tsujimotterのノートブック

日曜数学者 tsujimotter の「趣味で数学」実践ノート

ディリクレ級数のオイラー積

前作:ゼータ関数のオイラー積 - tsujimotterのノートブック

ディリクレ級数とは、 a(n) という数論的関数を用いて、次のように定義されます。


 \displaystyle \sum_{n=1}^{\infty}\frac{a(n)}{n^s}

数論的関数という言葉は、なじみが薄いかもしれません。数論的関数とは引数に整数をとる関数のことです。関数が整数であれば、関数値が整数でも、実数でも、はたまた複素数でもかまいません。

極端な例で言うと、たとえば

数論的関数の例:
すべての整数  n に対して

 a(n) = 1

としてもよいわけです。この場合のディリクレ級数は、前回話したゼータ関数と一致します。ディリクレ級数はまさに「ゼータ関数の一般化」になっているわけです。



このディリクレ級数に対しても、 a(n) が「ある条件」を満たせば、オイラー積が存在するというのが、ディリクレが示したことの1つです。これが今回のテーマです。


具体的には次の式を示すことが本記事のゴールです。

ディリクレ級数のオイラー積(完全版)


 \displaystyle \sum_{n=1}^{\infty}\frac{a(n)}{n^s} = \prod_{p;prime}\frac{1}{1-a(p)/p^s}
ただし、右辺の積記号はすべての素数の積を表す。

当たり前ですが、ゼータの場合とそっくりですね。


乗法的関数

「ある条件」について考える前に、元のオイラー積がどのように導出されたのかを思い出しましょう。

参考:ゼータ関数のオイラー積 - tsujimotterのノートブック

元のオイラー積は、ディリクレ級数の  a(n) をすべての整数  n に対して 1 としたものでした。


以下、前回の記事の引用が続きます。

1. まずは定義どおり式を展開します。


 \displaystyle \sum_{n=1}^{\infty}\frac{1}{n^s} = \frac{1}{1^s} + \frac{1}{2^s} + \frac{1}{3^s} + \frac{1}{4^s} + \frac{1}{5^s} + \frac{1}{6^s}+\cdots


2. 右辺に登場したすべての整数を素因数分解しておきます。


 \displaystyle = \frac{1}{(1)^s} + \frac{1}{(2)^s} + \frac{1}{(3)^s} + \frac{1}{(2^2)^s} + \frac{1}{(5)^s} + \frac{1}{(2\cdot 3)^s}+\cdots


3. ここがポイントです。上の式は次のように素数ごとに因数分解できます。


 \displaystyle \begin{eqnarray} &=& \left(\frac{1}{1^s}+\frac{1}{2^s}+\frac{1}{2^{2s}}+\frac{1}{2^{3s}}+\cdots\right) \\
&& \times \left(\frac{1}{1^s}+\frac{1}{3^s}+\frac{1}{3^{2s}}+\frac{1}{3^{3s}}+\cdots\right) \\
&& \times \left(\frac{1}{1^s}+\frac{1}{5^s}+\frac{1}{5^{2s}}+\frac{1}{5^{3s}}+\cdots\right) \\
&& \times \left(\frac{1}{1^s}+\frac{1}{7^s}+\frac{1}{7^{2s}}+\frac{1}{7^{3s}}+\cdots\right) \\
&& \times \cdots \end{eqnarray}


 a(n) に対しての条件がまったくなければ、上記の計算はディリクレ級数に適用できません。

やってみるとわかりますが、3. のように素因数分解するときに困ってしまうでしょう。

次の条件が必要です。

乗法的関数:
数論的関数  a(n) が、互いに素な整数  m,  n に対して次のような積で表されるとき、 a(n) を乗法的関数という。

 a(mn) = a(m)a(n)

ぱっと見てわかりにくい条件ですが、この条件さえあればディリクレ級数に対しても上記のステップが実行できるのです。

論より証拠です。まずやってみましょう。


1. まずは定義どおり式を展開します。


 \displaystyle \sum_{n=1}^{\infty}\frac{a(n)}{n^s} = \frac{a(1)}{1^s} + \frac{a(2)}{2^s} + \frac{a(3)}{3^s} + \frac{a(4)}{4^s} + \frac{a(5)}{5^s} + \frac{a(6)}{6^s}+\cdots


