tsujimotterのノートブック

日曜数学者 tsujimotter の「趣味で数学」実践ノート

(独自研究)素数生成多項式と虚2次体の類数

今回の記事は、素数がたくさん登場する多項式

 f(X) = X^2 + X+ 41

に関連する話題です。今回は私がこの式について考えているうちに、思いついて実施してみた独自研究について紹介したいと思います。どこかの本に書いてある話ではないので、誤りを含んでいる可能性も大いにあるかと思います。また、十分な調査ができているわけではないので、独自性もはっきりとしていません。その点をご了承の上で読んでください。

今回の記事は発展的な内容になっています。オイラーの素数生成多項式について、より基本的な事項を知りたい方は、まずはこちらの記事を読むのをお勧めします:
tsujimotter.hatenablog.com

今回は論文を意識したフォーマットで書いているため、普段のブログ記事より内容が難しく、堅めの書き振りになっている点をご了承ください。また、虚2次体に関する基本的な知識を前提とします。

追記:2020.01.21
やはりといいますか、当然と言いますか、先行研究として類似のアイデアの研究はありました。勉強も兼ねてブログにまとめていますので、次の記事もぜひご参照ください:
tsujimotter.hatenablog.com

追記:2020.01.22
Proposition 1.の証明におきまして、 p = 2 の場合を適切に考慮し忘れていたため、その点を修正しました。Proposition 2. の証明に影響はありません。

1. Introduction

1772年、EulerはBernoulliに宛てた手紙の中で、素数を生成する2次多項式について述べている。すなわち、素数  q に対し、

 f_{q}(X) = X^2 + X + q \tag{1}

と定義すると、素数  q = 2, 3, 5, 11, 17, 41 に対し  f_q(X) に整数  X = 0, \ldots, q-2 を代入した値がすべて素数になることを発見した。これをオイラーの素数生成多項式という。

Rabinovitch (1913)は  f_q(X) が素数生成多項式である条件と、対応する虚2次体の類数が1である条件の間の同値性を示した。すなわち、 q を任意の素数であるとき、 f_{q}(X) X = 0, \ldots, q-2 においてすべて素数になるための必要十分条件は、虚2次体  \mathbb{Q}(\sqrt{1-4q}) の類数が1であることである。

さらに、Baker (1966)やStark (1967)により、類数が1である虚2次体が独立に決定されており、その系として上記の条件を満たす  q q = 2, 3, 5, 11, 17, 41 のときに限られる。


ここで、任意の素数  q に対し、2次多項式  f_{q} を考えて

 \displaystyle P_1(q) = \frac{\# \{ X \in \mathbb{Z} \mid 0 \leq X\leq q-2 \;\; \text{s.t.}\;\; f_{q}(X)\colon \text{prime} \} }{q-1} \tag{2}

とする。 P_1(q)素数生成確率と呼ぶことにする。名前の通り、 0\leq X\leq q-2 に対して  f_{q}(X) が素数になる割合を表す。

また、虚2次体  K に対しその判別式を  d_K としたとき、対応する類数を  h_{d_K} と表すことにする。このとき、Rabinovitchの定理は次のように言い換えられる。

Theorem 1 (Rabinovitch, 1913)
 q を任意の素数とすると、次が成り立つ:
 P_1(q) = 1 \; \Longleftrightarrow \; h_{1-4q} = 1 \tag{3}


上記の定理は類数1と   P_1(q) = 1 が同値という主張であるが、類数が2以上については  P_1(q) < 1 が成り立つ以上のことは言及されていない。先行研究においても、このような観点に基づく研究はないように思える。

そこで本研究では、計算機により虚2次体  \mathbb{Q}(1-4q) の類数  h_{1-4q} を計算し、特に類数  2 以上のケースにおける  P_1(q) の振る舞いを観察する。 P_1(q) が類数  h_{1-4q} に反比例するというヒューリスティックな仮定に基づいて分析したところ、少なくとも  q < 100000 においては  f_q は予想より素数になりやすいという「バイアス」が存在することを発見した。

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「数体の素元星座定理」に関するプレプリントについて

2021年 に入ってすぐに、とんでもないニュースが飛び込んできました。もちろん、数学のニュースです。

東北大学の研究チームによる論文のプレプリントがarXivで公開されました。タイトルは "Constellations in prime elements of number fields" で、こちらのリンクからアクセスできます:

Constellations in prime elements of number fields
Wataru Kai, Masato Mimura, Akihiro Munemasa, Shin-ichiro Seki, Kiyoto Yoshino
https://arxiv.org/abs/2012.15669

Wataru Kai, Masato Mimura, Akihiro Munemasa, Shin-ichiro Seki, Kiyoto Yoshinoの5名により発表されたプレプリントです。著者の一人であるShin-ichiro Seki(関真一朗)さんの名前は、今回の記事で何度か登場します。


上記の原稿はプレプリントですので、査読がなされたわけではありません。したがって、証明されたかどうかを確認するためには、自分で証明を読み込んで確認するほかありません。

普段、このようなプレプリントはなるべく紹介しないようにしているのですが、今回ばかりはどうしてもブログでご紹介したくなりました。というのも、証明されたとされる結果があまりにすごいからです!

英語で書かれた論文ですが、主定理の名称を日本語でいうなら

「数体の素元星座定理」

ということになります。いかにも興味をそそられる内容ですよね!

この「数体の素元星座定理」なる日本語訳については、関真一朗さんご自身のツイートから拝借させていただきました。


今回の記事では、上記のプレプリントについて

  • 「星座」とはいったいどういう概念なのか?
  • この論文の主定理はどういう結果なのか?
  • どれぐらいすごいのか?

