tsujimotterのノートブック

日曜数学者 tsujimotter の「趣味で数学」実践ノート

3は合同数ではない

前回は、楕円曲線の有理点のランクを計算する方法を勉強しました。例をいくつか計算しているうちに、これはさまざまな合同数問題に応用できそうだということに気づいて、計算してみようと思ったのが今回の記事になります。

そんなわけで、今回は 3が合同数ではないことの証明 に挑戦したいと思います。

今回の記事は、以下の記事の内容を前提としています:
tsujimotter.hatenablog.com

合同数問題と楕円曲線

復習しておくと、合同数とは「すべての辺の長さが有理数であるような直角三角形の面積になる数」のことです。

図で表すとわかりやすいですね。

f:id:tsujimotter:20160227221526p:plain:w320


合同数の例としては、たとえば  6 が挙げられます。辺の長さが  3, 4, 5 である直角三角形を考えると,

 3^2 + 4^2 = 5^2

が成り立ち、また面積は、

 \displaystyle \frac{3\cdot 4}{2} = 6

より、たしかに  6 が合同数であることがわかります。


 6 の例だけを見ていると、合同数探しは一見簡単そうに見えますが、一般に与えられた  n に対して「 n が合同数であること」を示すのは困難です。

このように都合のよい辺の長さが簡単に見つかればよいのですが、たとえば7や153の辺の長さは、なかなかすごい有理数になることは以前紹介しました。
tsujimotter.hatenablog.com


一方で「 n が合同数でないこと」を示すのは、もっと難しいです。面積が  n になるすべての直角三角形の候補の中に、すべての辺が有理数であるものが存在しないことを示す必要があるからです。

「存在しないことの証明」って難しいですよね。


合同数の判定においては、楕円曲線の有理点のランクに帰着する方法があります。

自然数  n に対して、

 E_n\colon y^2 = x^3 - n^2 x

を考えます。これは  \newcommand{\qq}{\mathbb{Q}} \qq 上定義された楕円曲線となっています。

次の命題を用いると、合同数の判定を楕円曲線  E_n のランクの決定問題に言い換えることができます。

定理
 \newcommand{\rank}{\operatorname{rank}}\rank E_n(\qq) > 0 \;\;\; \Longleftrightarrow \;\;\; n\;\text{は合同数}

これについての(簡単な)説明は次の記事で書いています:
tsujimotter.hatenablog.com


要するに、

  •  n が合同数であることを示したければ、 \rank E_n(\qq) > 0 を示す(無限位数の点の存在を示す)
  •  n合同数ではないことを示したければ、 \rank E_n(\qq) = 0 を示す(無限位数の点が存在しないことを示す)

というわけです。

前回勉強した「 \qq 上定義された楕円曲線のランクを計算する方法」がまさに役に立ちそうですね!
tsujimotter.hatenablog.com


3は合同数か?

さてここからが本題である「3は合同数ではないことの証明」について考えたいと思います。

直角三角形の計算を試みてみると分かりますが、3を面積に持つような辺の長さがすべて有理数の直角三角形は、そうそう見つかりません。もちろん、そのような三角形は存在しないので、どうやっても見つかりません。

実は今回の問題は、数理空間トポスというところで、数学が大変できる中高生向けに出された「夏休みの宿題」なのです。

昨日の記事によって、ようやく私にも解ける見込みが出てきたので、今回はやってみたくなったというのが今回の記事の経緯です。

それではいきましょう。

E_3(ℚ) のランクの決定

方針としては、楕円曲線

 E_3\colon y^2 = x^3 - 9x

を考えて

 \rank E_3(\qq) = 0

を前回の記事の方法によって示したいと思います。


見た目の簡単化のために  E = E_3 とおきます。また、対になる楕円曲線  E'

 E'\colon y^2 = x^3 + 36x

とします。

 E E' の間には同種写像

 E \xrightarrow{\;\; \phi \;\;} E' \xrightarrow{\;\; \psi \;\;} E

が存在します。これらの同種写像の定義は前回の記事を参照ください。


前回と同じ方法によって、群の準同型写像

\newcommand{\qqq}{\mathbb{Q}^{\times 2}} \delta' \colon E(\qq) \longrightarrow \qq^\times/\qqq
 \delta' \colon E'(\qq) \longrightarrow \qq^\times/\qqq

