tsujimotterのノートブック

日曜数学者 tsujimotter の「趣味で数学」実践ノート

素数ℓはℓ次の円分体で完全分岐する

しばらく類体論周辺の話を書きたいと思っています。今日は後の記事のための補助的な内容を書きたいと思います。

今日のテーマは円分体の分岐についての定理。

定理: \mathbb{Q}( \zeta_l ) で分岐する素数
 l(エル)を素数とし, \zeta_l を1の原始  l 乗根とする。

 \mathbb{Q}( \zeta_l ) において  (l) の素イデアル分解を考えると

 \displaystyle (l) = (1-\zeta_l)^{l-1}

が成り立つ。すなわち, l \mathbb{Q}( \zeta_l ) で完全分岐する。

具体例で考えましょう。

 l = 5 で考えると, \mathbb{Q}( \zeta_5 ) で素数  5 は分岐します。分岐する次数は  4 となってこれは完全分岐です。

 \displaystyle (5) = (1-\zeta_5)^{4}

また, l = 7 で考えると, \mathbb{Q}( \zeta_7 ) で素数  7 は分岐します。分岐する次数は  6 となってこれも完全分岐ですね。

 \displaystyle (7) = (1-\zeta_7)^{6}

一般に,判別定理によって円分体で分岐する素数は判別式の素因数に限ります。円分体  \mathbb{Q}(\zeta_m) の判別式には, m の素因数しか現れないことがわかるので,分岐する素数は  m の素因数に限られます。

ところで,今回の記事において素数を  l (エル)で表現していることに違和感を持った方もいるんじゃないでしょうか。素数といえば  p だろうと。ところが,素数の表記が  p 1つだけだと,分解する素数を  p として,円分体の次数に  p と異なる素数を用いたいときに困ってしまいます。そこで,円分体の次数の方には素数  l を用いることにするのです。これらの表記は,本記事に限らず一般的に用いられる表記のようです。

今後このような表記は頻発すると思いますのでぜひ慣れておいてください。分解する素数  p を固定しておいて  l を動かしたり,円分体の次数  l を固定してさまざまな素数  p の分解法則を考えたり。今回は,分解する素数がたまたま円分体の次数に一致しているので, l だけが残ったというわけですね。

円分多項式

まず,大枠を固めるために,次の式を導きます。

 \displaystyle l = \prod_{j=1}^{l-1}(1-\zeta_{l}^j) \tag{1}

目的の式にかなり近い形をしていますね。


証明には, l 次の円分多項式  \Phi_l(X) を用います。

 l は素数より  \Phi_l(X) は,

 \displaystyle \Phi_l(X) = X^{l-1} + \cdots + X^2 + X + 1

と表せる。

一方, \zeta_l, \; \zeta_l^2, \; \cdots, \; \zeta_l^{l-1} は, \Phi_l(X) = 0 の解より

 \displaystyle X^{l-1} + \cdots + X^2 + X + 1 = \prod_{j=1}^{l-1} (X-\zeta_l^j)

が成り立つ。

 X = 1 を代入して,式  (1) が得られる。

単数

次に, r, s をそれぞれ  l と互いに素な整数としたとき

 \displaystyle \frac{1-\zeta_l^r}{1-\zeta_l^s} \in \mathbb{Z}[\zeta_l]^{\times} \tag{2}

すなわち, \frac{1-\zeta_l^r}{1-\zeta_l^s} が単数である,ということを示す。

一般に単数とは整数環  \mathcal{O}_K の元であり,逆数をとっても整数環  \mathcal{O}_K に入る数のことです。このような数を  \mathcal{O}_K の「可逆元」といって,可逆元全体の集合のことを  \mathcal{O}_K^\times と書きます。

たとえば, \mathcal{O}_K = \mathbb{Z} として考えると, 1 は単数で,2 は単数ではありません。

単数ではない  2 は逆数とって  2^{-1} = 1/2 としても整数とはなりませんが,単数である  1 の逆数  1^{-1} は整数となります。


この証明もなかなか面白い。

 s l と互いに素より,

 st \equiv r \pmod{l}

となる  t がとれる。

 \displaystyle \frac{1-\zeta_l^r}{1-\zeta_l^s} = \frac{1-\zeta_l^{st}}{1-\zeta_l^s} = 1 + \zeta_{l}^s + \cdots  + \zeta_{l}^{s(t-1)} \in \mathbb{Z}[\zeta_l]

一方で, r l と互いに素より,

 ru \equiv s \pmod{l}

となる  u がとれる。

 \displaystyle \frac{1-\zeta_l^s}{1-\zeta_l^r} = \frac{1-\zeta_l^{ru}}{1-\zeta_l^r} = 1 + \zeta_{l}^r + \cdots  + \zeta_{l}^{r(u-1)} \in \mathbb{Z}[\zeta_l]

したがって, \frac{1-\zeta_l^r}{1-\zeta_l^s} とその逆元  \left(\frac{1-\zeta_l^r}{1-\zeta_l^s} \right)^{-1} の双方が  \mathbb{Z}[\zeta_l] の元であることから, \frac{1-\zeta_l^r}{1-\zeta_l^s} は単数。

仕上げ

仕上げに,メインの定理を証明しましょう。

 1\leq j\leq l-1 に対して

 \displaystyle 1-\zeta_l = \frac{1-\zeta_l}{1-\zeta_l^j}(1-\zeta_l^j)

ここで, 1 j は互いに素であるから,  \frac{1-\zeta_l}{1-\zeta_l^j} は式  (2) より単数。

 \mathbb{Z}[\zeta_l] のイデアルで考えると

 \displaystyle (1-\zeta_l) = (1-\zeta_l^j)

が成り立つ。これを式  (1) に代入すると

 \displaystyle (l) = \prod_{j=1}^{l-1}(1-\zeta_{l}^j) = (1-\zeta_{l})^{l-1}

が得られた。


素イデアルの分解の一般論より,ガロア拡大  L/K の分岐指数を  e,相対次数を  f,分解指数を  g とすると

 efg = [L\colon K]

である。ここで,拡大指数は  [\mathbb{Q}(\zeta_l)\colon \mathbb{Q}] = l-1 であり,上式の指数も  l-1 であるから, (l) \mathbb{Q}(\zeta_l) 上で完全に分岐している。 すなわち, (1-\zeta_{l}) は素イデアル。


以上により,定理が証明された。


簡単ですが,今日はこの辺で。

参考

以下の本の証明を参考にしました。

類体論へ至る道―初等数論からの代数入門

類体論へ至る道―初等数論からの代数入門


「分岐」ってなんだったっけ?という方はこちらの記事をどうぞ。
tsujimotter.hatenablog.com

続き

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