tsujimotterのノートブック

日曜数学者 tsujimotter の「趣味で数学」実践ノート

ディリクレの算術級数定理の証明(4n+1型の場合)

 5, 13, 17, 29, ...

これらの数は  4 で割って  1 余る素数です。このような形の素数のことを「 4n + 1 型の素数」と呼びますが、果たしてそのような素数は無限に存在するのでしょうか。この問いに答えるのが「ディリクレの算術級数定理」です。

ディリクレの算術級数定理:
 a, b を互いに素な正の整数とするとき, an + b n を正の整数)の形をした素数は無限に存在する.


まじめに証明をやると結構大変なので、今回は  4n+1 型、そして  4n+3 型の素数が無限に存在すること、だけに絞ってお話ししましょう。


以前の記事で「素数が無限に存在すること」を、ゼータ関数という関数を使って証明しました。

素数が無数にあることのオイラー積を使った証明 - tsujimotterのノートブック


再掲すると、ゼータ関数の定義はこれでした。

 \displaystyle \zeta(s) = \frac{1}{1^s} + \frac{1}{2^s} + \frac{1}{3^s} + \frac{1}{4^s} + \frac{1}{5^s} + \frac{1}{6^s} + \cdots \tag{1}

ゼータ関数の最大の特徴は、オイラー積を持つことです。これがゼータ関数と素数をつなぐ鍵となります。

 \displaystyle \zeta(s) = \prod_p \frac{1}{1-\frac{1}{p^s}} \tag{2}

オイラーによる証明は、(1)式の  s = 1 の値が発散することを使って、(2)式に現れる素数が無限にあることを示すというものでした。今回も同様の議論を使う事になります。


ただし、今回はゼータ関数だけでなく、ゼータ関数にそっくりな以下の関数を使います。

 \displaystyle L(s, \chi) = \frac{1}{1^s} - \frac{1}{3^s} + \frac{1}{5^s} - \frac{1}{7^s} + \frac{1}{9^s} - \frac{1}{11^s} + \cdots \tag{3}

これがディリクレの発見した秘密兵器、 L 関数 です。この場合、 4 で割ってあまり  1 のときだけ符号が正に、 4 で割ってあまり  3 のときは符号が負になっています。


ところで、引数に  \chi が入っているのに、右辺にそれらしいものは見当たらない、と不思議に思ったかもしれませんね。

この  \chi は、ただの変数ではなく、引数に整数をとる関数(すなわち、指標)なのです。定義は次の通りです。

 \chi(n) = \left\{ \begin{array}{cc} 1 & n\equiv 1 \pmod 4 \\ -1 & n\equiv 3 \pmod 4 \\ 0 & 2\mid n \end{array} \right. \tag{4}

 \chi(n) にはディリクレ指標という名前もついています。ディリクレ指標を使うと、L関数は次のようにすっきりと書く事が出来ます。

 \displaystyle L(s, \chi) = \sum_{n=1}^{\infty} \frac{\chi(n)}{n^s} \tag{5}


ここで、昔の記事に書いたディリクレ級数の話を思い出してもらいたいのです。

ディリクレ級数のオイラー積 - tsujimotterのノートブック


この記事で書いたように、今回の L関数 はディリクレ級数の形をしています。ここでもし、ディリクレ指標  \chi(n) が乗法的であれば、L関数にオイラー積が存在します。

実際、ディリクレ指標  \chi(n) は、さらに都合がよい「完全乗法的関数」となっています。具体的には、任意の整数  m, n に対して以下が成り立ちます。

 \chi(mn) = \chi(m)\chi(n) \tag{6}

証明はやればできるのですが、紙面(?)の都合上やめておきます。代わりに2つほど具体例を示しましょう。

1.  m=3, n=5 のとき
 \left\{ \begin{array}{cccc} \chi(15) & = & & -1 \\ \chi(3)\chi(5) & =& (-1)\cdot 1 = & -1 \end{array} \right.

2.  m=7, n=7 のとき

 \left\{ \begin{array}{cccc} \chi(49) & = & & 1 \\ \chi(7)\chi(7) & =& (-1)\cdot (-1) = & 1 \end{array} \right.