を定義し、この像を計算することで、次の式によってランク  r = \rank E(\qq) を決定します。

 \newcommand{\im}{\operatorname{im}} \displaystyle 2^r = \frac{\#\im(\delta')\cdot \#\im(\delta)}{4}

それでは計算していきましょう。

im(δ') の計算

 y^2 = x^3 + ax^2 + bx に対応する  E の係数は、 a = 0, \;\; b = -9 です。よって、 b の約数  \pm 1, \; \pm 3, \; \pm 9 \im(\delta) の候補となります。

まず、 \delta'(\mathcal{O}) = 1 であるので、 1\in \im(\delta') が確定します。また、 \delta'(T) = b = -9 なので、 -9 \in \im(\delta') も確定します。さらに

 1 \equiv 9 \bmod{\qqq}
 -1 \equiv -9 \bmod{\qqq}

より、 9 および  -1 は考える必要はありません。

したがって、 b の因数分解を  b = b_1 b_2 と表すことにして

 b_1 = 3, \;\; b_2 = -3
 b_1 = -3, \;\; b_2 = 3

の各  b_1, b_2 の組に対応する  (M, e, N) の3変数方程式

 N^2 = b_1 M^4 +aM^2 e^2 + b_2 e^4 \tag{*}

を考えればよいでしょう。条件

  •  M \neq 0
  •  \gcd(b_1, e) = \gcd(M, e) = \gcd(N, e) = 1
  •  \gcd(b_2, M) = \gcd(M, N) = 1

を満たす式  (\ast) の整数解が存在すれば、 b_1 \in \im(\delta') となるわけですね。


今回は  a = 0 なので、①②に対応する方程式は

 N^2 = 3M^4 - 3e^4
 N^2 = -3M^4 + 3e^4

となりますが、 M, e の入れ替えによる対称性によって、①だけ考えれば十分であると分かります。①に解があるとわかれば  3, -3 \in \im(\delta') であるし、①に解がないと分かれば  3, -3 \not\in \im(\delta') であるということです。

実際、②には  (M, e, N) = (1, 1, 0) という整数解があり、これは条件を満たします。よって、 3, -3 \in \im(\delta') となります。


以上の議論により

 \im(\delta') = \{ \pm 1, \pm 3 \bmod{\qqq} \}, \;\; \;\; \# \im(\delta') = 4

であることが分かりました。

im(δ) の計算

同様に  E' に対しても計算します。 E' の係数は、 a = 0, \;\; b = 36 です。よって、 b の約数  \pm 1, \; \pm 2, \; \pm 3, \; \pm 4, \; \pm 6, \; \pm 9, \; \pm 12, \; \pm 18, \; \pm 36 \im(\delta) の候補となります。これはだいぶ多いので、少し計算をさぼりましょう。

 b = b_1 b_2 として、もし  b_1 < 0 であれば  b_2 < 0 となります。したがって、対応する方程式

 N^2 = b_1 M^4 + b_2 e^4

の右辺は  M \neq 0 より負の値をとります。左辺は 0 以上なので、これは成立しません。したがって、 b_1 < 0 のケースは考える必要がありません。


また、 \delta'(\mathcal{O}) = 1 であるので、 1\in \im(\delta') が確定します。 \delta'(T) = b = 36 なので、 36 \in \im(\delta') でもありますが、 1 \equiv 36 \bmod{\qqq} なのでこれは余計な計算でした。さらに

 1 \equiv 4 \equiv 9 \bmod{\qqq}
 2 \equiv 18  \bmod{\qqq}
 3 \equiv 12  \bmod{\qqq}