2. 右辺に登場したすべての整数を素因数分解しておきます。 a(n) が乗法的関数であることも利用して  a(n) も分解しておく。


 \displaystyle = \frac{a(1)}{(1)^s} + \frac{a(2)}{(2)^s} + \frac{a(3)}{(3)^s} + \frac{a(2^2)}{(2^2)^s} + \frac{a(5)}{(5)^s} + \frac{a(2\cdot 3)}{(2\cdot 3)^s}+\cdots
 \displaystyle = \frac{a(1)}{(1)^s} + \frac{a(2)}{(2)^s} + \frac{a(3)}{(3)^s} + \frac{a(2^2)}{(2^2)^s} + \frac{a(5)}{(5)^s} + \frac{a(2)a(3)}{(2\cdot 3)^s}+\cdots


3. 素数ごとに因数分解できます。


 \displaystyle \begin{eqnarray} &=& \left(\frac{a(1)}{1^s}+\frac{a(2)}{2^s}+\frac{a(2^2)}{2^{2s}}+\frac{a(2^3)}{2^{3s}}+\cdots\right) \\
&& \times \left(\frac{a(1)}{1^s}+\frac{a(3)}{3^s}+\frac{a(3^2)}{3^{2s}}+\frac{a(3^2)}{3^{3s}}+\cdots\right) \\
&& \times \left(\frac{a(1)}{1^s}+\frac{a(5)}{5^s}+\frac{a(5^2)}{5^{2s}}+\frac{a(5^2)}{5^{3s}}+\cdots\right) \\
&& \times \left(\frac{a(1)}{1^s}+\frac{a(7)}{7^s}+\frac{a(7^2)}{7^{2s}}+\frac{a(7^2)}{7^{3s}}+\cdots\right) \\
&& \times \cdots \end{eqnarray}


上記では例が少ないですが、


 a(2\cdot 3) = a(2)a(3)

のように乗法的関数の性質を使っています。

気づきにくいですが、


 a(1\cdot 1) = a(1)a(1)
も使っています。

念のため 1 と 1 は互いに素です。なぜなら 1 と 1 は、1以外に互いに共通の約数を持たないからです。

このことから、実は容易に次の事実が得られます。

 a(n) が乗法的関数のとき

 a(1) = 1


次の項と関連しますが、こんなことはできません。


 a(2^2) = a(2)^2
※乗法的関数に対してはこの式は誤りです。

当たり前ですが、2 と 2 は互いに素ではないからですね。


以上のことをまとめると次のようになります。

乗法的関数に対するディリクレ級数のオイラー積:
 a(n) を乗法的関数としたとき、次のオイラー積が得られる。


 \displaystyle \sum_{n=1}^{\infty}\frac{a(n)}{n^s} = \prod_{p;prime}\left(1+\frac{a(p)}{p^s}+\frac{a(p^2)}{p^{2s}}+\frac{a(p^3)}{p^{3s}}+\cdots\right)
ただし、右辺の積記号はすべての素数の積を表す。

ここでは、先ほどの  a(1)=1 という事実を使っています。


このように乗法的関数というのは、ちょうどいい頃合に厳しい条件だったわけです。次の項で示す条件をつけない限り、これ以上計算を先に進めることはできません。


完全乗法的関数

これ以上計算を先に進めるためには、どんな条件が必要なのでしょう。

具体的には、元のオイラー積のように、次のような変換をしたいわけです。

 \displaystyle 1+\frac{a(p)}{p^s}+\frac{a(p^2)}{p^{2s}}+\frac{a(p^3)}{p^{3s}}+\cdots = \frac{1}{1-a(p)/p^s}

このためには、次のような変形が必要でしょう。

 a(p^k)=a(p)^k

これをするためには、「互いに素な整数整数同士の積」という乗法的関数の条件では不十分でした。

そこで、乗法的関数という条件をもっと緩くした、次のような条件を考えます。

完全乗法的関数:
数論的関数  a(n) が、すべての整数  m,  n に対して次のような積で表されるとき、 a(n) を乗法的関数という。

 a(mn) = a(m)a(n)


乗法的関数が「互いに素な整数同士の積」にしか適用できなかったのに対し、と完全乗法的関数は「すべての整数同士の積」に適用可能になっています。

したがって、次のような変形が可能でしょう。

 \displaystyle \begin{eqnarray} \sum_{n=1}^{\infty}\frac{a(n)}{n^s} &=& \prod_{p;prime}\left(1+\frac{a(p)}{p^s}+\frac{a(p^2)}{p^{2s}}+\frac{a(p^3)}{p^{3s}}+\cdots\right) \\
 &=& \prod_{p;prime}\left(1+\left(\frac{a(p)}{p^s}\right)+\left(\frac{a(p)}{p^{s}}\right)^2+\left(\frac{a(p)}{p^{s}}\right)^3+\cdots\right) \\
 &=& \prod_{p;prime}\frac{1}{1-a(p)/p^s} \end{eqnarray}

