突然ですが、眠くて眠くてしょうがないときってありますよね。
スマホを開くことができれば、いろいろと目をさますコンテンツにアクセスすることができます。しかしながら、スマホを開くことができないときもありますよね*1。
ここには紙とペンしかない。眠気には耐えなければならない。
そんなときには 「素イデアル分解」 してみるのはいかがでしょう。
少しだけ前提知識の説明
素数 を適当に選びます。
これらの素数は、有理数体 上では有理素数、つまり「分解できない数」というわけですが、
の拡大体
まで持ち上げると分解してしまうことがあります。
たとえば、 まで持ち上げると、
の生成するイデアルは
のように素イデアル分解されてしまいますね。 型の素数は、
で2つの素イデアルに完全分解します。
一般に、代数体 を考えたときに、有理素数
の生成するイデアルは
と一意に素イデアル分解されます。ただし、 は重複を含まない
の素イデアルとしておきます。
ここで、類体論を知っている人は、 がアーベル拡大であれば、与えられた
が分解するかどうかは「
型の素数は
で完全分解する(惰性する・分岐する)」のように法則化されることを知っています。一方で、この法則だけでは、具体的にどのような素イデアルに分解されるかわかりません。
どうやって、計算すればよいのでしょう。
遊び方
ここでは、 に
を添加した代数体
を考えて、有理素数
の
における素イデアル分解を求めたいと思います。
使うのは の(
上の)最小多項式
です。最小多項式とは、
を満たす
上既約な多項式のことですね。
は既約なのでこれ以上分解できませんが、
で考えると、さらに分解できることがあります。
ここで、 が
で
と分解できるとしましょう。ここで、 は
で(つまり
で)既約とします。
この で分解された多項式
に
を無理やり代入してみましょう。すると、
の数の組
ができます。実は、これを使って
が素イデアル分解できるのです。
こんな風に。
これ、すごくないですか!?
ちゃんとそれぞれのイデアル は
の素イデアルになっているのです。
「 の素イデアル分解」を求めるために、一見直接関係なさそうな「
の
における分解」を計算しているのが面白いと感じました。
実際、この計算は比較的簡単にできるのです。やってみましょう。
さぁ、計算してみよう
最初の における例を計算してみましょう。
の最小多項式は
ですね。実際
を満たします。
ここで、 として、
の素イデアル分解を考えましょう。
上の方法によると、まず を
で分解してみる必要があります。
考え方はいろいろあると思うのですが、たとえば の形に持っていくとよいかもしれません。
では、
が成り立ちます。私は をたくさん引いて、定数項が平方数になるパターンを探す方法で考えました*2。
よって、
と分解できることがわかりました。この右辺の が,
に相当します。
これらに を代入して、
を得た上で
としたものが、 の素イデアル分解です*3。
これで完成です!

実際、式 の右辺を計算すると
となり、たしかに左辺に一致していますね。また、素数は2次体において最大2つのイデアルにしか分解されないため、これらがただちに素イデアルとわかります。
こんな風に、素イデアル分解を求めることができるのです。
ちなみに、上は完全分解の例ですが、 のように惰性する(つまり、
で分解しない)場合を考えてみましょう。
この場合は、 で
は分解しません。つまり、
で
は既約なのです。ということは、
に
を代入しても
ですから、結局
となって、たしかに法則は成り立っていますね。あまり面白くないですが。
別の例でも
ほかの例でもやってみましょう。
として、
の
における素イデアル分解を計算してみましょう。
の最小多項式
を
における分解を考えます。
に
を足したり引いたりして、
の形に持って行きます。実際、
を引くと
が得られます。
少しだけ頭を使わないと見つけられないので、完全に単純作業になるわけではありません。なので、ちょうどいい具合に眠くなりません。
あとは、式 右辺の
に
を代入して
として、 の素イデアル分解が得られました。
やったね!

ちなみに、 は
型の素数ですが、一般に
においては、
型の素数は完全分解します。
こんな感じで、本当に紙とペンさえあれば計算できます。ぜひ、みなさんも試してみてください!
今日はとても眠かったのですが、この素イデアル分解に助けられました。
少しだけ注意
ところで、 の例を思い出してください。
今回の方法では に対して
という結果が得られました。一方で、冒頭で挙げた例では
となっていました。察しのよい人は気付いているかもしれませんが、これらの素イデアル分解は、少なくとも見た目上は異なって見えます。式 の右辺は単項イデアルの積になっていますが、式
の右辺はどちらも単項イデアルではありません。
実は、どちらも同じ素イデアル分解を与えているのですが、ぱっと見は同じであることはわかりませんね。
今回の方法は、 の形で素イデアルの分解を与えるため、得られた素イデアルは単項イデアルとはなりません。この点には注意が必要です。
背景にある定理
代数的整数論の教科書をめくってみると、だいたいどの本にも、素イデアル分解を具体的に与える Kummer による定理*4が載っています。
が
で既約な多項式
の積に分解されるとする.
このとき, の生成するイデアルの素イデアル分解が以下のように与えられる:
定理の意味するところは、遊び方のところで解説したので、ここでは細かい注意だけ述べておきます。
上の定理は、小野先生の「数論序説」の定理 2.17 を元に書き直したものです。下線部の仮定があるように、先の方法は任意の代数体に適用できるわけではなく、整数環に条件がついているようです。この条件だと、たとえば円分体 や
(
は平方因子を持たない)のときの二次体
であればオーケーです。
のときの二次体
も
と生成元を取り直せば
とできて定理が適用できます。
ちなみに、石田先生の「代数的整数論」の定理 13.1 でも、ほぼ同様の定理が述べられていますが、こちらはもう少し条件がゆるくなっています。 の整数環
が
に一致していなくても良いが「
が
を割り切らない」という条件が必要なようです(詳しくは参考文献を参照)。
用法用量を守って正しくお使いください。
それでは今日はこの辺で。
補足
が素イデアルになることは割と簡単に証明できそうなので、以下に書いてみます。
まず が代数体より、(0 でない)素イデアルは極大イデアルになります。したがって
が成り立ちます。 の仮定より
が成り立ちます。よって、 が体であることを確認しましょう。
として
において
より
となります。ここで、 は既約より、
が体であることがわかりました。よって、
も体です。
以上で、 は素イデアルが示せました。