より、 b_1 = 2, 3, 6 を検討すれば十分だと分かります。

したがって

 b_1 = 2, \;\; b_2 = 18
 b_1 = 3, \;\; b_2 = 12
 b_1 = 6, \;\; b_2 = 6

の各  b_1, b_2 の組に対応する  (M, e, N) の3変数方程式

 N^2 = 2M^4 + 18e^4
 N^2 = 3M^4 + 12e^4
 N^2 = 6M^4 + 6e^4

を検討すればよいことになります。


実際、①②③には整数解が存在しないのですが、これを示すのが大変です。一般にこのような方程式の整数解を求める問題は、フェルマーの最終定理に類するような難しさがあります。幸いなことに、今回はいずれも \bmod{3} の合同式を使って初等的に証明できます。

①に条件を満たす整数解がないことの証明:
①に整数解があると仮定すると、 N^2 = 2M^4 + 18e^4 である。これに対し \bmod{3} をとると、
 N^2 \equiv 2M^4 \pmod{3}

なる合同式が成立する。

一方で、 \gcd(M, b_2) = 1 の条件より、 M 3 と互いに素である。 フェルマーの小定理が適用できて  M^4 \equiv 1 \pmod{3} が成立する。したがって

 N^2 \equiv 2 \pmod{3}

であるが、これを満たす整数  N は存在しない( 2 は法  3 の平方非剰余)。よって、矛盾が生じるから、①に整数解が存在するという仮定は誤り。

②に条件を満たす整数解がないことの証明:
②に整数解があると仮定すると、 N^2 = 3M^4 + 12e^4 である。右辺が3の倍数より、 N^2 も3の倍数。したがって、 N も3の倍数なので  N = 3N' とおくと

 3N'^2 = M^4 + 4e^4

である。これに対し \bmod{3} をとると、

 0 \equiv M^4 + e^4 \pmod{3}

なる合同式が成立する。

一方で、 \gcd(M, b_2) = 1 の条件より、 M 3 と互いに素である。ここにフェルマーの小定理が適用できて  M^4 \equiv 1 \pmod{3} が成立する。したがって

 e^4 \equiv -1 \pmod{3}

である。しかしながら、やはりこれを満たす整数  e は存在しない。よって、矛盾が生じるから、②に整数解が存在するという仮定は誤り。

③に条件を満たす整数解がないことの証明:
③に整数解があると仮定すると、 N^2 = 6M^4 + 6e^4 である。右辺が3の倍数より、 N^2 も3の倍数。したがって、 N も3の倍数なので  N = 3N' とおくと

 3N'^2 = 2M^4 + 2e^4

である。これに対し \bmod{3} をとると、

 0 \equiv 2M^4 + 2e^4 \pmod{3}

なる合同式が成立する。両辺に 2 の逆元をかけると、以下②の状況と同じ流れで矛盾が生じる。よって、③に整数解が存在するという仮定は誤り。


以上の議論により

 \im(\delta) = \{ 1 \bmod{\qqq} \}, \;\; \;\; \# \im(\delta') = 1

であることが分かりました。

ランクの計算

以上の計算により、 \#\im(\delta') = 4 および  \#\im(\delta) = 1 が分かりましたので、ランクの公式が適用できます:

 \displaystyle 2^r = \frac{\#\im(\delta')\cdot \#\im(\delta)}{4} = \frac{4\cdot 1}{4} = 1

よって

 r = \rank E(\qq) = \rank E'(\qq) = 0

が示されました。

したがって、3は合同数ではありません


おわりに

今回は、楕円曲線  E_3\colon y^2 = x^3 - 9x E_n(\qq) のランクが 0 であることを証明しました。これによって、3 が合同数ではないことが示されました。トポスの夏休みの問題が(僕の中で)ようやく解決しました。

個人的に面白いと思ったのは、途中に出てきた3つの方程式

  •  N^2 = 2M^4 + 18e^4
  •  N^2 = 3M^4 + 12e^4
  •  N^2 = 6M^4 + 6e^4

で、これらに条件を満たす整数解がないことからランクが決定できるという事実です。これらの方程式が  E_3 のランクが 0 であることを支配している(3が合同数ではないことを支配している)というのは面白いですね。

それでは今日はこの辺で!