またまた RSA 暗号の関連記事です。記事の中で「一次不定方程式」という概念が登場しましたので、その補足をしたいと思います。
一次不定方程式の整数解:
を互いに素な整数としたとき,以下の方程式を満たすような整数解 が存在する.
この一次不定方程式の整数解を求める問題、ちょっとだけとっつきにくい印象があるのですが、視点を考えれば非常にわかりやすくなることに気づきました。
実はこれ「油分け算」と言われる問題とまったく同じなのです。
油分け算とその解き方
「油分け算」って何だっけ?
と思う方でも、この問題は聞いたことがあるでしょう。
3ℓと 5ℓの升(マス)があります。
この2つの升を使って、1ℓの油を計り取ってください。
油分け算は「塵劫記」と呼ばれる江戸時代の数学書に登場した有名な問題です。当時は「数学」ではなく「和算」の時代でした。
よく使われる例題では、1ℓではなく 4ℓを計り取るものでしょう。結局、同じ問題であることが後で分かるので、まずは 1ℓから考えます。
ちょっと暗算すればわかります。
と、
は、差がちょうど になります。したがって、ℓの升で 回計りとってできた ℓから、ℓの升で 回すくいだしてあげれば ℓのできあがりです。
油分け算は一次不定方程式で表せる
上で挙げた計算を数式で表してあげましょう。 , とおくと、
となります。これは、上で述べた一次不定方程式の解に を代入して出来た式に他なりませんね。
結局これで、「油分け算」と「一次不定方程式の整数解を求める問題」が等価であることがわかりました。
上の一次不定方程式は、大きさが , という二つの升を使って、 を計り取るためには、 の升を 回、 の升を 回使う必要があるということを意味しています。ただし、 は正にも負にもなり得ますが、正の場合は「油をすくい加える」、負の場合は「油をすくい出す」ことに注意です。
図にすると、こんなイメージです。
3ℓと4ℓで「任意の整数ℓ」の油をつくる
ここで、冒頭で述べた「なぜ 4ℓをつくるのも 1ℓをつくるのも同じなのか」という点に触れておきましょう。「 ℓつくることができれば、 ℓもつくることができる」といった方が正確でしょう。
上の手順で ℓを作ります。すると、式で表すとこうなりますね。
ただし、, としています。
ここで、両辺を 倍しましょう。すると、
こうなります。この式の意味するところは、つまりこういうことです。
「 ℓの升で油を 回すくい加え,そこから ℓの升で油を 回すくい出せば,油 ℓが得られる」
したがって、 ℓが得られました。
同様に、 ℓを作りたければ、両辺 倍すればよいわけですから、 ℓの升と ℓの升を用意すれば、「任意の整数 ℓ」の油をつくることができますね。
最大公約数
ℓと ℓの升ではすべての整数をつくることができましたが、ほかの大きさの升だとどうでしょうか。
たとえば と では、「 の倍数」しか作れそうにありませんね。
これについては、すでに初等整数論によって結論が出ています。
最大公約数 (GCD) を使います。
最大公約数(GCD):
の共通の約数を公約数と呼ぶ. の公約数の中で,最大のものを の最大公約数と呼び, あるいは単位 のように表す.
最大公約数の例を挙げると、こんな感じです。
ちなみに、 の最大公約数が になるとき、 と は互いに素である、というように言います。上の例では、 と は互いに素ですね。
この最大公約数を使うと、一次不定方程式に解が存在する条件は、以下のように表せます。
一次不定方程式の整数解(一般的な例):
を整数としたとき,以下の方程式を満たすような整数解 が存在する.
冒頭でに挙げた例で、右辺が となっていたのは、 の最大公約数が 、すなわち と が互いに素だったからなのですね。
ちなみに、, の例では、
となって、たしかに 「 の倍数しか作れない」と言っていた、先ほどの直感とあっていますね。
おまけ:なぜ「一次不定方程式」と呼ぶの?
最後におまけとして、今回使った方程式が、なぜ「一次」「不定」方程式なのか、という点に触れて終わりたいと思います。
「一次」であるのは、方程式の解 , の肩に 2乗や3乗のような指数がついていなくて、1乗になっているからです。こういう方程式を「一次方程式」と呼びますよね。
では、「不定」なのはなぜか。 としたときの一次不定方程式は、
となりますね。
たとえば、方程式の解 を整数に限らないとして、その解は1つに定まるでしょうか。定まりませんね。 なら だし、 なら です。片方が定まらないと、1つに決まりません。あるいは、連立方程式のように式を加えても良いかもしれませんが、式がもう1つないと定まりませんね。
このように、解が一意に定まらないような方程式を「不定」方程式と呼ぶのです。だから、「一次」「不定」方程式なのでした。
単なる不定方程式だったら、あまり意味のある結論は出ないのですが、もし「解を整数に限れば」ある程度秩序だった知見を導き出す事が出来ます。それが、一次不定方程式の「整数解」というわけです。
たとえば、先ほどの例だと、
の方程式のままでは、単に と の関係を表しただけで、これ以上先に進めません。
もし解 を整数に絞れば、
のように意味のある結論を導くことが出来ます。
以上、豆知識でした。今日はこの辺で終わりたいと思います。それでは。
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