tsujimotterのノートブック

日曜数学者 tsujimotter の「趣味で数学」実践ノート

(線形代数・復習)基底の行き先を与えると対応する線形写像が一意に存在する

最近、「リーマン面」の勉強が「微分形式」の章に差し掛かりました。接ベクトル空間という線形空間や、その双対空間が出てきてまさに線形代数になっています。そんなわけで線形代数の復習として、以下の事実を示したいと思います。

斎藤毅先生の「線形代数の世界」の命題2.13から。

命題2.13(斎藤「線形代数の世界」)
 V, W K-線形空間とする。 \{x_1, \ldots, x_n\} V の基底とし、 y_1, \ldots, y_n \in W とする。

このとき、線形写像  f\colon V \to W で、 f(x_1) = y_1, \ldots, f(x_n) = y_n を満たすものがただ一つ存在する。


まずは、主張の確認をしていこうと思います。 V は線形空間なので、基底というベクトルの組  \{x_1, \ldots, x_n\} がとれます。これによって、任意のベクトル  x \in V

 x = a_1 x_1 +  \cdots + a_n x_n a_1, \ldots, a_n \in K

のように一意的に表せるわけですね。

さて、 V から  W への線形写像というのは、任意の  V の元  x に対してその値  f(x) が定められていて、かつ、線形性なる条件を満たしているものです。

線形性とは、任意の  v, v_1, v_2 \in V k \in K に対して次が成り立つことを指します:

  •  f(v_1 + v_2) = f(v_1) + f(v_2)
  •  f(k v) = k f(v)

というわけで、本当はすべての  V の元に対して値が定まっていなければいけない。

しかしながら、線形性から

 \begin{align} f(x) &= f(a_1 x_1 + \cdots + a_n x_n)  \\
&= f(a_1 x_1) + \cdots + f(a_n x_n)  \\
&= a_1 f(x_1) + \cdots +  a_n f(x_n) \end{align}

が成り立ちますので、 f x_1, \ldots, x_n というたった  n 個のベクトルに対してその行き先が決まっていれば、あとは自動的に決まってしまうのです。まさに 線形性のマジック という感じがします。


ここで気になるのは、基底の行き先として  y_1, \cdots, y_n を予め与えたときに、対応する線形写像   f は存在するのか、という問題です。存在すれば一意なので対応する線形写像が存在するかどうかが焦点となります。

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もちろん、単に「写像」というだけであれば、行き先はいくらでも決められるので必ず存在します。一方で「線形写像」に限定したときに存在するかというのは明らかではありません。そのような線形写像が存在することを保証するのが命題2.13の主張なわけですね。単に存在するだけでなく、証明の中では対応する線形写像を実際に構成します。

2021.01.27修正:
主張の内容を思い切り勘違いしていましたので、記事公開後に修正しました。

元々は「線形写像は基底の行き先だけで決まる」という内容にしていたのですが、(もちろんそれも事実としては正しいのですが)命題2.13の主張としては「基底の行き先を任意に与えると、それに対応する線形写像が存在する」の方がポイントだったわけですね。

タイトルもミスリーディングなので変えます。


対応する線形写像が存在することの何が嬉しいのでしょうか。線形写像  V から  W への  K-線形写像全体を具体的に考えるときに、この命題が助けになりそうです。実際、双対空間と呼ばれる「 V から  \mathbb{C} への線形写像全体のなす  \mathbb{C}-線形空間」の基底を求めるのにこの命題を使うのですが、長くなりそうなのでまた別の機会に紹介したいと思います。

線形写像のなす線形空間

命題の証明に行く前に、 V から  W への  K-線形写像全体のなす集合  \newcommand{\hom}{\operatorname{Hom}} \hom_K(V,  W) を導入したいと思います。

 \hom_K(V, W) := \{ f\colon V \to W, \; f\, \text{は線形写像} \}

この書き方、慣れないとなかなか難しいのですが、個々の線形写像を扱うよりも、線形写像全体を一気に考えたほうが便利になる場合があるのですね。実際、上の命題では、実際に証明する際には   \operatorname{Hom}_K(V, W) を考える方が便利なのです。

ここで、 \operatorname{Hom}_K(V, W) というのは、線形写像を元にとる集合ですが、単に集合であるだけでなく  K-線形空間でもあります。実際、 f,  g \in \operatorname{Hom}_K(V, W) に対して、以下のように加法と  K 倍を定めることができます。

