この記事は 明日話したくなる数学豆知識アドベントカレンダー の 9 日目の記事です。( 8 日目:例のレナ)
アドベントカレンダーも1週間がたちました。
今日はみなさんが高校で習った(はずの)「二次方程式の解の公式」について、高校のときには教えてくれなかった「発展的なお話」をしたいと思います。「豆知識」というにはちょっと苦しいぐらい長い文章ですが、ゆったりとお付き合いくださいませ。笑
二次方程式の解の公式は、高校の数学1で覚えさせられたかと思います。暗唱してみるとこんな感じでした。
えっくすいこーるにえーぶんのまいなすびーぷらすまいなするーとびーじじょうまいなすよんえーしー
ほとんど呪文のような文字列ですが、不思議と覚えているものですね。結局のところ、次の式を丸暗記していたのです。
《二次方程式の解の公式》
二次方程式 の解 は次の式で表すことができる。
さて、この式は思い出してもらったとして、では導出の方法については覚えていますか?
高校流の導出方法でやるなら、 からはじめて、ガチャガチャと式変形していけばよいでしょう。
高校流の方法はこちらでまとめました。(気になった方はどうぞ。)
補足:二次方程式の解の公式(高校流の解き方) - tsujimotterのノートブック
でも、その方法では「なぜこのような公式が得られるのか?」についてはあまりわかりません。なんだかよくわからないまま「いつの間にか公式が導出されていた」と思った人も少なくないはずです。
たとえば、次の質問にはなかなか答えづらいかと思います。
・ で割っているが、これはどういう意味?
・ルートをとっているのはなぜ?
・ルートの中身は何?
これらの疑問はすべて「式の意味がわからない」ということに集約されます。
今回の記事では、解の公式を「高校流とは異なる方法」で導出することにより「公式の真の理解」を目指したいと思います。
ところで上の解の公式では、二次方程式の2つの解を (プラスマイナス)を使って、無理やり1つで表現していますが、実際には2つの式ですよね。分かりづらいので、それぞれの解を として、2つに分けましょう。
後の説明のために、先回りして次のように式変形しておきます。この理由はあとでわかります。
《二次方程式の解の公式(別表現)》
二次方程式 の2つの解をそれぞれ とすると、これらは次の式で表すことができる。
次の項から、この解の公式の導出を目指していきます。
解の恒等式をつくる
まず、次のような、解 について当たり前に成り立つ「恒等式」を作ることから始めます。(恒等式とは、 に何を代入しても成立する等式のことです。)
式の右辺をみると、プラスマイナスを除けばまったく同じ形をしています。
そこで、2つの式の共通部分である を次のような記号でおきます。
すると、恒等式は次のように表現できます。
この式をはじめて見た人にとっては「なぜこんな変形をしたのか」と思うかもしれません。この部分は、ある種の 考え方の転換点(パラダイムシフト) なので無理もないでしょう。
その背景を理解するために、回り道にはなりますが、今回の鍵となる 「対称式の基本定理」 と 「解と係数の関係」 という2つの定理を準備しましょう。
準備1:対称式の基本定理
たとえば , , のように、2つの変数 を交換しても、式の形が変わらないような式のことを「二次対称式」といいます。「交換」とは、元の式の変数 を機械的に に置き換え、元の式の変数 を機械的に に置き換えることです。特に、
これがなぜ「基本」なのかというと、次のような大事な性質があるからです。
《対称式の基本定理》
すべての(二次)対称式は、(二次)基本対称式の四則演算で表すことが出来る。
ちなみに、今回は「二次」だけを対象としましたが、一般に 次でも成り立ちます。これを《対称式の基本定理》といって、ウェアリング、ヴァンデルモンドという数学者によって18世紀の後半に示されました。
この性質は非常に重要です。どんな対称式も、基本対称式によって表すことが出来るからです。やってみましょう。
ね。ちゃんと、 と の四則演算で表されているでしょう。
まとめると、
準備2:解と係数の関係
対称式と方程式の係数の密接な関係を表しているのが、もう1つの定理「解と係数の関係」です。
の定義より、二次方程式 の解ですから、元の二次方程式の左辺は次のように「因数分解」できるはずです。
この式を展開すると、となります。これを と見比べます。比べやすいように、係数 で割っておきます。
係数を比較すると、次の2式が得られます。
使いやすいように、符号を入れ替えておきましょう。これが《解と係数の関係》です。
《解と係数の関係》
二次方程式 の2つの解をそれぞれ、 とすると以下が成り立つ。
この関係は、1629年にアルベール・ジラールという数学者によって証明されました。彼は「代数学の新しい発明」(Invention Nouvelle en l'Algèbre) という(けったいな)タイトルの本を書いて、 次方程式の解と係数の関係を報告しています。
ここで覚えてもらいたい一番のポイントは、
という点です。
対称式の基本定理と合わせると、結局こうなります。
すなわち、元々の話に戻ると、解 あるいは を、何らかの形で対称式(あるいは対称式に準ずる何か)に表すことさえ出来れば、解を係数によって表すことが出来るのです。上の結果は、目的実現のための大きな武器になります!
