tsujimotterのノートブック

日曜数学者 tsujimotter の「趣味で数学」実践ノート

合同ゼータ関数のリーマン予想

 2017年の2月ごろに「ゼータ関数 強化月間」と題して、ゼータ関数に関する記事を書いていたのを覚えている方はいますでしょうか。そのとき投稿できたのは結局2件だけでしたが、実はもう一つ温めていたテーマがありました。それは

合同ゼータ関数

についてです。2月の記事のひとつ「ゼータ関数の行列式表示」は、今回のテーマのために用意された布石だったのですが、一年越しでようやく回収できそうです。

 合同ゼータ関数の魅力の一つは リーマン予想が解決している ことです。一般に、ゼータ関数に対しては、リーマン予想を考えることができます *1。リーマン・ゼータ関数におけるリーマン予想は有名な未解決問題ですが、ゼータ関数によってはリーマン予想が解決されているものもあります。合同ゼータ関数が、まさにその代表例です*2

 私が合同ゼータ関数に興味をもったポイントは、もう一つあります。それは、合同ゼータ関数の証明に エタール・コホモロジー が用いられるという点です。20世紀に入ってグロタンディークらの数学者によって、数論の問題に対して、幾何的な道具を適用する「数論幾何」が発明されました。合同ゼータ関数のリーマン予想の証明は、数論幾何の最初の成功例といってよい成果だと言われています。

 ところで、数論の問題にエタール・コホモロジーが使えるということはどういうことか、という疑問はみなさんも気になることと思います。私にとっても長らく疑問でした *3 。最近、ようやくその疑問に答えられそうな気がしてきました。しかも、私が想像していたよりもずっと直接的に使うことができます。その点が非常に面白かったので、私の理解の確認も兼ねて、ぜひみなさんに紹介したいと思ったのでした。

 というわけで、今日のテーマは、

エタール・コホモロジーを使うと
合同ゼータのリーマン予想が証明できるのはなぜか?

としたいと思います。

 ただし、今回紹介したい内容は非常に高度なものです。前提とする知識は多岐にわたっており、私自身も基礎的な部分はまったく理解できていないに等しいです。今回の記事の目的は「証明の雰囲気を理解したい」という程度の内容で、tsujimotter が面白いと思う部分ができるだけ伝わるように、ポイントを絞って書きたいと思います。

免責事項:
本記事は、tsujimotter が勉強中のトピックを扱っており、完全には理解していないまま書いていることを白状いたします。そのため、ところどころ誤りを含んでいる可能性があり、内容の保証はできません。この記事の内容を正確に理解したい方は、ぜひ専門書を手に取ることを強くお勧めします。


0. 参考文献

 今日の参考文献はこちらです。「第8章 20世紀」の「8.2 節 合同ゼータ関数」が該当の箇所となっています。今回の記事は、基本的にはこちらの本の記述を元に書かせていただきます。この本に書いてあること以上のことは知りません。

リーマンと数論 (リーマンの生きる数学)

リーマンと数論 (リーマンの生きる数学)

 本記事を書こうと思ったきっかけは、ありさんによる以下のPDFです。ありさんに、このPDFをベースとした「楕円曲線のヴェイユ予想」に関するレクチャーをしていただいて、本テーマに関心を持ちました。楕円曲線の場合は、エタール・コホモロジーの代わりにテイト加群(Tate module)を使うことができて、これによって楕円曲線のヴェイユ予想(リーマン予想)を直接的に示すことができる、という楽しい内容です。

ari「楕円曲線のヴェイユ予想」
https://ariririri.github.io/pdf/WeilConj.pdf

 また、以下の本の「第6章 数論におけるコホモロジー」も参考にしました。まだ全然理解できていませんが。

コホモロジー

コホモロジー

 私自身は、上記の本・記事についてすべて理解できたわけではなく、あやふやな状態で書いています。書いてある内容を誤読していたり、肝心なところを飛ばしていたりします(私の記事では、特にスキームについて適当な説明になっています)が、すべて私の理解不足・勉強不足によるものです。ご容赦ください。

1. スキームの合同ゼータ関数

 まずは、合同ゼータ関数 を定義することから始めましょう。有限体  \newcommand{\f}{\mathbb{F}} \f_p 上のスキーム  X の合同ゼータ関数は、以下の式で定義されます。

 \displaystyle \zeta_{X/\f_p}(s) = \exp\left( \sum_{m=1}^{\infty} \frac{|X(\f_{p^m})|}{m}p^{-ms} \right) \tag{1}


