tsujimotterのノートブック

日曜数学者 tsujimotter の「趣味で数学」実践ノート

数学カフェ「素数!!」回を振り返る

この記事は 数学カフェ Advent Calendar 2017 の 17 日目の記事です。

 今日は数学カフェアドベントカレンダーとして

第13回 数学カフェ「素数!!」

の振り返り記事を書きたいと思います。

 実は、第13回数学カフェが開催されたのは、2016 年 5 月 7 日。なんと 1年半 も前の企画です。今更感はありますが、企画の内容を簡単に紹介しつつ、どんな回であったかを数学カフェ素数回の講演者である「私」の視点から振り返りたいと思います。

 この記事の主旨ですが 「私自身の思い出記録用」 ということにしたいと思います(アドベントカレンダーの貴重な場を使ってしまって申し訳ありません)。あとから思い出せるように記録を残しておこうという意図で書いています。今回の数学カフェは、準備の期間、本当にいろいろなことを考えて臨んだ会だったので、そのときの考え・思いを書きとどめておきたいのです。

 また講演では、上手くできた点もあれば失敗した点もありました。実は、終わってからだいぶ落ち込んでいたのです。普段はこうした「ネガティブなこと」は書かないようにしているのですが、今回はそういった部分にも触れています。失敗し、落ち込んだ過程があって、今の自分に繋がっている部分もあると強く感じたので、落ち込んだ事を正直に書くことにもいくらかの価値があると思ったのです。

 という感じで、取り留めのない記事になりますが、よろしければお付き合いください。

 そういえば、イベントが終わった後落ち込んでいたので、聴講者に数学カフェ素数回の感想を聞くのを忘れていました。。。今更ながら、もったいなかったなと感じています。よろしければ、参加された方で感想を覚えている方がおられましたら、こっそり教えていただけると凄く嬉しいです。

目次:

※ 全部で2万字程度あります。

スライド資料はこちら

 本記事のために、講演で使ったスライド一式を SlideShare にアップロードしました。講演スライドについては今回大変気合を入れて作っていて、なかなか良いものができたと思っています。よろしければ講演スライドだけでも、この機会にぜひご覧になってください。

#1, #2 「ゼータへ続く素数の階段物語(リーマンの素数公式)」

#3, #4 「素数は孤独じゃない(素イデアルの分解法則)」

【この講演のスライド資料は公開していません】

#6 「素数の分解法則(フロベニウスやばい)」

第17回数学カフェ「クンマーの合同式とゼータ関数の左側」

開催概要と当初の計画

 数学カフェ「素数!!」は「数のエンターテイナーこと せきゅーん さんと、素数を愛する男 tsujimotter の2人で、素数に関するトピックを6時間ぶっ通しで語り尽くす」という企画でした *1

 「整数論」について詳しい方は、プロの方をはじめとしてたくさんいるでしょう。一方で「素数」そのものにこだわりを持っている人はそう多くないと思います。

我々は(自称)日本一素数を愛する二人。

素数について知っているかどうかさておき、素数のことが大好きな二人です。こんな二人だからこそできる、素数の魅力を伝える企画はないかと考えました。

 数学カフェの中の人さんからは「素数界のタッキー&翼」の称号を与えられ、二人ならなんでもできる気がしていました。せきゅーんさんとは、最高の会にしようと誓い合っていました。

 回次が 13 で素数。日付は 57 が素数。さらに、57 は「グロタンディーク素数」です。まさに素数尽くしでした。ちなみに「!!」が 2 個でこれも素数。

大まかな分担について

 2人の講演者、しかも、6時間の長時間講演ということで、最初に役割分担を決める事にしました。この分担は、数学カフェの中の人・せきゅーんさん・私の三人でわいわいtwitterのDMでやりとりしながら決めました。

 まず、タイムテーブルを各30分ずつの8ブロックに分けました。4ブロックずつをそれぞれが担当し、tsujimotter・せきゅーんさんの順に交代で講演することにしました。

 tsujimotterは、素数に対して一般に成り立つ法則が好きなので、理論的な話を中心にテーマを構成しました。説明には各1ブロック(30分)では足りないと思い、4ブロックを2ブロックずつに分け、2つのテーマを扱うことにしました。

