもう少し易しく紹介できるかと思います。

そして、そこには 239 という数の、ある興味深い性質が関わっていたのでした。

実際にマチンの公式の候補を求めるにあたっては、なんと一つ前の記事で投稿した ペル方程式 が関わってきます。いったいどこにペル方程式が出てくるというのでしょうか?


参考記事
今回の記事を執筆するにあたって、山田智宏さんの次の記事を参考にしています。
http://www41.tok2.com/home/tyamada1093/Stormer-j.htmlwww41.tok2.com

以前からマチンの公式に関心を持って勉強しておりましたが、特にStørmerの1897年論文の詳細が理解できませんでした。こちらの解説を読んでようやく理解することができました。山田さんありがとうございます。

山田さんの記事と重複する部分は多いかと思いますが、大変面白い内容なのでぜひ私の言葉でも紹介したいと思い、今回の記事を執筆しています。

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