たしかに、完全乗法的ですね。


よって、以下のオイラー積が存在します。

 \displaystyle \sum_{n=1}^{\infty} \frac{\chi(n)}{n^s} = \prod_p \frac{1}{1-\frac{\chi(p)}{p^s}} \tag{7}

実をいうと「ディリクレ級数のオイラー積」の記事は、この説明を簡潔にするために、わざわざ書いたといっても過言ではありません。だんだんと過去の記事が溜まってきて、説明の補足に使うことが出来るようになってきました。


さて、このオイラー積を使って、ついに「算術級数定理」を証明していく訳ですが、もう少しだけ準備にお付き合いください。

準備

まず、ゼータ関数のオイラー積について、以下のような式変形を行います。

 \displaystyle \begin{eqnarray} \zeta(s) &=& \prod_p \frac{1}{1-\frac{1}{p^s}} \\
&=& \left(\frac{1}{1-\frac{1}{2^s}}\right) \left(\prod_{p\equiv 1} \frac{1}{1-\frac{1}{p^s}}\right) \left(\prod_{p\equiv 3} \frac{1}{1-\frac{1}{p^s}}\right) \end{eqnarray}

 \prod_{p\equiv 1} は、素数  p に対して  p\equiv 1 \pmod 4 のときだけ積をとることを意味しています。同様に、 \prod_{p\equiv 3} は素数  p に対して  p\equiv 3 \pmod 4 のときだけ積をとります。

一瞬、ぎょっとするような式変形ですが、結局やっていることは単純です。素数は、 2 4 で割って  1 になる数と、  4 で割って  3 になる数、の3通りに分類できるので、そのように積を分割したのです。


同様に、次のようなゼータ関数も計算しておきます。

 \displaystyle \begin{eqnarray} \zeta(2s) &=& \prod_p \frac{1}{1-\frac{1}{p^{2s}}} \\
&=& \prod_p \frac{1}{\left( 1-\frac{1}{p^{s}} \right) \left( 1+\frac{1}{p^{s}} \right)} \\
 &=& \left( \prod_p \frac{1}{1-\frac{1}{p^s}}  \right) \left( \prod_p \frac{1}{1+\frac{1}{p^s}}  \right) \\
 &=& \left(\frac{1}{1-\frac{1}{2^s}}\right) \left(\prod_{p\equiv 1} \frac{1}{1-\frac{1}{p^s}}\right) \left(\prod_{p\equiv 3} \frac{1}{1-\frac{1}{p^s}}\right) \left(\frac{1}{1+\frac{1}{2^s}}\right) \left(\prod_{p\equiv 1} \frac{1}{1+\frac{1}{p^s}}\right) \left(\prod_{p\equiv 3} \frac{1}{1+\frac{1}{p^s}}\right) \end{eqnarray}

最後の式変形は、上のオイラー積と同様、 p を3通りに分類しています。これ、やっていることは非常に単純なのですが、いざ数式を書くとなるとなかなか大変ですね。気が滅入ってきます。


あとは、ゼータ関数の以下の特殊値も使います。

 \displaystyle \zeta(2) = \frac{1}{1^2} + \frac{1}{2^2} + \frac{1}{3^2} + \frac{1}{4^2} + \frac{1}{5^2} + \frac{1}{6^2} + \cdots = \frac{\pi^2}{6}

これは、オイラーが解いた「バーゼル問題」として有名ですね。


最後に L関数の特殊値を求めておきましょう。 L(s, \chi) s = 1 で収束し、以下の有限の値を取ります。

 \displaystyle L(1, \chi) = \frac{1}{1} - \frac{1}{3} + \frac{1}{5} - \frac{1}{7} + \frac{1}{9} - \frac{1}{11} + \cdots = \frac{\pi}{4}

これはライプニッツの公式といって、なかなか有名な公式ですね。これだけでも語りたいポイントはたくさんあるのですが、諦めて先に進みましょう。今回の記事では、この値が有限になることだけわかっていれば十分です。


長かったですが、準備は以上です。

証明

いよいよ、証明に移りましょう。改めて目標を確認すると、今回の目標は「  4n+1 型、そして  4n+3 型の素数が無限に存在すること」の証明です。

ゼータ関数と L関数をごちゃまぜにした、以下の 2つの積を用います。

 \displaystyle \frac{\zeta(s) L(s, \chi)}{\zeta(2s)} \tag{a}

 \displaystyle \frac{\zeta(s) }{L(s, \chi)} \tag{b}

(a) 式が  s\to 1 において発散することから  4n+1 型の場合を証明し、(b) 式が発散することから  4n+3 型の場合を証明します。やってみましょう。


 4n+1 型の素数が無限に存在することの証明:
準備した式を使って (a) 式を計算します。

 \displaystyle \frac{\zeta(s) L(s, \chi)}{\zeta(2s)} = \left( \prod_{p\equiv 1} \frac{1+\frac{1}{p^s}}{1-\frac{1}{p^s}} \right) \left( 1+\frac{1}{2^s} \right) \tag{a'}

 s\to 1 において、(a') の左辺は以下の極限をとります。

 \displaystyle \frac{ L(1, \chi)}{\zeta(2)} \left(\lim_{s\to 1}\zeta(s) \right) = \frac{ \pi/4 }{\pi^2/6} \left(\lim_{s\to 1}\zeta(s) \right) = \infty

