今日はオイラーが発見した,
という多項式についてお話したいと思います。
ある特別な に対して,多項式の に整数 を入れていくと,「素数」が次から次へとたくさん出てくるのです。まるで 「魔法の多項式」 です。
これだけでも十分面白いのですが,なんとこれが 「類数」 という「一見まったく関係のなさそうな概念」と結びつくのです。私がこの事実を知ったのは,およそ2年ほど前です。それ以来,その秘密が知りたくてたまらなくなりました。
2年経って,いろいろな勉強をして,ようやく理解のための土台が出来てきたという実感を得ました。今こそ解説にチャレンジしたいと思います。
とはいえ,なかなかに難しい話ですし,私が理解しているレベルのほぼ最前線です。そのため,わかりやすく嚙み砕く余裕はほとんどありません。整数論の知識はかなり求められますし,普段の記事と比べてもだいぶレベルが高いかもしれません。その点ご了承ください。
目次
問題の確認 *
試しに,この多項式の を固定して, に整数 を入れてみましょう。
たとえば, のとき,
(素数)
(素数)
(素数)
(素数)
(素数)
(素数)
(素数)
(素数)
(素数)
(合成数)
となって, が から までの間は,すべて素数となりました。
一方で, においては,
(合成数)
(素数)
(合成数)
(合成数)
(素数)
となって,素数になったりならなかったりしますね。いろいろ実験してみると,多項式の値が素数になりやすい と そうでない が存在することがわかります。
いったいどんな素数のときに が素数になりやすくなるのでしょう。実は, がある特別な素数のとき以下が成り立ちます。
これらの は,オイラーの幸運数と呼ばれています。その を使った はオイラーの素数生成多項式と呼ばれています。*1
リストの一番大きい数である では, から までの
ことになります。たしかにこれは「幸運数」といってよいでしょう。
この文章を読んでいる読者のみなさまは,これらの「幸運な 」がいったいどういう数なのか気になるかと思います。実は,意外なものと結びつくのです。
私はこの事実を知ったときに,驚いて顎が外れそうになりました。
いったいどうして,幸運数 が 類数 と結びつくのでしょうか。
私たちが知りたいことは,以下の定理に集約されます。
(1) は平方因子を持たず,虚二次体 の類数は である.
(2) 連続する 個の整数 に対して は素数である.
の証明は 1912 年にフロベニウスが,逆の は 1913 年にラビノヴィッチが証明したそうです。
- 「 の類数が1なら はぜんぶ素数だよ」
ということを意味していて, は,
- 「 が全部素数になるのは, の類数が1のときだけだよ」
ということを意味しています。
類数が の虚二次体については,以下の定理が知られていますので, の候補としては だけであることがわかります。
ベイカー・スタークの定理だけでも,いろいろと話したいことはありますが,今日はこの定理については既知として進めましょう。
それでは,本題の主定理の証明にいきましょう。
準備 *
証明の前に記号と補題の準備をしましょう。「二次体の整数論」と「イデアル類群」についてのおさらいです。結構長いので,復習の必要がない方は「主定理の証明( (1) ⇒ (2) )」まで飛んでください。
二次体の整数環
とします。つまり は に を添加した体,すなわち二次体を表します。また, より, は虚二次体であることに注意します。
ここで, の整数環 を考えます。二次体の理論により,一般に は以下のように定まります。
今回は, なので, ですね。したがって,
で固定です。
ノルム
のノルムを考えます。 とし, の数 のノルムを と表記し,以下で定義します。
ここで, の共役 は
より,
となります。これより,特に として,
が成り立つことに注意しましょう。
という表記と標準基底
まず,基底を以下の記号で定義します。
注意してほしいのは,基底自体は必ずしも のイデアルになりません。
この基底を使うと, の任意のイデアル を以下のように表すことができます。
(ただし, は整数で を満たす)このような表し方を,標準基底といいます。
また,標準基底で表した素イデアルについて以下が成り立ちます。
補題1は有理素数とする.有理整数 が を満たすならば,標準基底 は を割り切る の素イデアル.逆に, が を割り切る の素イデアルとしたとき, は を満たす有理整数 を用いて と表される.
