tsujimotterのノートブック

日曜数学者 tsujimotter の「趣味で数学」実践ノート

不思議な法則

ここに二つの2次無理数があります。

 \displaystyle \alpha_1 = \sqrt{-5}, \;\; \alpha_2 = \frac{1+\sqrt{-5}}{2}

 \alpha_1, \alpha_2 は、どちらも判別式が  D = -20 となる2次無理数となっています。

 \alpha が2次無理数であるとは、 \alpha が既約な2次方程式

 a\alpha^2 + b\alpha + c = 0

の解であるということです。このとき、 D(\alpha) = b^2 - 4ac \alpha判別式と言います。判別式が負であるような2次無理数を虚2次無理数と言います。今回は虚2次無理数を扱います。


虚2次無理数  \alpha を上半平面  H で考えることにして、 \alpha \in H には  \text{SL}_2(\mathbb{Z}) の元による一次分数変換を考えることができます。

 \displaystyle \beta = \frac{a\alpha + b}{c\alpha + d}

このとき、 \beta も虚2次無理数となり、判別式も  D(\beta) = D(\alpha) となり保存されます。このように  \text{SL}_2(\mathbb{Z}) による一次分数変換で移り合うとき、 \beta \alpha対等であるといいます。


なお、上の  \alpha_1, \alpha_2 はどちらも対等ではないことに注意します。

ちなみに、判別式  D = -20 である2次無理数かつ対等ではないものは、 \text{SL}_2(\mathbb{Z}) の基本領域(以下の図)の中には "2個" しか存在しません。この "2個" という数は、判別式が  D = -20 である虚2次体の類数と一致しますが、これは偶然ではありません。

f:id:tsujimotter:20180603235652p:plain:w400


さて、 \alpha_1, \alpha_2 に対して、楕円モジュラー関数  j(\tau) の値を計算します。楕円モジュラー関数は、以下の  q-展開によって計算できます。

 \begin{align} j(\tau) = &1/q \\
&+ 744 \\
&+ 196884q \\
&+ 21493760q^{2} \\
&+ 864299970q^{3} \\
&+ 20245856256q^{4} \\
&+ 333202640600q^{5} \\
&+ 4252023300096q^{6} \\
&+ 44656994071935q^{7} \\
&+ 401490886656000q^{8} \\
&+ 3176440229784420q^{9} \\
&+ 22567393309593600q^{10} \\
&+ \cdots
\end{align}

ここで、 q = e^{2\pi i \tau} です。


計算すると、

 \begin{align} j(\alpha_1) &\approx 1264538.9094751414 \\
j(\alpha_2) &\approx -538.9094751405099 \end{align}

となります。

ここで、両者の和と積をとると

 \begin{align} j(\alpha_1) + j(\alpha_2) &\approx 1264000.000000001 \\
j(\alpha_1) \, j(\alpha_2) &\approx -681472000.0000013 \end{align}

実はこれらの値は整数値をとります。このことを知っていると

 \begin{align} j(\alpha_1) + j(\alpha_2) &= 1264000 \\
j(\alpha_1) \, j(\alpha_2) &= -681472000 \end{align}

となることがわかり、和と積がわかっているので  j(\alpha_1), j(\alpha_2) を根に持つような整係数多項式を考えることができます。

 H_{-20}(X) := X^2 - 1264000X -681472000

これを判別式  D = -20類多項式(class polynomial)といいます。つまり、虚2次無理数の最小多項式ということですね。


この方程式を解くことで、  j(\alpha_1), j(\alpha_2) の値を次のように厳密に求めることができます。

 \begin{align} j(\alpha_1) &= 632000 + 282880\sqrt{5} \\
j(\alpha_2) &= 632000 - 282880\sqrt{5} \end{align}

