tsujimotterのノートブック

日曜数学者 tsujimotter の「趣味で数学」実践ノート

動物の目は「微分」を活用している

「数学は役に立つのか?」「微分や積分は役に立つのか?」というのは、たびたびSNS上で目にする話題ですね。もちろん、人間社会において、さまざまな場面で数学や微分・積分が役に立っているのはみなさんよくご存知かと思います。

今日紹介したいのは、人間が発見するよりもはるか昔に、生物がすでに既に微分を活用していたかもしれない というお話です。

たとえば、カブトガニのような生物は、実際に「微分」を活用していたのではないかと言われています。

Tachypleus tridentatus-3.jpg
By Togabi - Own work, CC BY-SA 4.0, Link

カブトガニが誕生したのは2億年前ですが、人類が微分を発見したのはせいぜい300年前ですから、人類が活用するよりもはるか昔ということになります。

いったいどんなふうに微分を活用していたのでしょうか。面白い話なので、ぜひ最後まで読んでいただけると嬉しいです!

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色と対称性:銅錯体の色のしくみ(後編)

銅錯体が青いのはなぜか。その化学的な理由を突き止める記事 後編 です。

今回はいよいよ 群論 が登場します! 「対称性」を使って色の仕組みがどのように理解できるのか!?

前編の内容を前提に進めますので、ご覧になっていない方はまずはこちらをご覧ください:
tsujimotter.hatenablog.com

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色と対称性:銅錯体の色のしくみ(前編)

今日考えたいのは 銅錯体 についてです。

硫酸銅は2価の銅イオン  {\rm Cu}^{2+} と硫酸イオン  {\rm SO}_4^{2-} のイオン結晶  {\rm CuSO}_4 です。これ自体は白い粉なのですが、水に溶けると 青色 に呈色します。

飽和量以上の硫酸銅を加えると結晶が析出しますが、その結晶の色も綺麗な 青色 となります。硫酸銅(Ⅱ)五水和物と呼ばれるもので、化学式で書くと

 {\rm CuSO}_4\cdot 5{\rm H}_2{\rm O}

となります。これは、2価の硫酸銅に5つの水分子  {\rm H}_2 {\rm O} が配位結合していることを表します。(あとで配位結合とは何かについては説明します。)

実際を見てみると、とても綺麗な色をしていますね。

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(ちなみに、こちらは自分で買った私物です。笑)

硫酸銅の水和物は高校化学でも扱うので、化学好きの人にはおなじみかもしれませんね。

※なお、硫酸銅の結晶は毒性がありますので、購入を希望される方はよくよく調べた上で、取り扱いには十分ご注意ください。


水溶液の中の銅も、結晶の方の銅も、どちらも 錯体 と呼ばれる種類のものになっています。今日考えたいテーマは

銅錯体がなぜ 青色 になるのか

です。


今日も色について深く掘り下げていきたいと思います!

前回も色に関する話だったので「またか」と思った人もいるかもしれません。前回書いた通り、tsujimotterは「色」という概念が大好きなのです。色の仕組みを理解することが、一種のライフワークといっても過言ではありません。


YouTubeで「硫酸銅五水和物」等で検索してみると、硫酸銅(Ⅱ)五水和物を加熱することで、無水結晶が得られることを示す実験動画が紹介されています。

www.youtube.com

水が加わることで結晶が青色に変化することが見て取れますね。いったいどうして、水が加わると青色にかわるのでしょうか?


色の仕組みを紐解く上で、重要なキーワードは 2つ です。

一つは d軌道 です。前回までは、ほとんど炭素しか扱わなかったので、d軌道は登場しませんでした。遷移元素と呼ばれる元素の性質は、このd軌道がとても重要です。

また、もう一つのキーワードは 群論 です。色の仕組みを説明するのに群論が使えるというのは、私にとって大変驚きの事実でした。群論は「対称性」についての学問だといってよいと思いますが、今回は 分子と軌道の対称性 を追求します。


大変面白い話だと思いますので、よろしければ最後までお付き合いください。

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植物の葉の色はなぜ緑色か?

