tsujimotterのノートブック

日曜数学者 tsujimotter の「趣味で数学」実践ノート

(線形代数・復習)双対空間

前回の記事:tsujimotter.hatenablog.com

前回に引き続き、線形代数の復習編の記事です。今回は 双対空間 というものを導入したいと思います。


「線形写像を単体で考えるのではなく、全体を考えるとよい」というモチベーションのもと、 V から  W への  K-線形写像全体のなす  K-線形空間  \newcommand{\hom}{\operatorname{Hom}} \hom_K(V,  W) を導入しました。

今日は、特に  W = K = \mathbb{C} として、線形空間  V から  \mathbb{C} への  \mathbb{C}-線形写像全体のなす  \mathbb{C}-線形空間

 V^* = \hom_\mathbb{C}(V, \mathbb{C})

を考えたいと思います。 V^* V双対空間 といいます。ちなみに、 \mathbb{C} の部分は、そのまま  \mathbb{R} に置き換えても構いません。「数の集合」への写像であればよいです。

 V から  \mathbb{C} のような数の集合に対する写像のことを 関数 と言います。 つまり、 V^* V 上の線形関数全体を表す空間と言えますね。

実は  V の双対空間は、前回示したように  \mathbb{C}-線形空間になります。関数の値の加法や  \mathbb{C} 倍を使って、関数自身の加法や  \mathbb{C} 倍を定義すれば良いわけですね。

双対空間  V^* は、 V についての大部分の情報を持っていて、まさに「双対」と呼べる存在になっています。言い換えると「関数を考えると、その土台の空間を考えたことになる」というわけです。


ここでは、次の定理を示したいと思います。

命題(問題3.2 小木曽「代数曲線論」)
 V \mathbb{C}-線形空間とし、 V^* をその双対空間とする。以下  V \neq \{0\} とし、 \{x_1, \ldots, x_n\} V の基底とする。

このとき、次の  (1), (2), (3) が成り立つ:
(1) 次を満たす  V 上の関数  f_1, \ldots, f_n \colon V \to \mathbb{C} が一意的に存在する:

 \begin{matrix} f_1(x_1) = 1,  &  \ldots, &  f_n(x_n) = 0, \\
 \vdots  & \ddots & \vdots \\
 f_n(x_1) = 0, & \ldots, & f_n(x_n) = 1 \end{matrix}
(対角の値が  1、それ以外の値は  0 であるような写像)
(2)  \{f_1, \ldots, f_n \} V^* の基底をなす。特に  \operatorname{dim} V = \operatorname{dim} V^* である。
(3) 写像
 \begin{align} \iota\colon V \; &\longrightarrow \;\;\; (V^*)^*, \\
 x \; &\longmapsto \; ( f \mapsto f(x) ) \end{align}

は同型写像である。


では、証明しましょう。


(1)の証明

前回の記事で示した事実に  W = K = \mathbb{C} として適用します。すると、 V の基底  x_1, \ldots, x_n y_1, \ldots, y_n \in \mathbb{C} に写すような線形写像  f\colon V \to \mathbb{C} が一意的に存在します。具体的には

 x = a_1 x_1 + \cdots + a_n x_n \in V

に対して

 f(x) = a_1 y_1 + \cdots + a_n y_n \in \mathbb{C}

を対応させる線形写像を考えれば良いのでした。

同様に、 x = a_1 x_1 + \cdots + a_n x_n \in V に対して

 f_1(x) = a_1 \cdot 1 + \cdots + a_n  \cdot 0 = a_1

を対応させる線形写像  f_1 \colon V \to \mathbb{C} を考えると、これは

 f_1(x_1) = 1, \;\;  \ldots, \;\; f_n(x_n) = 0

を満たしますね。

同様に、 1\leq i \leq n について、 x = a_1 x_1 + \cdots + a_n x_n \in V に対して

 f_i(x) = a_1 \cdot 0 + \cdots + a_i \cdot 1 + \cdots + a_n \cdot 0 = a_i

を対応させる線形写像  f_i \colon V \to \mathbb{C} を考えると、これは

 f_1(x_1) = 0, \;\;  \ldots, \;\; f_i(x_i) = 1, \;\; \ldots \;\;, f_n(x_n) = 0

を満たしますね。ゆえに目的の  f_1, \ldots, f_n を得ることができました。前回の命題2.13から、このような  f_1, \ldots, f_n は一意的です。

