tsujimotterのノートブック

日曜数学者 tsujimotter の「趣味で数学」実践ノート

射影空間のK-有理点とヒルベルトの定理90

楕円曲線について本格的に勉強したいと思い、シルヴァーマンによる楕円曲線の本(タイトルは "The Arithmetic of Elliptic Curves"(通称:AEC))を読み始めました。

The Arithmetic of Elliptic Curves (Graduate Texts in Mathematics)

The Arithmetic of Elliptic Curves (Graduate Texts in Mathematics)

その第1章を読んでいく中で、射影 n-空間(あとで定義します)の  K-有理点に関する命題が登場するのですが、その証明にはなんと昨日紹介した「ヒルベルトの定理90」が使われるのです。このつながりは想像できなくてとても意外なことでした。

実はこの命題の証明は、シルヴァーマンの本では演習問題になっていまして、本には証明のヒントが載っているだけでした。2年前くらいから問題自体は知っていて、気になっていたのですが、先日ようやく自分で理解できました。とても嬉しかったのでまとめたい、というのが今回の記事の動機です。

3/23の群コホモロジーについての記事も、実は今回の記事のために用意したものでした。この記事の内容を前提に進めたいと思います。
tsujimotter.hatenablog.com

まずは、今回の主題を説明するための、代数幾何の基礎的な事項について述べたいと思います。

射影n-空間

楕円曲線のような「代数的な図形」を定義するための舞台として、代表的なものに「アフィン n-空間」と「射影 n-空間」があります。ここでは、射影 n-空間を定義したいと思います。

なお、今回の記事では  K を完全体(任意の有限次拡大が分離的な体のこと)として1つ固定し、 \newcommand{\Kbar}{\overline{K}}\Kbar K の代数閉包とします。


射影 n-空間  \newcommand{\pp}{\mathbb{P}}\pp^n(\Kbar)(あるいは単に  \pp^n と呼びます)は、次のように定義されます。

 \pp^n(\Kbar) あるいは  \pp^n の定義
 \Kbar (n+1) 個組の集合を  \Kbar^{n+1} とする。 \Kbar^{n+1} の任意の2元
 (x_0, \ldots, x_n), \; (y_0, \ldots, y_n)

に対して、ある  \lambda \in \Kbar^\times が存在して

 (y_0, \ldots, y_n) = (\lambda x_0, \ldots, \lambda x_n)

が成り立つとき、 (x_0, \ldots, x_n) \sim (y_0, \ldots, y_n) なる同値関係を入れる。

この同値関係  \sim K^{n+1} を割った集合を

 \pp^n(\Kbar) := \Kbar^{n+1} \big/ \sim

と定義し、これを射影 n-空間という。簡単のため  \pp^n(\Kbar) \pp^n とも表記する。


また、 (x_0, \ldots, x_n) を代表元とするような  \pp^n における同値類を  [x_0, \ldots, x_n] と表す。

任意の  P = [ x_0, \ldots, x_n ] \in \pp^n \pp^nと呼び、各  x_i P座標と呼ぶ。

 P = [ x_0, \ldots, x_n ] は、 x_0 から  x_n までの  n+1 個の値の「比」を表していると考えることができます。

実際、任意の  \lambda \in \Kbar^\times に対し

 P = [ x_0, \ldots, x_n ] = [ \lambda x_0, \ldots, \lambda x_n ]

が成り立ちます。たとえば、 n = 2 なら  [3, 4, 5] = [6, 8, 10] が成り立つという感じですが、これはまさに  3:4:5 という「比」を表していると思えますね。

注意したいのは、 \pp^n の点における座標の取り方には、定数倍の任意性がある ということです。この点が今日の最重要ポイントです。

K-有理点

上記の集合は、代数閉体  \Kbar 上の点を考えていましたが、特に座標がすべて  K の元であるような点を考えたいと思います。

そこで、 \pp^n(\Kbar) K-有理点  \pp^n(K) を次で定義します:

