tsujimotterのノートブック

日曜数学者 tsujimotter の「趣味で数学」実践ノート

眠気と闘うあなたへ:素イデアル分解のすすめ

突然ですが、眠くて眠くてしょうがないときってありますよね。

スマホを開くことができれば、いろいろと目をさますコンテンツにアクセスすることができます。しかしながら、スマホを開くことができないときもありますよね*1

ここには紙とペンしかない。眠気には耐えなければならない。

そんなときには 「素イデアル分解」 してみるのはいかがでしょう。

少しだけ前提知識の説明

素数  p を適当に選びます。

これらの素数は、有理数体  \mathbb{Q} 上では有理素数、つまり「分解できない数」というわけですが、 \mathbb{Q} の拡大体  K まで持ち上げると分解してしまうことがあります。

たとえば、 K = \mathbb{Q}(\sqrt{-1}) まで持ち上げると、 p = 13 の生成するイデアルは

 (13) = (2 - 3\sqrt{-1})(2 + 3\sqrt{-1}) \tag{1}

のように素イデアル分解されてしまいますね。 4n+1 型の素数は、 K = \mathbb{Q}(\sqrt{-1}) で2つの素イデアルに完全分解します。

一般に、代数体  K を考えたときに、有理素数  p の生成するイデアルは

 (p) = \mathfrak{P}_1^{e_1} \cdots \mathfrak{P}_g^{e_g} \tag{2}

と一意に素イデアル分解されます。ただし、 \mathfrak{P}_1, \cdots, \mathfrak{P}_g は重複を含まない  K の素イデアルとしておきます。

ここで、類体論を知っている人は、 K/\mathbb{Q} がアーベル拡大であれば、与えられた  p が分解するかどうかは「 an+b 型の素数は  K で完全分解する(惰性する・分岐する)」のように法則化されることを知っています。一方で、この法則だけでは、具体的にどのような素イデアルに分解されるかわかりません。

どうやって、計算すればよいのでしょう。

遊び方

ここでは、 \mathbb{Q} \alpha を添加した代数体  K = \mathbb{Q}(\alpha) を考えて、有理素数  p K における素イデアル分解を求めたいと思います。

使うのは  \alpha の( \mathbb{Q} 上の)最小多項式  f(X) です。最小多項式とは、 f(\alpha) = 0 を満たす  \mathbb{Q} 上既約な多項式のことですね。

 f(X) は既約なのでこれ以上分解できませんが、 \bmod{p} で考えると、さらに分解できることがあります。

ここで、 f(X) \bmod{p}

 f(X) \equiv \varphi_1(X)^{e_1} \cdots \varphi_g(X)^{e_g} \pmod{p} \tag{3}

と分解できるとしましょう。ここで、 \varphi_1(X), \cdots, \varphi_g(X) \bmod{p} で(つまり  \mathbb{F}_p で)既約とします。

この  \bmod{p} で分解された多項式  \varphi_1(X), \cdots, \varphi_g(X) \alpha を無理やり代入してみましょう。すると、 K の数の組  \varphi_1(\alpha), \cdots, \varphi_g(\alpha) ができます。実は、これを使って  p が素イデアル分解できるのです。

こんな風に。

 (p) = (p, \varphi_1(\alpha))^{e_1} \cdots (p, \varphi_g(\alpha))^{e_g} \tag{4}

これ、すごくないですか!?

ちゃんとそれぞれのイデアル  (p, \varphi_1(\alpha)), \cdots , (p, \varphi_g(\alpha)) K の素イデアルになっているのです。


 p の素イデアル分解」を求めるために、一見直接関係なさそうな f(X) \bmod{p} における分解」を計算しているのが面白いと感じました。

実際、この計算は比較的簡単にできるのです。やってみましょう。

さぁ、計算してみよう

最初の  K = \mathbb{Q}(\sqrt{-1}) における例を計算してみましょう。

 \alpha = \sqrt{-1} の最小多項式は  f(X) = X^2 + 1 ですね。実際  f(\alpha) = \alpha^2 + 1 = 0 を満たします。

ここで、 p = 13 として、 p の素イデアル分解を考えましょう。

上の方法によると、まず  f(X) = X^2 + 1 \bmod{p} で分解してみる必要があります。

考え方はいろいろあると思うのですが、たとえば  X^2 - Y^2 = (X - Y)(X + Y) の形に持っていくとよいかもしれません。

 \bmod{13} では、

 \begin{align} X^2 + 1 &\equiv X^2 - 25 \\  &\equiv (X - 5)(X + 5) \pmod{13} \end{align}

