tsujimotterのノートブック

日曜数学者 tsujimotter の「趣味で数学」実践ノート

691 に心惹かれる理由

日曜数学者と名乗る前は「数のエンターテイナー」と名乗っていた tsujimotter です。久しく数のエンターテイナー成分がなかったので、ひさびさに「数についての雑学」をお話しようと思います。

タイトルにある "691" という数は、単なる素数に見えるかもしれませんが、そうではありません。691 を見ると、何やら心が躍るような気がするのです。この記事を読んでいただけば、その気持ちがわかるかもしれません。


691 について書こうと思ったきっかけは「素数Tシャツさん」という方の次のツイートでした。
https://twitter.com/shinchan_prime/status/584722389604237312

この方は無類の素数好きとして知られた方ですが、やはり素数好きには 691 という数は魅力に映るようです。(ちなみに、加藤文元先生は代数や数論がご専門のようです。ガロアの伝記の著者としてご存知の方も多いかもしれません。)

691 を魅力に感じる理由はいくつかあると思います。私が思いつく理由は「691 が予想だにしない場面で現れるから」です。たとえば、数式の中に 2, 3, 5 といった素数のいずれかが登場したとして、とりとめて深い理由は考えないと思います。一方で 2, 3, 5 のあとに 7, 11, 13, 17, ... が登場していないのにも関わらず、突然 137 という素数が出てきたら、ぎょっとしますよね。理論的に 137 が登場する理由が分からなければ、なおさら不可解です。同じ理由で、691 が式の中に突然現れることがあるのです。何やら、必然性を感じてしまいますね。数の神秘、というやつです。

この記事では、 691 が登場する摩訶不思議な式や定理について、私の知っている限りのものを解説付きでご紹介したいと思います。もちろん、ほかにも色々面白い話があるかと思いますので、詳しい方がいましたらコメント・はてぶコメント等で補足いただけると嬉しいです。

691 とオイラー素数

まずは簡単なところからいきましょう。

Wikipedia で「600」というページを見ると 691 は「オイラー素数」であると書いてあります。オイラー素数とは、

 n^2+n+41 \tag{1}
の形の式で表される素数のことです。

(1) の式は、「オイラーの素数生成多項式」と呼ばれていて、 n に 0 から 39 までの自然数を入れるとすべて素数になるという面白い式です。

691 は  n = 25 を入れると生成されますね。

 25^2+25+41 = 691

参考:
600 - Wikipedia

まぁこの辺りは「オイラー素数に、たまたま 691 が選ばれた」という感じがする話ですよね。次の話からはもっと面白いです。

691 とラマヌジャンの  \tau

次に「ラマヌジャンの  \tau 関数」に関連するお話を紹介します。

参考:
ラマヌジャンの L 関数 と 二次のオイラー積 - tsujimotterのノートブック

 \tau 関数は上の記事でも紹介しましたが、再度定義しましょう。次のような保型形式を考えます。

 \displaystyle q (1-q)^{24} (1-q^2)^{24} (1-q^3)^{24} \cdots

この保型形式を展開したときの  q^n の係数を  \tau(n) とします。これがラマヌジャンの  \tau 関数です。

この式は、一見すると 691 と何ら関係のないように思えます。ところが、 {\rm mod}\; {691} で考えるとどうでしょう。次のような奇妙な式が姿を現します。

 p が素数のときには、

 \tau(p) \equiv 1+p^{11} \pmod {691} \tag{2}

一般に、自然数  n に対して、

 \tau(n) \equiv \sigma_{11}(n) \pmod {691} \tag{3}
となります。


(3) の右辺にある  \sigma_{11}(n) は、11 次の約数関数です。引数である  n の約数をすべて 11乗 して足し合わせた数を関数値としてとります。

(2), (3) の式は 1916 年にラマヌジャンが発見したものです。ラマヌジャンの式が神秘的に思えるのは、24 という数字で作られた「ラマヌジャンの  \tau」の式に、 691 という一見無関係な素数が突如として現れるからでしょう。どうしてこんな数が現れるのか知りたくなります。


残念ながら、式の導出はちょっと難しくて、 tsujimotter の手には負えません。「数論Ⅱ 岩沢理論と保型形式」の第9章で、以下の式を使った導出方法を見つけましたので、メモがてら書いておきます。

 \displaystyle E_{12}(z) = 1 + \frac{65520}{691} \sum_{n=1}^{\infty} \sigma_{11}(n) q^n