(2)の証明

前回の命題2.13で示したように、任意の線形写像  f \in V^* は、 V の基底  x_1, \ldots, x_n を写す先によって一意的に表せる。ここで   a_1, \ldots, a_n \in \mathbb{C} を用いて

 f(x_1) = a_1, \; \ldots, \; f(x_n) = a_n \tag{1}

 f を定めたとき

 f = a_1 f_1 + \cdots + a_n f_n \tag{2}

とすれば、行き先が式  (1) となることが次のように確認できる。

実際、 f(x_j)
 f(x_j) = a_1 f_1(x_j) + \cdots + a_j f_j(x_j) + \cdots + a_n f_n(x_j) = a_j

となり、確かに  f(x_j) = a_j が成り立つ。

 (2) により、任意の  f f_1, \ldots, f_n の1次結合で表せることが示されました。


次に  f_1, \ldots, f_n の独立性ですが、 b_1 f_1 + \cdots + b_n f_n = 0 b_1, \ldots, b_n \in \mathbb{C})と表せたとします。任意の  x \in V に対して

 b_1 f_1(x) + \cdots + b_n f_n(x) = 0

が恒等的に成り立つことになります。ここで  f_1(x_1) = 1, \ldots, f_n(x_n) = 0 より  b_1 = 0 が成り立ちます。他も同様に

 b_1 = \cdots = b_n = 0

が成り立ち、よって  f_1, \ldots, f_n は1次独立であることが分かります。以上により、 f_1, \ldots, f_n V^* の基底となることが示されました。

特に、 V の基底の個数と  V^* の基底の個数は一致しますので

 \operatorname{dim} V = \operatorname{dim} V^*

も言えたことになります。

なお、このようにして  V の基底  x_1, \ldots, x_n から得られる  V^* の基底  f_1, \ldots, f_n のことを 双対基底 といいます。


(3)の証明

写像

 \begin{align} \iota\colon V\; &\longrightarrow \;\;\;\; (V^*)^*, \\
 x\; &\longmapsto \; ( f \mapsto f(x) ) \end{align}

が同型写像であることを示すために、 \mathbb{C}-線形写像であることを示し、さらに単射かつ全射であることを示します。

まず、 \iota は任意の  x \in V に対して「任意の  f \in  V^* f(x) にうつす写像  \iota(x)」を与える写像であることに注意しましょう。つまり、 (\iota(x))(f) = f(x) です。

ここで、 x, x' \in V, \;\; a_1, a_2 \in \mathbb{C}、さらに  f \in V^* を任意にとったときに、

 \iota(a_1 x + a_2 x')(f) = f(a_1 x + a_2 x')

であり、 f の線形性より

 \begin{align} \iota(a_1 x + a_2 x')(f) &= f(a_1 x + a_2 x') \\
&= a_1 f(x) + a_2 f(x') \\
&= a_1 \iota(x)(f) + a_2 \iota(x)(f) \\
&= ( a_1 \iota(x) + a_2 \iota(x') ) (f) \end{align}

が言えることがわかります。これが任意の  f \in V^* に対して成り立つので

 \iota(a_1 x + a_2 x') = a_1 \iota(x) + a_2 \iota(x')

が言えました。すなわち、 \iota \mathbb{C}-線形写像です。


次に単射性を示します。線形写像なので、 \operatorname{Ker}(\iota) = 0 を示せば良いことになります。

ここで

 \iota(x) = (f \mapsto f(x)) = 0

のとき、 x \neq 0 なる  x \in V が存在すると仮定します。このとき、 x = a_1 x_1 + \cdots + a_n x_n なる  a_1, \ldots, a_n \in \mathbb{C} が存在しますが、 a_1, \ldots, a_n の少なくとも一つは  0 ではありません。これを  a_j \neq 0 とします。

このとき、 f = f_j とすると

 f(x) = f_j\left(\sum_{i=1}^{n} a_i x_i \right) = a_j \neq 0

であり、 ( f \mapsto f(x) ) 0 射ではありません。ゆえに、 x \neq 0 なる  x \in V が存在するという仮定が誤りであり、 \operatorname{Ker}(\iota) = 0 が示されました。


最後に全射性を示します。線形写像の次元公式より

 \begin{align} \operatorname{dim} \operatorname{Im}(\iota) &= \operatorname{dim} V - \operatorname{dim} \operatorname{Ker} (\iota) \\
&= \operatorname{dim} V \\
&= \operatorname{dim} V^* \\
&= \operatorname{dim} (V^*)^* \end{align}