 さて、いきなり「スキーム」という言葉が出てきました。難しそうな用語が何の説明もなしに出てきたらドキドキしていまいます。すみませんが、今回は「スキーム」という概念の定義はしません。今回の話に限っては、代数曲線に対応するものとして「スキーム」を考えています。そのため、

スキーム ≒ 代数曲線(代数多様体)

と読み替えて考えてもらえればよいかと思います *4

 さて、合同ゼータ関数の話に戻ります。まず、 \zeta_{X/\f_p} については、有限体  \f_p 上定義された曲線を考えています。 \bmod{p} の世界で考えているので「合同」ゼータ関数というわけですね。一方で、右辺の和の中では  X(\f_{p^m})、すなわち、曲線  X \f_{p^m} 有理点の個数を考えています。よく知られているように、有限体  \f_{p^m} \f_{p} の拡大体になっています。なので、曲線の定義体を拡大させたときに、 \f_{p^m} 有理点における点の個数がどのように増えていくか、を見ているということです。

2. オイラー積表示

 ところで、上の式が本当に「ゼータ関数」なのだろうか、と疑問に思いませんか。何をもって「ゼータ関数」と言えるかは実際難しい問題ですが、ひとまずここでは「オイラー積表示」を持てば、ゼータ関数と考えることにしましょう。事実、上の合同ゼータ関数は、以下のオイラー積表示を持ちます。

 \displaystyle \zeta_{X/\f_p}(s) = \prod_{x\in |X|} \frac{1}{1 - N(x)^{-s}} \tag{2}

ここで、 x \in |X| は、スキーム  X の閉点と呼ばれるもので、極大イデアルに相当するものです。 N(x) x における剰余体の元の個数を表します。

 このようにすると、リーマン・ゼータ関数にだいぶ近づいてきたことがわかるでしょう。実際、リーマン・ゼータ関数は

 \displaystyle \zeta(s) = \prod_{p} \frac{1}{1 - p^{-s}}

というオイラー積表示を持ちますが、 p = \# \mathbb{Z}/(p) というように、 \mathbb{Z} の極大イデアル  (p) の剰余体で置き代えれば、まったく同じ形をしています。

3. 合同ゼータ関数のリーマン予想

 さて、こんな合同ゼータ関数にも リーマン予想 があります。この予想が本記事の主題となります。

合同ゼータ関数に関するリーマン予想(ドリーニュ,1974年)
 X \f_p 上の(射影的非特異)スキームとすると  \zeta_{X/\f_p}(s) の零点は
 \displaystyle \mathrm{Re}(s) = \frac{1}{2}, \frac{3}{2}, \ldots , \mathrm{dim}(X) - \frac{1}{2}

の上にあり,極は

 \displaystyle \mathrm{Re}(s) = 0, 1, \ldots, \mathrm{dim}(X)

の上にある.ただし, \mathrm{dim}(X) X の次元を表す.

 この予想は、まさにリーマン・ゼータ関数におけるリーマン予想「 \zeta(s) の非自明な零点は  \mathrm{Re}(s) = \frac{1}{2} の上にある」に対応していることがわかるでしょう。合同ゼータ関数の零点は、一定間隔でたくさん( \mathrm{dim}(X) 個)あります。

 合同ゼータ関数のリーマン予想は、ドリーニュという数学者によって 1974 年に解決されました。ドリーニュは、グロタンディークによって開発されたエタール・コホモロジーといった道具を使って、この予想を解決したのです。ちなみに、ドリーニュはグロタンディークの弟子ですが、この予想の解決をめぐって一悶着あったことは、数学史好きには有名な話です。

 ちなみに、ここでは「リーマン予想」と言っていますが、一般的には、リーマン予想を含む合同ゼータ関数に関する4つの命題を総称して「ヴェイユ予想」と呼びます。本記事では、黒川先生の本にならって、リーマン予想と呼ぶことにしています。

 こんなものどうやって証明するのだろうと思いますが、以下では具体的な解決方法の解説に入っていきたいと思います。

4. 行列式表示

 ここから、証明の概略に入っていきますが、まず大事なのは合同ゼータ関数を 「行列式表示」 するということです。ここでいよいよ エタール・コホモロジー が登場します。行列式表示は、グロタンディークによって示されています。

定理(グロタンディーク,1965年)
 X を有限体  \f_p 上の(射影的非特異)スキームとするとき,行列式表示
 \displaystyle \zeta_{X/\f_p}(s) = \prod_{k=0}^{2\mathrm{dim}(X)} \mathrm{det} (1 - p^{-s} \mathrm{Frob}_p | H^k(X) )^{(-1)^{k+1}} \tag{3}

が成立する.ここで, \newcommand{\frob}{\mathrm{Frob}} \frob_p p 乗フロベニウス作用素, H^k(X) l 進エタール・コホモロジー( l は素数, l\neq p)である.