夏です。木々の緑が鮮やかな季節がやってきました。

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[tsujimotterの母校、北大にて撮影]

植物の葉を眺めてると、私はいつもこんな疑問を思い浮かべます。

どうして緑色なのだろうか?


色は、私たちは幼い頃から知っている身近な存在です。その一方で、とても神秘的な存在でもあります。

色とは何だろうか?

考えれば考えるほど、その正体が分からなくなってしまうのです。

たとえば、みなさんは色の仕組みに関するこんな問いに答えられるでしょうか?

・空の色が青色なのはなぜだろう?(太陽の光は白色のはずなのに)
・絵具を混ぜて金色が作れないのはなぜだろう?(そもそも金色っていったい何なのだろう)
・モルフォチョウの翅の色がきらびやかな青色をしているのはなぜだろう?(自然界には青色をした物質はほとんどない)


今回考えたいのは「植物の葉はなぜ緑色なのか?」です。

この問いを突き詰めていくと、分子の中にある電子にまで到達します。そう、量子化学の話になるのです。色というマクロに見える現象を理解するために、ミクロな世界の法則が関係してくるのです。なんて壮大なスケールの話でしょう。


最初はみなさんが良く知っている簡単な事実からスタートします。そして、かなり深いところまで掘り下げていきたいと思います。

全体を通しては幅広いレンジの知識を持った方を対象とする記事となっています。みなさんが各々で満足いったところで途中で抜けていただいてもOKですし、最後まで付き合っていただけるのはそれはそれで嬉しいです。


それでは、本題に入っていきましょう! 深遠な色の世界にご招待!!

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日曜化学(3):分子軌道法と可視化(Python/matplotlib)

いよいよ 分子軌道 を計算してみたいと思います。

今回の記事の内容を理解するとエチレンやブタジエンやベンゼンなどの分子軌道が計算でき、それをPythonのプログラムで可視化できるようになります。

これまで3回に渡って書いてきた「日曜化学シリーズ」の記事ですが、今回がまさに集大成となっています。

過去の記事を前提にお話しますので、まだの方はシリーズの過去記事をご覧になってください。
tsujimotter.hatenablog.com

(番外編の日曜化学(2.5)は読まなくても、今回の内容については大丈夫です。)


前回までの記事で計算したのは、水素様原子という 原子核が1つ・電子が1つ のものでした。

そうなると、原子核が2つ以上で電子が1つ の状況(つまり分子)を計算したくなると思います。

上記の状況はポテンシャルによって表すことができますので、ハミルトニアンに反映させればシュレーディンガー方程式を立式すること自体は可能です。(これはあとでやりたいと思います。)

ところがどっこい、この状況のシュレーディンガー方程式を解こうと思うと、もはや厳密には解けなくなってしまうのです。


ここで「量子力学はこんなものなのか」とがっかりしないでください。近似的にであれば、実用的には十分解くことができるというのが今回のお話です。

そのための方法が 分子軌道法 です。

今回の記事では、分子軌道法の基本的な原理の紹介と、エチレンやベンゼンなどのいくつかの分子について、電子軌道を可視化してみたいと思います!

これまで通り、可視化に用いたPythonプログラムも紹介するので、ぜひ遊んでみてください。とても楽しいです!