ということに関して、私の理解できた内容をなるべく噛み砕いた上でご紹介したいと思います。

大変興奮する内容となっていますので、ぜひご覧になってください!

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2021は合同数

ちょっと早いですが明けましておめでとうございます!2021年も良い一年になりますように!

ところで、毎年私は 今年の西暦にまつわる数の性質 について調べているのですが、2021 についても面白いものを見つけたので紹介します。

それは 「2021は合同数」 であるということです!

マニアックすぎて、この性質を知っている人は世界で僕一人だと思うのですが、とても面白いので紹介したいと思います。

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類体論の基本不等式の証明

Zeta Advent Calendar 2020 の14日目の記事です。

先日、類体論の入門記事を公開しましたが、多くの方に読んでいただいて嬉しいです。
tsujimotter.hatenablog.com

類体論の記事を書いたことによって頭の中が整理されて、類体論の本が読めるようになってきました。これがとても嬉しく思っています。

そんな経緯で類体論の 基本不等式 を理解できたのですが、今回はこれについて紹介したいと思います。

f:id:tsujimotter:20201214161050p:plain:w300

実はこの基本不等式は類体論の理論の中で証明される非常に重要な定理なのですが、これが 解析的に証明される のです。その証明には ゼータ関数 を使います。この事実が面白いので今回紹介したいと思いました。

前回の記事は入門記事でしたが、今回はだいぶ専門的な内容になります。難しい内容になるかと思いますが、よろしければ最後までお付き合いください。

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局所ゼータ関数(ゼータ積分)

Zeta Advent Calendar 2020 の2日目の記事です。

今日の記事は 「ゼータ積分」 というものを扱ってみたいと思います。

きっかけは、私が主催したマスパーティというイベントです。その中で行われたζWalkerさんの発表の中で「ゼータ積分」というワードが現れました。動画でも残っているので、興味がある人はみてみてください。(大変面白い発表です。)

www.youtube.com


この「ゼータ積分」というものに、私は大変興味を持ちました。 \newcommand{\rr}{\mathbb{R}} \rr 上だったり、 \newcommand{\qq}{\mathbb{Q}}\qq_p 上の「積分」を使って定義される「局所ゼータ関数」というものがあり、これらを計算するとなんとガンマ関数や等比級数が現れるというのです。

僕自身は、この時点で「そもそも  \mathbb{Q}_p 上の積分とは?」というところから分かっていませんでしたが、なにやら興味を惹かれるものがありました。

最近、「測度論」というものを少しだけ勉強しまして、そこで得た知識を元に自分なりにゼータ積分を説明できる気になってきました。そこで書いたのがこちらの記事となります。


また、今回の記事をきっかけに測度論自体にも興味を持ちました。これまで名前だけは知っていましたが
「測度って  \rr 上のヘンテコな部分集合の長さとかを計算するやつでしょ?」
「僕は  \rr 上のヘンテコな部分集合の積分なんか、計算したくないぞ!」
という変な思い込みがありまして、敬遠していました。

実際は、 \rr に限らず、多様な集合の上で積分を定義するための道具なのです。当然  \qq_p 上の積分でも使います。

その辺の私の考え方の変遷についても伝えたい、というのが今回の裏テーマとなります。もしかしたら、同じ理由で測度論を敬遠している人もいるかもしれません!そんな人に、測度論は勉強してもいいんだよと伝えたい!


とはいえ、まだまだ理解が怪しい部分がたくさんありますので、話半分に聞いていただければと思います。それでは最後までお付き合いください!

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類体論入門

日曜数学 Advent Calendar 2020 の1日目の記事です。

「類体論」という名前を聞いたことがあるでしょうか?

類体論は、高木貞治という日本の数学者が提唱した理論です。実は今年2020年は類体論が提唱されてからちょうど 100周年 だそうです。

『類体論における主要な定理の一つ「高木の存在定理」が発表されたのが1920年の国際数学者会議なのだそうです。 』

と書いていたのですが、同1920年には類体論に関してまとめた論文を、東京大学の理学部紀要にて発表しているそうです。(せきゅーんさんよりご指摘いただきました。)

後者の論文から100周年というのがより適切かもしれません。

整数論に興味がある方は、名前を聞いたことあるかもしれません。一方で、その主張について知っている人はあまり多くないのではと思います。かくいう私も、これまで類体論について勉強を続けてきましたが、いつまでたっても全容がわからず苦労しました。最近ようやく、(あくまで個人的な実感として)その雰囲気がわかってきたような気がしています。難しいけれど、理解しようと思える価値がある理論だと思っています。

類体論を勉強しようと思い専門書や他の方の記事を読んでみたときに、解説の難易度は大きく二極化しているように思います。類体論的な現象を説明するに留まって類体論そのものについては十分解説されないものと、正確な主張が述べられてはいるが難解なもの。後者については、じっくり読むことで内容は理解できるかもしれませんが、抽象的すぎて前者の記事との繋がりがなかなか見えてこなかったりします。

今回の記事では、その間を繋ぐものを目指したいと思います。わかりやすい類体論的現象からスタートして、類体論の主張まで到達したいと思います。難解になりすぎず、類体論の全体像を雰囲気だけでも伝えるような「類体論の入門記事」を書いてみたいと思います。

もちろん、優しい記事を目指すといっても、前提知識は必要になります。群・環・体の基本的な事項や特にガロア理論は前提となってしまいます。難しい部分にはできるだけ踏み込まないように説明しますので、その辺の知識に自身がないという方も、よろしければ分からないところは飛ばしつつ読んでいただければと思います。

目次は以下の通りです。少し長い記事になりますが、ぜひ最後までお付き合いください!

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