となります。この補題は,主定理の証明で利用していきます。
ところで,「 は有理素数」とあえて書きました。 上の素数と 上の素数(「素元」ということも多いようですが)が登場します。紛らわしいですね。
上の素数 有理素数上の素数 素数と表記することにしましょう。
イデアル類群と類数
あとは,類数の話が出てきますから,当然イデアル類群が関係します。
まず,二次体 の判別式を以下で定義します。
先ほどと同じように なので,
です。
次に,集合 を考えます。
は Minkowski の境界といって,定義は以下の通りです。今回は,虚二次体なので ですね。
は以下の式で定義される指標です。
指標の意味をとらえるために,以下の補題を用意します。これも証明で使います。
補題2を二次体 の判別式, を に付随する指標とする.このとき,有理素数 で生成される の単項イデアル の素イデアル分解は,以下で与えられる.1. . は の素イデアルで,
このことを「 は で完全分解する」という.
2. は の素イデアル .
このことを「 は で惰性する」という.
3. . は の素イデアル.
このことを「 は で分岐する」という.
以上により,指標 は,有理素数 が において「完全分解/惰性/分岐する条件」を表す記号だったことがわかります。
さて,これにて において「惰性しない有理素数」を集めた集合である が定義できたわけですが,これを次のように使うとイデアル類群を作れます。
補題3イデアル類群 は, に属する有理素数を割る素イデアルの類により生成される。特に, ならば である。イデアル類群 の位数を「類数」といいます。したがって, であれば,類数が になるわけですね。
さぁ,ようやく準備が整いました!そろそろ本題にいきましょう!
主定理の証明( ) *
を仮定し, を満たす整数 で が合成数 であるものが存在する とします。
このとき, を の最小の素因数 とすれば,
となります。
に注意します。
したがって,
です。
ここで だから,
です。よって とすれば,補題1より は を割る のイデアルである。
より の類数は である(すなわち,単項イデアル環) から,
となる整数 (ただし,)が存在します。
このとき,
である.
まず, であることを考えると, であれば明らかに成立する.
よって, のときを考えると, は偶数であり, より特に である.このとき
が言えればよいが,これはすなわち のとき が言えればよい. よりこれは成立する.
ところが,
であるから,
より,
となってしまいます。
これは, すなわち,
に矛盾します。
したがって, が合成数であるという仮定は誤り であり, が成り立ちます。
主定理の証明( ) *
を仮定し「 は平方因子を持たない」「虚二次体 の類数は である」をそれぞれ示します。
なお, のときは明らかに と は成り立つので,以下 とする。
「 は平方因子を持たない」の証明
仮に が平方因子を持ち
と仮定します。 は奇数より, も奇数です。そこで,
とおくと, は整数です。
この を使って,
を作ると,この数は合成数です。
まず, は整数より も整数.したがって, は で割り切れる.
一方, は奇数より, を割り切るのは の方である. より, は合成数.
また, である こともふまえると,これは条件 に反します。
よって, は平方因子を持たないことがわかります。
より,
である.よって, より
であり,,すなわち が言える。両辺整数なので, である.
「虚二次体 の類数は である」の証明
を仮定 し, であることを導きます。
(i) は を含まない
は素数であるから, より は奇数です。 とおくと,
より,
平方剰余の第2補充則より,
が成り立ちます。
を奇数とするとき,以下が成り立つ.
ただし, はヤコビ記号で, は整数, は奇数をとる.
