tsujimotterのノートブック

日曜数学者 tsujimotter の「趣味で数学」実践ノート

ナッシュの定理の証明:有限ゲームの混合戦略にはナッシュ均衡点が存在する

先日、予備校のノリで学ぶ「大学の数学・物理」さん(以下、ヨビノリさん)のYouTubeチャンネルにて、ゲーム理論 に関する動画が公開されました。

www.youtube.com

ゲーム理論に関する基本的な用語について、大変わかりやすく紹介されているのでぜひご覧になってください。ゲーム理論において、重要な「解」概念である「ナッシュ均衡点」や「パレート効率」といった概念も紹介されていました。


さて、今回私の記事で紹介したいテーマは 「ナッシュ均衡点の存在性」 についてです。(混合戦略を考えない)純粋戦略のゲームにおいては、ナッシュ均衡点の存在しないゲームが存在します。具体的には、動画にも紹介された「じゃんけんゲーム」などがそうですね。

A\Bグーチョキパー
グー (0, 0) (1, -1) (-1,  1)
チョキ (-1, 1) (0, 0) (1,  -1)
パー (1, -1) (-1, 1) (0,  0)


一方で、(これもまた動画内で触れられていますが)混合戦略 という、各プレーヤーが戦略を確率的に選ぶような状況に ゲームを拡大 すると、なんと 必ずナッシュ均衡点が存在する ということが知られています。

これは大変興味深い定理かと思います。

定理(ナッシュの定理)
有限個の戦略を持つ任意のゲームは、混合戦略の範囲でナッシュ均衡点を持つ。


もちろん、ナッシュ自身が「ナッシュ均衡点」と呼んだわけではありません。ナッシュがこの定理を示したからナッシュ均衡点という名前がついたわけですね。そして今やゲーム理論における超重要概念になっています。


tsujimotterは、三年ぐらい前からこの定理の証明をブログに書きたいと思っていました。しかしながら、ゲーム理論の基本的な設定を説明するのが面倒で、断念しておりました。ヨビノリさんの動画をみて、これはすばらしい、ぜひ乗っからせていただこう!と思ったのが執筆の経緯です。笑

ヨビノリさんの素晴らしい動画に感謝しつつ、証明を紹介させていただきます。


なお「ナッシュの定理」の証明には、不動点定理 という定理が使われていまして、その定理の使いどころが今回の記事の一番のポイントになります。不動点定理自体の証明について今回はやりませんが、いったいどうやってナッシュ均衡点の存在を導くのかという点に着目して楽しんで頂ければと思います。


元々はヨビノリさんの動画からシームレスにつながるようなレベル感の記事にしようと思っていたのですが、どうもそれは難しそうです。内容が単純に難しいのです・・・。というわけで、それなりに数式も多くなってしまいますが、数学(特に集合と写像)にある程度慣れている人には読めるものにはなっているかと思います。

以前からゲーム理論を知っていた方でも、(ナッシュの定理の)証明は知らないという方も多いのではないでしょうか。有名な定理なので、一度はその証明に触れてみたいですよね。これを機にぜひ味わっていただきたいと思います。

最後まで通して読むのにはなかなか時間がかかると思いますので、読んでいる途中でも構いませんので

  • 「(途中までしか読んでないけど)面白い!」とか
  • 「ナッシュやばい!!」とか
  • 「ベイマックスwww」とか

呟いていただけると嬉しいです。

それでは、じっくりお楽しみください!

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完全微分方程式とド・ラームコホモロジー

微分方程式には色々な種類があって、それぞれ解き方が異なったり、そもそも解けなかったりします。

理系大学生であれば大学1・2年でさまざまな微分方程式の解き方を習うわけですが、これは微分方程式の中でもほんの一部である「うまく解ける微分方程式」の解き方を学んでいるにすぎません。タイトルにある 完全微分方程式 は、そのような常微分方程式の一種です。


 P(x, y), \;\; Q(x, y) C^1 級(1階偏微分可能かつ1階偏導関数が連続な)2変数実関数とします。このとき

 P(x, y) dx + Q(x, y) dy = 0 \tag{1}

の形の微分方程式を考えます。

加えて 完全微分形 という条件を考えます。この条件を満たすかどうかで、式  (1) の微分方程式の解き方が変わります:

(完全微分形) (x, y) \in \mathbb{R}^2 に対して  \displaystyle \frac{\partial P}{\partial y} = \frac{\partial Q}{\partial x} が成り立つ

微分方程式  (1) が完全微分形の条件を満たすとき、完全微分方程式 といいます。
(満たさない場合は「不完全微分方程式」といって、取り扱いが異なってきます。こちらについては今回は扱いません。)