より、 \iota の像と値域の次元が一致します。したがって、 \iota は全射です。

以上により、 \iota は全単射である  \mathbb{C}-線形写像であることが示され、したがって同型写像であることが示されました。

標準的な同型

(2) では線型空間  V とその双対空間  V^* の次元が  \operatorname{dim} V = \operatorname{dim} V^* であることを示しました。これは、 V の基底の個数と  V^* の基底の個数が一致することを意味します。

一般に、線形空間  V, W の次元が等しいとき、 V \simeq W が成り立ちます。 V の基底を  x_1, \ldots, x_n W の基底を  y_1, \ldots, y_n とすると、 F\colon V \to W なる線形写像  F であって

 F(x_1) = y_1, \; \ldots, \; F(x_n) = y_n

なるものが存在します(前回の命題2.13)。逆に、 V W の立場を入れ替えて、 G\colon W \to V なる線形写像  G であって

 G(y_1) = x_1, \; \ldots, \; G(y_n) = x_n

なるものが存在します。このとき

 G\circ F(x_1) = x_1, \; \ldots, \; G\circ F(x_n) = x_n
 F\circ G(y_1) = y_1, \; \ldots, \; F\circ G(y_n) = y_n

が成り立つので、 G\circ F = id, \;\; F\circ G = id が成り立ちます。したがって、 F, G は同型写像であり、 V \simeq W がなりたちます。

よって、 \operatorname{dim} V = \operatorname{dim} V^* より、 V \simeq V^* が成り立ちます。


つまり、 V \simeq V^* V \simeq (V^*)^* という2つの同型が得られたわけです。しかしながら、この2つは大きく違う同型です。

 V \simeq V^* は、 V, W の基底の選び方によって異なる同型写像となります。それぞれの選び方について特別な選び方はありません。

一方で、 V \simeq (V^*)^* の方は

 \begin{align} \iota\colon V \; &\longrightarrow \;\;\; (V^*)^*, \\
 x \; &\longmapsto \; ( f \mapsto f(x) ) \end{align}

なる同型写像があり、この  \iota V の基底の選び方に依存していません。このような特別な写像を 標準的な同型 というそうです。


ここで注意しておきたいのは、そもそも上の  \iota を考えなくても  V \simeq (V^*)^* V \simeq V^* と同じ議論によって同型であるということです。つまり、 V (V^*)^* については、それぞれの基底を適当に決めることによって、基底に依存した相異なる同型写像をいくらでも作ることができます。

ところが、 V (V^*)^* の間には、 \iota という「基底の取り方によらない線形写像」が存在して、それが同型写像でもあることを (3) で示しました。すなわち、 V (V^*)^* の間に、基底の取り方に依存しない「特別な」線形写像が存在することが言えたわけですね。

一方で、 V V^* の間には、そのような特別視すべき同型写像が存在しないということです。これが  V \simeq V^* V \simeq (V^*)^* の違いというわけですね。


そんなわけで、 V \simeq V^* V \simeq (V^*)^* では、どちらも同型ではあるものの、異なる立場の同型であるということでした。面白いですね。


おわりに

今回は線形空間  V に対する双対空間  V^* を考えて、双対基底という概念や、同型  V \simeq V^* や同型  V \simeq (V^*)^* を与えました。

前回の記事の冒頭で述べたように、双対空間は「リーマン面」の勉強中に出てきた話です。実際、微分形式を考える上で、次のような形で双対空間や双対基底が現れます。

リーマン面  X を2次元の可微分多様体だと思ったときに、 X の点  P の近傍を座標  (x, y) \in \mathbb{R}^2 で表せます。ここで、点  P の接ベクトル空間  T_X(P) というベクトル空間が定義されて、その基底は  \left\{ \left(\frac{\partial}{\partial x}\right)_P, \left(\frac{\partial}{\partial y}\right)_P \right\} で表されます。 T_X(P) の双対空間を余接ベクトル空間  T^*_X(P) といって、 \left\{ \left(\frac{\partial}{\partial x}\right)_P, \left(\frac{\partial}{\partial y}\right)_P \right\} の双対基底を  \left\{ (dx)_P , (dy)_P \right\} と定義します。

これまで外微分  dx, dy をなんとなく理解していた気がしていましたが、実際はこんな風に定義されるわけですね。双対空間をきちんと勉強したおかげで、その実体を知ることができて嬉しかったです。いずれこの辺もちゃんと解説できるようになりたいですね。

それでは今日はこの辺で。