tsujimotterのノートブック

日曜数学者 tsujimotter の「趣味で数学」実践ノート

足し算の繰り上がりと群コホモロジー

以前「足し算の繰り上がりと群コホモロジーが関係している」という話が、Twitter上で話題になったことがありました。

大元のツイートは、このツイートだったと思います。

関連するツイートとして、次のようなものもありました。


当時は理解できなかったのですが、久しぶりに思いだして自分なりに考えてみたところ、結構理解できた部分がありました。せっかくなのでまとめてみようと思って書いています。

「こんなところに群コホモロジーが関連してくるの!?」というところを楽しんでいただければと思います。

今回の内容は「群コホモロジー」が関係しますので、tsujimotterのノートブックでいうと以下のタグの記事が参考になります。今回は定義をちゃんと書かないので、より詳細に知りたい方は参考にしてください。
tsujimotter.hatenablog.com

特にこの2つの記事が関係すると思います。
tsujimotter.hatenablog.com

tsujimotter.hatenablog.com

続きを読む

複素射影直線 ℙ¹ はコンパクトリーマン面

以下の記事でリーマン面の定義をまとめたことがありました。
tsujimotter.hatenablog.com


これまでtsujimotterのブログではリーマン面の具体例を挙げたことがありませんでした。今日は、リーマン面(特にコンパクトリーマン面)の代表例である複素射影直線  \mathbb{P}^1 を紹介します。 \mathbb{P}^1 が、リーマン面の構造を持つ例であることを、リーマン面の定義にしたがって示したいと思います。

f:id:tsujimotter:20210308133520p:plain:w300

なお、リーマン面の定義は示すべき条件が割と多く、証明を丁寧にやろうとすると結構大変です。大変ではあるのですが、示す価値はあります。リーマン面であることを示すことにより、リーマン面に成り立つ諸定理を使うことができるのですね。一般に、定義の条件が示しづらいほど、使うときには強力な武器となることが多いのではないかと思います。


今回は、解説記事というよりは、tsujimotterの勉強した成果をまとめておくというのが主な目的です。

普段のtsujimotterのノートブックでは、分野外の人にもなるべく理解してもらえるように前提知識の説明を丁寧に行っているのですが、今回はただでさえ証明が長いのでそれをやるのは難しいです。最低限の解説を述べつつ、あくまで証明が中心という形の内容としたいと思います。

続きを読む

ヒルベルトの第12問題(類体の構成問題)に進展があったらしい

センセーショナルな数学関連のニュースが飛び交っている昨今ですが、私にとって特に注目したい情報が入ってきました。それが ヒルベルトの第12問題 に関する進展です。


「総実体上のヒルベルトの第12問題を解いた」 というプレプリントが 3/4付 でarXivに投稿されたのです。次のリンクから参照できます:

Samit Dasgupta, Mahesh Kakde
Brumer-Stark Units and Hilbert's 12th Problem
[2103.02516] Brumer-Stark Units and Hilbert's 12th Problem


後で詳しく説明しますが、まずは簡単に概略を述べます。

「虚2次体  K 上の類体を構成することができるか」という数学上の問題は「クロネッカーの青春の夢」として知られていました。

1900年に発表された「ヒルベルトの23の問題」の中で、虚2次体  K を代数体  K に一般化した上で取り上げられました。これが「第12問題」です。ヒルベルトの23の問題の中で、現在も未解決の問題は、第8問題・第12問題・第16問題・第23問題の4つであり、第12問題はそのうちの一つとして知られています。

 K として有理数体を選んだ場合はクロネッカーとウェーバーにより実現され、虚2次体の場合も後に解決されました。CM体の場合についても結果が出ているそうです。(私は理解できていません。)

それ以外の体については解決の見通しは立っていなかったものと思われますが(違っていたらすみません)、今回  K総実体の場合に解決した(とされる)プレプリントが公開されたということです。


とても魅力的なニュースだと思うのですが、なかなかに専門的な話です。背景を知らないと上記の数行を理解するのは難しいかと思います。

そこで、今回は 「類体の構成問題」 というテーマで、この問題の背景をご紹介したいと思います。論文自体の内容を紹介するのは難しいので、あくまで私のわかる範囲で、その背景に絞って紹介したいと思います。


