tsujimotterのノートブック

日曜数学者 tsujimotter の「趣味で数学」実践ノート

指数関数とは何者か?

指数関数って、高校数学で習う時、何やら突然出てきた気がしませんか?

私はそんな風に思ってました。

そして、ちゃっかり初等関数の一員として、対数関数と共に並んでいます。

何が気になるって、必然性が感じられないのです。指数関数じゃなきゃいけない理由が分からない。もちろん、よく使われる基本的な関数であることは確かなのですが、「初等関数」という括りには、もう少し必然性がほしいです。それなら「特殊関数」のベータ関数やガンマ関数、ゼータ関数、ベッセル関数などは、「ある意味では」よく使われる関数です。なぜ、彼らは特殊なのでしょう。

今回の記事では、本来の定義に立ち返って指数関数を導出することで、指数関数が初等関数である理由を与えることを目標としましょう。


1. 指数関数の定義

任意の実数  x, \:y に対して、次の等式を満たす、無限回微分可能な関数  f(x)指数関数と定義する。

 \displaystyle \begin{matrix}f(x+y)&=&f(x)\cdot f(y)\\f'(x)&=&f(x)\end{matrix}

そして、このような  f(x) \exp(x) と表記します。

「あれ?指数関数の定義って、あの指数のやつじゃない?」って思ったかもしれません。
もちろんそのような指数関数の定義もありますし、その方が名前からして自然な定義かもしれません。

重要なのは、上記の定義が非常に簡潔で、基本的な関係による定義であることです。
これは指数関数の本質を表しています。すなわち指数関数の本質は、

  1. 引数の和が、関数の積に等しい
  2. 微分しても、元の関数に戻る

です。たったこれだけなのです。たったこれだけの、いわば抽象的な関係で、はたして私たちが知っている具体的な指数関数が導出できるのでしょうか。

本記事では、この関係を満たす関数は、(私たちのよく知っている)指数関数しかありえない、ことを示したいと思います。

2. 指数関数のテイラー展開を導出しよう

テイラー展開より、級数の形で指数関数を表現することを目指します。0 次以上のすべての微分係数を求めればよいですね。

0次の微分係数、すなわち  f(0) は次のように求められます。

 \displaystyle f(0+0)=f(0)f(0)
よって
\displaystyle  f(0)=1


1次の微分係数は、定義式 より、

\displaystyle  f'(x)=f(x)

これに 0 を代入して、

 \displaystyle f'(0)=f(0)
から
 \displaystyle f'(0)=1
と求まります。


高次の微分係数も、同様に定義から容易に求められます。定義より、

 \displaystyle f'(x)=f(x)

これの両辺を微分すると、

 \displaystyle f''(x)=f'(x)

これに、 x=0 を代入すると、

 \displaystyle f''(0)=f'(0)=1
となります。


同様に、

 \displaystyle f^{(k+1)}(0)=f^{(k)}(0)
から帰納法により、すべての次数において微分係数が、
 \displaystyle f^{(n)}(0)=1
と求まりました。

よって、指数関数の  x=0 を中心としたテイラー展開は次の式となります。

 \displaystyle f(x)=\sum_{n=0}^{\infty}\frac{f^{(n)}(0)}{n!}x^{n}=1+x+\frac{x^2}{2!}+\frac{x^3}{3!}+\cdots

ある意味、この式は指数関数のもう一つの定義といえますね。

3. ネイピア数

先ほど得られたテイラー展開の式に  x=1 を代入してみましょう。

 \displaystyle f(1)=1+1+\frac{1}{2!}+\frac{1}{3!}+\cdots

これは何を隠そうネイピア数  e の定義式です。

 \displaystyle e=1+1+\frac{1}{2!}+\frac{1}{3!}+\cdots

またこれより、

 \displaystyle f(1)=e

ということもわかりました。

4. よく見る「指数」関数の形を目指そう

最後の仕上げです。

もう一度次の定義式を使います。

 \displaystyle f(x+y)=f(x)f(y)

これに、 x=1, \:\:y=1 を代入すると、

 \displaystyle f(1+1)=f(1)f(1)=e\cdot e=e^2

同様に続けていくと、任意の自然数  n において、

 \displaystyle f(n)=e^n

が得られました。自然数に対しては、立派な「指数」関数ですね。

自然数の引数に対しては、 f(x) が指数にしか見えなくなってきたところですが、これを実数にも適用するためには、「数学的には」多少の飛躍が必要です。任意の実数  x に対して、

 \displaystyle f(x)=e^x

とみなすために、むしろ指数  e^x の方を、

 \displaystyle e^x = f(x)

と定義してしまうのです。

実際、 e^x は実数の指数ですから、通常のやり方では元々定義できなかったのです。

これにて、最初の2つの式で定義された指数関数  f(x) が、「私たちのよく知る指数関数」であることが示せました。

5. 初等関数である理由?