面白いですね。


ここからが本題です

2次形式  X^2 + 5Y^2 で表せる素数の法則 について考えます。

このお話は、これまでもtsujimotterのノートブックで扱ってきました。

上の2つの記事で与えたように、例外的な有限個の素数( p = 2, 5)を除けば

 p = X^2 + 5Y^2 \;\; \Longleftrightarrow \;\; p \equiv 1, 9 \pmod{20}

という法則が成立するのでした。

しかし、この法則を与えるのはそう簡単ではありません。いつものように平方剰余による条件

 \displaystyle \left(\frac{-5}{p}\right) = 1 \tag{1}

を考えると、これは条件  p \equiv 1, 3, 7, 9 \pmod{20} を与えますが、この条件は  X^2 + 5Y^2 で表せる素数の必要条件しか与えません。十分条件を与えるためには、より深い考察が必要です。


ここで、上記  (1) に加えて、判別式  D = -20 の類多項式  H_{-20}(X) を用いた以下の条件を考えましょう。

 H_{-20}(X) \equiv 0 \pmod{p} \; \text{が解を持つ} \tag{2}


なんと、驚くべきことに、 (1) かつ  (2) という条件が  p = X^2 + 5Y^2 とかけるための 必要十分条件 となっています。


実験してみましょう。 p \neq 2, 5, \; p < 100 で考えます。

 p \left(\frac{-5}{p}\right) H_{-20}(X) \equiv 0 \pmod{p} p = X^2 + 5Y^2
 3 -1解を持つ
 7 -1解を持つ
 11 +1解を持たない
 13 +1解を持たない
 17 +1解を持たない
 19 +1解を持たない
 23 -1解を持つ
 29 +1解を持つ 29 = 3^2 + 5\cdot 2^2
 31 +1解を持たない
 37 -1解を持たない
 41 +1解を持つ 41 = 6^2 + 5\cdot 1^2
 43 -1解を持つ
 47 -1解を持つ
 53 -1解を持たない
 59 +1解を持たない
 61 +1解を持つ 61 = 4^2 + 5\cdot 3^2
 67 -1解を持つ
 71 +1解を持たない
 73 -1解を持たない
 79 +1解を持たない
 83 -1解を持つ
 89 +1解を持つ 89 = 3^2 + 5\cdot 4^2
 97 -1解を持たない


たしかに、 \left(\frac{-5}{p}\right) = 1 かつ  H_{-20}(X) \equiv 0 \pmod{p} \; \text{が解を持つ} ときに限り、 p = X^2 + 5Y^2 とかけることがわかりますね!法則は成り立っています!!


今日は興味深い現象があるということだけを紹介して終わりにします。

背景にある仕組みについてはいつか解説したいと思っていますが、今の私にはまだ解説するだけの力はありません。


追記(2018.06.20)

ちなみに、条件  (2) \bmod{20} の条件になっていませんが、そのような形の条件に同値変形することも出来ます。

 H_{-20}(X) = X^2 - 1264000X -681472000

を平方完成させると

 X^2 - 1264000X -681472000 = (X - 632000)^2 - 400105472000

となります。よって  Y = X - 632000 とおくと

 \text{条件} (2) \;\; \Longleftrightarrow \;\; Y^2 \equiv 400105472000 \pmod{p} が解を持つ

となるので、

 \displaystyle \left(\frac{400105472000}{p}\right) = 1

と同値な条件になります。また

 \displaystyle 400105472000 = 2^{16} \times 5^3 \times 13^2 \times 17^2

より平方因子を除くと

 \displaystyle \left(\frac{5}{p}\right) = 1

となります。平方剰余の相互法則  \displaystyle \left(\frac{5}{p}\right) = \left(\frac{p}{5}\right) より

 \displaystyle \left(\frac{p}{5}\right) = 1

と同値です。結局

 \text{条件} (2) \;\; \Longleftrightarrow \;\; p\equiv 1, 4 \pmod{5}

であることがわかりました。これと条件  (1) を組み合わせればたしかに  p\equiv 1, 9 \pmod{20} が得られますね。

参考

楕円モジュラー関数の計算方法はこちら。

今回の法則について、私の解説が待てないあなたは、こちらの13章を。