解の公式の導出
「対称式の基本定理」と「解と係数の関係」という2つの武器を得ました。いよいよ、解の公式の導出に向かいましょう。
上の議論より、解 の式を、どうにかして対称式によって表せば良いことが分かりました。そこで、解の恒等式に戻って、以下の式が対称式で表せるかどうか検討してみます。
どちらも、 と によって表現されています。 の定義はこうでした。
ここで は対称式ですが、 は対称式ではありません。すなわち、対称な部分とそうでない部分が存在します。
ひとまず から考えましょう。この部分は対称式なので、そのまま解の係数によって表すことが出来ます。 より、
が得られます。あとは を係数で表すことが出来ればよいでしょう。残念ながら は対称式ではありません。 と を入れ替えると、
となって、符号が反転してしまいます。したがって、係数の四則演算で表すことが出来ません。困りました。
ここで、まだ使っていないとっておきの武器を持ち出します。その武器とは 「平方根」 です!
まず、 を二乗してみましょう。すると は対称式になっていますね!
が対称式ということは、 は係数の四則演算で表されるということです。 の平方根をとれば に戻ってきますから、 を係数の四則演算と平方根によって表すことが出来ます!
さあやってみましょう。
よって平方根をとると、が得られました。
これを元の恒等式の に代入すると、
となって、解の公式が得られました。めでたしめでたし。
より高次の方程式への応用
今回紹介した方法は、ラグランジュという高名な数学者が発見した方法です。その証拠に、今回中心的な役割をした は、ラグランジュ・リゾルベント(ラグランジュの分解式)と呼ばれています。
ジョゼフ=ルイ・ラグランジュ(1736-1813)
ラグランジュは、今回の方法を二次方程式だけでなく、より高次の方程式(三次方程式や四次方程式)の解の公式を求めるために応用していきました。
実際、この方法をベースに、三次方程式や四次方程式の解の公式を求めることが出来ます。高次の方程式は、普通にやってはなかなか解けないので、一般的に、そして機械的に解くための方法を編み出したのです。
もう少しだけ言うと、ガロアという数学者が、この方法を使って「一般の五次方程式には解の公式が存在しない」ということも証明してしまいました。詳しく知りたい方は、(だいぶ難しい話になりますが)過去に私がつくったスライドをご覧下さい。
まとめ
今回のラグランジュによる解の公式の導出方法は、次の手順でまとめられます。
《二次方程式の解の公式の導出法》
1. 解を をラグランジュ・リゾルベント()に分解して表現する。
2. は対称式なので、解と係数の関係より、係数 の四則演算で表現できる。
3. は対称式ではないので、いったん二乗して をつくる。 は対称式なので、同様に係数の四則演算で表現できる。
4. 最後に平方根をとれば、 が得られる。
5. を解の分解式に戻すと、解の公式が得られる。
これを応用すると、さらに高次の方程式でも解くことが出来たのでした。
最後に、冒頭で挙げた問いを回収してから終わりにしましょう。
・ で割っているが、これはどういう意味?
分解式をつくるときに、足して2で割っているから。
・ルートをとっているのはなぜ?
を対称式にするため、いったん2乗してから平方根をとったから。
・ルートの中身は何?
ルートの中身は ですが、これは導出過程を思い出すと、
の名残りです。たしかに、二乗の部分や係数 の部分などはそのまま残っていますね。
以上です。長い文章をここまで読んでくれてありがとうございます。これで、二次方程式の解の公式は一生忘れませんね!
明日話したくなった人は、ホワイトボードを使ってがっつり話してください。笑
参考文献
途中で話に出たガロアの理論はこの本が(たぶん世界一)わかりやすいです。tsujimotterはまずはこれで勉強しました。
- 作者:結城 浩
- 発売日: 2012/05/30
- メディア: 単行本
分かりやすさで言えば、これもおすすめ。ガロア理論は基本的に、全体像がとらえづらいので、いろんな本を参照して見比べるのが吉です。
天才ガロアの発想力 ~対称性と群が明かす方程式の秘密~ (tanQブックス)
- 作者:小島 寛之
- 発売日: 2010/08/21
- メディア: 単行本(ソフトカバー)