ここでは、

 \displaystyle r=\frac{a(p)}{p^s}

とおいて、前回も登場したこの公式を適用しています。

べき乗の和の公式:
r が  0\leq r < 1 を満たすとき、べき乗の和は収束し、次の式で表される値をとる。


 \displaystyle 1+r+r^2+r^3+\cdots = \frac{1}{1-r}


やっとオイラー積(完全版)の公式が導出されました。

まとめると次のようになります。

オイラー積
数論的関数  a(n) が乗法的関数であるとき、ディリクレ級数には次のオイラー積が存在する。


 \displaystyle \sum_{n=1}^{\infty}\frac{a(n)}{n^s} = \prod_{p;prime}\left(1+\frac{a(p)}{p^s}+\frac{a(p^2)}{p^{2s}}+\frac{a(p^3)}{p^{3s}}+\cdots\right)
ただし、右辺の積記号はすべての素数の積を表す。


また、 a(n) が完全乗法的関数であるとき、オイラー積はさらに次のような形に変形できる。

 \displaystyle \sum_{n=1}^{\infty}\frac{a(n)}{n^s} = \prod_{p;prime}\frac{1}{1-a(p)/p^s}
ただし、右辺の積記号はすべての素数の積を表す。

積に分解可能な条件の細かな違い(互いに素であるか否か)が、式変形の結果にこれほどの違いを与えるというのは何とも驚きですね。



ディリクレ指標とL関数

ディリクレがこのような関数を考えることになった背景には、算術級数定理があります。算術級数定理は、前の記事にも書いたとおり「an+b 型の素数が無限に存在する」という定理です。すべての素数に対しての対応する定理としては、素数定理がありますが、その素数定理の鍵となったのがゼータ関数でした。ディリクレをゼータ関数を拡張することで、算術級数定理の解決に成功したわけですね。

参考:4n+1型の素数とディリクレの算術級数定理 - tsujimotterのノートブック

算術級数定理にあたっては、完全乗法的関数のほかにもう少し条件をつけた「ディリクレ指標」と呼ばれる数論的関数が用いられました。

ディリクレ指標
正の整数 d に対して、以下の3つの性質を持つ数論的関数  \chi(n) を法 (mod) d のディリクレ指標と呼ぶ。


性質1:
すべての整数 m, n に対して以下が成り立つ。

 \chi(mn) = \chi(m)\chi(n)


性質2:
整数 n とし、n と d が互いに素であるとき、以下が成り立つ。

 \chi(n) \neq 0
またその逆も成り立つ。


性質3:
整数 m と n が  m\equiv n ({\rm mod}. d) を満たすとき、以下が成り立つ。

 \chi(m) = \chi(n)

性質1によりディリクレ指標は完全乗法的関数です。したがって、ディリクレ級数にオイラー積が存在します。
このディリクレ級数には、特別に L関数 という名前がついています。

L関数:
ディリクレ指標を  \chi(n) としたとき、L関数を次の式で定義する。


 \displaystyle L(\chi, s) = \sum_{n=1}^{\infty}\frac{\chi(n)}{n^s}

L関数のオイラー積


 \displaystyle \sum_{n=1}^{\infty}\frac{\chi(n)}{n^s} = \prod_{p;prime}\frac{1}{1-\chi(p)/p^s}
ただし、右辺の積記号はすべての素数の積を表す。


ディリクレは、ディリクレ指標の 性質3 とL関数のオイラー積をうまく使うことで、算術級数定理を証明したのです。
このやり方も非常に巧妙で面白いので、興味がある方はぜひ調べてみてください。


ディリクレ級数の具体例

(完全)乗法的関数という条件さえ守れば、どんなへんてこな数論的関数に対してもオイラー積が作れるというのが面白いですね。

具体的な関数に対してオイラー積を作ってみましょう。


1.  a(n) = 1(ゼータ関数):