定義
 \newcommand{\kakko}[1]{[#1]}\pp^n(K) := \{ \kakko{x_0, \ldots, x_n}\in \pp^n \mid x_i \in K \}


注意しなければならないのは、座標の取り方の任意性です。

 \pp^n の点  P P = [x_0, \cdots, x_n] と表示したときに、もし  x_i のうちのいずれか1つが  K の元でなかったとします。この場合、必ずしも  P \not\in \mathbb{P}^n(K) というわけではありません

というのも、 P には別の座標による表示があるからです。もしも、ある  \lambda \in \Kbar^\times が存在して  \lambda x_1, \ldots, \lambda x_n が全部  K の元であるならば、 P K-有理点だといってよいのです。


ここで、 K-有理点  \pp^n(K) を取り出すための便利な方法があります。それは絶対ガロア群の作用を用いた方法です。

 K の絶対ガロア群  G_K := \operatorname{Gal}(\overline{K}/K) は、 \Kbar の自己同型なので  \Kbar の元に自然に作用します。 \pp^n の各点の座標は  \Kbar の元なので、座標を介して  G_K \pp^n への作用を定義できます。

定義
任意の  \sigma \in G_K, \; P = \kakko{x_0, \ldots, x_n} \in \pp^n に対して

 P^\sigma := \kakko{x_0^\sigma, \ldots, x_n^\sigma}

と定義します。これが  G_K \pp^n への作用を定めます。


ただし、この作用がwell-definedかどうかについては注意が必要です。というのも、上の定義は  \pp^n の点  P の座標の「ある一つの表示の仕方  P = \kakko{x_0, \ldots, x_n}」に対して定義されているからです。

任意の  \lambda \in \Kbar^\times に対して、 P = [\lambda x_0, \ldots, \lambda x_n] のように表示することもできるので、絶対ガロア群の作用が座標の表示によらないことを示す必要があります。

上記の2通りの表示に対する  \sigma \in G_K の作用は

  • (表示方法1)  [x_0^\sigma, \ldots, x_n^\sigma]
  • (表示方法2) [(\lambda x_0)^\sigma, \ldots, (\lambda x_n)^\sigma] = [\lambda^\sigma x_0^\sigma, \ldots, \lambda^\sigma x_n^\sigma]

となりますが、これらは単にすべての座標を  \lambda^\sigma \in \Kbar 倍しているだけなので、比の定義より一致します。したがって、 G_K \pp^n への作用は座標の取り方によらないこと、すなわち作用がwell-definedであることが確認できます。


いよいよ本題なのですが、 \pp^n(K) について、以下の命題が成り立ちます。

命題(AEC, Exercise 1.12)
 G_K K の絶対ガロア群とする。このとき、次の集合としての等式が成り立つ:

 \pp^n(K) = \{ P \in \pp^n \mid P^\sigma = P \; \text{for all} \; \sigma \in G_K \} \tag{1}

すなわち、 \pp^n(K) は、 G_K の作用によって固定される点として特徴付けられる。


一般に

 x \in K \;\; \Longleftrightarrow \;\; 任意の  \sigma \in G_K に対し  x^\sigma = x

が成り立ちます。したがって、上の命題は一見「当たり前」に見えてしまう命題です。

しかしながら、証明は決して簡単ではありません。というのも、右辺の集合の点  P P = \kakko{x_0, \ldots, x_n} と表したとき、 P^\sigma = \kakko{x_0^\sigma, \ldots, x_n^\sigma} となりますが、 P^\sigma = P だからといって  (x_0^\sigma, \ldots, x_n^\sigma) = (x_0, \ldots, x_n) とは結論づけられないからです。何度か注意したように、ここには定数倍の任意性があります。

この部分を厳密に議論するために ヒルベルトの定理90 が使われるのです。


あとの説明のために、式  (1) の右辺の集合について、次の記号を導入したいと思います。

 (\pp^n)^{G_K} := \{ P \in \pp^n \mid P^\sigma = P \; \text{for all} \; \sigma \in G_K \}

