tsujimotterのノートブック

日曜数学者 tsujimotter の「趣味で数学」実践ノート

指数層系列(2):層の短完全列

前回、指数関数の3つの素朴な性質から

 0 \longrightarrow 2\pi i \mathbb{Z} \xrightarrow{\;\;i\;\;} \mathbb{C} \xrightarrow{\exp} \mathbb{C}^\times \longrightarrow 0 \tag{5再掲}
 0 \longrightarrow 2\pi i \mathbb{Z} \xrightarrow{\;\;i\;\;} \mathcal{O}(U) \xrightarrow{\exp} \mathcal{O}^\times(U) \tag{7再掲}

なる2つの短完全列が得られることを紹介しました。

指数層系列シリーズの記事は、こちらのタグから読むことができます:
tsujimotter.hatenablog.com


本シリーズタイトルの指数層系列とは、上の短完全列を層の間の短完全列に伸ばしたものです。今日は、層の理論をまとめつつ、指数層系列を得るところまでいきたいと思います。

最初のうちは、上記の話を単に層の言葉で表せばよいだけと思っていました。ところが、勉強していくうちに、そこまで単純な話ではないということに徐々に気づいてきました。私自身、正しい理解に大変苦労しまして、記事の内容も二転三転しています。その辺の戸惑いやそれを乗り越えて理解したときの感覚などは、なかなか本には載っていない部分と思います。その辺をできるだけ残そうという趣旨で書いています。参考になれば幸いです。

今回の記事はtsujimotterがまさに勉強中の「理解の最前線」を書いている記事となっています。内容もできる限り正しい記述になるよう努めたつもりですが、私の理解不足により誤りを含んでいる可能性があります。
勉強する際は、私の記述をうのみにせず参考文献をご参照いただければと思います。参考文献は一番下に書いています。

それでは少し長いですが、お付き合いください。

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素数大富豪のレーティングに関する提案

素数大富豪 Advent Calendar 2018 の24日目の記事です。

本記事は、素数大富豪 Advent Calender 2018 の24日目の記事として、素数大富豪プレーヤーのレーティングを算出する手法について、筆者による提案手法を紹介したいと思います。また、その手法を用いて過去の大会における結果を元にレーティングを算出しましたので、その結果も合わせて紹介したいと思います。

本内容は元々「素数大富豪研究会*1」というところで発表した内容の焼き直しとなっています。その関係で少し学術的な議論を意識した構成になっております。普段と文体が変わるかと思いますが、あらかじめご了承ください。

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指数層系列(1):指数関数の性質から得られる短完全列

今日の記事は3回に渡るシリーズ記事の第1回です。シリーズを通して、複素数の変数を持つ指数関数

 \displaystyle \exp(x) = 1 + x + \frac{x^2}{2!} + \frac{x^3}{3!} + \cdots \left(= \sum_{n=0}^{\infty} \frac{x^n}{n!} \right) \tag{1}

に関連する「指数層系列」と呼ばれる概念について紹介したいと思います。

指数層系列シリーズの記事は、こちらのタグから読むことができます:
tsujimotter.hatenablog.com


指数層系列は、層の間の準同型がなす完全列です。その完全列が成立する背景には、指数関数の持つ 素朴な3つの性質(指数法則・対数関数・周期性)があります。高校のときに習った指数関数が、層という高度な概念に繋がっていくというのはとても興味を引き立てるものがあります。

最終的には指数層系列まで行きたいのですが、今回はその前の準備段階として、指数関数の性質から導ける短完全列を2つほど紹介したいと思います。

記号の定義と前提知識
複素数全体の集合を  \mathbb{C} と表し、0でない複素数全体の集合を  \mathbb{C}^{\times} と表します。

また、 \mathbb{C} の任意の開集合  U に対し、 U 上の正則関数全体の集合を  \mathcal{O}(U) とし、 U 上の「至るところ 0 でない」正則関数全体の集合を  \mathcal{O}(U)^\times とします。

また、今回の記事では、正則関数や対数関数の多価性についての知識を前提とします。自信がない方はこちらの記事を読んでいただけると嬉しいです。
tsujimotter.hatenablog.com

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ガロア表現から作るいろいろなゼータ関数

ゼータ Advent Calendar 2019 の5日目の記事です。

世の中には、色々なゼータ関数があります。

・リーマンゼータ関数
・ディリクレゼータ関数
・ハッセ・ヴェイユゼータ関数
・アルティンゼータ関数
・合同ゼータ関数
・セルバーグゼータ関数

tsujimotterのノートブックでもこれまでいくつかのゼータ関数を取り扱ってきました。その中の多くは、実は「ガロア表現」と呼ばれるものから作ることができます。そういうお話をしたいと思います。今日の記事では、上のリストのうち、上から4つが登場します。


今回の記事は以前から温めていた内容なのですが、マスパーティというイベントの「ロマンティック数学ナイトプライム@ゼータ」という企画で、ゼータ熱が再燃しました。その後、ゼータアドベントカレンダーが企画されたことで「このタイミングで公開しないでいつ公開するんだ」と思い公開に至ったという経緯です。