明らかに完全乗法的関数の条件を満たしますので、次のオイラー積が得られます。

ゼータ関数のオイラー積


 \displaystyle \zeta(s) = \sum_{n=1}^{\infty}\frac{1}{n^s} = \prod_{p;prime}\frac{1}{1-1/p^s}
ただし、右辺の積記号はすべての素数の積を表す。

2.  a(n) = d(n) (約数関数):

 d(n) は 引数  n のすべての約数の個数を表す関数です。
この関数も互いに素な整数 m, n に対して、

 d(mn) = d(m)d(n)
を満たすので、乗法的関数です。

証明は省きますが、たとえば、 m=2,  n=3 とすると、

 d(2\cdot 3) = d(6) = 4
 d(2)d(3) = 2\cdot 2 = 4

となり一致することが確認できます。


一方で、完全乗法的関数ではありません。反例をあげると  m=2,  n=2 のとき

 d(2\cdot 2) = d(4) = 3
 d(2)d(2) = 2\cdot 2 = 4

となり、一致しないからです。


また、素数  p のべき乗  p^k の約数の個数は  k+1 個なので次が成り立ちます。

 d(p^k) = k+1


以上から、約数関数のオイラー積は次のように得られます。


 \displaystyle \begin{eqnarray} \sum_{n=1}^{\infty}\frac{d(n)}{n^s} &=& \frac{1}{1^s} + \frac{2}{2^s} + \frac{2}{3^s} + \frac{3}{4^s} + \frac{2}{5^s} + \frac{4}{6^s} + \cdots \\
 &=& \prod_{p;prime}\left(1+\frac{2}{p^s}+\frac{3}{p^{2s}}+\frac{4}{p^{3s}}+\cdots\right)  \end{eqnarray}


実は、最後の式は、次の関係を使うともっと簡潔にできます。


 \displaystyle \begin{eqnarray} \left(1+\frac{1}{p^s}+\frac{1}{p^{2s}}+\frac{1}{p^{3s}}+\cdots\right)^2 &=& \left(1+\frac{1}{p^s}+\frac{1}{p^{2s}}+\frac{1}{p^{3s}}+\cdots\right) \times \left(1+\frac{1}{p^s}+\frac{1}{p^{2s}}+\frac{1}{p^{3s}}+\cdots\right) \\
 &=& 1+\frac{2}{p^s}+\frac{3}{p^{2s}}+\frac{4}{p^{3s}}+\cdots \end{eqnarray}


したがって、次のようにまとめられる。

約数関数のディリクレ級数とそのオイラー積:


 \displaystyle \begin{eqnarray} \sum_{n=1}^{\infty}\frac{d(n)}{n^s} &=& \frac{1}{1^s} + \frac{2}{2^s} + \frac{2}{3^s} + \frac{3}{4^s} + \frac{2}{5^s} + \frac{4}{6^s} + \cdots \\
 &=& \prod_{p;prime}\left(1+\frac{1}{p^s}+\frac{1}{p^{2s}}+\frac{1}{p^{3s}}+\cdots\right)^2 \\
 &=& \zeta(s)^2 \end{eqnarray}

ただし、右辺の積記号はすべての素数の積を表す。

なかなか、きれいで美しいですね。

この式は逆から読むと「ゼータの二乗が約数関数で表せる」と解釈することが出来ますね。

3.  a(n) = \mu(n) (メビウス関数):

定義はWikipediaをどうぞ。

メビウス関数 - Wikipedia

これも乗法的関数ですが、次の性質があるため完全乗法的関数ではありません。

m, n が互いに素でなければ

 \mu(mn) = 0


以上から、メビウス関数のオイラー積は次のとおり。

メビウス関数のディリクレ級数とそのオイラー積:


 \displaystyle \begin{eqnarray} \sum_{n=1}^{\infty}\frac{\mu(n)}{n^s} &=& \frac{1}{1^s} - \frac{1}{2^s} - \frac{1}{3^s} + 0 - \frac{1}{5^s} + \frac{1}{6^s} + \cdots \\
 &=& \prod_{p;prime}\left(1-\frac{1}{p^s}\right) \\
 &=& \frac{1}{\zeta(s)} \end{eqnarray}

ただし、積記号はすべての素数の積を表す。

最後の式変形が面白いです。ゼータ関数のオイラー積の逆数を取ったわけです。

 \displaystyle \frac{1}{\zeta(s)} = \prod_{p;prime}\left(1-\frac{1}{p^s}\right)
ただし、積記号はすべての素数の積を表す。