注意1:
今回のものは「プレプリント」ですので、正しさが保証されているわけではないという点に注意したいと思います。

学術論文というのは、一般に論文誌に投稿され、数名の査読者によって内容が十分に精査されてから論文誌として出版されます。この過程によって、内容の正しさが一定程度保証されるわけですね。もちろん、査読をクリアしたからといって証明が正しいと保証されているわけではなく、出版後もさまざまな研究者によって検証されていくわけです。

今回のものは、論文誌に投稿前(あるいは査読中)の原稿を事前公表する「プレプリント」と呼ばれるものであり、まだ査読が入っていない原稿です。したがって、(著者が万全のチェックをした上で出していることは仮定してよいとは思いますが)十分に正しさが保証されたものとはいえません。内容の正しさは、あくまで読者自身が確認することが前提というわけですね。

そのため、まだプレプリントの段階の内容を紹介する際には、その点を十分に配慮する必要があると考えています。この記事をご覧になった方で、この件について発信される場合は、上記の点について十分配慮願えると幸いです。

注意2:
著者のtsujimotterは、該当分野の研究者ではありません。あくまで、ただの一数学ファンが勉強して書いたというものですので、専門的な観点からここで書かれた内容の真偽を保証するものではありません。その点はあらかじめご了承ください。

また、間違っている点の指摘は、私自身の勉強にもなりますので歓迎します。

続きを読む

シリーズ「連分数とペル方程式」:エピローグ

3/1〜3/3の3日間で「連分数とペル方程式」のシリーズを行ってきたのですが、ご覧いただけましたでしょうか。

それなりにたくさんの人にみていただいて、嬉しい限りです。また、これがきっかけで連分数に興味を持ってくださったであろう方をTwitter上で何人か見つけて、嬉しくなったりしました。


今回テーマとして扱った「連分数とペル方程式」については、実は結構前から(私が日曜数学者を名乗る前から)興味を持っていたトピックでした。そのため、それなりに思い入れのあるテーマとなっています。

せっかく連載的な記事を書いたばかりですので、エピローグとして執筆の思いや裏話などを書いていきたいと思います。
(数学的内容はほとんどない記事なので、気楽に読んでいただければと思います。)

続きを読む

マチンの公式と14個のペル方程式

今回の記事は「シリーズ:連分数とペル方程式」の3日目(最終日)の記事となっています。関連する記事は こちら からご覧いただけます。

今日のテーマは、円周率の マチンの公式 です:

 \displaystyle 4\arctan\frac{1}{5} - \arctan\frac{1}{239} = \frac{\pi}{4} \tag{1}

この公式を使うと、円周率を高精度で計算できることが知られています。具体的には、左辺の  \arctan のテイラー展開

 \displaystyle \arctan\frac{1}{5} = \sum_{n=0}^{\infty} (-1)^n \frac{\left(\frac{1}{5}\right)^{2n+1}}{2n+1}
 \displaystyle \arctan\frac{1}{239} = \sum_{n=0}^{\infty} (-1)^n \frac{\left(\frac{1}{239}\right)^{2n+1}}{2n+1}

を用いて、この級数の有限項を計算することで、高速に  \frac{\pi}{4} の値を計算できるのだそうです。


今日考えたいのは、マチンの公式はいったいどうやったら求められるのか? ということについてです。

マチンの公式の求め方については、以下の記事で紹介したことがありました。
tsujimotter.hatenablog.com

上の記事の議論はずいぶんと難解なものでしたが、今回はもう少し易しく紹介できるかと思います。

そして、そこには 239 という数の、ある興味深い性質が関わっていたのでした。

実際にマチンの公式の候補を求めるにあたっては、なんと一つ前の記事で投稿した ペル方程式 が関わってきます。いったいどこにペル方程式が出てくるというのでしょうか?