 E_{12}(z) は、12次のアイゼンシュタイン級数と呼ばれています。id:jurupapa さんのブログでは、この式の導出を解説されています。あと、「現代数学」という雑誌の2014年10月号では、黒川先生が関連する寄稿を書いていたはずです。

参考:
-数学- アイゼンシュタイン級数のフーリエ展開をリプシッツ公式から導く - Maxima で綴る数学の旅
-数学- アイゼンシュタイン級数関連の記事の参考文献 - Maxima で綴る数学の旅


ちなみに、ラマヌジャンの  \tau に関連する性質は、ほかにもたくさんあって、次の MathWorld の記事としてまとまっています。

参考:
Tau Function -- from Wolfram MathWorld

さぁ、どんどんいきましょう。

691 とゼータとベルヌーイ数

次は、みんな大好きゼータ関数です。

 \displaystyle \zeta(s) = \sum_{n=1}^{\infty} \frac{1}{n^s}

上の式で表されるゼータ関数は、正の偶数のときは一般的な解法が知られていて、値が分かります。これが結構面白い数になるんです。

 \displaystyle \zeta(2) = \frac{1}{6} \pi^2

この式は、オイラーが解いたバーゼル問題として知られていますね。ゼータ関数の定義が自然数だけでしか表されないのに、その和に円周率  \pi が登場するのは面白いですよね。

しかし、このあとを計算するともっと面白いです。 n = 12 まで計算してみましょう。

 \begin{eqnarray} \zeta(4) &=& \frac{1}{90} \pi^4 \\
 \zeta(6) &=& \frac{1}{945} \pi^6 \\
 \zeta(8) &=& \frac{1}{9450} \pi^8 \\
 \zeta(10) &=& \frac{1}{93555} \pi^{10} \\
 \zeta(12) &=& \frac{691}{638512875} \pi^{12} \end{eqnarray}

さぁ、どうでしょう。 n = 10 までは分子は 1 であったのにも関わらず、 n = 12 で突如として  691 が現れます。これがまさに、冒頭で言っていた「突如現れる奇妙な素数」です。

念のため言っておくと、分母の 638512875 という数は、以下のように 691 の因子を持たないため、これ以上約分することは出来ません。

 638512875 = 3^6 \times 5^3 \times 7^2 \times 11 \times 13

不思議ですねぇ。これは、691 には何かあると思いたくなります。ゼータ関数は、自然数すべてを使って足し合わせた数ですから、ある意味すべての数を象徴する関数です。このゼータ関数に、691 が突如として現れるということは・・・。いや、考え過ぎか。笑


ところで、この偶数のゼータ関数は、ベルヌーイ数  B_n を使って表されることが知られています。ベルヌーイ数を使うと、引数が偶数  2m のときのゼータ関数は、一般に以下のように表せます。

 \displaystyle \zeta(2m) = (-1)^{m+1}\frac{B_{2m}(2\pi)^{2m}}{2(2m)!}

したがって、上で述べた不思議な関係は「ベルヌーイ数の分子に突然 691 が現れた」と解釈することもできるでしょう。実際、

 \displaystyle B_{12} = -\frac{691}{2730}

となって、 n=12 で突如として、分子に 691 が現れます。

どちらで理解するかはお好みでどうぞ。個人的には、ゼータの方が夢があって好きです。

691 とイデアル類群

最後は「イデアル類群」に関連するお話です。この話は、ほかの話と比べてやや難解ですが、 tsujimotter が一番好きな話です。

ちょっと長くなりますが、順を追って「イデアル類群とはなんぞや」というところからお話をしましょう。(イデアル類群は、本来は非常に専門的なトピックです。ここでは、所々はしょって簡単に説明します。そのため、解説に不正確な部分があるかと思いますが、その点はご了承ください。私は参考文献にある加藤先生の本を読んでこの話を知ったので、気になる方はそちらで勉強してみてください。)


イデアル類群という概念(正確に言えば、それに類する概念)が初めて登場したのは、「フェルマーの最終定理」に関するクンマーの理論だと言われています。

f:id:tsujimotter:20150406045220j:plain:w200
エルンスト・クンマー(1810 - 1893)