が成り立ちます。私は  13 をたくさん引いて、定数項が平方数になるパターンを探す方法で考えました*2

よって、

 f(X) \equiv (X - 5)(X + 5) \pmod{13} \tag{5}

と分解できることがわかりました。この右辺の  (X - 5), (X + 5) が, \varphi_1(X), \varphi_2(X) に相当します。

これらに  \alpha = \sqrt{-1} を代入して、 \sqrt{-1} - 5, \sqrt{-1} + 5 を得た上で

 (13) = (13, 5 - \sqrt{-1})(13, 5 + \sqrt{-1}) \tag{6}

としたものが、 p = 13 の素イデアル分解です*3

これで完成です!

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実際、式  (6) の右辺を計算すると

 \begin{align} &(13, 5 - \sqrt{-1})(13, 5 + \sqrt{-1}) \\ 
&= (13^2, 13(5 + \sqrt{-1}), 13(5 - \sqrt{-1}), (5 - \sqrt{-1})(5 + \sqrt{-1}) )  \\ 
&= (13^2, 13(5 + \sqrt{-1}), 13(5 - \sqrt{-1}), 26 )  \\ 
&= (13)(13,  5 + \sqrt{-1}, 5 - \sqrt{-1}, 2 )  \\ 
&= (13) 
\end{align}

となり、たしかに左辺に一致していますね。また、素数は2次体において最大2つのイデアルにしか分解されないため、これらがただちに素イデアルとわかります。


こんな風に、素イデアル分解を求めることができるのです。


ちなみに、上は完全分解の例ですが、  p = 11 のように惰性する(つまり、 K で分解しない)場合を考えてみましょう。

この場合は、 \bmod{11} f(X) は分解しません。つまり、 \bmod{11} f(X) は既約なのです。ということは、 f(X) \alpha を代入しても  f(\alpha) = 0 ですから、結局

 \begin{align} (11) &= (11, f(\alpha) ) \\ &= (11, 0 ) \\ &= (11)  \end{align}

となって、たしかに法則は成り立っていますね。あまり面白くないですが。

別の例でも

ほかの例でもやってみましょう。

 K = \mathbb{Q}(\sqrt{-5}) として、 p = 23 K における素イデアル分解を計算してみましょう。

 \alpha = \sqrt{-5} の最小多項式  f(X) = X^2 + 5 \bmod{23} における分解を考えます。 X^2 + 5 23 を足したり引いたりして、 X^2 - Y^2 の形に持って行きます。実際、 69 を引くと

 \begin{align} X^2 + 5 &\equiv X^2 - 64 \\ &\equiv (X - 8)(X + 8) \pmod{23} \end{align} \tag{7}

が得られます。

少しだけ頭を使わないと見つけられないので、完全に単純作業になるわけではありません。なので、ちょうどいい具合に眠くなりません。

あとは、式  (7) 右辺の  (X - 8), (X + 8) X = \alpha を代入して

 (23) = (23, 8 - \sqrt{-5})(23, 8 + \sqrt{-5}) \tag{8}

として、 p = 23 の素イデアル分解が得られました。

やったね!

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ちなみに、 p = 23 20n + 3 型の素数ですが、一般に  K = \mathbb{Q}(\sqrt{-5}) においては、 p = 20n+1, 20n+3, 20n+7, 20n+9 型の素数は完全分解します。


こんな感じで、本当に紙とペンさえあれば計算できます。ぜひ、みなさんも試してみてください!

今日はとても眠かったのですが、この素イデアル分解に助けられました。

少しだけ注意

ところで、 K = \mathbb{Q}(\sqrt{-1}) の例を思い出してください。

今回の方法では  p = 13 に対して

 (13) = (13, 5 - \sqrt{-1})(13, 5 + \sqrt{-1}) \tag{6}

という結果が得られました。一方で、冒頭で挙げた例では

 (13) = (2 - 3\sqrt{-1})(2 + 3\sqrt{-1}) \tag{1}

となっていました。察しのよい人は気付いているかもしれませんが、これらの素イデアル分解は、少なくとも見た目上は異なって見えます。式  (1) の右辺は単項イデアルの積になっていますが、式  (6) の右辺はどちらも単項イデアルではありません。

実は、どちらも同じ素イデアル分解を与えているのですが、ぱっと見は同じであることはわかりませんね。

今回の方法は、 \mathfrak{P} = (p, \varphi(\alpha) ) の形で素イデアルの分解を与えるため、得られた素イデアルは単項イデアルとはなりません。この点には注意が必要です。