 せきゅーんさんは、素数や数に関する小ネタをたくさんお持ちで、それらをたくさんお見せしたいということで、4ブロックすべて異なるテーマを扱っていただきました。「素数無限性の別証明マニア」ぶりを見せたい、というご本人の希望もあったと記憶しています。

 最終的には、次のようなプログラムになりました。

担当者回次テーマ
tsujimotter#1ゼータへ続く素数の階段物語(リーマンの素数公式)(1)
せきゅーん#1様々な種類の素数達とその無限性
tsujimotter#2ゼータへ続く素数の階段物語(リーマンの素数公式)(2)
せきゅーん#2p進数とアデール環
tsujimotter#3素数は孤独じゃない(素イデアルの分解法則)(1)
せきゅーん#3グリーン・タオの定理
tsujimotter#4素数は孤独じゃない(素イデアルの分解法則)(2)
せきゅーん#4ラマヌジャンのΔと佐藤・テイト予想

 素数回を企画するにあたっては、「素数のどこが面白いの、ゼータ関数?」みたいに思われたくない、という気持ちがありました。こういうことを言う人たちに「素数の魅力はそれだけじゃないんだ」ということを見せつけたいと思ったのです。どの講演も素数に関するテーマを扱っていますが、一般の人が「素数」と考えたときにとても思いつかないような、幅広いテーマの講演になったと思います。これも、素数を愛する二人が集まったからこそだと思っています。

 講演の合間には、クイズ大会「もっと素数とお友達になってクイズ!」があったり、素数大富豪の紹介をしていただいたりしました。終始素数漬け、素数盛りだくさんの企画になりました。これらの企画についても触れたいのですが、記事のボリュームがあまりに多くなってしまいましたので、申し訳ありませんが省略させていただきます。

 せきゅーんさんの講演の内容に少しだけ触れたいと思います。「#3 グリーン・タオの定理」では「素数の集合の中に任意の長さの等差数列が存在する」という驚きの定理と、その証明の概略を紹介していただきました。実は、先日開催された MathPower2017の講演 でも、このグリーン・タオの定理についての素晴らしい講演をされていますね。両方に参加された方はご存知だと思いますが、数学カフェでの講演も素晴らしかったのですが、MathPowerの講演では輪をかけてパワーアップされていましたね。せきゅーんさんが、グリーン・タオの定理の証明の完全な理解を目指して、猛烈に勉強をされていたことをご存知の方は多いかと思いますが、本当に素晴らしいことだと思います。
integers.hatenablog.com

数学カフェへの意気込みと事前の準備

 私の中では「数学カフェは、チャレンジの場である」と位置付けています。幸運にも講演の機会を与えていただいた際には、新しいテーマに取り組みたいと考えていました。これまでも「折り紙」や「数学史」の回で発表させていただきましたが、講演当日までの期間では新しいテーマを勉強して、勉強の成果を講演に取り入れることにしています。これまで成功してきたテーマをただ漫然と発表するよりも、発表の準備の期間においても成長できるし、また自分に取っても一番ホットなテーマであるので、情熱的に講演できると考えるからです。

 今回も、次節で述べるような 挑戦的なテーマ設定 をしています。講演が決まってからは、1・2ヶ月を勉強の時間に当てました。期間中には「整数論やばい会」と称して少人数の勉強合宿を行ったこともありました。こうした勉強会が私の日曜数学の原動力になっているなと、今回振り返ってみて気付きました。

テーマ選定

 tsujimotterは以下の2つのテーマを扱うことにしました。

  • #1, #2「ゼータへ続く素数の階段物語(リーマンの素数公式)」(1時間)
  • #3, #4「素数は孤独じゃない(素イデアルの分解法則)」(1時間)


 1つめのテーマ 「リーマンの素数公式」 はすぐに思いついたテーマでした。「素数」と「ゼータ関数」の深い関係についてのお話です。私は、プログラマのための数学勉強会というイベント等で「素数」と「ゼータ関数」の話をしてきていて、好評のテーマでした。このテーマをきっかけにニコニコ学会にお誘いいただいたり、日曜数学会の開催につながったりしたため、tsujimotterにとっても思い入れの強いテーマです。数学カフェで発表するにあたっては、これまでの話に加えて、リーマンの素数公式の「証明のアウトライン」の解説にチャレンジすることにしました。