完全微分形の条件を満たすとき、次が成り立つことが知られています:

ある  C^1 級関数  f(x, y) が存在して
 df = P(x, y) dx + Q(x, y) dy

が成り立つ。

また、このように書けるのは完全微分形のときに限られることもわかります。すなわち、式  (1) が完全微分形であるための必要十分条件というわけですね。この事実は超重要なので、次節で証明したいと思います。


実際、完全微分形の条件を満たすとき  df = P dx + Q dy であり、また式  (1) から  P dx + Q dy = 0 なので、合わせて

 df = 0

が言えます。よって、定数  c \in \mathbb{R} を用いて

 f(x, y) = c

が言えることになります。これは、元々の完全微分方程式  (1) を満たす  (x, y) の組を陰関数によって表現した方程式になっており、これが微分方程式の解と言えるわけです。

これが完全微分方程式  (1) の解法だったわけでした。


ここからが今日の本題です。完全微分方程式を解くために必要であった条件は、まさに  \mathbb{R}^2 上の ド・ラームコホモロジー を計算する際に必要な条件そのものであった、というのが今日話したい内容です。すなわち、完全微分形の必要十分条件は

閉1形式  \Longleftrightarrow 完全1形式

を表しているのです。

今回の記事では、前半で完全微分方程式の必要十分条件の証明を行います。後半では、この条件がまさに、ド・ラームコホモロジーにおける条件を表していることを具体的な例を元に説明したいと思います。

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2変数2次関数の極値問題(平方完成と主軸変換の図形的な意味)

前回の記事の続きです(前回の記事を読まなくても、今回の内容は読むことができます):
tsujimotter.hatenablog.com

前回の内容を簡単に振り返ります。「空間内の与えられた2直線  l_1, l_2 に対して、その距離を求めることはできるか?」という問題について考えました。 l_1, l_2 からそれぞれ点  P, Q をとったとき、 P, Q の距離は2変数の2次関数関数  F(x, y) として求められます。 F(x, y) の最小値を求めれば、 l_1, l_2 の距離が求まるという話でした。

ここで「2変数の2次関数の最小値はあるのか?」という部分が一つの焦点だったわけですが、 l_1, l_2 が平行でない場合には最小値が極小値に一致する(最小値は存在する)という結論でした。


上の記事では、 F(x, y) を力技で平方完成して最小値を出していました。ところが、ブログ公開後にTwitter上で @Freufirst さんという方から「2次関数の平方完成は合同変換で出来るよ」という旨のアドバイスをいただきました。教えていただいた方法は「まさに」という方法だったのですが、昨日の時点ではまったく頭にありませんでした。ありがとうございます。


というわけで、せっかくなので行列を使った2変数2次関数の極値問題の解法について、詳しくまとめてみたいと思います。2変数2次関数  F(x, y) が極小値(あるいは極大値など)を持つ条件について考察していきたいと思います。

今回は、行列やベクトルとしての式変形を用いてスマートに求めることを目指します。計算の途中では、いくつかの「行列やベクトルの変換操作」を行っていきますが、それらは単なる機械的な置き換えではなく、実はちゃんと図形的な意味があるものになっています。記事の後半では、そのことについても触れていきたいと思います。

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空間内の「ねじれの位置」にある2直線間の距離

高校数学で習う「空間内の2直線間の距離」について考えてみたいと思います。

3次元空間内に2直線  l_1, l_2 があるとします。 l_1, l_2 が「ねじれの位置にある」とは、 l_1, l_2 が交点を持たず、かつ、平行でもないことを言います。このとき、2直線  l_1, l_2 の距離を考えてみたいと思います。

そもそも2直線の距離とは、というところから考えたいと思います。 l_1 の点  P および  l_2 の点  Q を任意にとったとき、距離  PQ の最小値を2直線  l_1, l_2 の距離と定義します。


ここで疑問に思うのは、そもそもこの最小値は存在するのか?、という問題です。2直線の位置関係によっては、2直線のそれぞれの点の距離がいつまでも漸近的に小さくなり続けるなんてこともあるかもしれません。この場合、最小値は存在しないことになります。もちろん、直感的にはそんな状況はなさそうに思えますが、証明される必要があると思います。

最小値が存在しなければ、2直線の距離は定義できない場合が存在するということになってしまいますね。

この記事の最後に述べるように、結果的には最小値は存在し、2直線の距離が定義できます。この事実って高校数学では証明されるのでしょうか? 少なくともtsujimotterはこの証明について聞いた記憶がありませんでした。証明が気になって眠れません。


というわけで、最小値が存在することについて自分なりに考えてみたのがこちらの記事となります。今回は「ベクトル解析」を使った証明ですが、もしかしたら、もっと簡単に考えることもできるかもしれません。