任意の  x \in V に対して

 (f + g)(x) := f(x) + g(x)
 (kf)(x) := kf(x)

と定める。これによって、 V から  W への写像  f+g, \; kf が定まったことになります。

また、 f+g, \; kf は次のように  K-線形写像でもあります:

 \begin{align} (f + g)(x + y) &= f(x+y) + g(x+y)  \\
 &= f(x) + f(y) + g(x) + g(y) \\
 &=  (f + g)(x) + (f + g)(y) \end{align} x, y \in V

 \begin{align} (kf)(ax) &= k f(ax) \\
 &= a k f(x) \\
 &=  a(kf)(x) \end{align} a \in K, \;\; x \in V

よって  f+g, \; kf \in \operatorname{Hom}_K(V, W) が定まったことになり、 \operatorname{Hom}_K(V, W) K-線形空間となります。

つまり、関数の行き先に対して加法と  K 倍を考えることで、関数の加法と  K 倍としてしまうわけですね。以下のような発想です:

  • 我々が今ベクトルだと思いたいのは、関数  f, g である。
  • しかし、 f, g にそのまま加法や  K 倍を適用できない。
  • そこで  x という元の行き先  f(x), g(x) を介して、これらの加法と  K 倍を考える(これは  W K-線形空間なのでOK)
  • これによって  f, g の加法と  K 倍の定義としてしまおう。

こんな風に、行き先が線形空間でありさえすれば、関数全体の集合は線形空間になってしまう、というのが面白いかなと思います。教科書だとさらっと定義が述べられていて、最初はあまり気にも留めませんでした。しかし、よくよく考えてみると、こういうアイデアがないとそもそも関数の加法や  K 倍を定義することなどできないよな、と思うわけです。

もっというと、今回は  V を線形空間としましたが、実は  V が線形空間である必要すらありません。どんな空間であろうと、その空間からの写像の行き先が線形空間であれば、写像全体の集合が線形空間になるというわけですね。

この辺の事実があるから、関数の空間を考えたい、関数の空間を考えると問題が線形代数になるので扱いやすい、という発想になるのかなとtsujimotterは思っています。(本当かどうかはわからない。)

命題2.13の証明

(証明)
 \hom_K(V, W) から  W^n への写像

 \begin{align} G\colon  \hom_K(V, W) & \longrightarrow W^n, \\
f & \longmapsto (f(x_1), \ldots, f(x_n) ) \end{align}

を考えます。つまり、線形写像  f に対して、基底  x_1, \ldots, x_n をそれぞれ代入して得られる値(基底の行き先)を  n 個ならべたものを対応させる写像ということです。

これが可逆であることを示したいと思います。つまり、逆向きの写像  F \colon W^n \to \hom_K(V, W) が存在して

  •  G \circ F = id
  •  F \circ G = id

であることを示します。これが示されれば、 V の基底に関する  f \in \hom_K(V, W) の行き先が決まれば、 f が一意的に定まることが言えるわけです。これが言えれば命題の主張が示されたことになりますね。


逆向きの写像  F としては、次のようなものを考えます。

 y = (y_1, \ldots, y_n) \in W^n に対して
 f_y(a_1 x_1 + \cdots + a_n x_n) = a_1 y_1 + \cdots + a_n y_n a_1, \ldots, a_n \in K

と定めます。

ここで任意の  x \in V x = a_1 x_1 + \cdots + a_n x_n のように基底の1次結合で表せますので、任意の  x \in V に対して  W の元を定めたことになります。

あとは  f_y K-線形写像であれば(このあと証明する) f_y \in \hom_K(V, W) です。

このようにして定められた  f_y を用いて、以下の写像を考えることができます:

 \begin{align} F\colon  W^n & \longrightarrow \hom_K(V, W), \\
y & \longmapsto f_y \end{align}

これが上の条件①②を満たす  F となることを示したいわけですね。

 f_y\colon V \to W K-線形写像

 y = (y_1, \ldots, y_n) を任意に1つ固定して、 f_y の線形性を示す。

 x = a_1 x_1 + \cdots + a_n x_n, \;\; x' = b_1 x_1 + \cdots + b_n x_n \in V に対して

 \begin{align} f_y(x + x') &= (a_1 + b_1)y_1 + \cdots + (a_n + b_n)y_n \\
&= (a_1 y_1 + \cdots + a_n y_n) + (b_1 y_1 + \cdots + b_n y_n) \\
&= f_y(x) + f_y(x') \end{align}