 この公式の意味を理解するところから始めたいと思います。おそらく、最も意味不明な箇所は  \mathrm{Frob}_p | H^k(X) だと思います。この箇所が何なのかぱっと見ではわかりづらいですが、実はある「行列」を表しています。この部分を  k に対して定まる行列  A_k だと思うと

 \displaystyle \zeta_{X/\f_p}(s) = \prod_{k=0}^{2\mathrm{dim}(X)} \mathrm{det} (1 - p^{-s} A_k)^{(-1)^{k+1}}

となって、行列式を使って合同ゼータ関数が表せていると納得できるかと思います。

 以上の意味を明確に理解するためには、ガロア表現 について知る必要があります。少し長いですが、ガロア表現について説明します。

  F 上定義された曲線  X に対して、係数  F の有限次拡大  E/F を考えて、 E 有理点  X(E) を考えたいとします。このとき、ガロア群  \mathrm{Gal}(E/F) を考えて、 \mathrm{Gal}(E/F) に対して  X の点がどのように移動するか(つまり、 \mathrm{Gal}(E/F) の作用)を考えると思います。一方で、こうして一個一個の拡大を考えるよりも、 F 上のすべての有限次拡大の合成体(こういう体を代数的閉包といいます)を考えて、そのガロア群を考えたほうが便利な場合があります。 F の代数的閉包を  \overline{F} として、このガロア群  \mathrm{Gal}(\overline{F}/F) F絶対ガロア群といって、 G_F と表します。 F 上の任意の有限次拡大のガロア群は、 G_F の部分群に対する商として表すことができます。つまりガロア群の親玉みたいなものです。

 さて、この絶対ガロア群  G_F X に対する作用  G_F \curvearrowright X がわかれば、 X の有理点の情報がよくわかるわけですね。ただ、 X のままではよくわかりづらいということがあります。そこで、 X そのものを考えるのではなく、 X の情報を持ったコホモロジー  H^k(X) を考えて、 H^k(X) に対する  G_F の作用  G_F \curvearrowright H^k(X) を考えるという発想が出てきます。

 コホモロジーに対する作用を考える最大の利点は、 H^k(X)ベクトル空間 だということです。絶対ガロア群の元  g \in G_F の作用  g : X \rightarrow X に対しては、引き戻しと呼ばれる写像  g^* が誘導されます。

 g^* : H^k(X) \rightarrow H^k(X)

これはベクトル空間からベクトル空間への写像となるので、線形変換 です。任意の線形変換は行列で表せますから、絶対ガロア群の作用が行列で表せるということです。ガロア群が作用するベクトル空間を ガロア表現 といいます。

 こんな具合に、 X の情報をうまく反映したよいガロア表現を作ることができれば、絶対ガロア群の作用をわかりやすい行列の作用に置き換えることができて便利、ということになります。


 さて、もう一つわからなかったのが フロベニウス作用素  \frob_p です。今回は  \f_p 上の曲線を考えていますから、 F = \f_p の絶対ガロア群  G_{\f_p} を考えたいわけです。有名な事実として、有限体  \f_p 上のガロア群は、フロベニウス自己同型という、ただ1つの自己同型により生成されることが知られています。フロベニウス自己同型  \overline{\f_p} \to \overline{\f_p} は、 \overline{\f_p} の元  x に対する

 x \mapsto x^p

という作用によって定義されます。有限体のフェルマーの小定理を考えると、これは明らかに  \f_p の元を固定することがわかります。フロベニウス作用素は、このフロベニウス自己同型を、そのまま曲線  X の座標に適用させる作用素で、 \frob_p と表します。

 フロベニウス作用素  \frob_p は絶対ガロア群  G_{\f_p} の生成元になっていることから、 \frob_p の作用を考えれば、 G_{\f_p} の作用がすべてわかることになります。先ほどのロジックで、 X の代わりに、コホモロジー  H^k(X) を考え、 H^k(X) に対する  \frob_p の作用、すなわち行列

 \frob_p | H^k(X)