 もう1つのテーマ 「素イデアル分解法則」 については、せきゅーんさんからの提案だったと記憶しています。実は、ちょうど私もこの周辺のテーマでの発表をしたいと思っていたところでした。ゼータ関数の話はある意味「定番化」していると感じていて、聴衆から「またゼータ関数か」と思われたくないという気持ちもあり、新たな切り口の数学テーマを探していました。

 ちょうどその頃、私は「類体論」という理論に興味を持ち始めました。この分野に関心を持ったきっかけはいろいろありますが*2、最も影響が大きかったのは、加藤和也先生の「数論への招待」という本です。数論への招待については、少し長い注釈にて説明します *3。この本を読んで「数学にはなんて面白い世界があるのだろう」と感動したのです。ぜひとも理解して、この感動を自分の言葉で伝えたいと思うようになりました。このテーマでの発表は、まさに素数に関する話でもあるし、素数の魅力の多面性を示すよいテーマだと感じました。

 一方で、類体論に関して一般向けの講演を成功させた実例を私は見たことがありません。そのため、見本にするものがないのです。

たとえば、ゼータ関数とリーマンの素数公式に関しては、マーカス・デュ・ソートイ教授により「オックスフォード白熱教室(第1回)」で素晴らしい講義がなされています。私の講演もこの講義の影響を大きく受けています。一方で、類体論についての一般向けといえる講演は見たことがありません。

 類体論は、ゼータ関数と比較すると前提とする知識が極めて多いです。ゼータ関数については、複素関数論の多少の知識があればついていけますが、類体論は代数分野の知識が一通り必要です(群・環・体・イデアル・ガロア理論など)。厳密にしっかり説明しようとすると、一般向けの講演のレベルを超えた相当に難しい内容になってしまう。かといって、現象だけ伝えるのは十分ではない。どこまでを説明してどこを捨てるべきか。この辺りを綿密に練らないと、たとえ1時間半あったとしても伝わらないと考えました。

したがって、類体論に関するテーマで一般向けの講演を成功させるというチャレンジには一定の価値があるように思いました。ぜひ実現させたい。そう思ってこのテーマに臨むことにしました。


 こんな感じで計画した講演ですが、実際はどのようになったのでしょうか。以下では、個々の講演の中身について振り返ってみたいと思います。

#1, #2「ゼータへ続く素数の階段物語(リーマンの素数公式)」

 #1, #2 のテーマは 「リーマンの素数公式」 でした。

リーマンの素数公式
 \displaystyle J(x) = \mathrm{Li}(x) - \log 2 - \sum_{\rho} \mathrm{Li}(x^\rho) + \int_x^{\infty} \frac{dt}{t(t^2-1) \log t} \tag{1}

ただし,総和記号はゼータ関数の非自明なゼロ点を,実軸に近いものから順に足し合わせることを表す.


 #1 では、厳密さを度外視して「リーマンの素数公式の意味するところ」を説明しました。ゼータ関数のゼロ点をすべて使うと、素数の階段が完全に再現されてしまう、というそんな魅力的な公式です。効果的に説明するために、私が以前から公開していた「可視化アプリ」を使いました。
tsujimotter.hatenablog.com


 #2 では、ゼータ関数の性質を概観しつつ、#1 で可視化したリーマンの素数公式を実際に導出するというお話をしました。公式そのものを知っていても、その公式がどのように導出されるかを知っている人はそう多くありません。特に「なぜゼータ関数のゼロ点が素数階段の公式に使えるのか」については気になるポイントかと思います。

 個人的に、#2 の話はかなり面白いんじゃないかと思っています。たとえば、後半のスライド80番目で、リーマンの素数公式の正体が明らかになります。このパートを見ると、リーマンの素数公式における4項がそれぞれ「極」「ゼータ関数の係数」「非自明な零点」「自明な零点」というゼータ関数の主要なパートに対応していることがわかります。