より、 f_y は加法に対して閉じている。

また、 x = a_1 x_1 + \cdots + a_n x_n \in V および  k \in K に対して

 \begin{align} f_y(kx) &= (ka_1)y_1 + \cdots + (ka_n)y_n \\
&= k(a_1 y_1 + \cdots + a_n y_n) \\
&= k f_y(x) \end{align}

より、 f_y K 倍に対しても閉じている。

ゆえに  f_y K-線形写像である。

今は真面目に証明していますが、線形性が成り立つのはある意味当たり前と考えられます。そもそもの  f_y の定義を思い出すと
 f_y(x_1) = y_1, \; \ldots, \; f_y(x_n) = y_n

が成り立ち、任意の元  x に対しても線形になるように「構成的に」作っているとも思えるからです。

つまり、基底  x_1, x_2 の値を  f_y(x_1) = y_1, \; f_y(x_1) = y_2 と定めたとします。このとき、線形性が成り立つには

 f_y(a_1 x_1 + a_2 x_2) = a_1 f_y(x_1) + a_2 f_y(x_2)

が成り立たなければなりませんが、 f_y がまさにそうなるように定義していますよね。

 G \circ F = id

 G \circ F \colon W^n \to W^n であるから、特に定義域は  W^n である。よって任意の  y = (y_1, \ldots, y_n) \in W^n に対して  G \circ F(y) = y であることを示せばよい。

 \begin{align} G\circ F(y) &= G( f_{y}  ) \\
&= ( f_{y}(x_1), \ldots, f_{y}(x_n) ) \\
&= ( y_1, \ldots, y_n ) \\
&= y \end{align}

であり、 G \circ F(y) = y が言えた。

 F \circ G = id

 F \circ G \colon \hom_K(V, W) \to \hom_K(V, W) であるから、特に定義域は  \hom_K(V, W) である。よって任意の  f \in \hom_K(V, W) に対して  F \circ G(f) = f であることを示せばよい。

つまり、これは任意の  f \in \hom_K(V, W) および  x = a_1 x_1 + \cdots + a_n x_n \in V に対して  ( F \circ G(f) )(x) = f(x) を示せばよいことになる( F \circ G(f) をまとめて1つの写像だと思っていることに注意)。

任意の  f \in \hom_K(V, W) および  x = a_1 x_1 + \cdots + a_n x_n \in V に対して、

 \begin{align} (F \circ G(f))(x) &= ( F( G(f) ) )(x) \\
&= ( F( (f(x_1), \ldots,  f(x_n)) ) )(x) \\
&= f_{(f(x_1), \ldots,  f(x_n))}(x) \\
&= a_1 f(x_1) + \cdots + a_n f(x_n) \\
&= f(a_1 x_1 + \cdots + a_n x_n) \\
&= f(x)
\end{align}

よって、 ( F \circ G(f) )(x) = f(x) が示せたので、 F \circ G = id が言えた。


以上により、命題2.13の主張がすべて示された。

(証明終わり)


逆向きの写像  F の意味

ちょっと大変でしたが、証明は無事終わりました。

さて、途中で出てきた  f_y という写像に着目してみたいと思います。定義を再掲します。

 y = (y_1, \ldots, y_n) \in W^n に対して
 f_y(a_1 x_1 + \cdots + a_n x_n) = a_1 y_1 + \cdots + a_n y_n a_1, \ldots, a_n \in K

と定めます。

このとき、 y \in W_n に対して  f_y \in \hom_K(V, W) が定まるので、これを  F\colon W_n \to \hom_K(V, W) の定義としたわけでした。


線形写像  f に対してその基底の行き先を与える写像  G の逆方向の写像として導入された  F です(実際、逆写像でもありました)。ちょっと謎な定義をした  f_y F だったのですが、これらは、いったいなんなのでしょうか、というのがこの節で話したいことです。


少し抽象的な見方をします。

 f_y V から  W への線形写像だと思えるわけです。一方で、実は  x \in V の方を固定して  f_y(x) とし、 y の方を動かせば  W^n から  W への写像になっています。さらにいえば、線形写像でもあります。したがって

 \begin{align} V \times W^n &\longrightarrow W, \\
(x, y) &\longmapsto f_y(x) \end{align}

を考えると、これは 双線形写像 になっているというわけです。 V, W^n のどちらかを固定して写像  W^n \to W あるいは  V \to W とみたときに、どちらも線形写像になっているものを双線形写像と言います。まさにその条件を満たしているわけですね。