を考えている、というのがこの式の意味するところです。

 長かったですが、以上説明終わり。

 グロタンディークは、コホモロジー  H^k(X) として、 l 進エタール・コホモロジー

 H^k(X) = H^k_{et}(X \otimes_{\f_p} \overline{\f_p}, \mathbb{Q}_l)

という良いコホモロジーをとれば、合同ゼータ関数の行列式表示が成り立つことを示しました。エタール・コホモロジーの定義については、今の私には説明する力はありませんので、ブラックボックスとさせてください。

 ちなみに、 l という素数をとっていますが、これは  p \neq l でなければどのような素数をとっていいそうです。これは  p のときと、それ以外でまったく性質が変わってくるからだそうなのですが、前者の状況を「 p進」と言って、後者の状況を「 l 進」というのだそうです。


 合同ゼータ関数の行列式表示である式  (3) は、一見いかめしい形をしていますが、よくよくみると非常に綺麗な形をしています。いったん

 P_k(T) = \mathrm{det} (1 - T\, \mathrm{Frob}_p | H^k(X) )

のようにおき、積記号を展開すると

 \displaystyle \zeta_{X/\f_p}(s) = \frac{ P_1(p^{-s}) \cdots P_{2\mathrm{dim}(X)-1}(p^{-s})}{P_0(p^{-s}) P_2(p^{-s}) \cdots P_{2\mathrm{dim}(X)}(p^{-s})}

となります。分母に偶数次の多項式があり、分子に奇数次の多項式がきていますね。これはつまり、合同ゼータ関数を「コホモロジーの次数ごとの成分」に分解できたことを意味します。こうしてみると、本質的な分解になっているように見えますね。

 さらにいえば、 P_k(T) は行列  \mathrm{Frob}_p | H^k(X) に対する固有多項式になっています。したがって、合同ゼータ関数の零点(極)が、行列の固有値に対応していることがよくわかる式となっているのです。


5. レフシェッツ不動点定理

 行列式表示の証明の鍵となるのが、2月の記事で紹介した行列のゼータ関数です。
tsujimotter.hatenablog.com

実をいうと、上の記事は今回の合同ゼータ関数のために準備していたものでした。一年かかりましたが、ようやく出番です。

 さて、上の記事では行列  A に対して

  \displaystyle  \log \mathrm{det}(1 - AT) = \mathrm{Tr} \log (1 - AT) = - \sum_{m = 1}^{\infty} \frac{\mathrm{Tr}(A^m)}{m} T^m

という式が成り立つことから、ゼータ関数に対する行列式表示を得ています。この変形を右から読むと、「行列のトレース」を「行列式」に変換していると見ることができます。これを応用しましょう。


 行列のゼータ関数の話を応用させるにあたっては「行列のトレース」が必要です。しかしながら、合同ゼータ関数の定義には行列のトレースに相当するものがありません。この問題を解決するために、次の レフシェッツ不動点定理 を使います。

 \displaystyle  \# \mathrm{Fix}(\frob_p^m | X(\overline{\f}_p) ) = \sum_{k=0}^{2 \mathrm{dim}(X)} (-1)^k \mathrm{Tr}(\frob_p^m | H^k(X) ) \tag{4}

 本当は一般的なコホモロジーに対して成り立つ定理なのですが、今回の用途に合わせて具体的に記述しています。左辺は、 X に対するフロベニウスの作用を考えて、その固定点の個数をカウントしています。フロベニウスの  m 乗に対する固定点なので、結局  \f_{p^m} 有理点を考えていることになります。よって左辺は  |X(\f_{p^m})| に一致します。一方、右辺はエタール・コホモロジーに対するフロベニウスの作用のトレースを考えて、次数に対する交代和をとっています。換言すると、レフシェッツ不動点定理は

有理点の個数 = コホモロジーに対する線形変換のトレース(の交代和)

という関係を表しているといえます。これによって、有理点の個数を行列のトレースに置き換えることができます。


 それではレフシェッツ不動点定理を使って、合同ゼータ関数の行列式表示を導きましょう。合同ゼータ関数の定義より

 \displaystyle \zeta_{X/\f_p}(s) = \exp\left( \sum_{m=1}^{\infty} \frac{|X(\f_{p^m})|}{m}p^{-ms} \right)

ですが、右辺の  |X(\f_{p^m})| に不動点定理を適用します。すると

 \displaystyle = \exp\left( \sum_{m=1}^{\infty} \frac{1}{m} \left( \sum_{k=0}^{2\mathrm{dim}(X)} (-1)^k \mathrm{Tr}(\frob_p^m | H^k(X) ) \right) p^{-ms} \right)