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言い換えると、ゼータ関数の「目に見える主要な特徴」と「素数公式の主要なパートに寄与する特徴」が一致するというのです。まるで、ゼータ関数の中に住んでいる素数の精が「見つけてくれ」と語りかけているかのようです。

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 これって、すごく面白いと思いませんか!?
 tsujimotterはこれまで「触れるゼータ関数」というものを作ってきましたが、このようにゼータ関数を作って眺めることには、実は数学的な意味があったというのです。このことに気づいて、私は深い感動を覚えました。


 こんな風に考えながらスライドを作っていると、Twitter で「ゼータ関数によく似た山*4」を見かけました。ゼータ関数の山がもし現実にあったら、その景色を眺めるだけで、素数公式のことがよくわかるかもしれない。そんな世界があったら素敵だな。そんな風に考えながら、Twitter で以下のような句を詠んだりしました。

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 今回の講演をまさに凝縮した句になっていると思っていて、個人的にはお気に入りの句です。講演のまとめとして、この句を最後に紹介したのですが、真意が伝わらなかったのか、あんまり反応は良くなかったと記憶しています。笑


 #1, #2 の発表については、伝えたかったポイントを概ね伝えることができたのが良かった点です。一方で、時間を大きく超過してしまったという大きな反省点がありました。時間が超過した一つの要因の一つは、途中で質問を受けて、私がそれに答えられなかったことでした。「 \zeta(1) の発散」と「素数の無限性」に関する私の説明が、適切でなかったために突っ込まれたのですが、それに対してうまく回答することができなかったのです。動揺してしまい、せきゅーんさんに助けていただいたのですが、それ以降発表のテンポが悪くなってしまいました。元々、発表時間ギリギリのペースでスライドを準備していましたので、途中で質問を受けることは想定外でした。テンポよく答えるために、理解の怪しい部分を解決してから講演に臨むべきでした。また、このようなタイトなスケジュールでは、講演者が聴衆のコントロールをできなければなりません。質問は最後に回すなどの工夫があればよかったと反省しました。

#3, #4「素数は孤独じゃない(素イデアルの分解法則)」

 続いて、後半の #3, #4 の講演についてです。こちらの講演は、事情があってスライドをアップロードできないため、あらすじを少しだけ紹介します。

 タイトルは「素数は孤独じゃない」という少し刺激的なタイトルにしました。素数は "Group" を作っていて、実は孤独な存在ではないのだという内容です。

#3 のあらすじ:
 たとえば、「4 で割って 1 あまる素数  p」は、すべて  p = X^2 + Y^2 の形で2つの平方数の和によって表すことができます。この法則の右辺を、 \sqrt{-1} を許して「因数分解」すると
 p = X^2 + Y^2 = (X + Y\sqrt{-1})(X - Y\sqrt{-1})

のように分解されることがわかります。これは「有理数の世界  \mathbb{Q} で素数だった  p が、 \sqrt{-1} を加えた世界  \mathbb{Q}(\sqrt{-1}) では分解されてしまう現象」と解釈できます。ほかにも「 3 で割ったあまりが  1 の素数が  \mathbb{Q}(\sqrt{-3}) で分解する」や「 7 で割ったあまりが  1 の素数が  \mathbb{Q}(\sqrt{-7}) で分解する」といった法則が存在し、これらを「素数の分解法則」といいます。

 この素数の分解法則は「 (\mathbb{Z}/n\mathbb{Z})^\times の部分群の元に対応する素数は、その部分群に対応する世界において分解する」のように言い換えることもできます。素数の分解法則がなす "Group" は、文字通り「群(英語で Group)」だったというわけです。

 #3 では、 p = X^2 + nY^2 = (X + Y\sqrt{-n})(X - Y\sqrt{-n}) の分解法則を、目で見て理解してもらうために、これまた以前から作っていた自作Webアプリを用いました。
tsujimotter.info

このWebアプリは、二年以上前から公開していたものなのですが、これまではいまいち活用しきれていませんでした。数学カフェ素数回で、ようやく有効活用できたと思います。