ロマ数プライムゼータは、次のURLから見れますので、お時間のあるときにぜひみてください。

Part 3: 数学の楽しみ方の見本市「マスパーティ」(10/20 10:45 ~ 19:30)
https://www.youtube.com/watch?v=75dVmSWxXeE&t=17025s


内容はとても難しいですが、ガロア表現からゼータ関数がバンバンできあがる様子が楽しい記事になったと思います。よろしければお付き合いください。

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注意:
前回同様、今回の内容も非常に難しい内容となっております。
tsujimotterがまさに勉強中の「理解の最前線」を書いている記事となっていますので、内容も誤り等含んでいる可能性があります。

そのため、勉強する際は、私の記述をうのみにしないようお願いします。

なお、今回の記事は以下の伊藤先生のPDF「コホモロジー論とモチーフ」
https://www.math.kyoto-u.ac.jp/~tetsushi/files/hokudai200609.pdf

や、整数論サマースクール「l進ガロア表現とガロア変形の整数論」
http://www4.math.sci.osaka-u.ac.jp/~ochiai/ss2009proceeding/ss2009proceeding.html

の内容を参考にしています。

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ガロア表現の基本的なところ(準備編)

明日、ガロア表現を使った記事を書きたいと思うのですが、その内容を理解するための準備編として、今日はガロア表現の基本的なところをまとめたいと思います。

注意:
「基本的なところ」と銘打っておきながら申し訳ないのですが、今回の内容は非常に難しい内容となっております。
tsujimotterがまさに勉強中の「理解の最前線」を書いている記事となっていますので、内容も誤り等含んでいる可能性があります。

そのため、勉強する際は、私の記述をうのみにしないようお願いします。

なお、今回の記事は以下の伊藤先生のPDF「コホモロジー論とモチーフ」
https://www.math.kyoto-u.ac.jp/~tetsushi/files/hokudai200609.pdf

や、整数論サマースクール「l進ガロア表現とガロア変形の整数論」
http://www4.math.sci.osaka-u.ac.jp/~ochiai/ss2009proceeding/ss2009proceeding.html

の内容を参考にしています。


ガロア表現とは、一言でいうなら「ガロア群の行列による表現」です。その言葉の意味するところについてまずはざっくりしたイメージを説明します。

あるベクトル空間  V を考えて、その元  v \in V がガロア群  G によって  v' に動かされるとします。

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この  v から  v' への移動がもし「線形変換」によって表せるとき、つまり行列によって表せるとき、 G を行列そのものだと思うことができますね。これが要するにガロア表現です。

以下では、より詳しく説明していきたいと思います。

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iのi乗はそこに至る経路で決まる

みなさん、 i^i がどんな値になるか考えたことはありますか?

「複素数のべき乗ってなんだよ」と思う方もいるかもしれません。素朴に「 i i 回かける」なんて考えたら、意味がわからないですよね。

この問題について一度考えたことがある方の中には「 e^{-\pi/2} だよ」と答える方もいるかもしれません。たしかに、 i^i としては  e^{-\pi/2} を取ることもあります。しかしながら、本当に  e^{-\pi/2} だと言い切ってしまってよいでしょうか?


一般に、一つの  x に対して  f(x) が複数の値をとるような関数のことを 多価関数 といいます。

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複素数を変数に持つような関数を考えるにあたっては、このような性質を慎重に検討する必要があります。実際、 i^i を議論する際は、こうした多価関数の値として考える必要があり、単純に  e^{-\pi/2} だとは言い切れなくなってしまうのです。


最近tsujimotterは、こうした多価関数の基本的な性質について勉強していまして、そのノートを以下に公開していました。本記事では、そのノートの内容を丁寧にまとめてみたいと思います。


前日に公開した「超幾何級数に関する記事」でも、今回の結論の一つを使っています。前日の記事でわからなかった方は、今回の記事を参考にしていただけると幸いです。
tsujimotter.hatenablog.com

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超幾何関数の積分表示と接続問題

日曜数学 Advent Calendar 2019 の1日目の記事です。


アドベントカレンダーの季節がやってまいりました。今年も日曜数学アドベントカレンダーを立てまして、この記事はその1日目の記事となっています。
adventar.org

実は、日曜数学アドベントカレンダーは、今年で 5年目 になります。なかなか続いていますね。

今年も既に22件が埋まっていまして、たくさんの方が思い思いの数学について熱く語ってくださいます。とても楽しみです。


トップバッターのこの記事は 超幾何関数 をテーマにお話したいと思います。

もともとこのtsujimotterのノートブックは、私の日曜数学の成果を発表する場として書いていて、今勉強している最前線をその熱が冷めないうちに書くのが特徴です。その意味で、今回の話は私がまさに今勉強中の内容であり、tsujimotterのノートブックらしい記事かと思っています。

ちょっと難しい内容になるかと思いますが(そしていつも通りとても文章が長いのですが)、よろしければお付き合いいただけますと幸いです。

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