が得られます。行列のゼータ関数のときと同様に、トレースを行列式に変形して

 \displaystyle = \exp\left( \sum_{k=0}^{2\mathrm{dim}(X)} (-1)^{k+1} \log \mathrm{det}( 1 - p^{-s} \frob_p^m | H^k(X) ) \right)

となります。あとは、 \exp \log を打ち消して

 \displaystyle =  \prod_{k=0}^{2\mathrm{dim}(X)} \mathrm{det}( 1 - p^{-s} \frob_p^m | H^k(X) )^{(-1)^{k+1} }

が得られます。これで、合同ゼータ関数の行列式表示を導くことができました。


 以上の議論によって、コホモロジーを使うことの重要性が理解できたのではないでしょうか。コホモロジーを考えることで、ガロア群の作用を線形化できたり、トレースや行列式による議論に持ち込むことができます。

 といいつつも、実はコホモロジーの有用性はまだまだこんなもんじゃありません。

 以上で前半終了。ここから後半が始まります。

6. いかにしてリーマン予想を証明するか?

 ここで一旦、問題を整理したいと思います。我々は、合同ゼータ関数の行列式表示を、以下のように得ました。

 \displaystyle \zeta_{X/\f_p}(s) =  \prod_{k=0}^{2\mathrm{dim}(X)} \mathrm{det}( 1 - p^{-s} \frob_p^m | H^k(X) )^{(-1)^{k+1} }

ここからどのようにしてリーマン予想、すなわち零点および極の情報を示せばいいでしょうか。

 行列まで話を持っていったわけですから、行列の固有値に帰着したくなります。実際、行列  \frob_p^m | H^k(X) の固有値を  \alpha としたとき

 \displaystyle |\alpha| = p^{\frac{k}{2}} \tag{5}

を示すことができれば、リーマン予想は成立します。これは行列式表示を用いたリーマン予想の言い換えになっています。


 問題はここからです。どのようにして式  (5) を示したらいいでしょう。一筋縄ではいかなそうな気がしますが、ぜひ一回思いを巡らせてみてください。


 実際の証明方法は、かなりアクロバットなことをやってのけることになります。


 まず、ドリーニュが示したのは

 \displaystyle p^{\frac{k-1}{2}} \leq |\alpha| \leq p^{\frac{k+1}{2}} \tag{6}

という評価です。これはリーマン・ゼータ関数のアナロジーでいうところの素数定理みたいなものです。すなわち、零点の場所は  s = 0 から  1 の範囲内にある、というような、リーマン予想と比べると「ゆるい評価」です。

f:id:tsujimotter:20180101203048p:plain:w300

リーマン予想で実際に示したいことは、 s = \frac{1}{2} のクリティカルライン上に乗っていること、ですからずいぶんとギャップがあります。

f:id:tsujimotter:20180101203033p:plain:w300
図:示したいこと


 さて、ドリーニュが実行したアクロバットな方法とは、以下を示すことです。

 \displaystyle p^{\frac{k-1}{2}} \leq |\alpha| \leq p^{\frac{k+1}{2}} \;\; \Longrightarrow \;\; |\alpha| = p^{\frac{k}{2}}

なんと、零点に関する「ゆるい評価」が成立すれば、リーマン予想も成り立つというのです!そんなことがあり得るのだろうか!

f:id:tsujimotter:20180101210533p:plain:w500


 彼が実際に示したことは、式  (6) を仮定すれば、任意の自然数  m に対して

 \displaystyle p^{\frac{k}{2} - \frac{1}{m}} \leq |\alpha| \leq p^{\frac{k}{2} + \frac{1}{m}}

が成り立つということでした。極限  m \to \infty をとると、リーマン予想がたしかに成り立ちます。

  (6) \Longrightarrow (5) を示すのに用いられたのが、もちろんコホモロジーの性質です。この話をするために今まで解説してきたと言っても過言ではありません。

7. ここがコホモロジーの使いどころ

 以下では、任意の  \f_p 上の(射影的非特異)スキームに対して式  (6) が成り立つことを仮定して、式  (5) を導きたいと思います。

  \f_p 上のスキーム  X に対してコホモロジー  H^k(X) を考えて、 \frob_p | H^k(X) の固有値を  \alpha とします。示したいのは、 \alpha の固有値が  p^{\frac{k}{2}} に一致することです。