 後半の #4 では、#3 の内容をうけ、「素数の分解法則」の背後にある「類体論」について説明する予定でした。

#4 のあらすじ:
 前半で話した分解法則は、もっと一般の  \bmod{m} について考えることができます。この場合は、素数を「素イデアル」に置き換えた「素イデアルの分解法則」を考えるのです。 (\mathbb{Z}/m\mathbb{Z})^\times の部分群に対して、素イデアルの分解法則が定まるということを教えてくれるのが「(円分体の)類体論」という理論です。

 素イデアルの分解法則を理解するためには、「ガロア理論」の深い考察が必要です。素イデアル  \mathfrak{p} に対応した、フロベニウス自己同型  \mathrm{Frob}_{\mathfrak{p}} というガロア群の重要な元があって、 \mathrm{Frob}_{\mathfrak{p}} をよーく観察することで、我々は  \mathfrak{p} の分解法則を知ることができます。

 #4 では、類体論の前提となる「群・環・体」「ガロア理論」の基礎知識をおさらいしつつ、素イデアル分解法則の要であるフロベニウス自己同型の紹介と、フロベニウスが統制する素イデアル分解法則について解説します。

この「類体論」について解説するということが、今回私が自分自身に課した最大のチャレンジでした。

少し準備期間の話をすると、数学カフェの企画が決まった段階では、私はこのテーマについて十分理解していたとはいえず、四苦八苦しながら勉強をしていました。講演の1ヶ月前頃はかなり切羽詰まっていたのを覚えています。なんとなく理解できた気はするものの、どのように発表の流れをまとめたらよいかわからず、悩んでいたのです。状況を打破するためにあれこれ考えて、最終的にはとりあえずブログ記事としてまとめてみることにしました*5。一度文字に起こしてみれば、考えが進むのではないかと思ったのです。これが功を奏して、頭の中が整理され、発表の流れが見えてきた気がします。

 #4 の隠れたテーマは フロベニウス でした。勉強の過程で「フロベニウス自己同型」という対象に出会い、その面白さに魅了されました。フロベニウス一つで素イデアルの分解法則が完全に分かってしまうという「すごいやつ」です。ぜひともフロベニウスの魅力について話したいと思っていました。


 残念ながら、#4 を発表することは叶いませんでした。時間が足りなかったのです。#3 の半分くらいまでを発表した段階で、#3 の時間が終わってしまいました。中途半端なところで終わってしまっては体裁がつかないと、#4 の時間は #3 の最後までを話して終わりにしようということになり、#4 は打ち切りとなってしまったのです。

 少しでも時間を作ろうと、せきゅーんさんが #4 の発表を5分程度で切り上げてくれました。あろうことか、せきゅーんさんの貴重な講演時間を奪ってしまったのです。せきゅーんさんも、本当はじっくり話したかったと思うのですが・・・。非常に申し訳ないことをしたと思いました。

 私の発表の最大の敗因は、詰め込みすぎたことでしょう。代数に関する基礎知識の説明は、本当にたくさんの前提知識が必要で、非常に時間が掛かるということがよくわかりました。だからこそ、内容を厳選する必要があったのですが、今回はそれができなかったのです。また、練習の時間をしっかりとらなかったので、時間配分がよく分かっていなかったという点も良くなかったです。スライドができたのは本当に直前だったのですが、前もって準備をしないといけないと反省しました。

#5 「素イデアルの分解法則 番外編」

 実は、これだけ多くのことを話しておきながら、#3, #4 でまだ話し足りないことがありました。それは、素イデアルの分解法則が「保型形式」と関係するという話です*6。本当に詰め込み過ぎでしたね。

 #4 のテーマを話すことができなくて落ち込んでいた私ですが、懇親会で LT 大会が行われると聞いて、立候補しました。懇親会中にパソコンをカタカタさせて、5分程度の発表スライドをまとました。発表の内容は上のスライドの通りです。


 懇親会では、講演者が誰だかわかるように「たすき」が渡されました。数学カフェの中の人から「何か好きなことを書いてください」と言われ、ペンを渡された私は半ば自虐的に「話したかったフロベニウス」と書きました。こんな風に書いてしまうくらいには落ち込んでいました。

