といえば、ラマヌジャンの「タクシー数」のエピソードを思い出します。
という数に、ラマヌジャンが一瞬で「2通りの3乗数和の形で表せる最小の数」という意味を見出した、という話はよく知られていますね。
この式を導くポイントは、 という数が であることです。 と はなんとなく覚えている人が多いでしょうから、比較的自然に導くことができます。
さて今日は、この という数とラマヌジャンの「もう一つのつながり」を見せるエピソードをご紹介します。
アイゼンシュタイン級数
唐突ですが、私は という数も好きです。さっき行った薬局の会計が 1008 円だったのですが、それで思い出しました。
さて、この という数は、 の構成要素になっているのです。それを理解する鍵は「アイゼンシュタイン級数」です。ちょっとアイゼンシュタイン級数のことをお話をしましょう。
アイゼンシュタイン級数とは、以下の式で表せる級数です。
は を除くすべての整数の組みを渡ります。 は偶数のパラメータで、 のときに収束することが知られています。
この式の特徴は、何と言っても「保型形式」であることです。
という等式を満たし、 で正則であるような複素関数です(正確に言うと の保型形式といいます)。
でも細かいことはいいんです。
アイゼンシュタイン級数が上記の式を満たすことは、比較的容易に確認できます。
式 の のことを「重さ」と呼んで、保型形式にとってとてもとても重要なパラメータです。パラメータ を持つアイゼンシュタイン級数は、ちょうど重さ の保型形式となっています。
アイゼンシュタイン級数は、保型形式の代表選手です。
もはや、こいつそのものが保型形式といっても良いくらいの代表選手です。その心はあとでわかります。
保型形式の一般論を2つご紹介しましょう、
1つめは「重さの法則」です。
「結果の保型形式の重さはそれぞれの重さの和に一致します」と訂正しました。
これらの「重さの法則」は簡単に証明できますし、この法則を知っているだけでもいろいろ遊べます。あとでこれがキーになります。
一般の保型形式の持つ2つめの特徴は 「 展開」 をもつということです。 展開とは、その名の通り という文字を使った展開式です。 とおくと、保型形式は以下のように書くことができます。
それぞれの係数を「フーリエ係数」と言って、保型形式の DNA みたいなものです。こうやって表してあげると、保型形式の情報がよくわかるのですね。計算もしやすい。
になるもの、つまり の係数が になるものを 「カスプ形式」 と呼びます。いきなり から始まるような保型形式のことです。
保型形式の一般論は、これでおしまい。
さて、ここでアイゼンシュタイン級数の 展開を求めてみましょう。結論から言うと、以下のようになります。
はリーマン・ゼータ関数、 はベルヌーイ数、 は約数の 乗和関数です。なんでゼータが出てくるんだとか、いろいろ突っ込みどころはありますが、なかなか面白い形をしています。
ただ、このままではちょっと計算しづらそうですね。実は、全体を で割ってあげるとずいぶんきれいになります。
これを正規化されたアイゼンシュタイン級数と呼んで、 と表しましょう。
具体例をあげると、
のようになります。
まず の係数が になっていますね。このほかにも、すべての係数がうまいこと有理数になっていることがわかります。
1008 とラマヌジャンデルタ
このように準備しておくと、ようやく冒頭の の話に戻ることができます。
を2乗すると、重さの法則により重さ の保型形式になるのですが、この の係数が になるのです。
を2乗すると
ですね。無限和ですが、かまわず小さい方の次数から展開すればいいのです。 の係数を にしたことでずいぶん計算しやすくなりました。
さらに、 を計算しましょう。これも重さ の保型形式です。
より、
となります。
ここで、 から を引きましょう。すると の項が消えるはずです。やってみると
となりますね。これまた重さの法則より、この式も重さ の保型形式です。 が消えているので、これは カスプ形式 ですね。
注目してもらいたいことは の係数です。 が現れていますね!お久しぶり!
これまた、 で割っておくと の係数がきれいになりますから、
という式を定義したくなります。これが ラマヌジャンのデルタ です。ラマヌジャンが愛した数式の一つです。
有名な式ですし、いろんなところで出てくるので、好きな人も多いかもしれませんね。私もラマヌジャンのデルタが好きです。私のブログでは、たとえばこんなところで活躍しています。
tsujimotter.hatenablog.com
ラマヌジャンのデルタは式 で定義されるわけですが、唐突に で割られるもんだから、初見ではなんのこっちゃわかりませんよね。でも、カスプ形式にするために を消すために差し引きをし、かつ の係数を整えるために で割ったのだといえば話は別です。そして、
という式もわかりました。まさに は の構成要素だったわけです。
が好きな気持ちがわかっていただけました?
線形代数
ところで、 の係数を消して「カスプ形式」にしてどうすんの、って思いませんでした?
保型形式の「線形代数」を考えると、カスプ形式の重要性がよくわかります。
重さ の保型形式は、ベクトル空間をなします。足して引いて定数倍しても元の空間に戻ってくるからです。
また、重さ のカスプ形式は、上の空間の部分空間をなす、これまたベクトル空間です。面白いですね。
さて、この空間がどうなっているんだというのがポイントです。実は、カスプ形式の空間は まで存在しないのです。 だけ。
たとえば、重さ アイゼンシュタイン級数をいかに足したり引いたりしても、 以外のカスプ形式は作れません。
なぜか?
それは、(非常に面白いことに)重さ の( の)保型形式の空間が の定数倍になってしまうからなんです。つまり、 の係数が等しい保型形式は、すべて一致してしまうんですね。だから、カスプ形式は作れない。
これが初めて崩れるのが、 のときです。実際、
として、アイゼンシュタイン級数の定数倍ではない、線形独立な保型形式を作ることができました。
という式が成り立つので、うまいこと重さが の定数倍でない保型形式が構成できるんですね。
以上により、重さ のカスプ形式の空間が、ラマヌジャンのデルタの定数倍の空間であることがわかります。また、重さ の保型形式の空間は、 と を基底にもつベクトル空間です。
こうして、保型形式の世界から線形代数の世界へつながっていくのです。
面白いでしょう。
まとめ
ラマヌジャンのデルタに という数がでて、なんじゃこりゃと思ったのでした。
これはラマヌジャンのデルタが「初めてのカスプ形式」であり、係数を1に正規化したことによる名残であったわけです。なんというか という数は、しかたなくでてきちゃうんですね。かわいらしい。
それでは、今日はこの辺で。
追記
私の言いたかったことを、ものすごく簡潔に書いてくださっていたツイートを見つけたのでシェアします。
Ramanujanのタクシー数エピソード、Δ関数の研究で散々12^3としての1728を観測しまくってたRamanujanにとっては1728とか1729辺りの数は本来特段に興味深い数だったんじゃないかなぁと思う。
— も㍍㍍の (@monoxxxx) 2016年3月18日