 ここで、 m \geqq 1 に対して  H^k(X) のテンソル積を  m 回掛け合わせたもの

 H^k(X)^{\otimes m} := H^k(X) \otimes H^k(X) \otimes \cdots \otimes H^k(X)

を考えると、 \frob_p | (H^k(X)^{\otimes m} ) に対する固有値は  \alpha^m に一致します。コホモロジーのテンソル積を考えるというのが、第一のポイントです。


 次が最大のポイントなのですが、キュネットの公式 というものがあって

 H^k (X)^{\otimes m} \subset H^{mk}(X^{\otimes m}) \tag{8}

が一般に成り立ちます。

 キュネットの公式より、 X^{\otimes m} := X\times X \times \cdots \times X に対するコホモロジー  H^{mk}(X^{\otimes m}) について、 \frob_p | H^{mk}(X^{\otimes m}) の固有値が  \alpha^m に一致します。 X \leftarrow X^{\otimes m} k \leftarrow mk \alpha \leftarrow \alpha^m として仮定  (6) を用いると

 \displaystyle p^{\frac{mk - 1}{2}} \leq |\alpha^m| \leq p^{\frac{mk + 1}{2}}

が成り立ちます。両辺  1/m 乗すると

 \displaystyle p^{\frac{k}{2} - \frac{1}{m}} \leq |\alpha| \leq p^{\frac{k}{2} + \frac{1}{m}}

が得られます。 m \to \infty とすれば

 \displaystyle |\alpha| = p^{\frac{k}{2}}

が成り立つことがわかります。

 ここで、 \alpha は任意の  \f_p 上のスキーム  X に対する  \frob_p | H^k(X) の固有値であったから、合同ゼータ関数のリーマン予想が成り立つことが示せました。


 かっこいい!!鮮やか!!

8. おわりに

 今回の記事の目的は「エタール・コホモロジーを使うと合同ゼータのリーマン予想が証明できるのはなぜか?」という疑問に答えることでした。前半と後半、それぞれの最重要のパートにおいて、コホモロジーの性質が見事に発揮され、「使いどころ」がわかってきたのではないかと思います。

 前半では、スキームの代わりに対応するエタール・コホモロジーを用いることで、レフシェッツ不動点定理という幾何の定理を適用することができました。これにより、合同ゼータ関数の行列式表示という重要な性質を導くことができました。行列式表示は、合同ゼータ関数を「コホモロジーごとの成分に分解する」という本質的な表示を与えてくれるのでした。

 後半では、リーマン予想を行列の固有値の問題に帰着させ、「クリティカルストリップを圧縮する」という方針によってリーマン予想を示すアイデアを紹介しました。このパートにおいても、最も重要なポイントでコホモロジーの性質(テンソル積に関するキュネットの定理)を使うことができました。非常に面白いパートだったのではないでしょうか

 総じて、合同ゼータ関数におけるリーマン予想の解決は、現代数学とはいったいどういうものなのかを教えてくれる、大変よい例なのではないかと思います。私は数論に興味があり、これまでそれ以外の分野(特に幾何)には目もくれずにきましたので、ホモロジーやコホモロジーといったものには、ほとんど触れずに来ました。これまでもコホモロジーの重要性は、お話レベルで聞いてきたつもりですが、いまいちピンときていなかったのです。しかしながら、ここまで具体的に数論における応用可能性を見せられてしまうと、勉強しないわけには行かなくなります。今回のような応用例を知ったことで、これまで興味のなかった分野にも関心を持つことができて、世界が広がった気がします。

 もちろん、今回の記事ですべての証明を理解できたわけではありません。いろんなポイントで議論を飛ばしています。まだ、スキームもよくわかっていないし、エタール・コホモロジーの定義もしていません。コホモロジーをブラックボックス化してしまったせいで、どこまでが一般のコホモロジーに成り立つのか、エタール・コホモロジーにだけ成り立つ性質はどの部分か、といった疑問にも答えられません。これらは、今後の課題としたいと思います。

 それでは、今日はこの辺で。

*1:リーマン予想がないようなゼータ関数もあるみたいですが

*2:もう一つ、セルバーグ・ゼータというものもあって、こちらのリーマン予想も証明されています。

*3:一般向けの数学の啓蒙書では、お話だけは出てくることが多いですが、具体的にどのように解決したかに触れているものは少ないですね。

*4:なぜ、スキームというものを考えるかという点については、私はよくわかっていません。代数曲線をそのまま考えるよりも、スキームを考える方がよいことがあるからと想像しているのですが、どうなんでしょう・・・。