 そのたすきは、数学カフェが終わってからずっと冷蔵庫に貼りつけられることになりました。中国の故事の「臥薪嘗胆」みたいなことしてますね。。。

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写真:話したかったフロベニウス

 これにて私の数学カフェ素数回は幕を閉じました。

数学カフェ「素数!!」のその後

 素数回が終わってからというものの、正直なところ気落ちしていました。講演スライドをこれまで公開しなかったのは、それが原因でした。せきゅーんさんと「最高の会にするぞ」と誓い合って挑んだ講演だったのに・・・と。

 第13回 数学カフェ「素数!!」が終わって一ヶ月くらいで、思わぬ機会がやってきます。数学カフェ「復習回」が開催されることになったのです。

#6「フロベニウスやばい」

 数学カフェ「復習回」とは、その名の通り復習を行う会です。数学カフェは月1回程度開催されていますが、参加者全員が毎回出席できるとは限らないので、聞くことができなかった話もあります。また、聴衆が一度聞いてその場で理解できるとは限りません。もう一度あの話を聞きたい、というような要望がさまざまな方面であったそうなのです。

 講演者を募集していると聞いて、これはリベンジのチャンスと思いました。講演者に名乗りを上げた私は、リベンジのための戦略を練ることにしました。復習回の講演時間は 30 分程度。素数回の時間は 1 時間でしたので、その半分です。しかも素数回のときは時間を明らかにオーバーしていました。素数回の二の舞になってはいけません。

 そのためには、伝えたいことを絞るのが肝心です。#4 の発表で一番伝えたかったのは、この部分でした。

素イデアルの分解法則を理解するためには、「ガロア理論」の深い考察が必要です。素イデアル  \mathfrak{p} に対応した、フロベニウス自己同型  \mathrm{Frob}_{\mathfrak{p}} というガロア群の重要な元があって、 \mathrm{Frob}_{\mathfrak{p}} をよーく観察することで、我々は  \mathfrak{p} の分解法則を知ることができます。

類体論において「フロベニウス自己同型」という非常に重要な概念があって、フロベニウスが分解法則を統制している、という話をしたかったのです。そこで「フロベニウスの魅力を伝える」ただそれだけのために、最低限必要な内容を、一直線に突き進むような構成を考えました。余計なことは話さない、過度な一般化はしない、できるだけそぎ落とす。

 実現のために、いくつかの工夫を施しました。たとえば、前回のタイトルは「素イデアルの分解法則」としていましたが、限定的なケースを考えれば「素数の分解法則」でよかったわけです。専門的には、 \mathbb{Q} 上の二次拡大で、かつ、 \mathbb{Q}(\sqrt{-n}) が一意分解環であれば問題ない。これで「イデアル」という面倒な話を説明する必要がなくなりました(これで15スライドくらい削れました)。

ほかにもいろいろと工夫をしています。

  • タイトルの時点で「フロベニウス」という言葉を出しておく
  • 具体例は一貫して  \mathbb{Q}(\sqrt{-1}) \mathbb{Q}(\sqrt{-7}) だけを使う
  • 「 群」そのものの説明をしない
  • ガロア群そのものではなく、同型  (\mathbb{Z}/m\mathbb{Z})^\times を用いて説明する
  • フロベニウス自体の定義はしないで、「フロベニウスにより分解群が生成できる」という事実だけを使う
  • 聴衆の質問タイミングを予め指定して、最初に提示しておく

 以上の工夫の甲斐あって、復習回では時間を収めることができました。私自身の手応えとしては、聴衆にも理解してもらえたように思います。なんとかリベンジを果たすことができました。


第17回数学カフェ:クンマーの合同式とゼータ関数の左側

 復習回が終わりしばらくしてから、数学カフェの中の人から連絡がありました。ゼリーさんとせきゅーんさんの講演する第17回数学カフェで、一緒に講演してみませんかとお誘いをいただいたのです。17 は「素数」。素数回はまだ終わっていなかったのです。

 ゼリーさんが「高さ関数」について話をすることが決まっていて、私のテーマについては「tsujimotterさんの話したいことをどうぞ」という感じだったと思います。何か今気になっていることを話そうと思いました。