参考記事
今回の記事を執筆するにあたって、山田智宏さんの次の記事を参考にしています。
http://www41.tok2.com/home/tyamada1093/Stormer-j.htmlwww41.tok2.com

以前からマチンの公式に関心を持って勉強しておりましたが、特にStørmerの1897年論文の詳細が理解できませんでした。こちらの解説を読んでようやく理解することができました。山田さんありがとうございます。

山田さんの記事と重複する部分は多いかと思いますが、大変面白い内容なのでぜひ私の言葉でも紹介したいと思い、今回の記事を執筆しています。

続きを読む

ペル方程式の連分数を用いた魔法の解法

今回の記事は「シリーズ:連分数とペル方程式」の2日目の記事となっています。関連する記事は こちら からご覧いただけます。

今日はこんな問題を考えてみましょう。

兵士たちが正方形に並んでいる。これを1軍団とする。その軍団が「61」ある。これに王様が一人加わって、大きな正方形に並び直した。王様を含め、全体で何人になるか?
f:id:tsujimotter:20210227004642p:plain:w400
f:id:tsujimotter:20210227004708p:plain:w220

この問題は「コマネチ大学数学科」というテレビ番組で出題された問題の「改題 *1」となります。


自分で考えたいという方は、ここでストップしてぜひ一度考えてみてください。

ただし一点注意したいのですが、この問題は見かけ以上に いじわる な問題となっています。それでもよければ、という条件付きで挑戦してみてください。


「もういいや」「解説が知りたい」と言う方は、ぜひスクロールして以下の解説をみてください!

*1:変えたところは「61」というところで、元の問題は「60」となっていました。 こちらの記事で番組の内容の解説がされています。 gascon.cocolog-nifty.com

続きを読む

連分数展開とその計算方法【連分数計算アプリの紹介付き】

今回の記事は「シリーズ:連分数とペル方程式」の1日目の記事となっています。関連する記事は こちら からご覧いただけます。

今日は、連分数展開 について紹介したいと思います。

3日連続「連分数」 に関連する記事を公開したいと思っています。明日以降の記事の準備として、以下の3つのトピックを紹介したいと思います:

  • 連分数展開を計算するためのウェブアプリの紹介
  • 連分数展開の計算方法の紹介(2通り)
  • 連分数を用いた無理数の近似


連分数とは

 \displaystyle a_0 + \cfrac{b_1}{a_1 + \cfrac{b_2}{a_2 + \cfrac{\ddots}{\ddots +  \cfrac{b_{n}}{a_n}}}} \tag{1}

という形に、分数が入れ子になった構造の分数のことを指します。

特に、各分子の数列  b_1, b_2, \ldots , b_n がすべて  1 であるものを正則連分数といいます。

 \displaystyle a_0 + \cfrac{1}{a_1 + \cfrac{1}{a_2 + \cfrac{\ddots}{\ddots +  \cfrac{1}{a_n}}}} \tag{2}

今回の記事では、正則連分数のみを扱いたいと思います。正則連分数は

 [a_0; a_1, a_2, a_3, \ldots, a_n ]

のように表すことができます。


また、分数の入れ子を無限に繰り返すことで

 \displaystyle a_0 + \cfrac{1}{a_1 + \cfrac{1}{a_2 + \cfrac{1}{a_3 +  \cfrac{1}{a_4 + \cfrac{1}{\ddots}}}}} \tag{3}

なるものを考えることができ、これも連分数ということにします。(特に、分子が  1 であるものを正則連分数といいます。)



与えられた数が連分数の形で表せるかどうかは気になるところですが、重要な事実として 任意の実数は必ず連分数の形で表すことができます

実数  \alpha を式  (3) の形で表すことを  \alpha連分数展開 といいます。


たとえば  \sqrt{3} の場合は

 \displaystyle  \sqrt{3} = 1 + \cfrac{1}{1 + \cfrac{1}{2 + \cfrac{1}{1 + \cfrac{1}{2 + \cfrac{1}{\ddots}}}}} \tag{4}

のように正則連分数に展開できます。式  (3) の分母の数列がそれぞれ

 a_0 = 1, \; a_1 = 1, \; a_2 = 2, \; a_3 = 1, \; a_4 = 2, \; \ldots

というわけですね。


今日は、実数(特に  \sqrt{D} という形の無理数)の連分数展開を計算する方法を 2通り 紹介したいと思います。2通りといいつつ、基本的な考え方はどちらも同じです。

続きを読む