背景にある定理

代数的整数論の教科書をめくってみると、だいたいどの本にも、素イデアル分解を具体的に与える Kummer による定理*4が載っています。

定理(Kummer)
 K = \mathbb{Q}(\alpha) を代数体とし, \alpha は代数的整数, \alpha \mathbb{Q} 上の最小多項式を  f(X) とする(代数的整数なので最小多項式の係数は整係数).また, K の整数環が  \mathbb{Z}[\alpha] に一致すると仮定する

 f(X) \bmod{p} で既約な多項式  \varphi_1(X), \cdots, \varphi_g(X) の積に分解されるとする.

 f(X) \equiv \varphi_1(X)^{e_1} \cdots \varphi_g(X)^{e_g} \pmod{p}

このとき, p の生成するイデアルの素イデアル分解が以下のように与えられる:

 (p) = (p, \varphi_1(\alpha))^{e_1} \cdots (p, \varphi_g(\alpha))^{e_g}

定理の意味するところは、遊び方のところで解説したので、ここでは細かい注意だけ述べておきます。

上の定理は、小野先生の「数論序説」の定理 2.17 を元に書き直したものです。下線部の仮定があるように、先の方法は任意の代数体に適用できるわけではなく、整数環に条件がついているようです。この条件だと、たとえば円分体  \mathbb{Q}(\zeta_m) d \equiv 2, 3 \pmod{4} d は平方因子を持たない)のときの二次体  \mathbb{Q}(\sqrt{d}) であればオーケーです。 d \equiv 1 \pmod{4} のときの二次体  \mathbb{Q}(\sqrt{d}) \mathbb{Q}(\sqrt{d}) = \mathbb{Q}(\frac{1+\sqrt{d}}{2}) と生成元を取り直せば  \mathcal{O}_K = \mathbb{Z}[\frac{1+\sqrt{d}}{2}] とできて定理が適用できます。

ちなみに、石田先生の「代数的整数論」の定理 13.1 でも、ほぼ同様の定理が述べられていますが、こちらはもう少し条件がゆるくなっています。 K の整数環  \mathcal{O}_K \mathbb{Z}[\alpha] に一致していなくても良いが「 p (\mathcal{O}_K \colon \mathbb{Z}[\alpha]) を割り切らない」という条件が必要なようです(詳しくは参考文献を参照)。

用法用量を守って正しくお使いください。

それでは今日はこの辺で。

補足

 \mathfrak{P} = (p, \varphi(\alpha)) が素イデアルになることは割と簡単に証明できそうなので、以下に書いてみます。

まず  K が代数体より、(0 でない)素イデアルは極大イデアルになります。したがって

 \mathfrak{P} が(0 でない)素イデアル  \Longleftrightarrow  \mathcal{O}_K/\mathfrak{P} が体

が成り立ちます。 \mathcal{O}_K = \mathbb{Z}[\alpha] の仮定より

 \mathbb{Z}[\alpha] / \mathfrak{P} が体であれば  \mathfrak{P} は素イデアル

が成り立ちます。よって、 \mathbb{Z}[\alpha] / \mathfrak{P} が体であることを確認しましょう。

 \mathfrak{P} = (p, \varphi(\alpha)) として

 \begin{align} \mathbb{Z}[\alpha] / \mathfrak{P} &= \mathbb{Z}[\alpha] / (p, \varphi(\alpha) ) \\
&\simeq \mathbb{Z}[X] / (p, f(X), \varphi(X) ) \\ 
&\simeq \mathbb{F}_p[X] / (f(X), \varphi(X) ) \end{align}

 \mathbb{F}_p において  \varphi(X) \mid f(X) より

 \simeq \mathbb{F}_p[X] / (\varphi(X) )

となります。ここで、 \varphi(X) \in \mathbb{F}_p[X] は既約より、  \mathbb{F}_p[X] / (\varphi(X) ) が体であることがわかりました。よって、 \mathbb{Z}[\alpha] / \mathfrak{P} も体です。

以上で、 \mathfrak{P} = (p, \varphi(\alpha)) は素イデアルが示せました。

*1:TPO的な意味で

*2:もっとスマートなやり方があれば教えてください

*3:イデアルとしては、 (5 - \sqrt{-1}) (\sqrt{-1} - 5) も等しいので、ひっくり返しています。

*4:またクンマーか