今日は「 のイデアルは、常に単項イデアルである」を証明します。その過程で「割り算の原理」という非常に重要な定理が登場します。該当箇所は前回に引き続き「1.3
のイデアル」です。
今回の文章は、ちょっと長いかもしれません。なかなかすんなりとは行かせてくれないようです。
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初回(#0):動機・諸注意
補足回(#1.5):集合の包含関係
前回(#2):Z のイデアル (1/2)
補足回(#3.5):単項イデアルの性質
次回(#4):まだ
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今日の目標は、前回ちらっと予告した「 のイデアルは、常に単項イデアルである」を証明することです。これを証明するためには、「割り算原理」という定理が必要です。「なぜ割り算が必要か」はやっていけばわかるでしょう。
割り算原理
定理 1.15(割り算原理)
整数に対し,
をみたす整数![]()
が存在し,一意に定まる.
簡単に言えば「どんな整数も、 でない数で割ったら
と
が得られる」ってことです。重要なのは、これらの数が一意に定まるということ。
一意に定まるからこそ と
には名前があるのです。それが次の 定義 1.16 です。
定義 1.16
定理 1.15 における,整数と
をそれぞれ,
を
で割ったときの 商 (quotient), 余り (remainder) と呼ぶ.
では、定理 1.15 の証明をしましょう。
ここでは
存在性の証明:
まず, 以下の
の倍数の中で最大のものを
とする.
このとき, とおけば,(1.3) より
かつ,
が成り立つ.
したがって,(1.2) をみたす整数 が存在する.
一意性の証明:
整数 を,
をみたすようにとる.
もし, ならば,
であるから,
ところが, であるから,これは不可能である.
まったく同様に, の場合も不可能であるから(
と
,
と
を入れ替えて議論すればいい),結局
でなければならない.
したがって,(1.4) より でもある.すなわち,(1.2) をみたす
は一意に定まる.
の場合も同様に示せる.
可能な限り、証明は端折らない方針だったのですが、 の場合はいいですよね・・・?
これで道具が得られました。いよいよ、主題の定理の証明に向かいましょう。
のイデアルは単項イデアルである
それでは、本丸に攻め込みます。表題の定理を、もう少し具体的に記述するとこうなります。
定理 1.13
の任意のイデアル
に対して,ある整数
が存在して,
が成り立つ.
のイデアルについての定義も再掲しておきましょう。
定義 1.10(再掲)
以下の (1), (2) の条件をみたすの部分集合
を
のイデアルと呼ぶ.
(1).
(2).
特に,イデアル
を
で生成される単項イデアルと呼ぶ.
それでは行きましょう。定理 1.13 の証明です。
もし, であれば,
とすれば成立.
よって以降では, の場合を考える.
の定義により,
を要素として含むので,それを除いた集合
を考える.このとき,
に含まれる整数の中で,最小の自然数(正の整数)をとることができる.これを
としよう.
この に対して,
であることを以下に示す.
( の定義により,
であれば
となることに注意.)
(i) であることを示す.
はもともと
の要素であるから,定義 1.10 の (2) より,任意の
に対して,
.したがって,
である.
(ii) であることを示す.
任意の をとり,
を
で割った商を
,余りを
とすると,
このとき,定義 1.10 の (2) を使うと, だから
.
また,定義 1.10 の (1) を使うと, から
である.
ここでもし, であれば,
となって, よりも小さくて
でない自然数
が
の要素として存在することになってしまう.これは,
の取り方に矛盾するから,
でなければならない.
したがって, である.すなわち,
.
以上 (i), (ii) より, かつ
.よって,
であることが示せた.
重要なところに下線を引いておきました。
下線部では「割り算原理」、「 のイデアルの定義 (2)」、「
のイデアルの定義 (1)」が、それぞれ使われていることを確認してみてください。やはりキーポイントは「割り算原理」でしたね。
以上のように、抽象的な定義だけを使って、(具体的なイデアルを想定しなくても)証明ができてしまうのです。面白いですね。
ユークリッド整域(ED)と単項イデアル整域(PID)
せっかくここまで説明したので、ちょっと先の内容につながる話をしましょう。
今回キーポイントであった「割り算原理」ですが、成立は自明ではありません。これは証明が必要だったことから分かると思います。
結局、「 においては」割り算原理が成り立つわけですが、このことを「環論」の言葉で「整数
はユークリッド整域(Euclidean Domain)である」と表現します。環論については、まだいっさい触れていないので、流し読みしてもらえればと思いますが、とにかく整数
はユークリッド整域である、特殊な例であると言えます。
一方、今回証明したように、イデアルが単項イデアルと一致するような環のことを「単項イデアル整域(Principal Ideal Domain)」と呼びます。もちろん、整数 は単項イデアル整域です。
ここで、重要なのは次の事実です。
ユークリッド整域は,単項イデアル整域である.
今回、「割り算原理」を使って「 のイデアルが常に単項イデアルと一致すること」を証明したわけですから、考えてみれば納得できそうな話ですね。逆は、一般には成り立ちません。
もちろん、今後はユークリッド整域でないような環が登場します。むしろ、ユークリッド整域であるような環はだいぶ特殊な環なのだそうです。
次回予告
いかがだったでしょうか。今日の証明によって、イデアルの使いどころが少しは見えてきたのではないでしょうか。イデアルの条件は、一見当たり前のようでいて、実は結構きつい縛りだったわけですね。
次回は、第1章のもう1つの山場である「算術の基本定理」についてです。これによって、私たちは一意な素因数分解ができるようになります。