この記事は 明日話したくなる数学豆知識アドベントカレンダー の 21 日目の記事です。( 20 日目:たのしい積分)
tsujimotter が円周率に関心を持ったのは小学校のときです。当時の算数の教科書には、円周率が小数点以下 30 桁まで書いてあって、それを一生懸命覚えたのでした。今でも暗唱できます。
もう1つ心を惹かれたのは、正確には覚えていませんが、たしか「円周率を求めた偉人たち」といったタイトルの「コラム」でした。そこには、アルキメデスからはじまって、祖沖之、ライプニッツ、関孝和などのそうそうたるメンバーが名を連ねていました。
とりわけ私が関心を寄せたのは、アルキメデスでした。これも曖昧な記憶ですが、コラムには次のように書いてあったように思います。
アルキメデスは、円に内接する正96角形を用いて、円周率が と より小さく、 と よりも大きいことを示した。
アルキメデスはどうやってこれを示したのか? 「 と 」 などという分数はいったいどこから出てきたのか?
これが tsujimotter が小学校から現在まで抱いてきた疑問です。
気になった tsujimotter が調べてみても、なかなかそれらしい説明は見当たりません。「アルキメデスの方法」を検索しても、ほとんどが正96角形の周の長さを小数と三角比を使って計算しているものばかり。そもそも、アルキメデスの頃には「小数」などという概念はなかったにもかかわらず・・・。つまり、まともに と を計算しているものがないわけです。
最近になって「数学セミナーリーディングス 数の世界(日本評論社)」 という本に、ようやく tsujimotter の目的に適ったものが載っていることを知りました。
(実はこの本に到達するまでにさまざまな紆余曲折があったのですが・・・。)
そこから数珠つなぎ的に、いろいろな本が見つかって、ある程度納得できるレベルまで達するようになりました。
今日は「明日話したくなる数学豆知識」として、アルキメデスが考えたとされる円周率の計算方法を、特に「円周率は と より小さい」という点の証明に絞ってご紹介したいと思います。
前提知識
まず、定理を正確に述べておきましょう。原文は「世界の名著 ギリシャの科学(中央公論社)」からとってきました。「円の計測」という項目の、「命題 三」に相当するものです。
命題 三
任意の円の周はその直径の 3倍よりも大きく、その超過分は直径の よりは小さく、 よりは大きい
興味深いのは、この命題では円周率という言葉を一切使っていない点です。ギリシャ数学は、すべての数を「長さの比」として考えます。そのため、円周率は「円周と直径の比」として考えるわけです。
冒頭で簡単に述べましたが、この時代に小数はありません。したがって最初から最後まで分数で計算します。途中は小数で計算しておいてから、最後に分数に戻すのはこの場合ルール違反です。
ルートが出てきても分数のままで計算します。もちろん、厳密には一致しませんから、不等式で評価していきます。そのやり方が非常に巧妙なのです。
アルキメデス(古代ギリシャの生んだ偉大な数学者)の考えた巧みな計算を、ぜひ体験してみてください。
それでは、証明に移りましょう。
3 と 1/7 より小さいことの証明
以下の証明の流れは、上で述べた書籍「数学セミナーリーディングス 数の世界(日本評論社)」の1つの記事(小堀憲 著の「円周率の計算 計算の歴史の一断面」)に従って進めていきます。内容は変えないように努めたつもりですが、tsujimotter なりに解釈を加えて流れを再構成しています。気になる方は元の記事をご覧ください。
まず図のように、O を中心に半径 OB の円を描くところからはじめます。
この円に外接するような正多角形を考えるわけですが、まずは正六角形を考え、次に正12角形、さらに半分の正24角形、正48角形、最後に正96角形を考えます。
対応する正多角形の頂点を , , , , とおきます。
このとき、 の長さの2倍がちょうど正96角形の一辺の長さに等しいので、これを96倍すると周の長さが得られます。
正96角形は円に外接しますから、以下の不等式が成り立ちます。
これにより、円周の不等式による評価には、 を計算すればよいことがわかりました。
ここまではよいですね。
では、いきなり正96角形を求めるのは難しいので、正六角形から順々に計算していきましょう。
正六角形
求めたいのは、比 です。
ここで は、正三角形を半分にした直角三角形であるから、普通に考えると ですが、ここでアルキメデスは 唐突 に、
とおきます。
(約分すれば確かに両辺が等しいことは確認できますが、なかなかトリッキーな置き方です。これがあとの計算で効いてきます。)
次に、 は直角三角形なので、ピタゴラスの定理が使えます。
ここで、 より、
よって
が得られました。正12角形
次に求めるべきは、比 です。
が角の二等分線であることから、
両辺に 1 を加えて
両辺の分母分子を入れ替えると
これの左辺右辺を入れ替えて展開すると
正六角形のときに得られた値を代入すると、
よって、
が得られました。次の段で必要になる式も求めておきましょう。
であり、
を用いると、
よって
正24角形
以降まったく同じ流れで続くのですが、だんだん計算がしんどくなっていきます。次に求めるべきは、比 です。
が角の二等分線であることから、
両辺に 1 を加えて
両辺の分母分子を入れ替えると
これの左辺右辺を入れ替えて展開すると
正12角形のときに得られた値を代入すると、
よって、
が得られました。例によって、次の段で必要な式も求めておきます。
となります。(ふぅ~)
同様の流れで、
が得られました。正48角形
そろそろ省略していきます。まったく同じ流れで、比 が以下のように得られます。
単なる計算問題です。
ここから、また同様に次の段で必要な式が得られます。
よって、
となります。正96角形
さぁやっとここまできました。辺の比を求める作業はこれでおしまいです。
まったく同じ流れで、比 が以下のように得られます。
より、
これが求めていた比です。あと少し。
円周との比較
さて、最後の仕上げに取り掛かりましょう。
正 96 角形の周の長さを 、直径の長さを とすると、
より
ここで、右辺は
となり、ようやく念願の式が得られました。
途中はどうなることかと思いましたが、なんとか というきれいな結果となりました。
いやあ長かった。
まとめ
いかがだったでしょうか。
俯瞰してみると、最初の というトリッキーな計算を除けば、基本的には幾何学的な関係を使って式変形していき、丁寧に不等式を評価する、という非常にシンプルなものでしたね。
あとは、ひたすら計算計算計算、です。最後にはきれいな数が得られたからよかったものの、途中まではその先どこまで大きくなるのか予想もつかない計算が続きました。アルキメデスの執念には脱帽しますね。
いやはや、偉人はただ天才なだけでなかったようです。
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参考文献
この記事の証明は、ほぼすべてこちらの記事を基にしています。
残念ながら、通常の書店には売っていないので、古書店を探すか図書館を探すとよいかと思います。tsujimotter は「明倫館書店」で購入しました。
アルキメデスの「円の計測」について、一通りの命題と証明が載っている本です。これも新品は手に入らないですが、中古なら Amazon で買えます。
はいったいどこから出てきたのか、という部分についてはこちらの解説が参考になるかもしれません。第3章の第2節に「 の計算」という項目があります。
ところで、最初の数学セミナーの記事が載っているのを知ったのは、実はYahoo!知恵袋でした。参考までにURLを。集合知って馬鹿にできないですよね。