 当時は、フロベニウスや類体論の話ができて一区切りついたところだったので、次はどこに向かおうかと思案していたところでした。ちょうどそのころ興味を持ち始めていたのが「岩澤理論」でした。

 思い起こせば、岩澤理論は素数回の準備合宿で、せきゅーんさんからレクチャーを受けていたものでした *7 。せきゅーんさんから話を伺って以降、「数論2」の「岩澤理論」の章をぱらぱらとめくってみたこともあったので、多少の知識はありました。ゼータとかイデアル類群に関係があって、私の興味にも近そうだなとも思っていました。

 こうした経緯もあって、無性に岩澤理論について話したくなり、関係する講演テーマを探しました。もちろん、当時は岩澤理論については何も知らないに等しかったので、岩澤理論そのものの講演はできません。でも、どうにか岩澤理論につながる話がしたい。そう思って「クンマーの合同式」と類数に関する「クンマーの判定法」をテーマに選びました。これは岩澤理論につながる重要な結果であり、とても興味深いトピックです。

 講演ではクンマーの判定法からさらに踏み込んで、より発展的な「エルブラン・リベの定理」という定理も紹介することにしました。特に「リベの定理」は、岩澤主予想の証明の雛形になった定理であり、より岩澤理論に近づいたトピックです。少しでも岩澤理論に近づきたいという気持ちで発表を行いました(付け焼き刃の知識で、正直あまり理解できてない中での発表だったので、案の定間違ったことを言っている箇所もありました)。

 こうした発表の経験もあって、岩澤理論への情熱はますます燃え上り、来年こそは岩澤理論を理解しよう、そして Iwasawa 2017 に参加しよう、と思うようになったのです。

 こんな風に振り返ってみると、私の日曜数学のモチベーションは数学カフェに支えられてきたのだ、ということに気づきます。数学カフェのおかげで、今たのしく岩澤理論の勉強ができているのです。本当に数学カフェさまさまです。


まとめ

 とりとめのない話になってしまいましたが、一応まとめます。言いたかったことはこういうことです。

  • 数学カフェは私にとって「チャレンジの場」であり、今回も素数に関する新しいテーマに挑戦した
    • 「リーマンの素数公式(ゼータ関数)」の可視化に加えて、導出方法の解説にも挑戦
    • 「素イデアルの分解法則(類体論)」の一般向けの解説にも挑戦
  • 前者の話はうまく話せたが、後者の話は失敗してしまった
  • 失敗して落ち込んでいたが、再挑戦の機会をいただいたので、工夫して「復習回」でリベンジを果たした
    • 「30分で語る類体論の面白い話」をうまく構成することができた
  • 準備期間を通して整数論、特に岩澤理論の魅力に気づき、今楽しく岩澤理論の勉強をしている。これも数学カフェのおかげ!

 こうして振り返ってみると、数学カフェでの経験が自分の日曜数学に大きく影響を与えていることに気づきます。こうしたチャレンジの場が与えられ、成長する機会が得られたことが本当に貴重なことだったなと実感しました。

 チャレンジする場所が与えられたからこそ、モチベーションを持って勉強をすることができたのです。また、チャレンジングな発表をすることで、その勉強のために自身の理解度を大きく向上することができました(私の例であれば類体論やクンマーの理論)。さらには、勉強して一つ高い視点に立つことで、新たなモチベーション(私であれば岩澤理論)を得ることができたと思います。

 講演者にとっての数学カフェは、じっくり時間をかけて講演できる場であり、また準備の時間もしっかり取れて、聴衆からは質の高い講演を期待されているイベントです。それでいて失敗も許されるアットホームな雰囲気があります。この両面があるからこそ「数学カフェはチャレンジの場である」と思うことができるのだと私は思います。

 最後に、今回振り返ってみて、せきゅーんさんという仲間がいたことが本当に幸運であったと思いました。せきゅーんさんと切磋琢磨できたことで、私は情熱的に日曜数学をすることができたのだと思います。せきゅーんさんと一緒に数学カフェの講演ができてよかったです。

