今回は「イデアル」の導入と定義について。教科書の該当箇所は「1.3 のイデアル」です。内容が濃いので、2回に分けてお話します。
本シリーズの教科書はこちら。
- 作者: 青木昇,飯高茂,中村滋,岡部恒治,桑田孝泰
- 出版社/メーカー: 共立出版
- 発売日: 2012/12/21
- メディア: 単行本
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初回(#0):動機・諸注意
前回(#1):約数と倍数
補足回(#1.5):集合の包含関係
次回(#3):Z のイデアル (2/2)
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さて、前回の定理を再掲するとこうでした。
定理 1.6 (再掲)
整数 に対して となる整数 が存在するためには, であることが必要十分である.
「さぁ、定理 1.6 を証明しよう!」と言いたいところですが、直接 定理 1.6 を証明したりはしません。どうするかというと、より抽象的な定理を証明して、その系として 定理 1.6 を示すのです。
よりメタな視点が必要です。
というわけで、定理 1.6 を視点をかえて眺めてみたいと思います。少し考えると、定理 1.6 は次のように言い換えることができます。
倍数全体のなす集合 や 倍数の一次結合のなす集合 が鍵となっていることがわかりますね。
今回は、こういった集合をより一般的に扱う方法を考えていきます。
のイデアル
まず、整数 に対して、以下のような集合を考えましょう。
のときは を と表記してこうなります。
これらを使うと、先ほどの定理は、整数 を用いて次のように言い換えられます。
ただし、 です。
だいぶシンプルになってきましたね。
この集合 を足がかりとして、より一般的な定理を示していくわけです。
とはいえ、今のままでは武器がありません。ここで、いったん頭を切り替えて、「そもそも集合 は、いったいどのような性質を持つ集合か」という、別の問いを発してみることにしましょう。この問いに答えるものが、次の 命題 1.9 です。
命題 1.9
集合 は次の二つの条件をみたす.
(1) .
(2) .
これが成り立つことを証明しましょう。証明は、そのまま計算するだけです。
任意の に対して, , ,ただし, とおけば,
より,(1), (2) が成り立つ.
ここで、 は「整数 の部分集合」です。逆に、 の部分集合で、上の性質を満たすものを考えましょう。
これが イデアル です。
定義 1.10
以下の (1), (2) の条件をみたす の部分集合 を のイデアルと呼ぶ.
(1) .
(2) .
特に,イデアル を で生成される単項イデアルと呼ぶ.
強調しておきますが、 のイデアルは「整数 の部分集合」です。要素はもちろん整数です。
のイデアルの諸性質
イデアルに慣れるために、 のイデアル の諸性質を示しておきましょう。
定理( のイデアル の性質)
の任意のイデアル に対して,以下の (a), (b) が成り立つ.
(a)
(b)
結局これは、 のイデアル は、 と 負の数 を要素として持つということです*1。このことは、次回ちょっとだけ使います。
(a) について:
はイデアルより, 定義 1.10 の (1) から, の任意の要素 に対して が成り立つ.よって, より .
(b) について:
はイデアルより, 定義 1.10 の (1) から, の任意の要素 に対して が成り立つ.よって, より .同様に逆も成り立つ.
これらの結果をまとめると、 のイデアルについて次のような図が書けるでしょう。
図:「 のイデアル」のイメージ
すべての のイデアル は の部分集合であること、 が存在すること、すべての に対して が存在すること、の3点に注目してください。
イデアルの使い道
さて、ここまで「イデアルの定義」について説明しました。
まだまだ「イデアルが何を表しているのか」わかりづらいかもしれませんね。イメージが沸きづらいこともあって「何やら全然関係のない脇道にそれてしまった」と思っている人もいるかもしれません。
ところが、このイデアルという概念は、ちゃんと 定理 1.6 の証明に「役に立つ」のです。本記事の締めくくりとして、「イデアルが 定理 1.6 の証明にどのように役に立つのか」を示して終わりたいと思います。
実は のイデアルを使うと、上の 定理 1.6 は、より抽象的な次の 定理1.13 における「特殊な系」として表現できるようになります。これが面白いポイントです。
定理 1.13
の任意のイデアル に対して,ある整数 が存在して が成り立つ.
定理 1.13 は、要するに次のことを主張しています。
この主張はなかなか強力です。たとえば上の式 (1.1) で定義した、
は のイデアルですが、これに等しい の単項イデアルが常に存在するというわけです。それをたとえば とおけば
となります。たとえば、左辺が n = 2 だとして, とおけば,
となりますから、 定理 1.6 の言い換えと同じ形の式が現れました。面白いでしょう!(厳密に言えば、 であることを示していないので、片手落ちですが。)
これらの事実から、整数 においては、単項イデアルが重要であることもわかります。整数 以外ではどうなるのかも気になるところですね。
次回予告
次回は 定理 1.13 の攻略をしたいと思います。そこでは「割り算」がキーワードになります。
次回記事です(2014/1/11追記)
*1:群の言葉を使うと「 のイデアルは、加法に対してアーベル群(可換群)をなす」ということができます。もっというと は の部分集合なので「 の加法群における部分群」です。