個人的に楽しかったのでまとめてみたという記事になりますので、おおらかな目でみてあげてください。別解などあればお気軽におしらせください。


(追記)
実は最後に書いたのですが、もっとシンプルな解決策があったようです。結果的には、前半で書いたような計算はしなくてもよかったのですが、計算していて楽しかったのでそのまま載せたいと思います。

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計算が間違っているのに結果が合っている分数の和 #有害分数

一年生の和(freshman sum) というものがあります。

分数の和の計算を計算するときに、通分して計算すべきところを、間違えて

 \displaystyle \frac{a}{b} + \frac{c}{d} = \frac{a+c}{b+d} \tag{1}

のように計算してしまうというアレです。

一般に分数の和の計算は難しいものですが、上の式が成り立てば分数の和の計算が楽になるのにな・・・と思うわけです。もちろん、こんな式は一般に成り立たないわけですが、もしかすると上の式が たまたま成り立ってしまうケース が存在するかもしれません。

そんなケースを探してみようというのが今回の記事です。果たして「正しい一年生の和」は存在するのでしょうか?

きっかけ

今回の記事のきっかけは、ポテト一郎さんのこちらの呟きからでした。
togetter.com

面白いですね。上のツイートでは、同様の計算を3つの分数で実行していますが、2つの分数で実行した場合はどうなるかなと思って考えてみたというのが今回の記事になります。

ポテト一郎さんのツイートに関連して、「初学者には有害な分数の計算」の練習プリントを作られた方がいます。

これに対して、私が軽い気持ちで「有害分数」と呼んだところ、 どうもこの名前が定着しているみたいです。#有害分数 というハッシュタグで似たような分数がたくさん投稿されているのでよかったらご覧になってください。

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ザリスキー接空間(続・多項式関数に接する多項式関数)

前回の記事の続きです。まだ読んでいない方はこちらから。
tsujimotter.hatenablog.com

前回の記事では、 x = p を通る直線を考えて「この直線に  x = p で接する関数全体の同値類」を考えて、その同値類全体がザリスキー余接空間  \mathfrak{m}_P/\mathfrak{m}_P^2になっているという話をしました。また、この余接空間の双対空間として、ザリスキー接空間  (\mathfrak{m}_P/\mathfrak{m}_P^2)^* が定義できるよという話もしました。

一方で、ザリスキー接空間については、双対空間を経由せずとも直接的に考えることができるよ、と第二宇宙賢者さんからアドバイスいただきました。

ヒントとして次のPDFを教えていただきましたので、PDFの内容を参考にしつつ、ザリスキー接空間について考えてみたいと思います。

NOTES ON THE ZARISKI TANGENT SPACE
SAM EVENS
https://www3.nd.edu/~sevens/tanspace.pdf


なお、上の記事では一般の多変数の多項式環を元に考えていますが、今回は前回の記事の続きということで、1変数の多項式環に限定して議論したいと思います。また、 \mathbb{R}[x] で考えるのは  \mathbb{R} が代数閉体でないゆえの問題(特に極大イデアルに関する問題)がありそうなので、 \mathbb{C}[x] で議論したいと思います。

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多項式関数に接する多項式関数(2021年共通テスト数学ⅡB・第2問)

2021年から「センター試験」が「大学入学共通テスト」という名前に代わり、傾向も以前とは変わったということで各所で話題になりましたね。受験生の皆様はお疲れ様でした。

tsujimotterは例年、数学だけは自分で解くようにしているのですが、今年も数学Ⅰ・数学Aと数学Ⅱ・数学Bについて時間制限付きで解いてみました。現役から離れて十数年たっているので、大学合格は難しそうな結果に終わってしまったのですが、いろいろ面白い問題があって解いてみてよかったなと思います。

色々紹介したい問題はたくさんあったのですが、今回考えたいのは数学Ⅱ・数学Bの 第2問 です。これについては高校数学の範囲を超えて、色々掘り下げられそうな気がしました。

問題をそのまま掲載するのは気が引けますので、各自検索して確認してください。たとえばこちらのページでは、問題と回答が載っています。まだ解いていない人は自分で考えてみると面白いかもしれません。
edu.chunichi.co.jp

諸注意:
本ブログ記事では共通テストの問題を扱っていますが、日曜数学者 tsujimotter が趣味で勉強した内容を発表するブログ記事であり、受験生向けの解説記事ではありません。

「センター試験の問題を大学以降の数学を使って色々考察してみた」という内容になっていますので、受験に役に立つテクニックといった類のものではないことをあらかじめお伝えしておきます。内容に興味がある受験生の方は「受験の息抜きに」ぐらいの気持ちで読んでいただければと思います。

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