 ずいぶんと遅くなってしまいましたが、ありがとうございました。

 こうしてブログを書き上げたことで、私の素数回がようやく終わった気がします。長かったですね。

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写真:数学カフェが終わった後の記念撮影(講演者二人と数学カフェの中の人)


 それでは今日はこの辺で。

そのほかの思い出

ほかにも、数学カフェ素数回ではたくさんの素敵な思い出がありました。

謝辞

 数学カフェ素数回は、多くの皆様に支えられて実現できました。この場を借りて皆様に御礼申し上げます。

 一緒に講演してくださったせきゅーんさん、本当にありがとうございます。せきゅーんさんと肩を並べて企画できたことは、私の一生の思い出になると思います。そして、せきゅーんさんの素数への愛に溢れる講演、素晴らしかったです。無限に聞いていたかったです。あと、私の発表時間が押してしまって、大切な講演時間を削ってしまって申し訳ありません。誕生日プレゼントでいただいた「証明」は今も大事にしています。

 数学カフェの中の人には、企画の段階から長期に渡って企画の相談に乗っていただいたり、さまざまな企画を合間に入れてくださって、会場を盛り上げてくださいました。また、「素数だけで6時間」という無茶苦茶な企画にオーケーを出してくださってありがとうございます。6時間という長時間のイベントができる会場を押さえていただき、おかげさまで安心して発表することができました。当日の運営を中心に行ってくださったまつけんさんをはじめスタッフのみなさまにも大変お世話になりました。

 日頃、日曜数学会でお世話になっているちばさんには、なんとサプライズで「食べられるゼータ関数」の誕生日ケーキを作ってくださいました。私の誕生日が講演日の2日後の 5/9 だったのですが、それに合わせてお祝いしたくださったのでした。本当にありがとうございます。
daifku.hateblo.jp

 素数姫さまには、「素数姫からの挑戦状!」のクイズをご提供いただきました。突然の申し出にも関わらず、楽しいそして素晴らしい問題を提供いただきました。おかげさまで、イベント中は大変盛り上がりました。
p.1yen.jp

 二世さんには、講演のスライドや発表の流れをチェックしてもらったり、企画の相談に乗ってもらいました。いつも感謝しています。

 近藤祥子さんには、素数大富豪のアプリを作成していただき、盛り上げていただきました。このほか、参加してくださったみなさまも本当にありがとうございます。

 数学カフェの発表をきっかけに素数に少しでも興味を持っていただければ幸いです。

*1:6時間って結構長いですよね。数学カフェというイベントがこんなに長い時間になったのは、この回が初めてでした、思えば、この回以降、数学カフェの長時間イベント化が進んで言った気がします。変な前例を作ってしまったな、と反省しています。。

*2:たしか、一番最初のきっかけは「ラマヌジャンのほとんど整数」に関する情報を調べていて「類数」という概念に出会ったことだったと思います。

*3:加藤先生の「数論への招待」は、私が最もおすすめする数論の入門書です。あとの話にも関連しますので、簡単に内容を紹介します。

数論への招待 (シュプリンガー数学クラブ)

数論への招待 (シュプリンガー数学クラブ)

 この本は、表紙に千歳飴の絵が書いてあるように「七五三」の話題からはじまります。   (7, 5, 3) の3つの整数を持つ三角形は120度の角を持つ三角形になります。この三角形の斜辺が 7 という「3 で割って 1 あまる素数」なのがポイントです。 実は、7 のように「3 で割って 1 あまる素数」は、かならずこのような三角形を持つというのです。  この三角形の謎を紐解く鍵は「素数(素イデアル)の分解法則」にありました。 素数(素イデアル)が代数体の拡大によって分解されてしまうという現象があり、その背後には「類体論」という大きな理論があるというのです。  非常に興味を惹かれる話ですね。以上のような話が、手計算で試せるたくさんの具体例とともに、加藤和也先生の優しい語り口で綴られているのです。

*4:

*5:tsujimotter.hatenablog.com

*6:関連する内容は、後日ブログにまとめました。 tsujimotter.hatenablog.com

*7:岩澤理論の国際会議 Iwasawa2017 が 2017 年に開催されるという話を教えてくれたのもせきゅーんさんでした。