一方で、 p\equiv 1 \pmod 4 となる素数の個数が有限だと仮定すると、(a') の右辺は有限となりますが、それは左辺と矛盾します。

したがって、 p\equiv 1 \pmod 4 となる素数は無限に存在する。


 4n+3 型の素数が無限に存在することの証明:
同様に (b) 式を計算します。

 \displaystyle \frac{\zeta(s) }{ L(s, \chi) } = \left( \prod_{p\equiv 3} \frac{1+\frac{1}{p^s}}{1-\frac{1}{p^s}} \right) \left( \frac{1}{1-\frac{1}{2^s}} \right) \tag{b'}

 s\to 1 において、(b') の左辺は以下の極限をとります。

 \displaystyle \frac{ \lim_{s\to 1}\zeta(s) }{L(1, \chi)}  =  \frac{ \lim_{s\to 1}\zeta(s) }{\pi/4} = \infty

一方で、 p\equiv 3 \pmod 4 となる素数の個数が有限だと仮定すると、(b') の右辺は有限となりますが、それは左辺と矛盾します。

したがって、 p\equiv 3 \pmod 4 となる素数は無限に存在する。

L関数はすごい

どうだったでしょうか。 s\to 1 の極限を使う、という証明の発想そのものは、オイラー積によるものと同じなのですが、 証明に都合のいい級数を作るという L関数 のアイデアもなかなか面白いでしょう。


今回紹介したディリクレの証明が、いかにすごいことかを説明するために、少しだけ歴史の話をしましょう。

素数の無限性の問題は、オイラー積を使わずとも、ユークリッドによる証明法があるので、初等的に説明できますね。一方、算術級数定理については、いかにも初等的に証明できそうな定理ですが、L関数を使わない証明はこれまでに発見されていません。初等的な証明法がないのです! 少なくともその当時は発見されていませんでした。
(※2016年2月26日 一部修正しました。初等的な証明はアトレ・セルバーグによって既に発見されているようです。*1

そのため、1837年にディリクレが L関数を応用して「算術級数定理」を証明したという報告は、当時の数学界に多大な影響を与えました。

ディリクレの発見以降、リーマン、アダマール、ハーディーといった数学者によって、ゼータ関数やL関数を整数論に応用した成果が次々に生み出されていきました。この一大ムーブメントといえる整数論の流れは、今日では「解析的整数論」という分野として定着しています。ディリクレは「解析的整数論の父」といってもいいでしょう。


ペーター・グスタフ・ディリクレ


リーマンの話には面白いエピソードがあるので1つご紹介しましょう。

ベルンハルト・リーマンが居た頃は、フランスはコーシーやワイエルシュトラスの関数論、ドイツはガウスが生み出した整数論が中心でした。

ドイツのベルリン大学にいたリーマンは、整数論にはこれっぽっちも興味はなく、関数論に傾倒していきました。そこで「コーシー・リーマンの式」や「リーマン面」のような華々しい成果を上げていったわけですが、どういうわけか、晩年に1つ整数論の論文を書いています。

どうして整数論に浮気しようと思ったのかと不思議に思いますが、どうもそれがディリクレの影響だったようなのです。ディリクレの関数論を整数に応用するという面白い手法を知って、自身の研究が活かせると思ったのでしょう。そこで書いた論文が、たった8ページの「与えられた数より小さい素数の個数について」だったわけですが、このリーマンの整数論における唯一の論文になったわけです。

この論文こそ、「リーマンの素数公式」や「リーマン予想」が登場した伝説的な論文だったのです。ディリクレがいなければ、このような偉大な成果もなかったかもしれません。


・・・と熱く書いてしまいましたが、それだけ tsujimotter はディリクレのエピソードが好きなのです。実は、本ブログにおけるディリクレに関する記事は、これで4つめ。オイラーやガウスといった大数学者を押さえて、堂々の一位に輝きました。よっぽどお気に入りなのですね*2。笑


tsujimotter の好きな話ができたところで、そろそろ記事を終わりにしたいと思います。それでは。

参考文献

今回の証明は、ほとんどこの本に書かれた記述を元にしています。若干、表記を変えました。

歴史的な部分は、例によってこの本から。

関連記事

*1:参考: Atle Selberg (1949), "An Elementary Proof of Dirichlet's Theorem About Primes in an Arithmetic Progression", Annals of Mathematics, Second Series, Vol. 50, No. 2, pp. 297-304, http://www.jstor.org/stable/1969454

*2:実を言うと、旧ブログでも「鳩の巣原理」という記事を書いていて、これもディリクレに関するお話だったりします。