ここで、 y \in W^n を固定すると  f_y = ( x \mapsto f_y(x) ) \in \hom_K(V, W) が得られるわけですが、この対応は  W^n から  \hom_K(V, W) への写像を定めることになりますね。これが  F だったわけです。

 \begin{align} F \colon W^n &\longrightarrow  \hom_K(V, W), \\
y &\longmapsto (x \mapsto f_y(x)) \end{align}

さらにいえば、 F, G ともに可逆なだけでなく、 K-線形写像でもあります(証明は下の「おまけ」で)。すなわち、 F K-線形空間としての同型

 W^n \simeq  \hom_K(V, W)

を与えていることになりますね。


さて、ここで特に  W = K としましょう。 K K-線形空間ですね。すると、上の双線形写像は

 \begin{align} V \times K^n &\longrightarrow K, \\
(x, y) &\longmapsto f_y(x) \end{align}

となるわけです。 x \in V

 x = a_1 x_1 + \cdots + a_n x_n = (a_1, \ldots, a_n)

のように横ベクトルで表現し、 y \in K^n y = (y_1, \ldots, y_n)^T のように縦ベクトルで表すと

 f_y(x) = a_1 y_1 + \cdots + a_n y_n = (a_1, \ldots, a_n)\cdot \begin{pmatrix} y_1 \\ \vdots \\ y_n \end{pmatrix}

とかけますが、これはまさに  x y内積 ですね!


まとめると、 F の定義に登場した  f_y(x) は、 x \in V y \in W^n の内積のような双線形写像を計算していたことになっていたというわけです。双線形写像の片側を固定して、すなわち基底の行き先  y = (y_1, \ldots, y_n) を固定して、 y \mapsto f_y なる対応を考えると線形写像  f_y が得られるというわけでした。

そのように考えると、今回の証明が自然に見えてくるのではないでしょうか。

それでは今日はこの辺で!

参考文献


おまけ

命題2.13の証明には必要なかったのですが、上で定義した  F, G は単に可逆な写像なだけでなく、 K-同型写像でもあります。証明を描いたので、せっかくですから載せておきます。可逆性は上で示したので、 F, G がともに  K-線形写像であることを言えばOKです。

 G\colon \hom_K(V, W) \to W^n K-線形写像

 f, g \in \hom_K(V, W) に対して、

 \begin{align} G(f + g) &= ( (f+g)(x_1), \ldots, (f+g)(x_n) ) \\
&= ( f(x_1)+g(x_1), \ldots, f(x_n)+g(x_n) ) \\
&= (f(x_1), \ldots, f(x_n)) + (g(x_1), \ldots, g(x_n)) \\
&= G(f) + G(g) \end{align}

より、 G は加法に対して閉じている。

また、 f  \in \hom_K(V, W) および  k \in K に対して

 \begin{align} G(kf) &= ( (kf)(x_1), \ldots, (kf)(x_n) ) \\
&= ( kf(x_1), \ldots, kf(x_n) ) \\
&= k(f(x_1), \ldots, f(x_n)) \\
&= kG(f) \end{align}

より、 G K 倍に対しても閉じている。

ゆえに  G K-線形写像である。

 F\colon W^n \to \hom_K(V, W) K-線形写像

 y = (y_1, \ldots, y_n), y' = (y_1', \ldots, y_n')  \in W^n に対して、

 \begin{align} F(y+y) &= f_{y+y'}(a_1 x_1 + \cdots + a_n x_n) \\
 &= a_1 (y_1 + y_1') + \cdots + a_n (y_n + y_n') \\
 &= (a_1 y_1 + \cdots + a_n y_n) + (a_1 y_1' + \cdots + a_n y_n') \\
 &= f_{y}(a_1 x_1 + \cdots + a_n x_n) + f_{y'}(a_1 x_1 + \cdots + a_n x_n) \\
 &= F(y) + F(y') \end{align}

より、 F は加法に対して閉じている。

 y = (y_1, \ldots, y_n) \in W^n および  k \in K に対して、

 \begin{align} F(ky) &= f_{ky}(a_1 x_1 + \cdots + a_n x_n) \\
 &= a_1 (k y_1) + \cdots + a_n (k y_n) \\
 &= k(a_1 y_1 + \cdots + a_n y_n) \\
 &= k f_{y}(a_1 x_1 + \cdots + a_n x_n) \\
 &= k F(y) \end{align}

より、 F K 倍に対しても閉じている。

ゆえに  F K-線形写像である。