 G_K によって固定される  \pp^n の元全体なので、記号の意味も捉えやすいかと思います。(tsujimotter独自の記号ですので注意ください)


この記号を使うと、示すべきは次の「集合としての等式」となります。

示すべき命題
 \pp^n(K) = (\pp^n)^{G_K} \tag{2}

(2) は集合としての等式なので、 \pp^n(K) \subset (\pp^n)^{G_K} \pp^n(K) \supset (\pp^n)^{G_K} の2つの包含関係を示す必要があります。順を追って示したいと思います。

 \pp^n(K) \subset (\pp^n)^{G_K} の証明

まず、 \pp^n(K) \subset (\pp^n)^{G_K} の証明は簡単です。

 \pp^n(K) の任意の点  P を取ります。これは  K-有理点なので、 x_0, \ldots, x_n \in K であるような座標  P = \kakko{x_0, \ldots, x_n} が取れます。

 P に対し任意の絶対ガロア群の元  \sigma \in G_K を作用させると

 P^\sigma = \kakko{x_0^\sigma, \ldots, x_n^\sigma} = \kakko{x_0, \ldots, x_n} = P

となります。ここでは、 x_i \in K ならば  x_i^\sigma = x_i を使いました。

よって、任意の  \sigma \in G_K に対して  P^\sigma = P より、 P \in (\pp^n)^{G_K} が言えました。

すなわち、 \pp^n(K) \subset (\pp^n)^{G_K} が成り立ちます。

 \pp^n(K) \supset (\pp^n)^{G_K} の証明(本題)

問題は逆の証明です。この証明の中で、いよいよ ヒルベルトの定理90 が登場します。

ヒルベルトの定理90の主張を思い出しておきましょう。

定理(ヒルベルトの定理90の言い換え・再掲)
 L/K を有限次ガロア拡大とし、そのガロア群を  G := \operatorname{Gal}(L/K) とする。 L の乗法群を  L^\times とするとき、次が成り立つ:

写像  x\colon G \to L^\times, \; \sigma \mapsto x_\sigma について

 x_{\sigma_1 \sigma_2} = x_{\sigma_1} x_{\sigma_2}^{\sigma_1} \;\;\; \text{for all} \; \sigma_1, \sigma_2 \in G

が成り立つ(1-コサイクル)ならば、ある  \alpha \in L^\times が存在して  x

 \displaystyle x_{\sigma} = \frac{\alpha^\sigma}{\alpha} \;\;\; \text{for all} \; \sigma \in G

と表せる(1-コバウンダリ)。その逆も成り立つ。

前回紹介した主張では有限次ガロア拡大しか扱っていませんでしたが、実は  L/K が無限次拡大の場合も同様の命題が成立する そうです *1。ここでは、 L = \Kbar としてヒルベルトの定理90の主張を用います。

ヒルベルトの定理90の主張は「1-コサイクルならば、1-コバウンダリである」ということです。この定理を用いるためには、1-コバウンダリを見つけてこなければいけませんが、どのようにすればよいでしょう。


それを踏まえて証明にいきたいと思います。

任意の  (\pp^n)^{G_K} の点  P をとります。すなわち、任意の  \sigma \in G_K に対し  P^\sigma = P が成り立ちます。

このとき、 P の座標を一つ固定して  P = \kakko{x_0, \ldots, x_n} とします。この座標に  \sigma を作用させると

 P^\sigma = \kakko{x_0^\sigma \ldots, x_n^\sigma}

となりますが、これが  P^\sigma = P を満たすためには、 \sigma に対してある  \lambda \in \Kbar^\times が存在して

 (x_0^\sigma \ldots, x_n^\sigma) = (\lambda x_0 \ldots, \lambda x_n)

が成り立つ必要があります。これは「 n 個組」としての等式です。

この  \lambda \sigma によって異なる値をとってもよいので、 \lambda はむしろ  \lambda_\sigma と書いた方がよいでしょう。

再度書き直すと

 (x_0^\sigma \ldots, x_n^\sigma) = (\lambda_\sigma x_0 \ldots, \lambda_\sigma x_n)