フェルマーの最終定理は以下の定理でした。

フェルマーの最終定理:
 n\geq 3 における方程式

 x^n + y^n = z^n \tag{4}

には, xyz \neq 0 を満たす整数解  x, y, z が存在しない。


この方程式(以下、フェルマーの方程式)の解を考えるために、クンマーは以下のような式変形を行いました。

 x^n = z^n - y^n

右辺を複素数の範囲で「因数分解」すると、次のように書けます。

 x^n = (z - y)(z - \alpha_n y)\cdots(z - \alpha_n^{n-1} y) \tag{5}

ここで  \alpha_n は、

 \displaystyle \alpha_n = \exp\left( \frac{2\pi i}{n} \right)

で表される複素数です。


さてここで、式 (5) の右辺に  (z - \alpha_n^k y) のような数が現れていますが、これを「整数のようなもの」と見なすと、式 (5) は以下のように解釈できます。

(整数の n 乗)=(「整数のようなもの」の素因数分解)

両辺がともに整数のときには、素因数分解の一意性により、式 (5) の左辺が n 乗数であれば、右辺のそれぞれの因数は n 乗数になります。


実は、これと同じことが「  (z - \alpha_n^k y) を整数と見なせる世界」においても同様に成り立ちます。つまり、素因数分解の一意性より、上の式から  (z - \alpha_n^k y) が n 乗数であることが示せるのです。これを使って、フェルマーの方程式に解がないことが示せます。

以降で何度も使うので「  (z - \alpha_n^k y) を整数と見なせる世界」のことを  \mathbb{Q}(\alpha_n) と呼ぶことにしましょう。


一方で、ここまでの議論は「 \mathbb{Q}(\alpha_n) において素因数分解の一意性が成り立つこと」が前提です。 n の条件によっては、素因数分解の一意性が成り立たないことをクンマーは指摘しました。「素因数分解の一意性」が成り立つかどうかを考える上で、重要になる指標が「イデアル類群」です。

 \mathbb{Q}(\alpha_n) には、イデアル類群と呼ばれる群が定義できます。この群の定義は厄介なので説明を省きますが、「素因数分解の一意性が保証される通常の数の世界から、 \mathbb{Q}(\alpha_n) がいかに離れているか」を表す群である、というイメージのものです。この群の大きさを類数といいますが、この類数が重要なのです。


たとえば、 \mathbb{Q}(\alpha_n) の類数が 1 であるとき、 \mathbb{Q}(\alpha_n) において素因数分解の一意性が成り立つことが知られています。だから、 \mathbb{Q}(\alpha_n) の類数が 1 のときは、上の方法でフェルマーの方程式に解がないことを示せます。

参考までに  n = 39 までの  \mathbb{Q}(\alpha_n) の類数をまとめると、次の表のようになります。

f:id:tsujimotter:20150406052954p:plain:w400

多くの  n において、類数が 1 になっているので、この場合は自動的にフェルマー方程式に解がないことを示せます。一方、 n=23, 29, 31, 37, 39 のように類数が 2 以上のものは、そう簡単にはいきません。


クンマーはこの方法をさらに洗練させ、類数が 1 以外の場合においても「 n がある条件を満たすときに限り」フェルマーの方程式に解がないことを示しました。その条件とは「 \mathbb{Q}(\alpha_n) の類数が  n で割り切れない」というものです。

ややこしい話を抜きにして結論を述べると、 \mathbb{Q}(\alpha_n) のイデアル類群の大きさ(すなわち類数)が  n で割り切れるかどうか」が、本質的に重要であるということでした。


こうなってくると、「 \mathbb{Q}(\alpha_n) の類数が  n で割り切れる条件」が気になりますね。いったいどのような条件でしょうか。面白いことに、これがゼータと関係します。これまたクンマーの示したことですが、以下の定理が成り立ちます。

定理:類数が  n で割り切れる条件
 n を素数とするとき, \mathbb{Q}(\alpha_n) の類数が  n で割り切れる必要十分条件は,

 \displaystyle \frac{\zeta(2)}{\pi^{2}}, \frac{\zeta(4)}{\pi^{4}}, \frac{\zeta(6)}{\pi^{6}}, \ldots, \frac{\zeta(n-3)}{\pi^{n-3}}

における分子のいずれかが  n で割り切れることである。


たとえば  n = 13 の場合は、

 \displaystyle \frac{\zeta(2)}{\pi^{2}}, \frac{\zeta(4)}{\pi^{4}}, \frac{\zeta(6)}{\pi^{6}}, \frac{\zeta(8)}{\pi^{8}}, \frac{\zeta(10)}{\pi^{10}}