Wikipedia によると初等関数の定義は

初等関数 - Wikipedia
初等関数(しょとうかんすう)とは、複素数を変数とする多項式関数・指数関数・対数関数主値の四則演算・合成によって表示できる関数である。

とのことですが、確かにこの指数関数は上記の定義に当てはまっています。というか、「指数関数」と入れてしまった時点で、定義も何もないのですが。

つまり、この定義からは「なぜ指数関数なのか?」ということはよくわかりません。よって、別のところから根拠を持ってこなければなりません。

ここからは私の独自の考えになりますが、根拠の一つとして、最初のシンプルな定義式を挙げたいと思います。今回の導出を最初から振り返って考えてみると、たしかに指数関数は2つの簡単な定義式

 \displaystyle \begin{matrix}f(x+y)&=&f(x)\cdot f(y)\\f'(x)&=&f(x)\end{matrix}

から導出することが出来ました。これらの本質的な2つの関係は「初等関数」と呼ばせるにふさわしいシンプルさと抽象性を持っていると言えないでしょうか。

たとえば、もう一つの初等関数である対数関数は

 \displaystyle \begin{matrix}f(x\cdot y)&=&f(x)+f(y)\end{matrix}

と定義されますが、同様のやり方で導出できます。この式も、指数関数と対比して、十分基本的といえます。

このように「初等関数であること」の根拠が不明確なため、直感的な説明になってしまいますが、その定義のシンプルさというのは、十分説得力を持っていると思います。

6. 複素関数を使ったもう一つの理由

実をいうと、もう一つ本質的な根拠があります。

それは、次のオイラーの公式です。

 \displaystyle \exp(iz)=\cos(z)+i\sin(z)

これによって、三角関数・指数関数が相互に四則演算で表すことが出来るのです。

7. まとめ

たぶんですが、6. の理由が本質的な根拠でしょう。笑

ただ、私がここまでわざわざ計算してきたのは、指数関数というのは「ぽっと出てきた便利な関数」なのではなく、ちゃんとした意味を持った関数であるということを示すためです。

結局のところ、表題である「指数関数の何者か?」という問いには、次のように答えられるでしょう。

指数関数とは、次の2つの性質を持った関数である。

  1. 引数の和が、関数の積に等しい
  2. 微分しても、元の関数に戻る

追記1. ネイピア数の定義について

3. ネイピア数」でネイピア数の定義を次のように与えました。

 \displaystyle e=1+1+\frac{1}{2!}+\frac{1}{3!}+\cdots

しかし一般的には、次の式で定義することが多いですね。

 \displaystyle e=\lim_{n\rightarrow \infty}\left(1+\frac{1}{n}\right)^n

実は2つの式が等価であることを、以下で示しましょう。


 \displaystyle \begin{eqnarray} \left(1+\frac{1}{n}\right)^{n}&=&1+{}_n{\rm C}_1 \frac{1}{n}+{}_n{\rm C}_2 \left(\frac{1}{n}\right)^2+{}_n{\rm C}_3 \left(\frac{1}{n}\right)^3+\cdots+{}_n{\rm C}_n \left(\frac{1}{n}\right)^n \\
 &=& 1+1+\frac{1}{2!}\left(1-\frac{1}{n}\right)+\frac{1}{3!}\left(1-\frac{1}{n}\right)\left(1-\frac{2}{n}\right) +\cdots \\ 
&&\;\; \;\; \;\; +\frac{1}{n!}\left(1-\frac{1}{n}\right)\left(1-\frac{2}{n}\right)\cdots\left(1-\frac{n-1}{n}\right) \end{eqnarray}

よって、

 \displaystyle \lim_{n\rightarrow \infty}\left(1+\frac{1}{n}\right)^{n}=1+1+\frac{1}{2!}+\frac{1}{3!}+\cdots

追記2. 2つ目の定義式の意味

今回の記事では、指数関数の定義として2つの式を用いましたが、最初の式、すなわち

 \displaystyle f(x+y)=f(x)\cdot f(y)

だけを用いた場合、どのようになるでしょうか。


まず、微分の定義から考えましょう。

 \displaystyle f'(x)=\lim_{h\rightarrow 0}\frac{f(x+h)-f(x)}{h}


定義式を使って、この式を変形していきましょう。

 \displaystyle f'(x)=\lim_{h\rightarrow 0}\frac{f(x+h)-f(x)}{h}=\lim_{h\rightarrow 0}\frac{f(x)f(h)-f(x)}{h}

最右辺の式を、意図的に次のように変形します。

 \displaystyle \begin{eqnarray} \lim_{h\rightarrow 0}\frac{f(x)f(h)-f(x)}{h}&=&\lim_{h\rightarrow 0}\frac{f(x)f(0+h)-f(x+0)}{h} \\
&=&f(x)\cdot\left\{\lim_{h\rightarrow 0}\frac{f(0+h)-f(0)}{h}\right\} \end{eqnarray}

すると、この式は次のきれいな形に変形できます。

 \displaystyle f(x)\cdot\left\{\lim_{h\rightarrow 0}\frac{f(0+h)-f(0)}{h}\right\}=f(x)f'(0)

よって、

 \displaystyle f'(x) = f(x)f'(0)

が得られます。

両辺微分すると、

 \displaystyle f''(x) = f'(x)f'(0) = f(x)\{f'(0)\}^2

同様に、

 \displaystyle f^{(n)}(x) = f(x)\{f'(0)\}^{n}

となります。

ここで、最後の式に  x=0 を代入すると、 f(0)=1 を使って、

 \displaystyle f^{(n)}(0) = f(0)\{f'(0)\}^{n} = \{f'(0)\}^{n}

が得られます。

したがって、テイラー展開は、

 \displaystyle f(x)=\sum_{n=0}^{\infty}\frac{f^{(n)}(0)}{n!}x^{n}=1+f'(0)x+\frac{\{f'(0)\}^2 x^2}{2!}+\frac{\{f'(0)\}^3 x^3}{3!}+\cdots

残念ながら、変形はここまでです。

ここで  f'(0)=1 であれば、最初に挙げた指数関数のテイラー展開と等しくなりますね。

つまり、二番目の式

 \displaystyle f'(x)=f(x)

は、

 \displaystyle f'(0)=1

として係数を特定するための関係式だったわけです。