ということです。

この  \lambda_\sigma は、 \sigma \in G_K に対して  \lambda_\sigma \in \Kbar^\times を割り当てる 写像  \lambda であると見ることができます。

 \lambda\colon G_K \longrightarrow \Kbar^\times, \;\; \sigma \longmapsto \lambda_\sigma

以下に示すように、写像  \lambda が実は 1-コサイクル になっています。

 \lambda が1-コサイクルであることは、 x_i に対して  \sigma_2, \sigma_1 \in G_K を続けて作用させてみればわかります。

まずは  \sigma_2 を作用させると

 x_i^{\sigma_2} = \lambda_{\sigma_2} x_i

となります。続けて  \sigma_1 を作用させると

 (x_i^{\sigma_2})^{\sigma_1} = (\lambda_{\sigma_2} x_i)^{\sigma_1} = (\lambda_{\sigma_2})^{\sigma_1} x_i^{\sigma_1} = (\lambda_{\sigma_2})^{\sigma_1} \lambda_{\sigma_1} x_i

となります。

一方、 (x_i^{\sigma_2})^{\sigma_1}  = x_i^{\sigma_1 \sigma_2} なので、 \sigma_1 \sigma_2 x_i に作用させると

 x_i^{\sigma_1 \sigma_2} = \lambda_{\sigma_1 \sigma_2} x_i

となります。

以上2つを合わせると

  (\lambda_{\sigma_2})^{\sigma_1} \lambda_{\sigma_1} x_i = \lambda_{\sigma_1 \sigma_2} x_i

すなわち

  \lambda_{\sigma_1 \sigma_2} = \lambda_{\sigma_1} (\lambda_{\sigma_2})^{\sigma_1}

が成り立ちます。

この式をじーーっくり見つめると、1-コサイクルの条件を満たすことがわかります。


したがって、ヒルベルトの定理90より \lambda は1-コバウンダリでもあります。すなわち、ある  \alpha \in \Kbar^\times が存在して、任意の  \sigma \in G_K に対して

 \displaystyle \lambda_\sigma = \frac{\alpha^\sigma}{\alpha}

が成り立ちます。また、 \beta = 1/\alpha \in \Kbar^\times とすると

 \displaystyle \lambda_\sigma = \frac{\beta}{\beta^\sigma}

が成り立ちます。


さて、元はと言えば、 \lambda_\sigma は、任意の  \sigma \in G_K に対して

 (x_i)^\sigma = \lambda_\sigma x_i

を満たすものとして定めたのでした。この  \lambda_\sigma に1-コバウンダリの条件を代入すると

 \displaystyle (x_i)^\sigma = \frac{\beta}{\beta^\sigma} x_i

が成り立ち、両辺に  \beta^\sigma をかけると

 \displaystyle (\beta x_i)^\sigma = \beta x_i

が成り立ちます。任意の  \sigma \in G_K に対し   (\beta x_i)^\sigma = \beta x_i が言えることから、 \beta x_i \in K であることが言えます。

よって、 P = \kakko{\beta x_0, \ldots, \beta x_n } \in \pp^n(K) であることが示せました。

つまり、  \pp^n(K) \supset (\pp^n)^{G_K} が言えたことになります。

(証明終わり)

おわりに

今回は、ヒルベルトの定理90の一つの応用例として、射影 n-空間の  K-有理点の特徴づけの命題について紹介しました。

証明もなかなか面白くて、1-コサイクルがこんなところに出てくるとは、という感じでしたね。ヒルベルトの定理90によって、1-コバウンダリであることがわかって、ぴったり  K の元が作ることができるというのはなかなか気持ち良いものでした。

こんな風に、意外なところに群コホモロジーの応用があったりするので面白いです。群コホモロジーを勉強して損はなかったと感じました。

それでは今日はこの辺で。