の分子はすべて 1 でした。つまり、 13 で割り切れませんから、上の定理により  \mathbb{Q}(\alpha_{13}) の類数が  13 で割り切れません。したがって、フェルマーの方程式に解がないことが自動的に示せます。


ゼータ関数の分子が  n で割り切れるということと、類数が  n で割り切れることは密接な関係があるということが分かりました。

分子が 1 以外の場合も考えたいですね。ゼータ関数の分子が 1 にならない場合といえば、もちろん 691 ですね!!!

 n = 691 の場合は、

 \displaystyle \frac{\zeta(2)}{\pi^{2}}, \frac{\zeta(4)}{\pi^{4}}, \frac{\zeta(6)}{\pi^{6}}, \ldots, \frac{\zeta(691-3)}{\pi^{691-3}}

の場合をすべて調べるまでもなく、 \frac{\zeta(12)}{\pi^{12}} の分子が 691 で割り切れることが分かります。したがって、上の定理より  \mathbb{Q}(\alpha_{691}) の類数が 691 で割り切れます。よって  n=691 においては、クンマーの方法でフェルマーの方程式に解がないことは、示すことが出来ません。

面白いでしょう!

長かったですが、ようやく本題の 691 に到達しました。笑


ちなみに「 \mathbb{Q}(\alpha_n) の類数が  n で割り切れるような素数  n」を非正則素数といいます。この言葉を使うと 691 は非正則素数ですね。上の表で挙げた  \mathbb{Q}(\alpha_{37}) の類数も 37 で割り切れますので、非正則素数です。非正則素数の割合は比較的少なくて、100 以下だとたった3つしかありません。今回の方法を使って、つまりベルヌーイ数の分子を割っていけば見つけることができますので、お時間ある方はチャレンジしてみてください。

まとめ

いかがだったでしょうか。691 を見て心が躍る気持ちが伝わりましたでしょうか。

高校の数学では、たとえば数は  x のように変数において一般的に考えてしまうので、個々の数に想いを巡らすことはあまりないでしょう。しかしながら今日お話ししたように、一般の数には成り立たないけれども、なぜか 691 では成り立つような式や定理があるのです。ほかの数が登場しない中で、突如として 691 が顔を出すような式もあるのです。

整数論を勉強していくと、しばしばこのような場面に出くわします。691 に限らず、17 が突然現れるエピソードもあれば、163 や 1093 が突然現れるような定理もあります。物理では、突然 137 が現れることもあるそうですね。

一方で、どの素数も、その数を特別視するのに十分なエピソードを持っているかと言えば、実はそうではありません。その意味では、 691 は他の数と比べて優遇されているように思います。だからこそ、この数に何やら神秘的なものを感じて、心惹かれてしまうのでしょう。

あなたがもし 691 を見つけたときは、今日聞いた話に想いを巡らせてもらえると嬉しいです。今日の話は以上です。


2015/04/08 追記:続き書きました!
tsujimotter.hatenablog.com

参考文献

今回お話ししたような、数それぞれの持つ不思議な性質や、その数にまつわるエピソードに興味がある方は、ぜひ以下の本を読んでみてください。


「数の事典」の名の通り、あらゆる数の性質をまとめた事典です。残念ながら "691" の項目はないのですが、"41" の項目に「素数生成多項式」の話が載っています。他の数の性質もいろいろ載っていて見ていて飽きない本です。

数(すう)の事典

数(すう)の事典


上と同様に「数」とその性質に注目した本です。古い本ですので、なかなか手に入りづらいかと思いますが、おすすめです。"691" の項に、 B_{12} の分子が 691 になることと、ラマヌジャンの合同式が載っています。

何だ この数(すう)は?

何だ この数(すう)は?


「素数生成多項式」なら、この本が一番詳しいように思います。該当箇所は「第5章 Euler の有名な素数生成多項式と虚2次体の類数」です。

我が数、我が友よ―数論への招待

我が数、我が友よ―数論への招待


このブログでもたびたび登場する保型形式に関する本です。ラマヌジャンのτに関する性質はこの本の第9章が参考になります。

数論〈2〉岩沢理論と保型形式

数論〈2〉岩沢理論と保型形式


加藤和也先生の本です。イデアル類群に関する話はこの本の最後の章からとってきました。

素数の歌が聞こえる (-)

素数の歌が聞こえる (-)


せっかくですので、きっかけとなった加藤文元先生の書かれたガロアの伝記もご紹介します。

ガロア―天才数学者の生涯 (中公新書)

ガロア―天才数学者の生涯 (中公新書)