したがって,指標の定義より,
なので, は で惰性します.したがって, です。
(ii) は 奇素数 を含まない
が奇素数を含むとすると,補題2により, は において,
と素イデアル分解します。
ここで,補題1 の「逆に」を用いると, は なる有理整数 を用いて標準基底
として表される。このとき, ですが, の取り方より,
すなわち が言える。これと とを合わせて, が得られます。
ここで, であることに注意すれば,
であることが導けます。つまり, です。よって, は の自明でない素因数( かつ )であることがわかります。
しかし,これは の条件( は素数)に矛盾する ので, は奇素数を含まない ことがわかります。つまり,
です。
したがって 補題3 より,類数は であることが示されます。よって が導かれました。
おわりに *
いかがだったでしょうか。類数と幸運数のつながりがつかめましたでしょうか。
この問題は,私が「類数」という概念を知り,関心を持った記念の問題です。これを機に「代数的整数論」に興味を持って,その世界に足を踏み入れることになったのでした。その世界があまりにも広すぎることに気づいて,何度もくじけそうになりました。
私のここ2年ほどの悩みは,
どのように利用しているか
だったわけですが,以前よりはずいぶんと見通しがついたように思います。
においては「類数が1であればすべてのイデアルが単項イデアルである」というよくあるパターンを用いるのです。
一方の においては,たまたま 以下の有理素数が惰性して,結果として が空集合になり,類数が1になる,という具合らしいのです。この「たまたま」と言っているあたりが,(たぶん私の理解不足なのですが)少々歯切れが悪い気がしてしまいます。もう少し直感的な証明があるといいなぁ,と思います。
とはいえ,この解説が(わかりやすかったかどうかはさておいて)自分の手で書くことができたということは,私もずいぶんと成長したということであり,感慨深いものがあります。わからなかったら是非何度も読み返していただければと思います。わたしも書きながら何度もこんがらがりました。笑
それでは,今日はこの辺で。
おまけと参考文献 *
もともと今回の話を知ったのは,Wikipedia の「素数」の記事内の項目「素数生成式」の記述でした。
読んでみると,
オイラーの発見した式、 は、n = 0, …, 39 において全て素数となる。これは、虚二次体 の類数が 1 であることと関係している
と書いてありました。
「ほんとかよ!」と思って参考文献を見てみると,"Ribenboim 第3章" とあります。早速探してみると,それっぽい本が4冊もあるのですね・・・。とりあえず,それらを一通り買ってみました。どれも面白かったです(笑)
結局,該当の本は以下のものであることが判明しました。
「第3章 素数を定義する関数は存在するか」という箇所に「 の形の多項式に関する興味深い命題」として命題と背景となる数学史が述べられていました。残念ながら詳しい証明は載っていません。
ちなみに読む意味がなかったかと言うと,まったくもってそんなことはありません!かなりのヒントは得られましたし, に限らない素数生成多項式について述べられていました。
面白かったものをいくつか紹介します。
Frobenius は の類数が であるとき は素数生成多項式になること,また, の類数が であるとき は素数生成多項式になることを示したそうです。Hendy は,この逆を証明し,さらに についても結果を残しています。
ほかにも, の形の素数生成多項式について,いくつか知られているそうです。今度機会があれば紹介します。
具体的に証明の方法が述べられているのは,以下の本の第5章「Euler の有名な素数生成多項式と虚2次体の類数」です。
ただ,ちょっと私にはまだ難しく,ざっくりとしか理解できていません。(「まえがき」から著者の数への愛が伝わってくる,本当に素敵な本です)
ちなみに,ついでに買ったこちらは,今回の話には関係ありませんが,これまた興味深い話がたくさん載っていました。
特に,第1巻の「フェルマー数は素数ですか」の話は私は大好きです。この話は,以下の記事でも触れています。
tsujimotter.hatenablog.com
いろいろ経て,最終的にはこの本の最後の方に(比較的)分かりやすい証明が載っていることに気づきました。今回の話は,この本の内容をベースに再構成しています。私がこの本を勉強していたのは「実はこの素数生成多項式について知りたかったから」と言っても過言ではありません。
*1:オイラーが 1772 年に,この事実についてベルヌーイあてに手紙を送ったのが由来のようです。