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日曜化学(2.5):メトロポリス・ヘイスティングス法を用いた電子雲の可視化(Python/matplotlib)

前回の記事で、水素原子の電子雲の可視化する方法として、3つの方法を紹介しました。
tsujimotter.hatenablog.com


特に、方法2「散布図としてプロット」については、棄却サンプリング法を使った方法を紹介しました。

散布図としてプロットするにあたって、電子の確率分布を表す(3次元の)確率密度関数  f(x, y, z) = |\Psi(x, y, z)|^2 にしたがう乱数を得る必要がありました。

棄却サンプリング法は、 f(x, y, z) とは直接関係ない(たとえば一様乱数のような)確率分布  g(x, y, z) にしたがう乱数から、 f g の確率密度関数としての差を考慮しつつ、適切な確率で乱数を「棄却」することによって、目的の  f(x, y, z) にしたがう乱数を得る手法です。

ところがこの方法、非常に時間がかかることが知られています。実際、上記の散布図を描くだけでかなりの時間を要しました。特に、 f g の差が大きければ大きいほど、棄却率が高くなり、乱数を生成するのに時間がかかるというわけです。


今回紹介する メトロポリス・ヘイスティングス法 を用いれば、上記の問題の多くは解決します。

マルコフ連鎖モンテカルロ法(MCMC)という一般的な枠組みの一手法であり、棄却サンプリングのような素朴な手法と比べて、効率的に乱数生成を行うことができます。


これまでこの手の手法(マルコフ連鎖モンテカルロ法)については、話には聞いてはいたものの、なんとなく手が出せないでいました。しかしながら、今回の目的に向けて調べてみると、案外簡単に実装できることがわかりました。(やっぱりモチベーションって大事ですね。)

仕組みはちゃんと理解できているわけではないですが、アルゴリズムの流れと実装方法は理解できたので、電子雲の可視化に応用してみたというのが今回の記事です。

当初の予定では、日曜化学シリーズの記事として書く予定はなかったので、番外編として日曜化学(2.5)としています。よろしければご覧になってください!

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日曜化学(2):3次元空間における電子雲の計算(Python/matplotlib)

2日前に公開した量子力学に関する記事なのですが、たくさんの方に見ていただいて嬉しいです。Twitter上でもたくさんの嬉しいコメントをいただきました。
tsujimotter.hatenablog.com

今日は続きとして、電子雲の可視化 をしたいと思います。


前回の記事では、水素原子におけるシュレディンガー方程式

 \displaystyle \hat{H}\Psi = E \Psi \tag{1}

を考えました。 \Psi は波動関数で  E はエネルギー。 \hat{H} はハミルトニアンという演算子で、定義は次の通りです:

 \displaystyle \newcommand{\d}{\partial}\displaystyle \hat{H} = -\frac{\hbar}{2m_e}\left(\frac{\d^2}{\d x^2} + \frac{\d^2}{\d y^2} + \frac{\d^2}{\d z^2} \right) + V({\bf r}) \tag{2}

この方程式をデカルト座標  (x, y, z) から球面座標系  (r, \theta, \phi) に直して、変数分離によって解を求めるという方法を紹介しました。

変数分離

 \Psi(r, \theta, \phi) = R(r) \, Y(\theta, \phi) \tag{3}

によって、動径波動関数  R(r) と球面調和関数  Y(\theta, \phi) に分けられるわけですが、前回の記事では特に球面調和関数  Y(\theta, \phi) について可視化を行いました。


しかしながら、球面調和関数が教えてくれるのは「どの方向に電子が多く分布しているか」という情報です。これだけだと「3次元の中でどの辺に電子が分布しているのか」という情報はわかりません。この情報を知るためには「動径方向」の分布を調べる必要があり、したがって   R(r) を計算する必要があります。


そこで、今日は動径方向の分布を考慮に入れて、実際に電子雲の計算をしてみようと思います。最終的には、Pythonのmatplotlibを用いて次のような図を描くのを目標としたいと思います。

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実際、3次元での電子分布を考えるにあたっては、それなりに工夫が必要です。上記の図では「確率密度関数の積分値が90%になる領域をプロットするテクニック」を使っているのですが、なかなか実装するのが難しいのでそれについても解説したいと思います。

前回同様、Pythonのmatplotlibを使ったプログラムも掲載しますので、よかったら遊んでみてください。


GIF画像も作ってみました! 楽しいですね!

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